次は七月六日、木曜日です。
木原唯一を討伐し、統括理事長アレイスター=クロウリーへと挑んだ朝槻真守たち。
真守たちは、アレイスターと和解することができた。
だがコロンゾンが即座に横やりを入れてきたことで状況は一変。
アレイスターは美少女化する事になり、真守は危うく存在が消えかけた。
なんだかんだ無事だった真守たちは、第七学区にあるとある喫茶店へと来ていた。
ゴールデンタイムだとしても、喫茶店を利用する客はほどんどいない。
学生たちは大熱波で、生活リズムを一変させられていたからだ。
ちなみに真守は喫茶店やファミレスにも、きちんとエネルギーを供給していた。
喫茶店やファミレスに食事を作ってもらい、学生たちに提供してもらうためだ。
元々、真守がエネルギーを供給しなければ傷んでいた食材たちだ。エネルギーを供給してもらえれば食材が傷む事はないし、真守のお願いを聞けば余ってしまう食材の使い道もある。
真守がエネルギーを提供する代わりに、食事を提供する。
在庫をいつでも抱えている喫茶店やファミレスにとっては、真守の提案は大助かりなものだった。
誰も彼もが利害の一致で、一致団結していた大熱波。
そんな大熱波だが、エレメントを操る木原唯一が倒された時点で既に収束していた。
そしてあらゆるところで、さっそくインフラを再配備する動きが出てきている。
だがそれでも、現在多くの学生たちが朝槻真守に依存している事実は変わらない。
真守はこの学園都市にとって、救世主のようなものだ。だから喫茶店の店主は真守の突然の来店に目を輝かせて快く応じ、ほぼ貸し切りだったのを良い事に店を貸し切りにしてくれた。
真守たちは四角いテーブルをくっつけて、一塊になって座っていた。
垣根は当然としてソファ席に座っている真守の隣に座っており、そのまま眉をひそめる。
「つまり要点をまとめると、テメエはこう言いたいのか?」
並べられた軽食にそれぞれが手を付ける中、垣根帝督はアレイスターを警戒したまま口を開く。
「統括理事長サマの魂には、一〇億八三〇九万二八六七通りの可能性があった。コロンゾンとかいう悪魔に元の体を殺されたテメエはその可能性を解き放って、その内の一体に転生した」
垣根は、大変可愛らしい絶世の美少女となったアレイスター=クロウリーを睨む。
転生しようが何をしようが、目の前にいる美少女は良い年を召したおっさんだ。
学園都市を悲劇で満たした、諸悪の根源。
そして──中性的な外見によって性癖が歪んでしまったエロ親父である。
「良い年したおっさんが女になって、なにヤル気になってんだよ。迷惑だから真守の前でやるんじゃねえ」
真守は自分のことをどこまでも考えてくれる垣根に苦笑する。
「垣根、それだと私以外の前では、えええ……えっちなことやってもいいことになっちゃう。他の子が可哀想だぞ」
アレイスター=クロウリーは喫茶店に入る前に、うきうきした様子でホテルに直行しようとした。
もちろん、ラブなホテルにである。
それを真守が阻止した後も、アレイスターはこの喫茶店に来る前に、多くの問題を起こしていた。
ラブなホテルへの直行を阻止されると、アレイスターは上条当麻と共に適当な暗がりへと転がり込んで事に及ぼうとした。
そしてそれを上条に拒絶されると、寒空に戻ってもお構いなしな水着姿のマッチョをヒッチハイクしようとした。
真守が慌てて止めたアレイスター=クロウリー(美少女)曰く『耐久試験』がしたいらしいのだ。
つまり男女の行為において、どこまで今の自分が耐えられるのかと疑問を持ったのだ。
そしてあろうことか、男から女の体に変わったというレポートをまとめて自費出版したいとか、電子出版やお絵描きサイトにアップしたいとか言い出した。
