とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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連続投稿は三話で終了です。
次の投稿は八月八日日曜日を予定しています。
二次創作原案は旧約書き終わってるのでエタらなければ最後まで行きつく……ハズ。



第三話:〈邂逅遭遇〉は淡々と

垣根帝督は、第七学区のショッピングモールを数人の知人と訪れていた。

 

暗部組織『スクール』のリーダーではあるが、学園都市の五本指に入る第七学区にある名門高校の二年生である。そのため、人付き合いというものがあるのだ。

 

適当にぶらついていると、自販機が置いてある休憩所も兼ねたトイレの前で迷惑そうな顔をしている少女が立っていた。

 

その少女に、垣根は心当たりがあって立ち止まる。

 

濡れたようにつややかな猫っ毛の黒髪ロングをハーフアップにして猫耳ヘアにしている、あどけなさを感じさせる整ったアイドル顔の少女。

少し吊り上がった猫のような瞳はエメラルドグリーンで、口は食事がし辛そうと思えるほどに小さめ。

形の良いほど良くふくよかな胸によって押し上げられる有名校ではない高校のセーラー服。

 

垣根の目の前にいる少女は、消えた八人目の超能力者(レベル5)と共に生活をしている朝槻真守だ。彼女は普通の学生。垣根は『スクール』の構成員が難なく倉庫(バンク)と所属している高校から引き出してきた情報を頭に思い浮かべる。

 

真守の目の前には、見るからに不良の三人が立っていた。

 

女性の理想の体型の塊であり、あの整った容姿に高貴な黒猫を連想させる少女ならば、声をかけられてもおかしくはない。

 

「邪魔」

 

真守は絡んできた不良をまっすぐと見つめて、ダウナー系の口調ではっきりと言い放つ。

 

意外と気の強い少女だ、という印象を持った垣根。

 

だが、そんなのは不良には逆効果である。

 

「この女、下手に出てりゃあいい気になりやがって……!」

 

真守は怒る不良を興味なさそうに見上げる。

 

それを見て、トイレへと休憩にやって来た学生たちが真守と不良を見てこそこそと喋っていた。

風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)に連絡した方が良いのかと相談しているのだ。

 

「躾してやるからこっち来い!」

 

そんな中、不良の一人が真守に手を伸ばした。

 

真守はその手に恐怖を覚えることなく見つめていた。

 

真守の肩を不良が掴もうとした瞬間――蒼閃光が迸り男の拳を焼いた。

 

「う、がああああああ!?」

 

不良の拳が光によって焼かれ、その痛みと衝撃で不良はのたうち回る。

 

垣根は何が起きたか理解できずに呆然と見つめていた。

 

肉がめくりあがった拳からは、プスプスと焦げる音が聞こえてくる。

 

だが、驚いたのはそこではない。

 

少女の体を纏っているものは、既存の法則で計れるエネルギーではなかった。

 

垣根帝督は超能力者(レベル5)第二位、未元物質(ダークマター)という能力者だ。

 

それは、この世に存在しない物質を操る能力。

 

未元物質(ダークマター)という物質が物理法則に新たに加われば、ひとつひとつの現象において既存の物理法則とは全く違った結果が生じる。

 

太陽光線を殺人光線に変えたり。地面をマグマのように煮えさせたり、はたまた地面から氷の結晶を生やしたりできる。

 

垣根が能力を一度発動すれば常人には何が起きるか理解できない空間と化すが、その能力を行使する垣根は違う。その空間で何が起きるかを演算できる。

 

その演算能力の有能性は、能力を発動しなくても日常生活で現れている。

 

空間で起きるすべての事象を把握しているということは、能力を解放していなくとも物理法則を観測、解析できるということだ。

 

そのため理解できた。

 

――朝槻真守が薄い膜のように纏っている装甲は、この世界の既存の法則で計れるエネルギーではないということが。

 

朝槻真守の能力は大能力者(レベル4)力量装甲(ストレンジアーマー)

肉体の生命力の余剰エネルギーを体の周りに装甲として展開して、それによって身を守ることができる能力。

窒素装甲(オフェンスアーマー)と呼ばれる窒素を装甲にできる能力もあるから、それと同じような能力だと考えていた。

その能力概要で考えると、人間の生命力エネルギーは学園都市第二位である垣根にすら理解できないエネルギーということだ。

 

自分の既知ではない生命力エネルギーというものに、ただ単純に興味が湧いた。

 

超能力者(レベル5)、源白深城が所属していた研究所はエネルギーに関する珍しい能力者が集められていた『特異能力解析研究所』という場所だ。

朝槻真守もその研究所出身であるならば、その纏うエネルギーに特異性があってもなんらおかしいところはない。

 

