イギリス篇第一幕:神威混淆、開幕。
次の更新は八月二八日月曜日です。
第一二二話:〈機能停止〉で全てを守る
学園都市が、その機能を全て停止した。
ばづんっと、電源が落ちるかのような音が学園都市全域で響く。
その音と共に、一斉に学園都市の全ての光が消えた。
絶対に
学園都市の機能を停止したのは、統括理事長アレイスター=クロウリーと
真守は大熱波の際に学生たちを守るために、垣根の手を借りてインフラ設備を構築した。
そのインフラ設備の要は真守だ。
だから真守の意志一つで、真守が学園都市の機能を支えていたインフラ設備は止める事ができる。
だが真守が構築したインフラ設備を止めれば、学園都市が機能停止に追い込まれることはない。
何故なら学園都市には統括理事会が『
統括理事会によって再構築されたインフラ設備の方は、アレイスターがプロセッサスーツを使って機能停止に追い込んだ。
浜面仕上が着込んでいたプロセッサスーツは、『
浜面仕上が滝壺理后によって緊急脱着の穴へクリップを通して全身パージしたことで、スーツのフラッシュメモリを差し込むポートが露出。
そのポートからアレイスターが密かに造っていたウィルスを学園都市全体に流し込むことにより、統括理事会が再構築していたインフラをダウンさせたのだ。
真守とアレイスターが引き起こした機能停止の範囲は学園都市だけではなく、学園都市外に位置する協力機関にまで範囲が及ぶ。世界的な混乱を避ける事はできない。
何故こんな事をしたのか。理由は明白である。
学園都市の叡智の結晶を狙う大悪魔コロンゾンに、学園都市の科学の結晶を渡さないためだ。
その弊害として重病人などが切り捨てられる可能性があるが、そこは真守とアレイスターが完全にカバーする体制を既に作り上げている。
学園都市の大規模なブラックアウト。そのブラックアウトは、アレイスターと真守たちが大悪魔を倒すまで復旧の目途を立てる事はできない。
そのため預かっている学生たちは、それぞれで集団疎開させる事になった。
学園都市が機能停止に追い込まれ、全ての技術が凍結されて残るのは学園都市の成果である子供たちだが、この流出は誰にも止める事ができない。
そこで問題となるのは御坂美琴のクローンである
大悪魔コロンゾンには、学園都市の成果物を何も渡さない。
「私が築いた全てを使って、貴様の足を止めてやる。コロンゾン」
アレイスターは地面に下半身が埋まった大悪魔コロンゾンの顔を踏みつけたまま、宣誓する。
十字架を拝むマルガリタの話に倣い、アレイスターは大悪魔コロンゾンの動きを封じていた。
象徴というのは誰でもできる当たり前の行為だ。
その行為に付加価値が付いたからこそ、魔術として機能する。
コロンゾンは人が積み上げる事で形作られた魔術に縛られて動く事ができず、ただただアレイスターに顔を踏みつけられていた。
「二重によって重なる象徴と色彩設計によって貴様の悪性を拒絶する。だがここまでやっても、所詮は時間を稼ぐだけだ。この世界中に蔓延した貴様を、今のままでは殺す事はできん。だが封をされている間、我々が稼いだ時間で何をどこまでできるか。考えておけ」
アレイスターは大悪魔コロンゾンの顔をぐっと踏みつける。
その瞬間、学園都市の動脈たる複数の幹線道路から鋭い閃光が放たれた。
幹線道路が描くのは、巨大な正三角形と中心に刻み付けられた十字だ。
アレイスターが学園都市を使って描いた図形は、西旗と呼ばれるものだ。
数ある象徴武器の中でも、極めて便利な追儺の印。
善には効かないが、悪に対してのみ斥力を働かせるという、使い勝手のいいものだ。
「必ず『娘は』返してもらう。だから孤独の城で首を洗って待っていろ、ゴミ虫」
アレイスター=クロウリーは宣告と共に、コロンゾンを学園都市で『封印』する。
