次は九月一四日木曜日です。
引き続き、真守は伯母のアシュリンと垣根と共に馬車でロンドンを目指していた。
真守は周りの景色が少し変わってきたことに気が付いて、きょとっと目を見開く。
「何だろう、アレ」
真守が呟くと、垣根もそちらに目を向ける。
真守たちは現在、カンタベリーの街の近くを走っていた。
カンタベリー周辺は広大な牧草地が広がっている。その牧草地には干し草の壁によって造られたバリケードが、不規則に並べられていた。
しかもぽつぽつと松明の輝きが浮かび上がっている。
一部では牧草地がわざと押し倒され、ミステリーサークルのようなものが浮かび上がっていた。
土地が限られている日本の学園都市では絶対にお目にかかれない光景だ。
「干し草のバリケードはロンドンを中心としてるんだな。お空から見たら年輪に見えそう」
真守が興味深そうにしていると、同じように外を見ていたアシュリンが口を開いた。
「イングランド──ロンディニウム大要塞。ドーバー海峡からロンドンへの侵攻を抑えるために築き上げられた防衛線よ」
真守は平面から見ただけで空から見た干し草のバリケードの様子を思い浮かべながら、アシュリンに向けてこてっと首を傾げる。
「干し草で作られたような壁が、魔術として起動するのか?」
「ええ。草の壁を越えようとした侵入者は油で絡めとられ、罪人殺しに最適な炎の壁によって焼き殺される。あれをどうにか魔術的飛行で越えようとしても、『トマス=ベケットの血の奇蹟』を再現した高圧放水で撃墜される。完璧(笑)な布陣ね」
「おお……伯母さま、鼻で嗤って辛らつ。でもその評価でもしょうがないよなあ」
真守は鼻で嗤うアシュリンから目を逸らして、馬車から上空を見上げる。
「魔術由来の技術ならば、確かに迎撃術式で撃ち落とされる。でも純粋な科学技術で空を飛行すれば、迎撃魔術には引っかからないからな」
近代の魔術師は迎撃術式が存在するため、空を飛べない。そのためイギリスの魔女たちは地面や海面のスレスレを飛行したり対策を練って飛行している。
だが迎撃術式とは、あくまで飛行魔術に対するカウンターだ。
そのため科学技術由来の飛行物体には反応しないのだ。
近代魔術を築き上げたアレイスターは、近代魔術の脆弱性を知っている。
だからアレイスターはロンドンに向かう手段として気球を選んだ。
優雅にぷかぷか遊覧的に飛行するのは、ある意味皮肉のようなものでもある。
「上条たちは少し危なっかしいけど……何はともあれ、みんなそれぞれでロンドンへの移動方法を獲得できてて良かった」
ちなみにいま真守たちが通過したカンタベリーにはカンタベリー大聖堂という、イギリス清教の総本山がある。だがアレイスターはカンタベリー大聖堂には、大悪魔コロンゾンにとって重要なものはそれほど隠されていないという考えだ。
誰もが思い浮かべるイギリス清教の本拠地に大事なものを溜め込んでいては、大聖堂を落とされた時に全てが終わってしまう。そもそもコロンゾンは自分が大悪魔だと分かる代物をイギリス清教の総本山に置いておかないだろう。
だからこそアレイスターはカンタベリーではなく、イギリスの中心地であるロンドンに向かおうとしている。真守たちはもともと英国女王がいるであろうバッキンガム宮殿が到達点だ。だからこそ別ルートだが、それでも行き着く先は一緒である。
馬車は魔術に引っかからない正規の順路に則って、進んでいく。
防衛網に重鎮や味方が引っかかったら意味がない。そのため馬車を引いている鉄製の馬には、最初から正規の順路を進むように魔術がかけられているのだ。
馬車はどんどんと進んでいき、真守は進行方向を見つめて怪訝な表情をした。
ロンドンが、オーロラのような光に守られているのだ。
「三重四色の最結界。あれが、ロンドンを守る最終防衛ラインよ」
真守はアシュリンに優しく教えられて、小さく頷く。
連合王国は三つの派閥と四つの地域が複雑に重なりある、特異な毛色を持った領域だ。
