次は九月一八日月曜日です。
ロンドンの最終防衛である、三重四色の最結界。
朝槻真守と垣根帝督は、それぞれの方法で三重四色の最結界の解析をしていた。
解析を先に済ませたのは、真守だった。
もうすぐ三重四色の最結界を目前にしている馬車の中で、真守は小さく伸びをする。
そして、肩に乗っていたトンボへと真守は意識を向ける。
だがやっぱり、別行動をしている上条たちが心配なのだ。
だから真守は、彼らを見守っているトンボのネットワークに接続した。
変わらずに気球で移動しているはずのアレイスターに、意識を向ける。
すると、真守は声を上げた。
「あ」
垣根は胡乱げな瞳でカブトムシのネットワークに干渉して、結界の解析をしていた。
だが真守が声を上げたので、真守に目を向けた。
「どうした?」
「アレイスターが上条のコトを囮に使ったんだ」
真守は上条たちを見守ってくれている肩に乗せたトンボの頭を、労いを込めて優しく撫でる。
するとカブトムシがちょっとうらやましそうにしていたため、真守はカブトムシの頭も撫でる。
自分の端末を、真守は大層かわいがっている。
それを垣根帝督はちょっと不機嫌に感じながらも、自分もトンボのネットワークに接続した。
アレイスターは馬車で移動している真守たちとは別口で、上条当麻たちと共に気球に乗ってロンドンを目指していた。
気球は順調にロンドンへと近付いており、イングランド──ロンディニウム大要塞、第三城壁を通過した。そこで、アレイスターは上条のことを高電圧のスタンガンで昏倒させたのだ。
上条は気絶して、その拍子に分厚い紙を重ねて強度を確保した気球の籠の手すりから滑り落ちる。そして、干し草のロールに頭から突き刺さった。
侵入者を検知して、途端に集まる『騎士派』の人間。
上条が『騎士派』に捕らえられる中、アレイスターたちは優雅に気球でぷかぷか浮いていた。
真守はトンボのネットワークに接続できないアシュリンへ現状説明をする。
「伯母さま。どうやらアレイスターは上条をわざと『騎士派』に捕まえさせて、ロンドンへ移送させて上条の後を辿るつもりらしい」
アシュリンはアレイスターの思惑を聞いて、端正な眉を歪める。
「三重四色の最結界は複雑な構造のまま、絶えず変化する結界よ。上条くんをロンドンまで移送するために『騎士派』が使った道はすぐに閉じてしまうわ。もちろん、わたくしたちがロンドンへと向かう道も、入ってしまえばすぐに閉じてしまうでしょう」
「そうだよな。解析したところ、三重四色の結界は誰かの後に続けばロンドンに侵入できないハズなんだ。……しょうがないからアレイスターに三重四色の最結界の解析結果を送ろう。帝察さんが道案内すれば、アレイスターたちも安全にロンドンへと入れるだろう。帝察さん、お願い」
『了解しました』
真守はトンボに情報を送ってもらいながら、思案顔をする。
「……とはいっても、もう上条は『騎士派』に捕まっちゃった後だから……大丈夫かな……」
真守がむっと口を尖らせていると、アシュリンは上品に自らの顎に人差し指を沿える。
「上条くんは重要参考人として
真守はアシュリンの真っ当な推測を聞いて、顔をしかめる。
「でも処刑塔の尋問要員ってだいたい『
『必要悪の教会』の一員である、ルーン魔術を使うステイル=マグヌス。
彼は上条に容赦がない。インデックスのことを本当に大切に想っているステイルは、おそらくインデックスを放っておいて処刑塔に連行された上条当麻に憤るはずだ。
実際には上条当麻はインデックスと途中まで行動していて、アレイスターの策略で上条は分断されてしまったのだが。そんな事情、当然としてステイルは知らない。
「上条って運がない不幸男だから、ステイルが担当官になりそう……」
自分の仕事には絶対に手を抜かないステイル=マグヌス。
真守は静かにキレながらも粛々と尋問(拷問)を始める彼を思い浮かべて、上条のことを心配する。
「上条は義理堅いところがあるからな……たぶんアレイスターの情報を漏らさないだろうし、長期戦になりそう……」
「あらあら。その間にクロウリーズ・ハザードはロンドンに責めてきそうね」
アシュリンは軽やかに笑う。
