次は九月二八日木曜日です。
三重四色の最結界が破れ、ロンドンでクロウリーズ・ハザードが暴れはじめる。
クロウリーズ・ハザードを引き連れた銀の少女へと変貌したアレイスター=クロウリーは、敵対する二人──神裂火織と
ため息をつくアレイスターの左右の指先で、幾つかの数字がオレンジ色の火花を
すると次の瞬間、アレイスターは右手に真球の飾りを付けた黄金の杖を持ち、左手に大きな銀の大鎌を手にしていた。
アレイスターが持っている得物は、それぞれ太陽と月を象徴している霊装だ。
そんなアレイスターへと、神裂火織と騎士団長が迫る。
神裂火織の『七閃』と呼ばれる、抜刀術に見せかけた七本のワイヤー。
騎士団長が持つ、騎士としての意向を示す両刃の剣。
異なる二種の攻撃。それらの攻撃を、アレイスターは左右に握った得物で軽々と受け止めた。
「不思議かね?」
アレイスターは余裕たっぷりに怪物たちの攻撃を受けとめて、くすりと笑う。
「上条当麻の拳は避けられなかったこの私が、何故に音速を超えるキミたちをいとも容易くあしらえるのか」
アレイスターは謳うように言葉を紡ぐ。
そして学生に教鞭を振るう街の長らしく、解説口調で連合王国の二人に笑いかける。
「疑問には、答えがある。もしもまだ考える頭が残っているなら、思考を楽しみたまえ。それがヒトの嗜む贅沢というものだ」
アレイスターの言葉に神裂火織も騎士団長も応えない。
ここは戦場であり、教鞭の場ではないからだ。
だからアレイスターの解説に反応する理由が神裂と騎士団長にはない。
騎士団長は部下の騎士から騎士団長に向けて投げ渡された、銀の槍を騎士団長が掴む。
そして自分の両刃の剣の攻撃を止めているアレイスターへ更なる一撃を放った。
一時的に拮抗していた場が、動く。
騎士団長はブリテン・ザ・ハロウィン時に後方のアックア──傭兵、ウィリアム=オルウェルと死闘を繰り広げた人物だ。
ウィリアム=オルウェルは聖人と聖母の身体的特徴を持つ存在だった。
あの傭兵は真守たちと戦闘した事でブリテン・ザ・ハロウィンの時は消耗していた。
だがそれでも、聖人と聖母の身体的特徴を持つ存在に騎士団長の力は届くのは事実だ。
そんな騎士団長の槍の攻撃。その攻撃を、両手が塞がっているアレイスターが防げるはずがない。
「だから」
魔術師アレイスターは自らに放たれる槍を前に、静かに謡うように問いかける。
「人材が不足しているのかと、そう尋ねている」
アレイスターは先程と同じ言葉を繰り返す。
すると、騎士団長の槍による一撃はアレイスターに突き刺さる数十センチ手前で強引に弾かれた。
重たい音が響く中、槍は近くにあった鋼の街灯に激突する。
普通ならば、魔術で強化された槍ならば弾かれた先で街灯ごとその場を吹き飛ばすはずだ。
だが街灯は無傷だった。
槍はただ街灯に激突し、がらんという音を立て地面に落ちた。
つまり、アレイスターが槍の一撃を無力化したのだ。
アレイスターは大仰な大鎌を消失させ、何の変哲もない右手をひらひらと振る。
神裂火織と騎士団長はアレイスターを警戒して一度下がる。
だが二人のその瞳にはいつだって好機を探していた。
隙を見せたアレイスターを殺すための一撃を、いつでも放てるようにしていた。
アレイスター=クロウリーは人間を不幸にして自身の糧にする外道の中の外道だ。
だがそれでも人間なのだ。そして神裂火織は人間を傷つけないと誓っている。
救われぬものに救いの手を。
不殺を誓っている神裂が、アレイスターを殺すための勝機を探している。
「どうした最先端の皆々様?」
アレイスター=クロウリーは自身のことを殺そうと躍起になっている聖人と『騎士派』の長を前にして、柔らかく微笑む。
「まさかこの程度で、
軽やかに笑うアレイスターを、忌々しそうに神裂火織は睨む。
「近代西洋魔術。……流石、その全てを創った魔術師と言ったところですか」
憎々しげな声。その声は神裂火織らしくない、不自然なほどに憎しみを込めた声だ。
