次は九月二一日木曜日です。
バッキンガム宮殿。英国女王の住まう宮殿。
馬車から降りた真守たちは近衛侍女に案内されて、絢爛豪華な調度品に囲まれたとある一室へと通された。
『王室派』のトップが、議会の人間の意見を聞くことなく方針を決める時に使われる部屋だ。
真守は知らないが、実はブリテン・ザ・ハロウィンの時に上条当麻、インデックスが通された一室でもあった。
アシュリンは部屋に入ると、渋い顔で座っている英国女王に笑いかける。
「ごきげんよう、英国女王。あらあら、また暴れていらしたのですか?」
英国女王は完全にむくれた顔で、体に縄を巻かれてお縄頂戴にされていた。
英国が危機に瀕しているため、前線に出ようとした結果、部下に押さえつけられたのだ。
縄でぐるんぐるんに巻かれた英国女王を見て、アシュリンはくすくすと笑う。
「真守ちゃんの前では、はしたなく暴れないでくださいね?」
アシュリンはにこやかに微笑むと、英国女王の縄を解く。
科学サイドの代表的な存在である真守の前で、英国を取りまとめる女王がお縄になっているとはあまりよくない状態だからだ。
アシュリンは縄を受け取りに来た近衛侍女に指示をする。
「最高級の紅茶を。学園都市の子供だと侮って皮肉(笑)でグレードを落とすと、わたくしが首を飛ばすわよ」
柔らかに圧を掛けるアシュリン。
そんなアシュリンの隣で、真守は苦笑しながら前に出る。
「魔神オティヌスの処遇を決める国連会議では色々と立て込んでいたから込み入った話ができなかったケド。
真守が柔らかく挨拶をすると、その隣に来た垣根が挨拶する。
「
魔神オティヌスにより世界が一度終わり、再構成された後。
真守はオティヌスを救うために、世界を混乱に陥らせた魔神オティヌスに対抗するために結成された国際会議の場に現れた。
あの時、真守は祖父であるランドンに初めて会った。
少し懐かしい。真守がそう思っていると、英国女王はこほんっと咳をすると頷く。
「学園都市はやはり教育機関なのだな。丁寧な挨拶をしてくれて結構だ」
そんな真守たちに感心していると、真守は小さく苦笑いする。
「垣根と違って私は独学だけどな」
あまり大きな声で言えないが、真守は高校からきちんと学校に通い出した。
その学校も平凡で特徴のない学校だ。そういう学校の方が初めて学校に通う真守には気楽だった。
だから真守はお嬢様が身に着けるような礼儀作法は教わっていない。
垣根は苦笑する真守の手を、そっと握る。
「お前は元からかわいくて品があるから独学でも問題ねえよ」
「そういうものか?」
「そういうモンだ」
真守は垣根の言葉にくすっと笑うと、次に王女である二人に近づく。
「そちらは第一王女、リメエアさまと第三王女、ヴィリアンさまだな。ごきげんよう」
真守は英国女王とは別のソファに座っていたリメイアとヴィリアンに挨拶をする。
「ご丁寧にありがとうございます」
第三王女は柔らかく微笑み、気品あふれた様子で頷く。
第一王女は、真守のことをじっと見つめる。
「……本当にあなたはマクレーンの子なのね」
真守の容姿は、黒髪を銀髪にすればアシュリンとそっくりの顔つきだ。
エメラルドグリーンの瞳は同じ透き通った色だし、真守とアシュリンはどこからどう見ても母娘に見える。
実際、真守とアシュリンは遺伝子レベルで言えば母娘といっても差し支えない。
似ているのは当然だ。
「よろしくな、リメエアさま」
真守は柔らかく微笑むと、垣根と共にアシュリンの座っているソファに座る。
するとほどなくして、紅茶が運ばれてきた。
アフタヌーンティーではないが、軽食であるサンドイッチやスコーンも付いている。
真守は近衛侍女が気合いを入れて持ってきてくれた茶器や軽食にきらきらと目を輝かせる。
「おいしそう……! いまちょっと大変な時だケド、食べていいのかな? 伯母さまっ」
真守はアシュリンをきらきらとした瞳で見つめる。
「真守ちゃんと垣根くんのために用意させたんだもの。もちろん良いわよ」
アシュリンは微笑むと、紅茶を真守に勧める。
ミルクとお砂糖がたっぷりと入った紅茶。それを近衛侍女に指示して、アシュリンは真守に差し出す。