真守は微動だにせず、三人の不良を自滅させるように撃退した。

 

垣根が真守の能力によって即座に倒れた不良を睥睨していると、倒れている不良の携帯電話が鳴った。

 

その携帯電話は開かれており、勝手に留守番電話に切り替わって新しく録音され始めたメッセージが勝手に垂れ流される。

 

その録音メッセージを聞く限り、不良たちを束ねるリーダー的な存在らしい。

 

そのリーダーが『トイレにいつまで時間かけてんだ、しょうがねえからそっちに行く』と言った声が聞こえてきた。

 

 

――その時、真守がふっと垣根を見た。

 

 

垣根が突然のその視線に体を固まらせるが、真守が見ていた方は垣根の後ろだった。

 

垣根が振り向くといかにも不良の親玉です、と言った男と数人の不良がこちらへと歩いてきていた。

 

真守がどこまでできるか垣根は興味があったが、接点を作ることの方が重要だ。

 

そのため垣根は不良に動じることなく立っていた真守に近づいて声をかけた。

 

「来い」

 

手を取ると未知のエネルギーによる装甲で弾かれる可能性があるので、垣根は真守に向かってくいくいっと逆手で呼ぶ仕草をする。

 

真守は垣根を見て目をきょとっと目を見開いて、驚きの色を浮かべていた。

 

「早く」

 

垣根が苛立ちを込めて告げると、真守は後ろをちらっと見てから頷いた。

 

どうやら人の好意を無下にする人間ではないらしい。

 

真守は垣根の後を追って、ショッピングモールのバックヤードを抜けて外へと出た。

 

真守は不良が追ってきていないか辺りを伺っている、少年をじぃーっと見つめていた。

綺麗にくしを通して整えられている、明るい茶色の髪。

長く伸ばされたその前髪の向こうには、黒曜石のような瞳が垣間見える。

そして、それらに見合った整った顔立ち。

 

恐らく身長は自分よりも二〇㎝以上は高く、足がすらりと長いモデル体型。

その体型を際立たせるかのように、学園都市の五本指に入る第七学区の名門高校の制服を華麗に着崩していた。

 

誰もが怖いものみたさで近寄りたくなるオーラを放っている、という印象を真守は受けた。

 

(あそこで出てくるのは流石に怪しまれたか?)

 

垣根がその視線に気が付いて、自身の行動に不備が有ったか考える。

 

だが、真守は心の中で垣根を絶賛していた。

 

誰もが関わりたくないと言う雰囲気を発して遠巻きに見ている中、自分を心配して声をかけて、あまつさえ逃がしてくれた目の前の少年。

 

(助けたいって思ったら即座に行動できるひとだ!)

 

正義感の強い少年だと、真守は純粋に思って目を輝かせた。

 

自身の容姿が整っている人間は大抵自尊心で満たされて傲慢なハズなのに、心まで完璧に美しい人間がいるとは思わなかった。

 

真守は助けてくれたことが嬉しくて、柔らかく微笑んだ。

 

「ありがとう」

 

無表情で興味がなさそうにヤンキーを睥睨していた真守が、自分に向かって心の底から感謝を覚えて純粋な気持ちを向けて微笑んでいる。

 

その眩しい表情に、垣根は打算的に動いた自身の行動に罪悪感が募った。

 

「お礼がしたい」

 

真守は柔らかく微笑んだまま、垣根の手を伸ばした。

 

一瞬装甲で弾かれるかと思ったが、その小さな手は意外にも垣根の手を柔らかく掴んだ。

そして華奢な外見からは伺えない強い力で、ぐいぐいと引っ張る。

 

「お、おい!」

 

「遠慮するな」

 

真守は表通りに出る裏道を歩きながら、振り返って垣根を見た。

その表情は、はにかむように笑っていた。

 

気まぐれで高貴な黒猫が純粋に好意を向けている印象だったので、垣根は無言と無抵抗しか取れずに連れられていく。

 

 

真守が垣根を連れてきたのは、落ち着いた雰囲気の男でも入れるような喫茶店だった。

 

この喫茶店のメニューはカロリーがバカ高く、見栄えばかりに気を使った体に悪いメニューとは別物だ。上品で質の高いスイーツや軽食が楽しめる喫茶店で、垣根も心当たりがあった。

 

真守は店員に案内された後、垣根に向かってソファの方を指さす。

 