それを上条当麻が拳で止めたら、今度は女と男の痛みの感覚が違うと言って腹パンか尻を叩くのを所望してきた。
真守はセクハラ男(?)アレイスター=クロウリーをじとっと見つめる。
そんな真守の近くでアレイスターを凝視していたインデックス呟く。
「──月、女性、死、魔物。危うい無垢すらも想像させる、夜の魔女も連想させる姿だね」
アレイスターは魔導書図書館の名に恥じない知識を持っているインデックスの前で頷く。
「カーリー、アルテミス、キュベレ、デメテール、ヘカテ、アラディア。それらも多分に含まれているが、イメージソースはベイバロンだな。『誇大に溺れる獣』が敗れてしまい、お次は叡智の聖母というわけだな。それが今の私なのだ」
アレイスターは自信満々にそうご高説して、真剣な表情へと変える。
「一つ確認しておきたいことがある、朝槻真守」
「? なんだ?」
真守はちょっと疲れた様子でホットミルクを飲みながら、こてっと首を傾げる。
何せ先程、真守はコロンゾンによって自身の存在を穿つ攻撃を受けた。
なんとか気張って直したが、疲弊しているのは確かなのだ。
そんな真守を、アレイスター=クロウリー(美少女)は真剣な表情をして真正面から見つめる。
「自分の体で作ったはずの快楽を頭で処理しきれずに気絶するってどんな気分だ? 俗には頭が真っ白になり、快感を感じる中意識の糸がぷっつり切れると言うが、実際のところどうなんだ?」
「もういっぺん死にやがれこのクソ統括理事長ォ!!」
ブチ切れたのはもちろん垣根帝督だ。
垣根はサンドイッチの載った銀のお盆をアレイスター=クロウリーの顔面に叩きつける。
ガッゴン! という音と共に、アレイスターは椅子ごと真後ろにぶっ倒れた。
真守は最初からフルスロットルで怒り狂っている垣根を必死に宥める。
「垣根、落ち着いて。いつも建物ぶち壊しちゃう垣根からしたら落ち着いてるけど、頑張ってもっと落ち着いて」
真守はブチ切れて再び魔王降臨のようにゴゴゴゴ──ッと空気を震わせている垣根の腕に触れる。
上条は顔を真っ青にしてガクガク震えながら、垣根をゾッとした目で見た。
(いつもなら、怒りで建物ぶち壊してるのか……?!)
「セクハラ野郎のクソ統括理事長が! さっきからやりたい放題しやがって……ッ!」
垣根はイライラした様子で、銀のお盆を叩きつけられて椅子ごと後ろに倒れたアレイスターを睨みつける。
真守はため息を吐くと、なんとかして復帰しようとしている美少女(笑)なアレイスター=クロウリーを見つめた。
「これで分かっただろ、アレイスター。あんまり私にセクハラすると、本当に垣根に殺されるぞ」
「……いやなに。垣根帝督に初めてを奪われぐずぐずに啼かされているあなたなら、当然経験してるだろうと思ってな。気になりすぎて話が先に進まない」
垣根は真守の隣で、冷酷な目でアレイスターを見下ろす。
「テメエ。ここで本当に壁の染みになるか……?」
真守は垣根の腕を優しく撫でながら、じろっとアレイスターを睨む。
「アレイスター、全部終わったら折檻だぞ」
真守に睨まれると、アレイスターは目を輝かせた。
「ほう。あなたの折檻とは面白い。オリアナ=トムソンはあなたによって傷つけられて完璧に治療されたからそれがヘキになったと言うし、楽しみだ」
「もう我慢できねえぞ生徒代表みんなのアニキから堕落した理事長先生(笑)!! こんな、こんなんじゃあ、あの世のリリスが浮かばれねえ!!」
流石に見かねた上条当麻は、友人を助けるための愛の鉄拳制裁を強行。
垣根はアレイスターを睨みながら、ぶつぶつと呟く。
「あのセクハラエロ親父、やっぱり殺した方が世のためになるんじゃねえのか……!」
垣根のボヤキに応えたのは、珈琲に手を伸ばした
「オマエの大事な女がクソ野郎を守るっつったンだろォが」