だからこそ全く同じ場所にそれぞれの特色に合わせた結界を配置すると、互いに干渉を起こして絶えず変化する巨大迷宮ができあがるのだ。
それが三重四色の最結界。
本当の意味でロンドンを守る、最後の砦だ。
真守はアシュリンの説明を聞いて、オーロラのように輝く壁を見つめる。
「あれって不規則に動いてるから、下手に触ったら引きずり込まれてその先で動いた壁に挟まれそうだ。それが狙いなの、伯母さま?」
ロンドンを守る結界を見て、即座にその性質を看破する真守。
そんな真守を見て、アシュリンはよくできましたと言わんばかりに微笑む。
「遠目で見ただけで理解できるなんて。素晴らしいわ、真守ちゃん」
真守はアシュリンに褒めてもらえて、嬉しそうにちょっと胸を張る。
「私は垣根によって、アレイスターに課せられた枷を全て解いてもらったからな」
朝槻真守は、永遠を体現する神さまになれるような素質を全て兼ねそろえて生まれてきた。
どこまでも人の枠組みを超える事無く、進化し続けることができる存在として生まれた。
アレイスターはどこまでも進化する真守を
だが真守は垣根帝督によって、アレイスターの全ての枷から解き放たれた。
その結果、朝槻真守はコロンゾンやエイワスと同等の力であり、全く異なる『流行』という力を得るまでに至ったのだ。
位相同士がぶつかる事によって生まれる運命に翻弄された結果、朝槻真守はケルトの民として認められなくなってしまった。
だがそれでも『流行』という在り方はケルトの民が望んだ永遠不変の存在であり、その時代に適応しながらもケルトの教えを後世に残す存在に他ならない。
真守は三重四色の最結界を見つめながら、鋭く目を細める。
「私は垣根に学園都市から解放してもらったからな。少し探れば、魔術の法則が理解できる。根っこの部分では科学の法則と仕組みが一緒だからな」
真守は頭の中で魔術を精査しつつも、顔をしかめる。
「でもイギリスって本当に魔術が多いんだな。さっきから得体のしれない法則を片っ端から感じちゃって、心が休まらない」
朝槻真守はその在り方故に物理法則だけではなく、他の位相の法則──つまり魔術でさえ、正確に理解する事ができるようになった。
その機能を獲得してから、日が浅い。
そのため周りに存在する様々な法則をいっぺんに感じ取ってしまうのだ。
しかも全ての法則が理解できるものだから、情報過多で疲弊してしまうのだ。
垣根は真守がそれなりに疲れていることを理解して、優しく声を掛ける。
「大丈夫か、真守」
「うん。問題ない」
真守はふにゃっと笑うが、垣根は真守の頬に手を添えた。
「お前は体調崩してから間髪入れずにイギリスに来てるんだ。辛いならちゃんと言え」
「そうよ、真守ちゃん。わたくしたちは真守ちゃんの体調が一番なんだから」
真守は垣根とアシュリンに心配されて、ふふっと笑う。
「大丈夫だぞ。目まぐるしいといっても違和感があるくらいだからな。それにあの結界はとても綺麗だからすぐに仕組みが理解できる」
真守は元々あらゆる流れを汲み取る事ができた。だからこそ『流行』を冠するに至ったのだが、それに加えて真守が保有する演算能力は『
そして今の真守は演算に基づいた『予測』ができる。だからこそきちんとした法則に則って不規則に蠢く三重四色の最結界の動きを、完全に網羅する事ができるのだ。
「三重四色それぞれの法則に適当に数字を当てはめて数式を構築して数値化すれば、干渉に起こる不規則を予測するくらい、私にはどうって事ない」
真守は少し黙って、頭の中で三重四色の結界の仕組みの解析することに集中する。
そんな真守の隣で、垣根はカブトムシのネットワークに接続した。
上条たちを見守っているトンボと違い、垣根はカブトムシたちを先にロンドンに向かわせていた。だが三重四色の最結界に阻まれてしまっているのだ。
カブトムシたちに、垣根は三重四色の最結界に体当たりさせてパラメータを取得させていた。