硬い椅子よりもソファに座れという、真守の指示。だが垣根は女性にそこまでされる必要はないと首を横に振ってから、椅子に座った。

 

その様子を見て、おーっと更に感心した表情をした真守は、ソファにちょこんと座った。

 

「私、朝槻真守。お前は?」

 

真守は警戒心など微塵も感じさせない様子で首を傾げる。垣根は罪悪感を悟られないようにぽそっと告げた。

 

「垣根帝督」

 

「私、一年。同級生? それとも先輩?」

 

真守は自分が高校生の中で一番位が低いと自覚している。そのため失礼のないように前置きをして真守は慎重に訊ねた。

 

「二年だ。……別に先輩は付けなくていい」

 

「垣根。さっきはありがとう。本当に嬉しかった」

 

真守はエメラルドグリーンの猫のように若干吊り上がった目を細ませて微笑む。そしてメニュー表を垣根に渡した。

 

「なんでも頼んでくれ」

 

真守が垣根を見てニコニコとするので、垣根はメニュー表を見つめる。

そして、適当に決めてから真守を見た。

 

真守はご機嫌にしているだけで、一度もメニュー表を見ていない。

 

「お前はいいのか、あしゃつ――」

 

真っ当に疑問を持った垣根が話しかけると、真守の名前を盛大に噛んだ。

 

きょとっとした目を向ける真守と、気まずそうに視線を逸らす垣根。

 

普通はからかってくるところだったが、真守はにこっと微笑んだ。

 

「真守」

 

「……あ?」

 

「真守って呼んでほしい」

 

真守が小さな口の口角を上げて微笑む。

 

自分が舌足らずで盛大に噛んで嗤いもしなければ追及もしない人間に、垣根は初めて出会った。

 

そして言いにくいからと名字ではなく名前で呼んでほしいと進言する真守の優しい気遣いに、逆に疑問を持った。

 

裏表がなさすぎる。腹に何か一物持っているかもしれない。

 

その疑念と純粋に何故真守がそんな気遣いをするのかと、疑問の半々で問いかける。

 

「……笑わねえのか」

 

「だって言いにくいだろ」

 

真守は柔らかく微笑んで、垣根に微塵の気まずさも感じさせずにやんわりと擁護する。

 

「……そうか。で、真守。お前はいいのか?」

 

「飲み物だけ頼む。もう決まってる」

 

「……金ないのに俺に奢るのか?」

 

垣根が自分の分を頼まない=金銭的に苦しいと判断して問いかけると、真守は首を横に振る。

 

「違う。……そうじゃない」

 

真守は寂しそうに微笑みながら、必死で言葉を探す。

 

「私、消化器官が弱いんだ。だから間食はあんまりできない」

 

絞り出した言葉と共に、真守はにへらっと垣根に笑いかけた。

 

本当は消えた八人目である朝槻真守は、流動源力(ギアホイール)という能力のおかげで、食事を摂らなくても自身でエネルギーを生成できるので生きていける。

そのため研究所に所属していた時に実験と称されて、数年間まったく食事を摂らないで、自己で生成したエネルギーによって生きていた。

 

内臓器官が不必要なので、その影響で内臓が大幅に退化してしまっているのだ。

 

普通、人間は食事の喜びを分かち合って行うものだ。

真守が高校に通うのにそれができないということは、日常生活に支障をきたす。

 

そのため冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が内臓器官の治療を行ってくれているのだ。

 

それでも実験と称されて数年間何も口にしなかった真守には、食への関心がまるでない。

だが、日常生活で人と食事をしなければならない時が来る。

その時はいつも無理をして食べているのだ。

 

味覚を毎日刺激されていないので、苦いものも辛いものも味が濃いのも苦手。

 

もっと言うと、味覚を感じること自体が真守にとっては違和感満載なのだ。

 

食事は好きじゃない。それでも、皆は好きだから合わせるしかない。

 

だが自分を助けてくれる心優しい垣根ならば、無理して食べて無理をして笑っていたら怪訝に思うかもしれない。

それならば垣根にはっきりと告げた方が良いと感じて真守は素直に喋った。

 

「垣根の前なら無理しなくていいかと思って。垣根、優しいから」

 

真守はそう言って、もう一度控えめに微笑んだ。

 

垣根の事を心底優しい人間だと信じて疑わない真守を見て、垣根は息を呑む。

 

垣根は真守の消化器官が弱いどころではなく、極度の障害を負っていることを知っている。

 

『スクール』の構成員、誉望万化に真守の病室で見つけた薬を調べさせたからだ。

 

