とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第二八話、投稿します。
※次は九月六日月曜日です。


第二八話:〈事情不明〉でも物事は進む

垣根が第二三学区の閉鎖された推進システム研究所に辿り着いた時には、既に全てが終わった後だった。

 

推進システム研究所は廃墟になっていた。

外からの攻撃ではなく、内からの破壊によって。

 

真守の安否を心配して焦って垣根が内部に入ると、真守は木山によって抱きかかえられていた。

 

垣根が木山に何があったのかを聞くと、真守がキャパシティダウンによって能力を暴走させられながらも過剰なまでの破壊力でテレスティーナを撃破したと説明された。

 

その現場となった研究室を見たが、驚愕するしかなかった。

 

縦横無尽に走る破壊痕。

その規模からして、この施設が倒壊していない方が不思議なほどだった。

暴利をむさぼった後の廃墟を見回りながら垣根は分析して回ると、破壊しても問題ない箇所と破壊したらマズい箇所がピンポイントに分けられている事が分かった。

 

だからこそ建物を支えている重要な柱は無事で、施設が倒壊していなかったのだ。

 

これらは恐らく、キャパシティダウンによって演算が阻害された事により真守の能力が暴走したが、その暴走を必死に真守がコントロールしようとした結果なのだろう。

 

だがこんな事が真守の能力である流動源力(ギアホイール)で可能なのだろうか。

 

流動源力(ギアホイール)はエネルギーを生成する能力だ。

もし演算が阻害されればエネルギーを生成できなくなるはずで、生成したエネルギーが暴走するという事態に納得がいかない。

 

何があったか聞きたいが、真守は気を失っている。

 

そんな真守は冥土帰し(ヘブンキャンセラー)に診察されて、自身の病室のベッドで眠っていた。

垣根は丸椅子を持ってきて座り、そんな真守の傍にいた。

 

診察した冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は真守の脳に重大な負荷がかかったから昏倒したと言っていた。

しばらくすれば目を覚ますとも。

 

真守には、何かがある。

その何かを学園都市は利用しようとしているのだろう。

 

「……許せねえ」

 

垣根は、自分が何よりも大切にしたいものを全ての脅威から守り抜く事ができないと思って諦めていた節があった。

 

だが真守は、未元物質(ダークマター)の『無限の創造性』を使えば垣根ができないと諦めている事すらできるようになると、心の底から信じている。

真守自身が垣根にとって『何よりも大切にしたいもの』であることも知らないのに、ただまっすぐと朝槻真守は垣根帝督の可能性を信じていた。

 

自分にとってかけがえのない存在である真守を学園都市が利用しようとしているなんて考えただけでも吐き気がして、到底許せる事ではなかった。

 

そこで垣根はベッドで眠りについている真守の顔を見つめた。

その表情は普段とは比べ程にもならないくらいに穏やかで、愛らしい表情をしていた。

 

虚空爆破(グラビトン)事件の時は、名も知らない幼女を探して爆弾が設置されたデパートに戻った。

 

幻想御手(レベルアッパー)事件の黒幕だった木山と木山が救おうとしている置き去り(チャイルドエラー)を真守は救った。

 

その幻想御手(レベルアッパー)事件前に死にかけた少女を救うために徹夜した件と、その後の『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』を破壊するような事件だって、きっと誰かを救うために真守は動いたのだろう。

 

朝槻真守は自分の大切なものを守るだけじゃない。

自分たちの周りにいる人間のためにも戦っている。

 

学園都市の『闇』に息づく者たちにとって真守の()り方は『希望の光』そのものだ。

 

誰もがその光を求めるほどに、尊くて眩しい生き方だ。

 

その『闇』に自ら(はま)りにいった自分ですら救ってしまうほどの光だ。

 

そんな『希望の光』そのものである朝槻真守を、学園都市は利用しようとしている。

 

「……奪われてたまるか」

 

垣根は真守の頭をそっと撫でながら呟く。

 

何もかも好き勝手に奪っていく学園都市に、これ以上奪われるわけにはいかない。

思い通りに利用し尽くす奴らにいいように利用されたくなんてない。

 

この自分にとっての『光』を奪われてたまるものか。

 

垣根が顔を歪めて決意している前で、真守が目を覚ました。

 

「う…………」

 

「真守」

 

真守は焦点の合わない瞳を何度も瞬きさせてから、自分の頭に乗っている手を伝って垣根を見た。

 

「かきね……」

 

