とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第一一二話、投稿します。
次は七月二〇日木曜日です。


第一一二話:〈幸福一時〉で身を休める

朝槻真守はあらゆるエネルギーを生成し、操ることができる能力者だ。

当然として、真守は体内のエネルギーも操ることができる。

だから『実験』と称されて食事を与えられなくても、生命維持に必要なエネルギーを生成することで食事を不要とすることができていた。

 

体内のエネルギー全てを網羅することができるということは、免疫能力もきちんと自分で管理できるということだ。そのため真守は一度だって風邪を引いたことが無かった。

 

ただ困ったことに能力に対して体が最適化された結果、内臓が不必要だとして退化しつつあった。

とはいっても内臓の退化については、真守が絶対能力者(レベル6)進化(シフト)した事で完全な肉体を手に入れたため、問題ではなくなったのだが。

 

エネルギーを生成し、操る能力者。それ故に、真守は初めての高熱に苦しんでいた。

体調が悪くなったことはあった。これまでも第三次世界大戦の時も、演算能力を行使しすぎて眠りを必要とすることはあった。

だが睡眠が必要なまで消耗するのと、熱が出るのは別の苦しみがある。

だから真守は、ひどい高熱に悩まされていた。

 

あつくて、胸元が苦しくて息が浅くなる。

寒気がしてふわふわしている感じなのに、体が酷く重たくて動けない。

不思議な感覚で時間の経過すら分からない中、真守は小さく唸った。

 

「…………んぅ」

 

真守は顔をしかめてそっと目を開ける。

見たことのある天蓋だ。

頭がぼうっとするが、ここが『施設(サナトリウム)』の自分の寝所だという事だけは分かる。

 

喫茶店で体調を崩し、垣根が『施設(サナトリウム)』に連れてきてくれたのは覚えている。

だがそれからあまり記憶がない。記憶が曖昧になるなんて、あまりない経験だ。

真守が状況を確認していると、誰かが手を握っていてくれるのが分かった。

 

「……?」

 

深城の手でも、垣根でもない柔らかくて温かい手。

なんだかよく知っているような、優しくて繊細な手。

真守が視線を動かすと、アシュリン=マクレーンが自分の手を握っていた。

 

「…………おば、さま……?」

 

「ええ。真守ちゃん、そうよ」

 

アシュリンは柔らかく微笑むと、真守から手を離す。

真守はアシュリンの手が離れていってしまって、少し寂しく感じた。

そんな真守に笑いかけて、アシュリンは近くに置いてあった洗面器に手を伸ばす。

そして冷たくしたタオルを持ち上げて固く絞ると、真守の頭に載せた。

 

「ん」

 

真守はひやっとした感覚と共に、良い匂いが鼻をかすめたのを感じた。

 

「………………いい、におい……」

 

真守はすんっと鼻を鳴らすと、ぼうっとしたまま目を細める。

 

「…………植物、の……はーぶの良いにおいがする……」

 

真守がぼそぼそと呟くと、アシュリンは微笑んで頷く。

 

「本国から取り寄せた植物を魔術に使ってるの。良い匂いでしょう?」

 

「…………けるとの?」

 

「ええ、ケルトの魔術よ。分かってると思うけど、真守ちゃんは霊格や霊体が安定していないから霊媒に影響が出てるの。だからケルトの魔術を使ってるのだけど……こんなの気休めね。魔術を使って分かったわ。やっぱりあなたはとても特別な存在なのね」

 

アシュリンは微笑みながらも、申し訳なさそうにする。

大切な姪が苦しんでいるのに、手持ちの魔術では特別な存在である真守のことを快復させる事ができないのだ。具体的な解決策を提示する事ができない。

それが本当に悔しそうで。真守はアシュリンが心の底から気に病んでいることがぼうっとする頭でも理解できた。

 

「…………おば、さま」

 

真守は熱に浮かされたまま、顔を歪めてアシュリンを見上げる。

アシュリンは柔らかく微笑むと、真守の体を布団の上から撫でる。

 