真守の病室で垣根が暗記した薬は、全て消化器官を補強するための薬だった。

胃の分泌液を出す薬、腸が栄養を吸収しやすくする薬などは勿論、他にも消化器官の性能を向上させる一般的には使われていない新薬も含まれていた。

 

真守のカルテは残念ながら病院のセキュリティが強固で抜き取れなかった。だがおそらく実験の弊害で消化器官が大幅に機能低下しているようだった。

 

真守にとって食事をすることは何よりも苦痛なのだろう。それでも周りに合わせていつも無理をしなければならないことだと垣根は理解した。

 

「……消化器官が弱いヤツもいんだろ。気にすんな」

 

申し訳ないと思っている真守の感情を読み取って、垣根は何の気もなしに店員に向かって手を挙げる。

真守はそんな垣根を見て、信じてよかったと微笑んでいた。

 

 

垣根が店員にメニューを頼むと、店員が去っていった後に真守が垣根に話しかけた。

 

「垣根の通う学校、五本指に入る学校だよな。一回誘いが来たから私もよく知ってるぞ」

 

「……お前、ウチに来られるような能力者なのか。そう言えばチンピラ弾き飛ばしてたな」

 

垣根は真守から能力を聞き出していないので、一拍置いてから訊ねる。

 

「うん、力量装甲(ストレンジアーマー)。一応大能力者(レベル4)なんだ」

 

「なんでウチに来なかった?」

 

「低いランクの学校の方が高位能力者には好待遇だから。サボっても怒られないし」

 

真守が悪戯っぽく笑いながらも意外と打算的な事を考えているのを知って、垣根は笑った。

 

「でも、本当に残念だ。何か少し違ったら後輩だったのに」

 

真守の中で自分の評価が爆上がりしているのを感じて、垣根は微妙な気持ちになる。

 

一回助けたくらいで大袈裟すぎる。

 

だが、真守にとっては人の好意は喜ばしいことなのだと垣根はなんとなく悟った。

 

研究所出身の真守は恐らく、人間の悪意なき探求心を知っている。

その探究心にさらされ続けて、それによって大事な友達を殺されそうになった。

そのため人間の好意は喜んで受け止めるのだろう。

 

そんな好意に本当は裏があり、裏切られた時には彼女は何を思うだろうか。

垣根はもしものときの真守の反応を考えながら、何でもないように告げる。

 

「別に後輩にならなくてもこうやって会えたんだからいいだろ」

 

「うん! あ、連絡先教えてくれ。ダメか?」

 

「いいぜ」

 

真守が笑顔の肯定の後に寂しそうに首を傾げるので、垣根はそれに微笑んだ。

 

真守と接点を持てば、源白深城にも近づける。

 

腹に一物抱えている垣根の肯定の意図なんて知る由もない真守は、あからさまに顔を輝かせて、いそいそとポケットから携帯電話を取り出す。

その携帯電話はハイブランドで、現在人気で品薄になっているスライド型の携帯電話だった。

 

「良いの使ってるじゃねえか」

 

「分かるのか。これ、先行販売で買ったんだ。学校サボってPCにかじりついたんだぞ」

 

「情報機器に興味あんだな」

 

「ほぼ趣味だな」

 

真守は照れ隠しに柔らかく微笑む。

実際には真守は自身の能力、流動源力(ギアホイール)によって、電気エネルギーを生成できるので、高位能力者の電撃使い(エレクトロマスター)のように機器さえあればハッキングが可能だ。

 

そのため、新型の精密機器の流行には敏感である。

 

垣根は真守の病室を物色したときはあまり気に留めなかったが、PCも起動スピードから見ても高スペックだったことを思い出して、それが趣味であると納得した。

 

真守と垣根がアドレスを交換していると垣根が頼んだサンドイッチとコーヒーと、真守の頼んだホットのオレンジティーが運ばれて来た。

 

そこで垣根は、男も入りやすいこの喫茶店を真守が選んだ理由に気が付いた。

女子受けを狙って見栄えばかりを気にしたカロリー爆弾のスイーツが、真守の消化器官には重すぎるのだ。

だからこういったカフェを選ぶしかないのである。

 

本格的な夏が到来しそうなこの時期に、消化器官に優しい温かい飲み物を飲んでいる真守を見て、可哀想なヤツだと思っていた。

 

だが、それと同時に羨ましいとも思っていた。

 

学園都市の闇にいいように扱われていたにもかかわらず、傍らにいたのが超能力者(レベル5)なため、その少女のおかげで陽の光の下に帰れた少女。

 

自分も抗っていれば、あの子と一緒に陽の光の下へと帰れたのかと考えてしまう。

 