「何があったか覚えてるか?」

 

記憶を失っていないかと垣根が問いかけると真守はぼーっとした顔のまま体を起こした。

体を起こすのを垣根が手伝うと、真守は何があったか思い出したのか目を見開いた。

 

「あ……」

 

真守が一言漏らした後、真守の様子が一変した。

 

何かに恐怖していた。

エメラルドグリーンの瞳は動揺して震えているし、即座に顔色が真っ青になった。

 

そして垣根が支えている真守の肩が微かに震えていた。

 

「真守? どうした?」

 

垣根が問いかけると、真守は俯きながらも自分の肩を抱いている垣根の手に自分の手を添えた。

 

「きかないで」

 

消え入りそうな声だった。

 

いつもの自信たっぷりのダウナー声とは違う。

誰をも勇気づける思いやりに満ちた声ではなかった。

 

「おねがい。きかないで」

 

真守は震える声でぽそぽそと呟くと、垣根を伺うように顔を上げた。

 

まるで雨の日に捨てられて必死で飼い主を待ち続ける子猫のようだった。

 

垣根に嫌われたくない。

その一心で震えているのだと、垣根は真守のその瞳に乗せられた感情を読み取って悟った。

 

「い……いつか、……ちゃ、ちゃんと言うから。だから、今。今だけは、」

 

「大丈夫だ」

 

垣根は思わず食い気味になって真守を落ち着かせる言葉を放った。

 

きっと、自分の顔は悲痛で歪んでいただろう。

それだけ真守の様子が痛ましく、心が締め付けられる思いだった。

 

大切にしたいと思っている少女が怯えている姿を垣根は見ていられなかった。

 

「何も聞かない。大丈夫だから落ち着け」

 

垣根が真守の背中をさすると、真守は一度固まってからふにゃっと笑った。

 

真守の頭を垣根がそっと撫でると、緊張で固まっていた体が弛緩して真守が安堵したのが分かった。

 

垣根は真守が心配で、その夜はずっと真守の傍にいた。

いつもより弱気な真守がペースを取り戻したのは、朝になって自分が売店で買ってきた缶のコーンスープを飲んでからだった。

 

缶の底にコーンが残った、と仏頂面で奮闘する姿はいつもの真守で、垣根は安心した。

 

 

 

──────…………。

 

 

第八学区のとあるビルの最上階のフロアにある『スクール』のアジト。

 

垣根はとある部屋の一人掛けの四角いソファに座って、目の前のローテーブルのノートパソコンを苛立ちを込めて睨みつけていた。

 

その画面には真っ黒な下地に『SOUND ONLY』とだけ映し出されていた。

 

『スクール』に指示を出している仲介人。通称『電話の声』。

その人物は、今回仕事を持ってきたわけではなかった。

 

消えた八人目の超能力者(レベル5)流動源力(ギアホイール)。朝槻真守。

 

『電話の声』は真守についての話を持ち出してきたのだ。

 

真守は普段から上層部に監視されており、データを取られ続けていると言っていた。

監視している真守に『スクール』のリーダーである垣根が接触したのは、上層部に筒抜けだったというわけだ。

 

垣根が真守を利用しようとして近づいたという事実には気づいていないらしい。

もしかしたら気づいているのかもしれないが、そんな事よりも重要視されているのは──。

 

〈朝槻真守のそばに暗部の人間がいる。それはとても喜ばしい事だ〉

 

『電話の声』は随分と上機嫌で話す。

 

〈上層部は彼女の扱いに非常に困っていてな。エージェントを派遣して接触を試みても、勘が鋭いからバレるんだ。何人ものエージェントが再起不能になったよ。交渉するのが彼らの本職なのに、朝槻真守がその交渉術を軽々と打ち破るから、プライドが折られてしまうんだ〉

 

朝槻真守は源城深城を傷つけた上層部を憎んでおり、上層部に利用される事を絶対に許さない。

 

そんな真守をコントロールできないから上層部は放置しているが、流動源力(ギアホイール)には非常に利用価値があると彼らは考えている。

 

だからこそ監視もするし、何度も接触を試みようとするが、それらはことごとく失敗していた。

 

だがそんな中で暗部組織『スクール』のリーダーである垣根が真守に接触した事によって全てがひっくり返ったのだ。

 

〈暗部の人間が朝槻真守に接触できるなんて、これまでを考えればはっきり言って異常事態だ。この件について上は随分と注視していてな。朝槻真守に接触できた『スクール』、取り立ててお前の評価はうなぎのぼりだよ〉