垣根はそのパラメータを基に、カブトムシのたぐい稀なる演算能力を駆使して三重四色の結界が織り成す巨大迷宮の全貌を解明させていたのだ。
朝槻真守は魔術科学問わず、全てを自らの頭脳で網羅する事ができる。
垣根帝督はカブトムシのネットワークと自らの能力を駆使すれば、真守と同じ世界を見ることができるのだ。
「真守」
「ん?」
真守は垣根に呼ばれて、自分を真剣な瞳で見つめてくる垣根を見上げた。
「お前の見ている世界は、お前が教えてくれた『無限の創造性』で理解できる」
真守は垣根の言葉に目を見開く。
垣根帝督は
その方法を──『無限の創造性』を、真守は既に垣根に教えていた。
「あの結界はいま
垣根帝督は実は真守の横にちょこんっと座っていたカブトムシに目を向ける。
以前『グレムリン』の正規メンバーのトールは、垣根帝督に対して朝槻真守と同じステージへと至らなくていいのかと聞いてきた。
そんな事は必要ないのだ。
何故なら垣根帝督は
『無限の創造性』で、真守と同じ世界を見ることができるのだ。
「お前の事を、俺は絶対に一人にしない」
真守は垣根の言葉に目を見開くと、ふにゃっと微笑んだ。
朝槻真守がどんな存在になったとしても、垣根帝督は『無限の創造性』によって、唯一朝槻真守の隣に立っていられるのだ。
だから朝槻真守は、垣根帝督がいつまでもそばにいてくれるから絶対に一人ぼっちにはならない。孤独な世界を見る事もない。
垣根帝督は朝槻真守を一人にしたくないと思った。だからずっとそばにいようと決めた。
何があってもそばにいる。その約束を絶対に破らない。
垣根が決意を込めた瞳で伝えてくれるのが、真守は本当に嬉しかった。
垣根は安堵の笑みを浮かべる真守の手を握ると、アシュリンを見た。
「だから心配なんてしなくていい。真守のそばには俺がずっと、いつまでもいる」
朝槻真守はケルトの民が求めた『永遠』を手にした。
だが『永遠』とは孤独なものだ。
そのためケルトの民は真守といつまでも共にあろうという心意気だが、血族以外にも真守のことを大切にしてくれる人がいるのは幸運なことだ。
「真守ちゃんを、よろしくお願いします」
アシュリンは垣根にゆっくりと頭を下げて、真守を確かに託す。
「えへへ」
真守は本当に嬉しくて、ふにゃふにゃと笑いながら垣根に身をすり寄せる。
真守が本当にいい人に出会えたのが嬉しくて、アシュリンは目を細めた。
アシュリンの半身である双子の妹のアメリアは、真守を産んですぐに亡くなった。
アシュリンはアメリアが本当の意味で幸せだとは思えなかった。だからこそ尚更、アシュリンは真守に幸せになって欲しいと思うのだ。
最初、真守の身辺調査をした時。学園都市の暗部に所属する垣根帝督がそばにいることを、アシュリンは本当に警戒していた。
だが大覇星祭の時。実際に会って、アシュリンは垣根帝督が真守のことを本当に大切にしているのを理解した。
そして真守が、垣根のことを深城と同じくらいに心の拠りどころとしているのだと分かった。
だから見守ることにしたのだ。
無理に引き離さなくて本当に良かったと、アシュリンは思う。
「なんだかちょっと恥ずかしいけど、すごくうれしい」
真守は幸せそうにふにゃっと笑う。
そして、垣根にすり寄って、アシュリンへと笑顔を見せる。
「一人じゃないぞ、伯母さま。だから大丈夫」
「……ええ、そうね。本当に良かったわ、真守ちゃん」
アシュリンは自分の半身が産んだかけがえのない姪を見つめて、柔らかく微笑む。
「あなたが幸せでいられることが、わたくしの幸せよ。……絶対に、自分の幸せを手放してはダメ。ずっと幸せでいて、真守ちゃん」
「ふふ。幸せでいられることの努力は怠らないぞ、大丈夫」
アシュリンは自分の姪が幸せにしているのが嬉しくて、目を細める。
真守のためにも世界のためにも、そして自分たちマクレーン家のためにも。
できることをしようと思って、アシュリンは外を見た。