彼女の人となりを知っている真守は、小さく眉を寄せる。
(大悪魔コロンゾンの思考汚染は聖人まで侵すことができるのか。……清らかなものほど折れてしまった時に囁く者に惑わされる。だがそれが果たして聖人にも当てはまるのだろうか)
聖人とは『神の子』と身体的特徴が一致している存在だ。
『神の子』に近い存在であり、『神の子』の力の一端を振るうことができる。
清らかで清純な存在。それ故に『神の子』と同じ弱点を保有してしまうが、だからこそ聖人とは簡単に侵せる存在ではない。
それでも、神裂火織は強くコロンゾンの影響を強く受けている。
そのせいで自身の魔法名を穢す行いをしても厭わなくなっている。
それは騎士団長も同じだ。
気が付かないように、気付かれない内に。
ロンドンは、そこに住まう人々は大悪魔コロンゾンに蝕まれている。
これでは真守がどんなに声を掛けても、神裂火織も騎士団長も止まらない。
おそらく何者の声でも止まらないように、コロンゾンは彼らを汚染しているだろう。
一刻も早く諸悪の根源を見つけなければならない中、アレイスターは呆れた表情を見せる。
「私は偉大ではない」
稀代の魔術師は自身で、自身の真っ当な評価を口にする。
「私はたただそこにある全ての術を分かりやすく切り分けて、再配布しただけだ。……もっとも、それが全てだと思い込んだ世のバカ共は無事に世界を科学と魔術の二つに分類して考えてくれるようになったがね」
アレイスターは自分の原型制御に翻弄されている人々を思って鼻で笑う。
すると騎士団長が重い槍をアレイスターに突き出した。
それは騎士団長と神裂の中で生まれた共通の推測を、確信に至らせるための試し打ちだった。
騎士団長の槍による致死の一撃。その攻撃を受けたアレイスターは、騎士団長の頭の中で思い描いた通りにあっさりと横に槍を弾いた。
「ああ、そうだ」
アレイスターは騎士団長や神裂火織の頭の中にある答えが、正しいと頷く。
「私が組み立てて再配布した近代西洋魔術の理論に従うモノに、私を傷つける事は敵わない。あらゆる術式の根底には、アレイスター=クロウリーの影がストーカーのようにちらつく。それは私が広めた近代西洋魔術なのだから当然だ」
アレイスターは既存の魔術に手を加えて、近代西洋魔術として成り立たせた。
その技術体系全般にアレイスターは
だがその裏口を使うまでもない。
何故ならアレイスターは近代西洋魔術の脆弱性を全て網羅している。そのため裏口を使う間もなく、自らが広めた魔術を跳ねのけることができる。
「貴様たちが何をどう努力したところで一九〇四年、『法の書』以降の世界に自由はないよ」
アレイスターはエイワス召喚によって、最後の審判は訪れたと考えている。
そして時代が一つ繰り上がったのだ。
オシリスの時代からホルスの時代へ。
人々が神に隷属する時代が終わり、人間一人一人が神へと至る時代へと。
だから十字教に隷属し、十字教に縛られている魔術師たちの攻撃はアレイスターには届かない。
「今はサービスで弾くに留めた。次は手の中で破裂させてくれようか?」
アレイスターは余裕たっぷりで笑う。
「落とされる心配もせず私が私がホウキ一本で空を飛ぶのは何故か? キミたちにはできないからだ」
近代西洋魔術を用いて、アレイスター=クロウリーを打ち倒せる者はいない。
もしかしたらアレイスターと共に魔術基礎の
他にも魔神や朝槻真守や真守と同じ領域に到達できる垣根帝督や
だが魔術の分野の上澄みに浸かっている状態で、アレイスター=クロウリーを出し抜く事は不可能なのだ。
「とはいえ、私も朝槻真守に許された身だ。彼女が貴様たちを助ける術を見つけるまで付き合ってやるさ」
アレイスターは柔らかく微笑み、真守を見た。
真守はアレイスターの言葉にコクッと頷く。
そんな中、戦闘が再開された。
──────…………。
大悪魔コロンゾンの攻撃により、美少女転生をしたアレイスター=クロウリー。