「異常事態が起きていても、英国の人間はお茶の時間を楽しむものよ」
「さすが紅茶の国だなあ。……っいただきますっ」
真守は感心すると、丁寧な仕草でくぴっと紅茶を飲む。
「おいしい」
ふわりととろけるような笑みを浮かべる真守。
その姿を見て、くすっと英国女王は笑った。
「イギリスが大変な事になってるとはいえ……そんな笑みを見せられたら、紅茶を寄越して良かったと思わせられるな。食べると良い」
「ありがとう、英国女王」
真守はちょっと恥ずかしそうに微笑みながら、スコーンに手を伸ばす。
丁寧に割ってクロテッドクリームをたっぷりつける。
すると真守は小さな口でぱくっとスコーンを口にした。
クロテッドクリームのじゅわっとした甘さ。それがとても美味しくて、真守は顔を緩める。
「おいしすぎて、上条に申し訳なくなってきた……っ」
おそらくツンツン頭の少年は
バッキンガムで紅茶を優雅に飲んでいるなんて知られたら、上条当麻に血涙を流されてしまう。
真守はそう思いながらも、ぱくっとスコーンを食べる。
にこにこと表情を弛緩させる真守。そんな真守を見て、英国女王は肩をすくめた。
「平時ならばもう少し堪能してもらいたいものだが、今はそうはいかない」
英国女王は言葉を零すと、真守の隣に座って優雅に紅茶を飲んでいたアシュリンに目を向けた。
「して、マクレーン。お前たちは国の危機を感じて、早々に見切りをつけて異界に引っ込んだのではなかったのか?」
「そう見せかけて、実は姪がいる学園都市に避難しておりましたの。大熱波やら学園都市の機能停止などが起きましたが、スリリングで楽しかったですわ」
英国女王は紅茶へと手を伸ばしながら呆れた顔をする。
「お前たちは好戦的だからな。身内を何よりも大事にするから、怒らせると昔から面倒だ」
ケルトの民は戦士の一族という側面も持っている。
ありていに言ってしまえば、喧嘩っ早いのだ。
その好戦的な様子を骨の髄まで理解している英国女王は眉をひそめる。
「マクレーンは英国や連合王国に属する国に対しての攻撃についてどこまで掴んでおるのだ?」
「アレイスター=クロウリー。その名を冠したクロウリーズ・ハザードが英国や関係諸国を攻撃していますのよ。彼はそう自称していました。……あ、今は彼女ですけど」
「は?」
英国女王は優雅に紅茶を飲んでいたが、アシュリンからもたらされた情報に声を上げる。
「ちょっと待て。アレイスターとはあのアレイスターか……?」
「はい。実は学園都市統括理事長の正体が稀代の魔術師、アレイスター=クロウリーだったのですよ。ちなみにわたくしたちマクレーン家は統括理事長の正体について、おおよその見当をつけていましたわ」
英国女王はアシュリンの暴露に目を剥く。
そんな英国女王が面白くて、アシュリンは軽やかに畳みかける。
「わたくしの姪である真守ちゃんは学園都市を変えるために、アレイスターに挑んだのです。そしてアレイスターの過去を知り、その上でアレイスターの行いを否定した。そして新しく始めようとした。そこに、イギリス清教の
「待て待て待て待てなんだって!?」
アシュリンは英国女王が慌てても、ふわりと微笑む。
「しかもローラ=スチュアートはアレイスターの娘の体を乗っ取っている大悪魔コロンゾンだったのです。コロンゾンは過去に『黄金』の最大派閥を率いていたサミュエル=リデル=マグレガー=メイザースに召喚されており、アレイスターの邪魔をするように命令されてまして」
「だからちょっと待て!! 情報量が多すぎ──」
「アレイスターはローラに攻撃されて肉体を失いましたが、その代わりに自身に秘められていた一〇億の可能性を解き放った。そのせいで無数のIFのアレイスターが湧き出し、大悪魔コロンゾンの息の根を止めようとイギリス関連に攻撃を仕掛けてきているのですわ」
絶句する英国女王。
真守と垣根は静かに紅茶を飲みながら同時に思う。
そりゃ何も知らない人がとんでも事実を聞かされたら固まるだろう、と。
英国女王は頭痛がしてきて頭に手を当てる。ちなみにヴィリアンは固まっており、リメエアはアシュリンの怒涛の情報を聞いて驚愕から顔をしかめていた。