「なあに、真守ちゃん」

 

「…………わたし、けるとのひとじゃないよ……」

 

朝槻真守は髪色からも分かる通り、東洋人の血が入っている。

だから血統を重んじるケルトの一族として受け入れられない。

そんな人間にケルトの魔術を使ってもいいのか。

真守はその意味を込めて、アシュリンに言葉を掛けたのだ。

 

唐突に、朝槻真守は少し寂しくなった。

自分が明確なケルトの一員ではないことが、決してケルトが受け入れる事のできないように生まれてしまった自分の運命が。本当に少しだけ、ほんの少しだけ悲しくなった。

 

「真守ちゃん、ケルトは関係ないわ。あなたはわたくしの大切な姪なのよ」

 

自分が決して受け入れられない存在であることが寂しい真守に、アシュリンは優しく話しかける。

 

「本当に大切で、大切にしたい女の子なの」

 

真守はぼうっとアシュリンを見上げる。アシュリンはそんな真守の頭を優しく撫でた。

 

「わたくしがお腹を痛めて産んだわけじゃないけれど、あなたは娘のようなものよ。……だって、わたくしの半身が産んだ女の子ですもの」

 

真守の母であるアメリアはアシュリンと共に、一卵性双生児として生まれた。

小さい頃から、片時も離れる事がなかった。それなのに、道は分かたれた。

 

アシュリンは逃げ出したアメリアのことを、不出来とはいかなくても残念に思っていた。

だがそれでも、アシュリンは妹のことを本当に大切に想っていたのだ。

幸せになって、欲しかった。

 

「………………おかあさま」

 

真守は小さな声で、母のことを呼ぶ。

もうこの世界にはいない、どう頑張っても幸せになることができないひと。

自分を産んで、亡くなって。真守が覚えていないながらも、優しくしてくれたであろう母。

 

「……わたしね、おばさま」

 

真守は少し熱に浮かれた状態で、アシュリンを見る。

 

「……おばさまのこと、とても大事なんだ。でもね、わたしきっと、おばさまごしに、おかあさまを見てる」

 

真守は熱に浮かされて、いつもは絶対に口にしない事を口にする。

アシュリンと真守の母であるアメリアは一卵性双生児だ。

伯母と接するたびに、真守はどこか母の面影を伯母に感じていた。

 

「おばさまはおばさまだから。重ねるのは、とても申し訳ないとおもってた……」

 

アシュリンは悲しそうに顔を歪めると、真守の頬を優しく撫でる。

 

「とても大切なの。たいせつにしたいんだ……」

 

「わたくしもそうよ、真守ちゃん」

 

アシュリンは真守の頭に載っている冷やしタオルを直すと、真守を安心させるように微笑む。

 

「あなたはわたくしたちの光なのよ、真守ちゃん。……もう知ってるでしょう?」

 

真守はゆっくりと頷く。

ケルトの位相は、いつか『運命』によって(つい)えることが決まっている。

だからこそケルトの一族は魂と不滅と、永遠を求めた。

いつでも失う覚悟をしながらも、ケルトを絶やさないために進んできた。

 

そしてケルトは予言を受けた。

 

いずれ生まれ落ちる、完全なる精神に完全なる肉体を持つ、『永遠』を司る真なる者。

ケルトの希望である少女。だがその少女は運命によってケルトが受け入れられない場所へと生まれ落ち、ケルトを救う事はない。

それが朝槻真守だ。真守は運命に翻弄された。だからこそ紆余曲折を経て、学園都市へとやってくることになったのだ。

 

「わたくしの大切な女の子。ケルトが真に必要とした子。これまで懸命に生きてきて、これからも懸命に生き続ける姫御子。これからあなたは長い時を生きる。それなら、刹那の時を誰かに甘えたっていいのよ」

 

「………………うん」

 

真守はぐすっと鼻を鳴らす。

アシュリンはやっぱり、自分がケルトの求めた子供だと分かっていたのだ。

分かっていたけれど、アシュリンは自分のことを想って何も言わなかった。

 