アレイスターは正義の軸を上手くズラされている神裂火織と騎士団長と、余裕たっぷりに戦闘を繰り広げる。
だがこの場には神裂と騎士団長だけがいるのではない。
騎士団長が率いている『騎士派』の騎士たちがいる。
黙って見ていることはできない。
そのため彼らは神裂と騎士団長に加勢するために動き出した。
彼らが狙ったのはアレイスターに同行していた
一方通行は夏の終わりに脳に損傷を受けている。
だがその頭脳は変わらずに学園都市の最高峰である。
魔術という科学と明確に異なる魔術を使われたとしても。
騎士派の連中に後れを取る一方通行ではない。
「俺は別にそこのクソ野郎の味方じゃねェ。どっちかって言うと、あそこで優雅に飛ンでる女の味方でありてェくらいだ」
もちろんクソ野郎というのはアレイスターの事で、優雅に飛んでいる女とは垣根に抱きかかえられた朝槻真守である。
「だから、俺に、構うな。ブチ殺されてェのか?」
一方通行が圧倒していると、上空から愛らしい声が降ってきた。
「一方通行っ」
「ッチ」
そして一方通行は地面を軽く蹴った。
行き先は勿論、建物の屋上へと降り立った垣根と真守のもとだ。
白い怪物の跳躍を見ていた『騎士派』の人々は、困惑する。
何故なら一方通行が近寄った女の子が、マクレーン家のご令嬢にそっくりなのだ。
真守は『騎士派』の人々にふりふりと小さく手を振ると、自分のそばに降り立った一方通行に笑いかけた。
「オマエたちはどォしてここにいる。バッキンガムに向かったンじゃねェのかよ?」
「英国女王には会ってきたぞ。彼女と伯母さまには、
「ヤツは学園都市と同じ事をロンドンでもやってるって事だな?」
「うん、確実だ」
真守は
そして真守はアレイスターと戦っている聖人・神裂火織と、彼女と共闘している騎士団長を見た。
「本当なら、神裂は絶対に人を殺さない。たとえ相手がゲテモノアレイスターでもだ。騎士団長だって騎士のトップとして、騎士の流儀に基づいて動くはずだ。……でもおかしくなってる」
真守は騎士団長のことをよく知らない。だがアシュリンが言っていたように、彼が少しおかしくなっているのは顕著だ。
何故なら騎士団長は騎士の一人を、戦闘の足手まといだと言った。
騎士団長が絶対に傷つけてはならない、守るべき部下である騎士。そんな彼らを、騎士団長は攻撃範囲に入っているから邪魔だと言ってのけたのだ。
真守は騎士団長と神裂火織を見つめて、眉をひそめる。
「正義の軸がズラされてるんだ、コロンゾンの手によって。それは確実だ」
「統括理事長もそンな事を言ってた──……!?」
一方通行が声を上げた時。突然ロンドンに異変が起きた。
真守たちの頭上で突然、虚空から石の塊が現れたのだ。
石の塊とは、丁寧に切り出された石材だった。
コンテナよりも大きい、一般人がぶつかれば即死は免れない大きさ。
そんな様々な大きさの巨大な石材が、ロンドン市内へとまばらから大量に降り注いでいく。
「なるほどな」
不測の事態。それでもアレイスターの顔色は特に変わらなかった。
空から降り注ぐ大きな石材たちには、明確な規則性があった。
その石材たちは規則的に積み上がると、エジプトでよく見られる光景を形成した。
それは高度な天文学まで取り込んだ、エジプトの偉大なる王を埋葬するピラミッドだ。
しかも突如空から降ってきたのはピラミッドだけではない。
太陽神を讃える目的で、信心深い者たちによって打ち立てられた鋭い石の柱。
西洋絵画には絶対に見られない、図面と文字を組み合わせて描き出された壁画の数々。
歴代の王を並べた巨大な像の列。イギリスと全く関係のないファラオ達。
イギリスと全く異なる文化である、エジプト系の光景。
それが霧の都であるロンドンに次々と現れ、イギリスの文化を浸蝕していく。
ノーザンアフリカ=ロンドンとも呼べるべき、ロンドンとエジプト系の光景というあまりにも噛み合わない異様な風景。
アレイスターは辺りに散逸する、正当な意味なんてほぼない建造物たちを見つめて小さく笑った。