垣根は真守のことを抱き寄せながら一方通行を睨んだ。
「バカ野郎コイツが許すはずねえだろ。大切なご先祖様が大切な永遠の友人だと思ってた、クソ野郎なんだからな」
「エロ親父なのにかァ?」
「エロ親父でもだよコンチクショウ」
垣根と
アレイスターはむくっと起き上がると、思い出したことがあって口を開く。
「そういえばコロンゾンが帰ってくる前になんとか対策を講じなければな」
「「そういえばじゃねェンだよォ!」」
垣根と
「最初から全部説明しよう。その上でヤツに一泡吹かせたい。色々言いたい事も聞きたい事もあるだろうが、まずはこれだけ押さえておいてくれ。安心は、するな。相手はあの大悪魔だ、時間はいくらあっても足りないぞ」
真守はそんなアレイスターを見つめて、顔をしかめる。
「いくらあっても足りないんだから、貴重な時間をセクハラで無駄にしないでくれ」
「それは必要経費だ」
「どこかだゴラァッ!! 俺と真守に迷惑かけるんじゃねえ!!」
垣根が怒鳴る中、アレイスターは真面目な顔をする。
「ではまず、コロンゾンについておさらいしよう」
こほん、っと咳をしてアレイスターが本題に入る。
「一九〇九年にアフリカで行った召喚実験の話だ」
真守はやっと本題に入ったか、とため息を吐く。
アレイスター=クロウリーはネス湖で実験を繰り返していたが、清貧を是とするその実験は性に合わなかった。
だからアレイスターはアフリカの地で三羽の鳩の血という供物を使い、即物的な陣を形成した。
その陣を使って三〇ある天使の内、一〇番目にいたザクス、コロンゾンを呼び出したのだ。
「コロンゾンの本質は三三三という数価だ。世の理の完全なる結合を妨げる存在、すなわち意味するところは『拡散』。一見人に協力して『深淵』を超えさせる鍵のように見えて、実際には接触者を基点に全世界へあらゆる汚泥と悪逆をまき散らす大悪魔というヤツだな」
垣根はアレイスターの説明を聞いてげんなりする。
「なんでお前はそんなろくでもないヤツを呼び出したりしたんだよ」
「言っただろう、『深淵』を超えるためだと。上位三セフィラへの到達をするためには必要だったのさ」
「せふぃら?」
その言葉の意味が分からない上条は首を傾げる。
そんな上条の隣で、パスタをもぐもぐ食べていたインデックスが声を上げる。
「生命の樹の事だよ。十字教やカバラで用いられる概念で、神・天使・人間の『魂の階級』を記した身分階級表。『深淵』を超えるって事は上位三セフィラへの到達を目的としていたんだね」
「あーなんか
『
天使が一体引きずり落とされたことにより、人々の中身と外見が入れ替わってしまったあの事件。
あれは明確に、魂の身分階級表である生命の樹に関係していた。
上条は土御門から聞いた話を、なんとなく思い出して首をひねる。
すると、肩に乗っていたオティヌスが上条の耳を引っ張った。
「おい、人間。お前は本当に説明しがいのない人間だな」
いででっと上条の声が上がる中、真守はアレイスターを見た。
「で、その時は結局どうやってコロンゾンを退却させたんだ?」
「私の肉体は一時的に霊媒として乗っ取られたが、弟子でありブレーカーであったヴィクター=ニューバーグが適切に機能して退却させる事に成功した。……まあ、今にしてみれば一九〇九年が初の召喚ではなく、メイザースの忘れ形見として私を害するべくつけ狙っていたのだろうがな」
「メイザースというのは『黄金』の創始者のひとりだよな。エルダーさまに中年とか言われてた人。その人がコロンゾンを先に召喚していたのか」
真守が情報整理をすると、アレイスターは頷く。
「その証拠にヤツが名乗っているローラ=スチュアートという名前。その名前に使われているスチュアート王朝の復活をメイザースは望んでいた。コロンゾン曰く、名前はサービスの一種に過ぎないがな」