英国女王は頭を押さえながら、アシュリンに事実確認をする。
「……統括理事長アレイスターというのは、本当に『黄金』のアレイスターだったのか?」
「はい。ウェールズでくたばったはずのアレイスターですよ」
「……お前の姪はアレイスターに挑んだのか?」
真守はスコーンを口にして表情を弛緩させていたが、英国女王に見つめられて頷く。
「そうだぞ。そろそろ学園都市と向き合う時だと考えたからな。学園都市の今のかたち。それでは、学園都市の子供たち全員が幸せになれない。だから戦うことにしたんだ」
「……そこに横槍を入れてきたのがローラ=スチュアートだと? アイツはいつ英国を出たのだ! しかも正体は大悪魔コロンゾン!? 本当なのか!?」
真守はサンドイッチをはむっと食べた後、呑み込んで頷く。
「事実だ。私は大悪魔コロンゾンの性質である『拡散』を打ち込まれたからな。なんとか立ち直ったけど、まだ本調子じゃない」
英国女王は真守の淡々とした言葉を聞いて、思わず頭を抱える。
もしかしたらマクレーン家が学園都市の中枢に食い込んでいる真守とグルになって、イギリスに混乱を巻き起こそうとしているのかもしれない。
だがそれなら、あの怪人共の集まり──クロウリーズ・ハザードをどうやって用意する?
というか、マクレーン家に英国と関連諸国を攻撃する理由はない。
そもそもマクレーン家は自分たちが危険になったら異界に引っ込む癖がある。つまりイギリスという国に執着がないのだ。
ケルトの掟と文化が全て。そんな彼らにとって、イギリス清教やイギリスとは自分たちの領域を侵さなければ好きにやっていて良い存在だ。
それに本当にマクレーン家が気に入らなければ、イギリス清教はとっくのとうに潰されている。
英国女王は思考が混乱しすぎてしまって、でたらめな推測を頭に思い浮かべてしまう。
アシュリンは本当の意味で頭を抱えている英国女王に微笑みかける。
「ふふ。頭が痛くなるような真実で判断が鈍るのは分かりますが、早急にやることがあるのではなくて?」
アシュリンに促されて、英国女王は顔を上げる。
「いますぐ最大主教の権限を凍結せよ! 『停止』ではなく『凍結』であれば、疑惑が解かれた時に何事もなかったかのようにしれっと解除すればよい! その場合なら文句もつけにくいであろう、角は立たん! そもそも何も言わずに消えたアイツが悪い!!」
英国女王は即座に声を上げ、配下を慌ただしく動かす。
アシュリンは紅茶のティーカップを持ったまま、柔らかく微笑む。
「あらあら良かったですわ。このまま英国女王が固まっていたらどうしましょうと思っていたの」
国のトップに立つ者として英断してくれて良かった、とアシュリンは笑う。
黙って聞いていた第一王女は、軽やかに笑うアシュリンへ目を向ける。
「アシュリン=マクレーン。間違いないのよね?」
リメエアは動き出す英国女王を見つめながら、アシュリンに念を押して問いかける。
「ええ。そもそもローラというのはコロンゾンが
「一体いつから……いいえ。最初からと考えるのが妥当よね」
「はい。ローラ=スチュアートが最大主教になった前からでしょうね」
にこりと微笑むアシュリン。そんなアシュリンへ早急に配下を動かした英国女王は見る。
「その大悪魔は今どこにおるのだ?」
「統括理事長アレイスター=クロウリーが学園都市の地にて、西旗の陣で封印しました。ですが、すぐにでも封印を破って這い出てくるでしょう。コロンゾンは自身の目的のためには容赦しない。ですからロンドンやイギリス連邦加盟国五三か国に自身という存在を張り巡らせているはずです」
英国女王はアシュリンの言葉を聞いて目を鋭くする。
「つまりクロウリーズ・ハザードが英国とイギリス連邦加盟国を攻撃しているのはコロンゾンの復活の手段を失くし、撲滅しようという事か?」
「ええ。どこからどこまでコロンゾンの手が入っているか分からない状況ですから、総攻撃になるのも致し方ありません」
英国女王はため息を吐く。
コロンゾンについての知識をもちろん英国女王は保有している。
三三三の数価、『拡散』という性質。
人々に混乱をもたらすからこそ、コロンゾンは悪魔と呼ばれている。