 

上機嫌な電話の声に垣根は殺意が(つの)る。

 

最初は自分も真守を利用しようと近づいたが、現状、垣根はその気がすっかり失せていた。

真守の傍にいられればそれで良くて、それ以外に何もいらない程でさえある。

 

「……俺に、アイツの監視をしろって言いてえのか?」

 

〈そういきり立つなよ。そんなに朝槻真守が大事なのか?〉

 

「……、」

 

その問いに垣根が答えないでいると電話の声はますます上機嫌になった。

 

〈いいじゃないか。それだけ懐に入り込めているということだ。ああ、監視の件は()()気にしなくていい。今のところは暗部の人間が朝槻真守のそばにいるだけでいい、と上層部は考えているからな。……まあ、お前が嫌なら強制はしないさ。()()()()()()()()からな〉

 

垣根は『電話の声』が告げた一言にぴくッと反応した。

 

「代わりだと?」

 

〈お前がそばにいられるということは、朝槻真守の倫理観が育ったということだ。彼女の扱いは昔から難しくて、そこら辺が昔からネックだったんだが……ま、そんな事はどうでもいいか。だから必要なら用意するという事だ。降りるならお前は気にしなくていい。お前は既に成果を上げている。この成果を上げる事自体、これまではありえなかったんだからな〉

 

「俺以外のヤツをアイツに当てがってみろ。ソイツをぶち殺す」

 

『闇』から本気で抗おうとしている真守に『闇』の魔の手が伸びる。

その事実により沸き上がっていた怒りが最高潮に達し、高い事象干渉能力が作用して垣根の周りの空気がヂヂッとひりつく音が辺りに響く。

 

一緒にいた誉望はトラウマが蘇って吐き気を覚えてトイレへと駆けこんでいき、心理定規(メジャーハート)は巻き込まれたくないと距離を取った。

 

〈その調子で頼むよ。朝槻真守のことをくれぐれもよろしく。彼女のためならば融通を利かせるくらいこちらは全く問題がないからな〉

 

その言葉を最後にブチッと通話が切られる。

 

垣根は苛立ちに任せてその長い脚でローテーブルに思い切り蹴りを放った。

激しい音と共にローテーブルが蹴り上げられてノートパソコンが宙を泳ぎ、そのまま地面に落下して真っ二つに砕け散った。

 

それでも苛立ちが収まらず、手当たり次第に家具に当たり散らす。

 

部屋が瞬く間に散らかっていく中、心理定規(メジャーハート)はそれに巻き込まれないように移動する。

垣根のご立腹も気にしなければならないが、それよりも心理定規は電話の声が言っていた事が気になっていた。

 

(倫理観の欠如。扱いが難しい。それが昔からネック? ……あの子が?)

 

電話の声は愚痴を告げるように呟いていた。

 

朝槻真守はどう考えても倫理観が欠如しているように見えない。

確かに気難しそうな外見だが、外見からそう感じるだけで面倒見は良いし器量も良く、誰にでも優しい。

 

昔から、と言っているのだからそれは性格のようなものだと理解できるが、それにしたって今の印象と違いすぎる。

 

倫理観の欠如、というところは理解できないが、扱いが難しいという意味は理解できる。

心理定規(メジャーハート)は垣根に命令されて朝槻真守に気が付かれないように近付いた事があった。

 

近付いて分かった事は二つ。

 

一つは朝槻真守が身に纏っているシールドはあらゆる干渉に対して自動的に反応するという事。

 

心理定規(メジャーハート)が自身の能力、『他人との心理的な距離を変える』力によって干渉しようとしたら真守がこちらを認識していないのに干渉を跳ね除けたのだ。

 

恐らく弾かれても構わずに干渉を続けていたら、朝槻真守は心理定規の存在に気が付いただろう。

 

その事を心理定規(メジャーハート)幻想御手(レベルアッパー)使用者に襲われる丁度前日に垣根に話しており、気になった垣根が幻想御手事件の際に真守の能力を解析をしたところ、真守は源流エネルギーに指向性というある種の数値を入力している事が分かった。

 

そしてその数値を複雑化すれば、恐らく複合的な性質を付与できるのだろうとも推測できた。

 

その数値の入力が無意識下で行われるので、外部からは『源流エネルギーから電気エネルギーを生成している』という過程がすっ飛ばされて電気エネルギーを直接生成しているように見えるのだ。