コロンゾンは学園都市のアスファルトの奥に完全に沈み込み、封印される。
アレイスターが言うように、封印は時間稼ぎにしかならない。
だからこそ、真守たちはイギリスへと向かう。
コロンゾンの悪意から世界を守るために、大切なものを守るために。動き出す。
──────…………。
いつもの猫耳ヘアに髪型を整えた真守は、セーラー服の上に厚手の白いパーカーを羽織る。
そして源白深城へと向き直った。
「じゃあ深城。行ってくる」
「うん。真守ちゃん、行ってらっしゃい」
深城は微笑みながら、手に持っていた黒いマフラーを真守の首に巻く。
深城の後ろには、病院車と呼ばれる医療機器が詰まった大型バスが停まっていた。
運転手はいない。カブトムシが運転する事になっているので、必要ないのだ。
「真守さん。深城さんの体はきちんと固定したわ」
バスのスロープから降りてきたのは、移動用の簡素な車椅子に乗った八乙女緋鷹だ。
病院車には、一二歳で時が停まったまま眠り続けている源白深城の体が運び込まれている。
もちろん眠りについている深城のベッドには、垣根帝督が造り上げた真守の避難用の身体も目を閉じて寄り添っている。
まるで在りし日で停まった時間をそのまま体現しているかのような自分たちを思い浮かべて、真守は緋鷹を見た。
「ありがとう、緋鷹。──深城、絶対に帝兵さんと帝察さんから離れたらダメだぞ。体が保てなくなっちゃうから」
真守は今一度、深城に念を押す。
深城は頭に帝兵さんというカブトムシを、そして肩に帝察さんというトンボを二匹乗せていた。
源白深城の体は、能力者たちが無自覚に発するAIM拡散力場によって形作られている。
学生たちが街を離れれば、深城は体を保てなくなる。だがAIM拡散力場を発生させているのは、何も学生たちだけではない。
垣根帝督が自らの端末として造り上げた、人造生命体であるカブトムシやトンボ。
AIM拡散力場を放っている彼らのそばにいれば、深城は学園都市外でも活動できるのだ。
「ちゃんと帝兵さんと帝察さんから離れないよ、真守ちゃん。真守ちゃんも怪我しないでね、絶対だよ?」
深城は真守に向かって小指を出す。
小指と小指を絡める行為は、絶対に破ってはならない約束の証だ。
破れば、針千本を飲ませられる羽目になる。
真守は深城の小指に自分の小指を絡めて、微笑む。
「私は針千本飲んでも死なないけどな」
「怒るよ、真守ちゃん」
ぷくう、と深城が頬を膨らませるので、真守はくすくすと笑う。
「約束だよ、真守ちゃん。絶対に自分を犠牲にしちゃダメだからね?」
「絶対に犠牲にしない。だって深城や垣根が大事にしてくれてるからな」
真守は柔らかく微笑んで、そして垣根の手を握った。
「お前や垣根を悲しませることは絶対にしない。約束する」
垣根は真守の手をぎゅっと強く握る。
真守が垣根を見ると、垣根は真守のことをまっすぐと見下ろした。
「約束破るんじゃねえぞ。もし約束破ってお前が犠牲になるような事があったら、俺が世界を滅ぼしてやる」
垣根は真剣な表情で、自分のことを適当に扱いがちな真守を見つめる。
そんな垣根を見て、深城のそばに立っていた林檎は目を細めた。
「垣根、朝槻が具合悪くなって、前よりすごく重症化したね」
「ああ。本格的に真守がいねえと生きていけなくなった」
垣根がけろっと言うと、深城は苦笑して真守はため息を吐いた。
「最初は私と深城のコトを利用しようとして近づいたのに。随分な変わりようだな」
「ふふ。完璧に真守ちゃんに絆されちゃったねえ」
深城がにこにこと笑っていると、垣根は放っておけ、と顔を背ける。
真守は小さく笑うと、深城の隣に立っている少年たちへ目を向けた。
真っ白な少年と、真っ黒な髪を持っている少年だ。