おそらくコロンゾンは最大主教の力を使って、分からないところで自分にとって不都合なものを排除してきたのだろう。
「まさか英国の力を好き勝手使われていようとは……考える事すら一度もしなかったな」
英国女王はそう呟くと、気持ちを入れ替える。
「学園都市の申し子よ。クロウリーズ・ハザードと話を付ける事はできるのか?」
英国女王は、学園都市の要である真守に問いかける。
真守はスコーンにクロテッドクリームを付けていたが、英国女王の質問に応える。
「アレイスターの目的はウェストミンスター寺院だけど、あれは腐っても全員アレイスターだからな。話は聞かないしやりたい放題すると思うぞ」
真守が淡々と告げると、英国女王は頭に手を当てた。
「英国王室の国儀を担うあそこを壊される事はあってはならんし、いやはやどうしたものか……」
英国女王が判断に困っていると、アシュリンが可愛らしく首を傾げた。
「というか英国女王。
「ドーバー海峡に一番近いロンドン市内を騎士派の部下と共に守っている。神裂火織も一緒だ」
真守とアシュリンは同時に、英国女王の言葉に目を瞬かせた。そして深刻な表情をする。
「それはおかしいだろ」
真守の言葉に、英国女王は眉をひそめた。
どうやら真守とアシュリンの違和感を英国女王は本気で理解していないらしい。
真守は紅茶に手を伸ばしながら、警戒した表情をする。
「……やっぱりコロンゾンは、既にロンドンに罠を張ってるんだな」
「どういう事だ?」
英国女王が問いかけると、真守は顔をしかめて告げる。
「だって神裂だぞ。かけがえのない仲間である天草式十字凄教がドーバー海峡でクロウリーズ・ハザードと戦っているのに、どうして一人でロンドンを守っているんだ? 本当なら、神裂は天草式十字凄教と肩を並べて戦ってるハズだろ?」
一同はその問いかけに固まった。その隣で、アシュリンが警戒を見せる。
「騎士団長もおかしいですわ。彼は『騎士派』の長として非常時は『王室派』のそばにいて指示を出し、何がなんでも『王室派』を守り抜かなければならないはず。なのにどうしてバッキンガム宮殿にいませんの?」
何かがズレている。
それが英国女王たち『王室派』には理解できなかった。
悟られないように認識をズラされていたからだ。
垣根帝督は警戒心をあらわにする。
「ヤツは学園都市に髪束落として即席の思考汚染の陣を作ってやがった。だったらロンドンにも人の思考をズラす何かを作っていてもおかしくねえ」
真守はスコーンをサクサク食べると立ち上がる。
そして窓からロンドン市内の方を見た。
「……多分、分かる。だから私は垣根とコロンゾンの思考汚染をなんとかしてくる。そうしなければロンドンの人たちはまともな思考ができない」
垣根は真守が立ち上がったので自分も立ち上がる。
「伯母さまはここにいて。英国女王のそばにいてほしい」
「……信じるわ、真守ちゃん。だから、必ず怪我をしないで帰ってきて」
真守はアシュリンに心配されて、頷く。
「約束する。必ずロンドンの人たちをコロンゾンから守ってみせる。もう誰にも悲しい思いをさせない。イギリスは私にとっても大事な場所だから」
「分かったわ」
アシュリンは頷くと、貴族としての顔を見せる。
「元々わたくしはマクレーンの使いで来たのよ。思考汚染などされている不出来な騎士団長の代わりに、わたくしが貴族の一端として宮殿を拠点に指示を出すわ。指揮系統の移譲を、英国女王」
「……すぐに手配しよう」
英国女王は頭が重いながらも、的確に指示を出す。
真守はふわりと笑って、アシュリンの手を握る。
「お願い、伯母さま」
「ええ、こちらは任せて。真守ちゃん」
真守は頷くと、英国女王を見た。
「英国女王は国のトップなんだから前に出て戦っちゃダメだぞ。いまの英国は、お前という英国女王がいればなんとかなるんだから」
「分かっておる。だからこうして前に出たいとしても大人しくてしてるんじゃないか」
英国女王はため息を吐く。
「マクレーンの傍系よ。ロンドンの事を頼んだぞ」
「うん。頼まれた」
真守は手を振ると、垣根と共にバッキングガム宮殿を後にした。
コロンゾンの支配から人々を解放するために。動き出した。