 

体にシールドのように纏っている源流エネルギーにもそれは適用されており、外部から干渉されると源流エネルギーが干渉を跳ね除けるように自動で変質するのだ。

 

だから外部から精神干渉系能力者が干渉したらその干渉を無意識に跳ね除け、それでも干渉を続けると真守が自動的に変質している事を感知して気が付くのだ。

 

そして心理定規(メジャーハート)が真守に近づいて気づいた事は真守の人との心の距離についてだ。

 

朝槻真守は一部の人間を除いて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

真守が知り合いでない心理定規(メジャーハート)も、真守のクラスメイトも心の距離が等しく同じなのだ。

 

流石の心理定規もそんな人間に会ったのは初めての事だった。

 

朝槻真守にとっては、誰も彼もが平等に大事で、誰も彼もが有象無象に過ぎないのだ。

それは全ての命を平等として捉えていると言っても過言ではない。

 

だがその普通に当てはまらない人物がいる。

 

源白深城。

彼女を傷つける者を、真守は絶対に許さない。

それがクラスメイトであっても、源白深城を傷つけるならば真守は平等に敵と見なすだろう。

 

何よりも大事な存在である源白深城。

 

そんな例外である源白深城のように、心の距離が有象無象よりも真守に近づいている人間が一人いた。

それは自分たち『スクール』のリーダーである垣根帝督だ。

 

消えた八人目の超能力者(レベル5)である自分の全てを受け止め、助けてくれると言ってくれた垣根は、真守にとって替えが利かない存在となりつつあった。

 

真守にとっての垣根の心の距離が近くなっているのと同じように、垣根も真守との心の距離が非常に近くなっていた。

 

心理定規(メジャーハート)は垣根が真守に執着する理由がよく分かる。

 

『闇』の人間にとって眩しすぎる表の光を、朝槻真守はその身によって和らげて『闇』の人間を優しく癒すように照らしてくれるからだ。

 

彼女は表の世界にいながらも『闇』を知り尽くしている。

『闇』に囚われるのに必死に抗い、腐る事を拒んで人々を守るためにその力を振るう。

 

しかも人間の良し悪しに関わらず心の距離が平等だから、悪人であろうとなんであろうと人の命を無下に扱わなければ平等に柔らかな視線を向けるのだ。

 

世界が汚いと知りながらも、それを寛容に受け止める。

自身のやるべきことを見据えて全てに向けて全力で微笑む少女がいたならば、『闇』の人間は誰しもが惹かれるだろう。

 

既に朝槻真守の『希望の光』に『スクール』も侵食され始めている。

誉望がそうだ。

 

朝槻真守の情報を集めて彼女の人物像をよく知っている彼は、朝槻真守からお礼を渡されている。

 

頭の上がらない上司に命令されたから情報操作をしたのに、『スクール』が自分を食い物にして色々と探っていた事を知っているのに、真守は誉望にお礼を送ってきたのだ。

(ほだ)されてしまうに決まってる。

 

……まあ、その真守のお礼を誉望に渡した時の垣根の機嫌の悪さと言ったら最高潮だったのだが。

 

ちょっと違った意味合いからだが、『スクール』のスナイパーである弓箭猟虎も真守の話を聞いて目を輝かせているので真守に『スクール』が感化されているのは確実だ。

 

そんな心理定規(メジャーハート)はというと、そこまでではなかった。

心理定規は精神干渉系能力者故に人間関係を俯瞰する癖があるからだ。

 

でもそんな彼女から見ても、朝槻真守は健気で尊くて。柔らかい陽だまりのようで。

 

そしてちゃんと可哀想だった。

 

きちんと汚れているのにそれでも清らか。

二律背反を持ち合わせている彼女は非常に危うい存在だと心理定規(メジャーハート)は感じていた。

 

 

 

──────…………。

 

 

垣根はひとしきり暴れた後、他の部屋に移ってそこに散らばっていた紙束を見つめた。

 

真守に接触すればするほど、上層部に情報を求められる。

だが学園都市に利用されそうになっている真守を一人にしてなんてしておけない。

 

それに真守を守るためには上層部が掴んでいる情報を集める必要がある。

そこには統括理事長が進めている『計画(プラン)』の詳細も勿論含まれていた。

 

垣根は無数の紙束の内、机の上に置いた一つを手に取って見つめる。

そこには殴り書きで情報網を構築するための理論が書かれていた。

 