朝槻真守はずっと嫌がっていたが、夏休み明けについに超能力者(レベル5)に認定された。

そして宣伝として、学園都市は朝槻真守の存在を世界に知らしめた。

ずっとアメリア=マクレーンが産んだ娘を探していたマクレーン家は、真守の顔つきを見ただけで自分たちが探し求めていた少女だと察した。

 

真守の前に突然現れた、親族として科学的に認められたマクレーン家。

天涯孤独だと思っていたのに、突然家族が名乗り出てきた。

それすらも真守に取っては困惑する事態だ。

 

それに加えて実はマクレーン家がケルトの一族で、学園都市の統括理事長アレイスター=クロウリーと縁があって、しかも真守自身がマクレーン家の望んでいた姫御子で。

運命のいたずらによって狂わされていたなんて、色々ありすぎなのだ。

だからアシュリンは真守が困惑しないように黙っていた。

黙ったまま、ずっと見守っていた。

 

「…………おばさま」

 

真守は涙を一つ零すと、頑張ってアシュリンへと手を伸ばす。

アシュリンは真守の手を優しく握って微笑む。

アシュリンのその瞳は、少し潤んでいる。

 

「なぁに、真守ちゃん」

 

「………………大切に、したいの……」

 

真守はぐすっと鼻をすすって、目を細める。

 

「大切におもってるの……わたし、けるとの人じゃないけど、でも」

 

「ケルトは関係ないわ、真守ちゃん」

 

アシュリンは柔らかく微笑んで、真守の手を包み込むように握る。

 

「あなたはわたしくの半身が産んだ女の子。わたくしの娘と言っても当然なの。そんなあなたを、わたくしは家族として大切に思っているのよ」

 

アシュリンは熱に浮かされて、何度も大切だと口にする真守を優しく諭す。

真守はふにゃっと顔を弛緩させると、アシュリンを見上げた。

 

「………………あのね、おばさま」

 

「なあに?」

 

「………………あまえていい?」

 

真守は熱に浮かされた様子で望みを告げる。

 

「頭、なでてほしい」

 

頭を撫でてもらう事さえ、真守は甘えている行為だと思っている。

アシュリンは真守の頭を優しく撫でて、歌うように言葉を紡ぐ。

 

「今だけじゃなくて、あなたはいつだってわたくしに甘えていいのよ」

 

アシュリンがにっこり微笑むと、真守は潤んだ瞳を細める。

そんな真守の頭をアシュリンは優しく撫でる。

 

「…………ん。しあわせ……」

 

真守は呟くと、幸せを感じて目を細める。

体が重くて辛いけど、大丈夫だ。

何故なら自分の側には自分のことを想ってくれる伯母がいる。

この『施設(サナトリウム)』には、自分のことを大切にしてくれる人たちがいる。

 

真守は幸せを感じると、ぼうっとしながらもずっとアシュリンを見つめていた。

アシュリンは真守の手を握りながら、優しく布団の上から真守の体を撫でる。

幸せなひとときを送れて、真守は本当に幸福だった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

深夜。垣根帝督は朝槻真守のそばにいた。

垣根は真守の頭を優しく撫でる。そして頬に手の甲を当てて、熱を確かめた。

高熱が出ていた真守だが、熱は落ち着いてきた。

 

持ち直してきたのだ。あの高熱からケルトの魔術の補助で持ち直せるなんて、やっぱり真守は特別な女の子なのだ。

それでも、自分にとってはただの女の子だ。

垣根帝督はそう思いながら、真守の頭を撫でる。

 

「……垣根」

 

真守はそっと目を開いて、視線を彷徨わせる。

 

「起こしちまったわけじゃないよな?」

 

「……うん、なんとなく。起きてた」

 

真守は横になったまま、少し身じろぎする。

垣根は真守が近付きたいと考えていると分かったため、自分から真守に近づいた。

 

「どうした?」

 