「三重四色の最結界を越えてロンドンに着いたら、上条くんに手荒なことをしないように使いを送りましょう。ステイルはわたくしのことを無視できないはずよ」
アシュリンはイギリス側の人間だ。しかも多大なる権力を持っている。
『
「三重四色の最結界は
大変楽しそうに笑うアシュリンを見て、真守は固まる。
「え。三重四色の最結界はロンドンを守る最後の砦だろ。上条が
ロンドンの最終防衛の結界である三重四色の最結界はとても重要な結界だ。
それを、
真守が心配してアシュリンを見ると、アシュリンはにこっと余裕の笑みを見せる。
「大丈夫よ。打ち消されたとしても三重四色の最結界は土地の特色によって成り立っているものだから。すぐに修正は利くわ」
アシュリンは柔らかく微笑むと、笑ったまま冷たい目を見せる。
「そもそも三重四色の最結界にもローラが何かを仕込んでいるかもしれないわ。それなら、完膚なきまでに壊した方がいい。修理する際にケルトの民だけが使える裏道でも構築しちゃおうかしら」
ほくそ笑むアシュリン。
そんなアシュリンを見て、真守は垣根の袖をくいっと引っ張りながら遠い目をした。
「なあ、垣根。やっぱり私の実家って、策士でお金も地位も名誉もあって最強だと思う」
「だから何度も言ってるだろ。お前がいる時点で最凶だよ」
科学の結晶である朝槻真守。
そんな真守と血が繋がっていることが証明されているケルトの民であり歴史が深いマクレーン家。
科学と魔術に分断されている現状、どちらの力も持っているマクレーン家は本当に最強で最凶だ。
真守はてんこ盛りすぎるマクレーン家の最強さに遠い目をしていたが、少し眉をひそめた。
ぎしり、と胸に違和感を覚えたのだ。
「真守。どうした?」
垣根は真守が体を小さく揺らしただけでも即座に異変に気が付き、真守を見る。
垣根帝督には分かる。どこからどう見ても、真守は胸に違和感を覚えている。
しかも心なしかちょっと顔色が悪くなっている。
「真守。俺に寄り掛かれ」
垣根は真守の腰を抱き寄せて、自分にもたれかからせる。
「真守ちゃん、大丈夫?」
アシュリンは少し具合が悪そうにしている真守を見つめて、眉を八の字に曲げる。
その表情は不安そうな顔をする時の自分そっくりだ。
真守はふふっと小さく笑い、自分の胸を押さえながら微笑む。
「大丈夫、ちょっと胸が疼いただけ」
ちょっとと真守は言ったが、胸が軋むたびに確かな痛みが体に走る。
真守が強がっていることを見抜きながらも、アシュリンは特に追求せずに馬車の外に目を向けた。
馬車から見える景色は、オーロラ色に輝く壁がすぐ近くに迫っている。
真守たちが乗る馬車は、つい先ほど三重四色の最結界内部に入っていた。
「いま丁度、三重四色の最結界の中でも内側に入ったところだわ。真守ちゃんはすでに結界の解析を終えているのよね?」
「うん、もう終わってる。だから三重四色の最結界で具合が悪くなってるんじゃない。……コロンゾンの気配が濃いからだ。そのせいでコロンゾンに傷をつけられた胸が疼く」
「ロンドンの空気が真守ちゃんに合わないのね。……やっぱり、コロンゾンはカンタベリー大聖堂ではなくロンドンを根城にしているようね」
真守はアシュリンの言葉に頷く。
朝槻真守は大悪魔コロンゾンによって、胸に『拡散』を穿たれた。
真守が『流行』へと至っていたからこそ無事だったが、『拡散』は未だに真守の胸に影響を残している。
ロンドンに近付けば、真守の胸に残されたコロンゾンの『拡散』が疼く。
それはつまり、ロンドンは既にコロンゾンの魔の手に落ちているという事だ。
インデックスや府蘭は、コロンゾンに乗っ取られていた。
おそらくロンドンに近付けば、彼女たちも何かしら感じるだろう。
アシュリンは顔をそっと歪めて、真守の様子を伺う。
「真守ちゃん。このままロンドン入りをして、本当に大丈夫?」
「大丈夫だぞ、伯母さま。私もロンドンに行く」
真守は柔らかく微笑むと、自分に肩を貸してくれている垣根にすり寄る。
「それに二人ならよく知ってるだろ。ここで私をないがしろにしたら、好き勝手にロンドンに飛んで行って暴れてやるからな」
垣根は笑って告げる真守を見て、顔をしかめる。
「そういう脅しの言葉を口にするな、このバカ」
「あてっ」
真守は垣根にこつんっと、軽くおでこを叩かれて声を上げる。