「予定を早めて造り上げる必要があるな」

 

垣根はその資料を見つめながら一人呟いた。

 

 

 

──────…………。

 

 

真守は病室のベッドの上で携帯電話を見つめていた。

 

『科学世界と魔術世界のバランスが崩れる可能性がある。これは非常にデリケートな問題だ。だから超能力者(レベル5)であるキミはこの件に関わらないでほしい』

 

「手を出すな、か」

 

真守はステイル=マグヌスから送られてきたメールを見つめながら呟く。

 

学園都市に巣食った錬金術師、アウレオルス=イザードをイギリス清教所属のステイル=マグヌスが討伐する事になったが、科学サイドと魔術サイドの拮抗が崩れるから、超能力者(レベル5)の真守はこの件に関わらないでほしい、という内容だった。

 

メールを見る限り、真守はダメでも上条当麻は良いらしい。

 

超能力者(レベル5)の私がダメで、上条は問題ない……か。学園都市にとって、私は魔術世界のいざこざから守りたい存在であることは確かだな」

 

真守は溜息を吐きながら夏の空を見上げた。

 

「記憶を失ってからステイルと初めて会うみたいだが、大丈夫かな。上条」

 

真守は上条当麻の事を考えながらぽそっと呟いた。

 

 

 

──────…………。

 

 

後日。

上条当麻は真守と同じ病院に入院していた。

 

「ええっと……朝槻さん? なんですか、その冷たい目は」

 

上条当麻は病室にやってきて、無言で自分を睥睨する真守の視線に耐えられなくなって問いかけた。

 

「バカを見る目」

 

「うぐっ! 怖い、冷たい恐ろしい……これが塩対応の神アイドル本領発揮か!?」

 

入院するほどの重傷を負ったはずの上条だが、意外にノリが良くテンションが高い。

真守はそんな上条を見つめて、心配して損したと溜息を吐く。

丸椅子を持ってきてそこに座ると、真守は上条が首から吊っている右腕を見つめた。

 

「それで腕の方は?」

 

「ああ。先生が綺麗にくっつけてくれたからさ。大丈夫!」

 

上条は真守の心配を晴らすために笑って告げた。

 

アウレオルス=イザードによって上条の右腕は肩からぶった切られて上条の体から離れたが、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)がその右腕を綺麗にくっつけてくれた。

そう上条当麻は思っているらしい。

 

冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は上条の右腕を『ファンタジー』という言葉で表現していた。

 

あの科学技術で全てを救う医者がファンタジーなんて幻想表現を使うなんておかしい。

 

そこから察して、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は上条当麻の右腕を治してない。

勝手にくっつくかなんかして、上条当麻の右腕は元通りになったのだろう。

 

上条当麻の幻想殺し(イマジンブレイカー)は原理が一切不明だ。

 

真守は能力者とは全く違う異質さを上条当麻の右腕から感じ取っていた。

上条自身はその異質さを記憶を失った事により忘れてしまっている。

 

その現状が真守は心配だったが、幻想殺し(イマジンブレイカー)について真守が知っている事は上条も知識として覚えているので何もアドバイスできないのだ。

 

「……難しいな」

 

「え? なにが難しいんだ?」

 

上条の問いかけに真守は首を振ってから自然に話題を変えた。

 

「なんでもない。しかし、お前は随分と病院が好きになったようだな。いっそ私と同じようにここを住居にした方が良いんじゃないのか?」

 

「……入院費がバカにならないので苦学生には無理です」

 

超能力者(レベル5)無能力者(レベル0)は違うんです、とでも言いたげにがっくりと肩を落とす上条。

 

「あまりインデックスを心配させるな。あの子、怒っていたぞ」

 

「……ああ、それだけ気を付けないとな」

 

「それだけ? それだけじゃなくて自分の体の心配もしろ、バカタレ」

 

真守が叱責すると、上条は曖昧な表情で笑った。

 

「入院していても私の課題と夏休みの宿題はやれよ。サボったらどうなるか──分かっているな?」

 

「イ、イエスマァァァァァム!!」

 

真守がそんな上条を鋭く睨みつけると、上条はビシッと背筋を正して叫んだ。

 

「良い返事だ」

 

真守が上条の反応に満足していると、病室にインデックスがやってきた。

上条がまた無茶をしたと怒っているインデックスを真守が宥めている、穏やかな時間がその場に流れていた。

 




垣根くん、ここから悪党である事について考えるようになります。


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