アレイスターはコロンゾンを頭に思い浮かべながら、忌々しそうに歯ぎしりする。
「術者メイザースからコロンゾンが直々に受けた命令とは初めて召喚されたふりをして私を破滅に導け、というものだった。……そして私の体を乗っ取る事が敵わないと思ったヤツは、私の娘を使った」
アレイスターの恨みを込めた言葉に、上条当麻は首を傾げる。
「娘? リリス以外にもアンタには娘がいたのか?」
「二人目の娘だ。ちなみに私は一人の妻しか娶らなかったわけではないからな」
アレイスターが随分楽しそうな恋愛模様を発展させている事に、真守は呆れた様子で目を細める。
「何はともあれコロンゾンの悪意もそろそろ蠢きだす頃合いだ。対コロンゾン用の切り札、とまではいかないが、リトマス紙くらいは作れる。……そうだな、この場にいる者たちは使えるか。だが油断ならんぞ。コロンゾンの悪意がどこから滲み出してくるかは不明だからな」
「……その大悪魔ってヤツは『窓のないビル』で宇宙に放逐したンじゃねェのかよ」
アレイスター=クロウリーの孤城であった『窓のないビル』。
それをアレイスターは自身を五人分燃料として打ち上げて、コロンゾンを宇宙へと解き放った。
それを
「甘いな。『窓のないビル』を使うことで、霊媒に縛られるヤツの地球産の魔術が誤作動を起こしてハイ終わり、なら誰も苦労はしない。ヤツの悪意は確実に今もこの惑星をはいずり回っている。それをどうにかせねばならん」
アレイスターの説明を聞いて、真守はふむと頷く。
「それでリトマス紙って事か」
「ああ。私は何が何でも大抵失敗する。おそらくコロンゾンから身を守る護符を作ったとしても失敗するだろう。だが最初から失敗を見越していればどうとでもなる。そして失敗するという事は、そこにコロンゾンの悪意が蔓延っているという事だ」
アレイスターは自分で告げながら、肩をすくめる。
「コロンゾンは『深淵』の奥に多くの叡智を蓄えているが、同時に私やメイザースが抱えていた人の技術にも興味がある。だから必ずこの学園都市を乗っ取りにかかる」
そうでなければ真守がアレイスターを打ち倒した直後で疲弊しているところを狙ったりしない。
その事をアレイスターが指摘すると、真守は疲れた様子ながらも口を開いた。
「大熱波によってインフラが破壊されてて良かったな。インフラが壊れてしまっていては、乗っ取りにも時間がかかる。表を支配するためにわざと学園都市を機能麻痺に陥らせた事が、まさかこんなところで役に立つとはな」
真守がそれ相応の成果があったとぼやくと、垣根が口を開いた。
「情報の管理は『
アレイスターは実質的に現在の学園都市を取り仕切っている真守たちを見てニヤッと笑う。
「だがアレの場所は結局分かっていないだろう?」
「「アレ?」」
真守と垣根が声を上げると、アレイスターはニヤニヤと笑った。
「『
「……『
「いや、知らない」
「だとォ?」
はっきりと告げたアレイスターを見て
「アレは定期的に姿かたちを変えていてな。統括理事会には鞍替えの時にわざわざ報告しなくて良いと言っている。そしてヤツらも私の喉元を掴む意味を込めて、私に報告する事を制限しているきらいがあったからな」
アレイスターは淡々と告げると、ふむと一つ唸って思考する。
「ただ大熱波でも影響を受けていないところにはあるだろう。『
真守は頭に手を当ててため息を吐く。
「なんでそんな大事なモノの鞍替えの報告をしなくていいとか言っちゃうんだよ」
「『
「
真守は
「真守?!」
垣根はふらっと体を揺らした真守のことを受け止める。
「か、かきね……」
真守は垣根に抱き留められたまま、浅い息をする。
そしてくたっと、垣根の腕の中で体から力を抜いた。