アシュリンは涙目になる真守を見て、くすりと笑う。
「確かにこの状態で真守ちゃんを置いて行ったら何しでかすか分からないわね。真守ちゃんはじゃじゃ馬だから」
「むう。伯母さまに言われるとちょっとかなしい……」
真守がムーッと口を尖らせると、垣根は真守に白い目を向ける。
「悲しいならじゃじゃ馬らしい態度取るんじゃねえよ、分かったな?」
「気を付ける……」
真守がぼそぼそ呟くと、アシュリンは軽やかに笑った。
「これから行くバッキンガム宮殿は『王室派』が管理しているから、コロンゾンの影響力は少ないはずよ。ロンドン内を彷徨い歩くよりも真守ちゃんにとってはいいんじゃないのかしら」
垣根はアシュリンの言葉に頷く。
「そうだな。あそこは曲がりなりにも英国のトップがいる場所だ。おそらくロンドン内で一番安心だろう」
真守は垣根にすり寄りながら、オーロラの壁で守られているロンドンをそっと見つめる。
「……コロンゾンの気配がロンドンを覆ってる。もしかしたらロンドンにいる人たちを操るための何かがあるのかもしれない」
垣根は不安を少し感じている真守の頬に、そっと触れる。
「真守。本当に大丈夫か?」
「大丈夫だぞ、垣根。──アレイスターが言うには、コロンゾンは髪束で即席の陣を組み上げて学園都市の子たちの思考を汚染していたみたいだし、コロンゾンの手が簡単に伸びるロンドンなら間違いなく人を操れるだろう。だから、ロンドンの人たちを守らなければ」
アシュリンは真守を心配そうに見つめながらため息を吐く。
「まったく。大悪魔なんてものがイギリスに巣を作っていたとは考えもしなかったわ」
頭の痛い話にアシュリンが呆れていると、垣根が肩をすくめた。
「しかもイギリス清教の
アシュリンと垣根の話している姿を見て、真守は一つ息を吐く。
「最初すごく違和感があったけど、慣れてきた。だから段々大丈夫になると思う」
真守は心配している二人に笑いかけると、アシュリンを見つめた。
「伯母さまたちが学園都市に来てくれて良かった。伯母さまたちがコロンゾンを直に見たコトで、ローラ=スチュアートがコロンゾンだって証明できる。伯母さまやお祖父さまの言葉なら、英国女王も聞いてくれるし」
「あら。もしわたくしたちが学園都市に避難していなくとも、真守ちゃんがローラの正体がコロンゾンだと教えてくれたならば、絶対にわたくしたちは信用したわよ?」
アシュリンが柔らかく微笑むと、真守もふにゃっと微笑んだ。
「うん、分かってるぞ。でも手間暇の問題を考えれば、伯母さまたちが直接見た方が良かった」
真守がローラ=スチュアートは大悪魔コロンゾンなのだ、と言えばアシュリンたちはすぐに信じてくれる。
何故ならアシュリンたちは真守を信じているから。
そして真守がわざとイギリス清教を混乱させたいと思っていないと分かっているからだ。
それに十字教三大派閥の一つであるイギリス清教には、真守の友人が多く所属している。
アシュリンたちは友人のために動く真守が彼らの居場所を奪うようなことは、科学サイドの象徴であっても絶対にしないと分かっている。
だがその場合、真守がアシュリンたちに説明をして、そのアシュリンたちが英国女王に説明するという手間暇が発生してしまう。
しかもマクレーン家はウェールズの辺境に住んでいる。ウェールズに行ってロンドンに行くというのは、あまりにも時間がかかりすぎる。
「頑張ってコロンゾンからイギリスを守ろう」
真守はアシュリンを見て柔らかく微笑む。
「だってイギリスは伯母さまたちが住む素敵な国だから。……それに、お母さまが眠る地だから」
真守の母、アメリア=マクレーンはイギリスではなく異国の地で亡くなったが、アシュリンたちが遺体を回収してウェールズの地に墓を建てたのだ。
アメリアはケルトから出奔した事実があるので、秘密裏に墓を建てられている。
それでも母が眠る地なのだ。
絶対にコロンゾンに侵させたくない。
「ええ、そうね。──結界を抜けるわ、ロンドン市内を通ってそのままバッキンガム宮殿へと向かいましょう」
アシュリンはオーロラの壁を超えてロンドン市内へと入った馬車の窓から眺める。
「ようこそ、霧と魔術と繁栄の都へ。コロンゾンの魔の根が根付く、侵されたロンドンに」