真守を見ていると、思わずあの子の事を思い出してしまう。

 

だが、嫌な気持ちはまったくなかった。

 

目の前に座って自分に微笑みかける真守が、あの子に重なったからだった。

 

「少しは食べるか?」

 

垣根は真守にひょいっとサンドイッチの一切れを差し出した。

 

垣根の頼んだサンドイッチは大きさが一口サイズで、彩り豊かに種類が取り揃えてあるタイプだった。

そのため、消化器官が悪いと言っても一切れくらい大丈夫だろうと、垣根差し出した。

 

真守がきょとっとした目を向けてくるので迷惑かと垣根は思ったが、真守は手をおしぼりで拭くと垣根から受け取る。

一口サイズなのに真守はそれを少しだけ口に含んで、恐る恐る食べる。そして、ゆっくりと噛むと顔をほころばせた。

 

「とってもおいしいっ」

 

真守はしっかりと飲み込んでから、満面の笑みで告げる。

 

「おぅ……」

 

喜んで少しずつ食べる真守を見て、思わずそんな言葉を漏らしてしまった。

 

真守はこの後も垣根の好意に甘えて、もう一切れ食べた。

 

楽しそうに食事をする真守を見て、垣根は単純な人間だと思っていた。

 

 

下校時間まで喫茶店で喋って、真守と垣根はカフェを後にした。

 

「家まで送るか?」

 

「消化器官のせいで入院してるし近いから大丈夫だぞ。ほら、ここから見えるあの病院だ」

 

真守は遠くからでも見えるマンモス病院を、スッと指さす。

 

「そうか」

 

真守はにたーっと垣根を見て微笑む。真守が何を考えているか分からずに垣根が眉根を寄せると、真守は告げた。

 

「垣根といて楽しかった。連絡したら会ってくれるか?」

 

「一緒にいて悪い気はしなかったからいいぜ」

 

垣根の言葉に嘘はなかった。

 

昔の事を思い起こさせるような過去を持つ少女なのに、どこからどう見ても真守は人畜無害っぷりの雰囲気をまとっている。垣根は一緒にいて不思議と悪い気がしなかった。

 

むしろ、自分のことを純粋に慕って思っていてくれているので居心地が良い。

 

「嬉しい! じゃあな、垣根!」

 

真守は笑顔の花を咲かせると、少し離れて手を振った。

 

垣根は気まぐれな黒猫感満載の真守を見てふっと微笑んで、手を挙げた。

 

真守がそれにえへへっと笑うと、帰路につく。

 

「朝槻真守……か」

 

垣根は小さくなっていく真守を見ながら、名前を思わず呟いて微笑む。

 

その笑みの意味に、垣根は気が付かなかった。

 

 

 

――――――…………。

 

 

 

『真守ちゃんの隣にいた男の子ってイケメンなのぉ?』

 

真守は垣根と別れて、ふわふわと宙を舞う深城に笑いかける。

 

「深城には認識できなくてわからないと思うが、すごくかっこいいぞ」

 

深城は真守以外の人間はそこにいるということが分かるだけで輪郭がぼやけているのだ。

真守の姿も声もはっきりと聞こえるが、他の人間の区別も付かなければ何を話しているのかさえ曖昧だ。

 

深城にとって、真守はこの世界でたった一人の理解者なのだ。

 

そして、真守にとって深城は『光』そのものだ。

 

互いが互いを必要としている。その関係だけでも一緒にいるのには十分だった。

 

『真守ちゃんが私以外の子と仲良くなれてよかった』

 

「深城はいつもそれを心配する。私もクラスの人とは話すぞ」

 

『真守ちゃんにはもぉっと色んな人と接してほしいな。もちろん、私の事も忘れてほしくないよ。でも、真守ちゃんに笑ってほしいって今も昔も願ってるから』

 

「深城のことは忘れないに決まってる。絶壁にしたの私なんだから」

 

『まーもりちゃあああああん!!』

 

真守はバッと胸を抑えて怒る深城を見て、くすくすと微笑む。

 

「帰ろう、深城」

 

『……もうっ! 帰ろう、真守ちゃんっ!』

 

真守と深城はいつもの通りに話をしながら、病院への帰路を行く。

 

 

 

これは、七月上旬の出来事。

 

二人が初めて言葉を交わした瞬間であった。




心が痛い。
ちなみに真守ちゃん、端から見れば人格者ですがレベル5としての異常性は上条と同じ方向です。
ある意味歪んでる。
ここまでお読みくださってありがとうございました。
次話もよろしくお願いします。

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