人間の生きる意志と人間が誰かと一緒にいたいという概念が形となった、真守を神さまとして必要とする者たち。
真守は二人をまとめてぎゅっと抱きしめる。
「私のコトを必要とする子たちはまだまだたくさんいる。だからちゃんと帰って来るからな」
「そうだぞ、朝槻真守。自分をないがしろにされるととても困る」
「ちゃんと、帰ってきて。じゃないと寂しい」
真守は自分にぎゅっと縋りついてくる二人に頬をすり寄せて、微笑む。
そして真守は車椅子に乗っている緋鷹に声を掛けた。
「緋鷹。お前は体がちょっと不自由なんだから、深城に手伝ってもらうんだぞ。深城はバカ力で運痴だけど、ちゃんとやればできる子だから」
「ええ。ありがとう、真守さんも気を付けて」
「むぅ。真守ちゃんのいじわる。どぉして時々辛らつになるのぉ?」
深城はぶーぶーと文句を垂れる。
真守はそんな深城を見て、幸せを感じて微笑んだ。
「そういえばクロイトゥーネは?」
「フロイラインちゃんは学園都市に残るって。みんなが帰ってくるの、待ってるって言ってた」
「そうか。だったら尚更ちゃんと帰ってこないとな。そういえば緋鷹、誉望や心理定規も緋鷹たちと一緒に行くんだよな?」
真守の問いかけに緋鷹は頷く。
「ええ。
「すごく楽しそうなコトしてる……」
真守は目を細めて遠い目をする。
「猟虎さんも来たいと仰っていたけれど、彼女はご家族がいらっしゃるから。とりあえず別口で、後で合流することになってるわ」
「弓箭は入鹿ちゃんと一緒にいるだろう。今度ゆっくり話したい」
「ええ。学園都市が復帰したら会えるわ」
真守は緋鷹の柔らかい言葉に頷く。
すると噂はなんとやら。誉望と
「誉望、心理定規。二人共気を付けてな」
「あなたも気を付けてね。まだ本調子ではないのでしょう?」
「確かに本調子じゃないけど、垣根が一緒にいてくれるから大丈夫だ。──誉望、男の子としてみんなのコトよろしく。深城が危ないコトしたらチョップしていいから」
「……チョップしなくてもいい事を願います」
「もぉ!! 誉望さんを困らせるような事はしないからぁっ!!」
深城はぷんぷんと怒りながら、声を上げる。
真守が柔らかく微笑んでいたら、そこに新たな人がやってきた。
「伯母さま」
アシュリン=マクレーン。
真守の伯母は学園都市に避難するために持ってきた荷物をまとめており、時間がかかったのだ。
アシュリンはロングスカートに分厚いコートを着ている。ロングスカートにはスリットが入っているのと中にタイツを履いているため、戦いやすい服装だ。
「アシュリンさん、真守ちゃんの事よろしくねえっ」
深城は満面の笑みでアシュリンの手をきゅっと握る。
何せ真守とアシュリンは遺伝子的には母子といっても差し支えないのだ。
それを証明するかのように真守と深城は親子のようにそっくりだ。
真守の全てが愛おしい深城はにこにことアシュリンを見つめる。
アシュリンは柔らかく微笑むと、真守の事をぎゅっと抱き寄せた。
「わっ」
少し背伸びをされて、伯母にピトッと頬をくっつけられた真守は驚く。
「わたくしの大事な子だもの。任せてちょうだい」
「ふぁあああっ写真、帝兵さん写真撮って!!」
深城は目を白黒しながらも嬉しそうにしている真守と、アシュリンを写真に収める。
「幸せだぁっにこにこだあっこれでご飯三杯は食べられるよぉっ」
ヒートアップしている深城を見て、真守は苦笑いをする。
そして自分のことを抱きしめているアシュリンを見た。
「伯母さま。そろそろアレイスターたちのところに行かないと」
「ええ、そうね。行きましょう」
真守はアシュリンから離れて、ぎゅっと深城を抱きしめる。
「行ってきます、深城」
「うんっ! 行ってらっしゃいっ!!」
真守はアシュリンと垣根と一緒に、歩き出す。