「……みんな、大丈夫かな」

 

真守は不安そうに顔を歪める。

 

「コロンゾンが学園都市を手中におさめようとしてるのに……私、すぐには動けない」

 

「大丈夫だ。お前は大熱波が起こってる時に学生たちを全員守っただろ。十分貢献できてる。一人で頑張ることはねえよ」

 

垣根は自分の体調が悪いのに、人のことを心配している真守を見て静かに眉をひそめる。

この少女は根本的に優しいのだ。

人の幸せを考えて動く。この少女の器は大きすぎるのだ。

だから誰かが、優しい真守の幸せを考えなければならない。器の大きさに甘えてはいけないのだ。

 

「俺たちがお前の代わりに全部を守ってやる。だから大丈夫だ、真守。ゆっくり休め」

 

「……ありがとう、垣根」

 

真守は心底安心したように目を細める。

 

「垣根がいてくれて、良かった。深城も、伯母さまもみんなも……私を幸せにしてくれるひとがたくさんいて、私は本当に幸せだ」

 

真守は体調が悪いながらも、少し余裕が出てきてふにゃっと笑う。

 

「神さまの幸せを考えてくれる人がいるのは、とても素晴らしいことだ。……今なら分かる。私たちは願われたら助けたくなるんだ。人間が優しいことを知っているから、どうしてもその願いを叶えたくなってしまうんだ」

 

「神さまじゃねえよ」

 

垣根は真守の頬を撫でて、身をかがめる。

そして優しく真守のことを抱きしめた。

 

「俺にとって、お前はいつだって大切な女の子だ」

 

神と同等の力を持っていて、多くの人たちにその力を求められる朝槻真守。

だが垣根帝督にとっては、永遠に大事にしたい少女なのだ。

小さくて、柔らかくて。尊い命を持っているのが朝槻真守だ。

神様としてすべての素質を兼ねそろえて生まれてきた。それでも真守は女の子なのだ。

 

「……私はしあわせだ。本当に」

 

真守は垣根の背中に手を回して、柔らかく微笑む。

 

「だいすきな男の子がそばにいてくれて。とても幸せだ」

 

真守はふふっと笑うと、垣根にすり寄る。

 

「垣根、いつもみたいに添い寝してほしい……一緒に寝てほしいんだ」

 

「分かった。一緒に寝てやる」

 

垣根は笑うと、布団の中に入る。

そして真守に手を回して、優しく抱きしめた。

 

「ふふ。いつもと同じで幸せだ」

 

真守は垣根の胸板にすり寄ると、幸せそうに笑う。

垣根は自分の腕の中にすっぽり入る真守の背中を撫でる。

 

「……眠れるか?」

 

「うん、だいじょうぶ。かきねの心臓の音、あんしんする……」

 

真守は垣根にすり寄ったまま、うとうとと眠る。

眠りについた真守を見て、垣根はほっと安堵する。

絶対能力者(レベル6)であった朝槻真守に睡眠は必要ない。

それでも真守が眠りを必要としているのは、本当に具合が悪いということだ。

 

「……真守、ごめんな」

 

垣根は真守の頭を優しく撫でながら、一人呟く。

垣根帝督には朝槻真守の体調を治すことができない。

未だ、この世界の人々は魂という存在を解明できていない。

 

解明できているのは真守だけだ。その真守でさえ、自分の霊媒や霊体といったものをコントロールできていない。

現状、真守は自力で治る以外に手立てがないのだ。

 

だがエルダー=マクレーンは言っていた。

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)。真正の医者。

アレイスター=クロウリーの治療をして、日本へと逃がした張本人。

彼ならば、真守を治す手立てを構築できるかもしれないと、エルダーは言っていた。

 

(やっぱり朝になったら平熱でも、あの医者のところに行くか。あそこも大熱波で学生の受け入れが激しくなってるみてえだけど、真守は優先的に見てもらえるだろ)

 

垣根帝督はそう考えて、眠る真守の背中を優しく撫でた。

 

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