その様子を幸せそうに見つめていた深城は、にへらっと微笑んだ。
──────…………。
これからイギリスに向かい、コロンゾンの息の根を止める死闘を繰り広げる。
だというのに、目の前では緊張感のない場違いなラブコメが二つ行われていた。
一組目のラブコメは上条当麻とインデックスだ。
上条当麻はインデックスが何故かお湯をかけてからこそ成立するとんこつラーメンスティックを丸かじりしようとしているのを必死に止めている。
そしてもう一組は浜面仕上と滝壺理后。
浜面仕上は『新天地』の狭間から這い出してきたコロンゾンにくっついてしまったがために、『新天地』へと戻れなくなった魔神二名に誘惑を掛けられていた。
それに、滝壺理后が怒りを見せているのだ。
ちなみにその魔神二名というのはネフテュスと娘々だが、ネフテュスは元々個人が存在しないため、自分の力を分離・分割・交換などができる。
そのため『新天地』にいた魔神ネフテュスと、こちら側に残り、真守が再構成して個を獲得したネフテュスは明確に異なる存在だ。
だから浜面仕上に突っかかっているのは魔神ネフテュスで、こちら側に元々いたネフテュスは現在上里翔流と僧正と共に、楽しくやっている。
だが同じように守るべき者がいる上条当麻と浜面仕上とは、多分ちょっと自分は違うのだろう。主に距離感が、である。
その距離感が実は大事だったりするのだな、と一方通行がなんとなく悟っていると、そこにトテトテとやってきた人物がいた。
朝槻真守。彼女は垣根帝督と自分の伯母、アシュリン=マクレーンと共にいた。
「一方通行。お待たせ。……って、どうしたんだ? 遠い目をして」
真守の左手は垣根のコートのポケットにすっぽり収まっており、垣根の右手もまたポケットにすっぽり収まっている。
どこからどう見ても恋人同士。しかも美男美女と来たものだ。
それを見て、一方通行は遠い目をしたまま呟く。
「……オマエたちも大概だよなァ」
「え。何が? 何が大概なんだ!?」
聞き捨てならない! と、真守が叫ぶと、
なんかすごく不名誉な事を思われている気がする。
その不名誉な事を知りたくない真守は一方通行の思考を読む事が怖くてできない。
そのためずーんと落ち込んで、垣根にぎゅっとしがみつく。
「一方通行に呆れられた……」
「別にいいだろ。俺はお前以外どうでもいい」
垣根がけろっと告げると、
そういうところである。
何はともあれ、学園都市の技術の粋はコロンゾンの手から逃れさせる事ができた。
そして別れを告げる者がいる人間はしばしの別れを告げて、無事を誓い合った。
準備は整った。
「ちゃんと全てにケリをつけて、元気に帰って来ような。垣根」
「ああ。当たり前だ」
垣根は真守の頬にキスをして微笑み、真顔になる。
「お前、病み上がりなんだから能力使うんじゃねえぞ」
「それでどうやった戦えというんだ……」
「俺がやる」
垣根はただ一人の最愛の少女のために、宣言する。
「お前は奥の手だ。だから一番重要な時に力を出せばいい」
「……垣根。絶対に奥の手使わないで終わらせてやるって思ってるだろ?」
「当たり前だろ、舐めてんのか」
垣根はじろっと真守を睨む。そんな垣根を見て、アシュリンは微笑んだ。
「わたくしも真守ちゃんに無理してほしくないわ。本当なら連れて行きたくないくらいよ。でも真守ちゃんは目を離すとすぐにどこかに行ってしまうのだから。仕方なくよ」
アシュリンはちょんっと、真守の小さい鼻に人差し指で触れる。
「伯母さままで……分かった。無理しないで大人しくしてる」
真守は自分の事を本当に心配している人たちに言われてきちんと頷く。
だがこのじゃじゃ馬娘が大人しくているはずがない。
垣根とアシュリンは確信しているため、真守が力を振るわないように注意深く監視する事をそれぞれ心に誓った。