次は九月八日水曜日です。
真守は深城と一緒に第六学区の水族館へと来ていた。
深城がどうしても最新型のイルカショーを真守に見てほしいと言うからだ。
特に拒否する理由もないので、真守は周りから見たら一人で駅から降りて水族館へと向かっていた。
歩いていると着信音が響いたので、真守はポケットから携帯電話を取り出す。
表示されていたのは『垣根帝督』だった。
「もしもし?」
〈今暇か?〉
真守が即座に電話に出ると、垣根は突然真守の現状を聞いてきた。
「今水族館に向かってる」
〈水族館?〉
「深城がどうしても私と一緒に行きたいって言うから。断る理由ないし」
〈源白深城と? ……お前、本当に見えてるんだな〉
垣根は
「うん。で、何の用で掛けてきたんだ?」
〈ちょっとお披露目したいものがあってな。いつだったら空いてる?〉
「お披露目? んー。今日は夕方にも用事があるからなー……うん、明日だったら大丈夫」
〈……また何か首突っ込んでんじゃねえだろうな?〉
頭の中で予定を確認するために小首を傾げていると垣根が声を低くして訊ねてきた。
「ただ単に買い物。取り寄せた本が夕方の便で届くから、それを受け取りに行くんだ。……垣根、お前は何か勘違いをしているようだが、私はなんでもかんでも首を突っ込むワケじゃないぞ」
〈説得力ねえんだよバーカ。『
「アレは成り行き。仕方ないんだってば。それに私はバカじゃない。お前の知らない『知識』だって私の頭にはたくさん入ってる。頭の良さはお前に負けない自信がある」
真守は垣根の流れるような罵倒にムッと口を尖らせる。
〈その『知識』はお前が能力者としてやっていくための『知識』で、人間として生きていくための知識なんて欠片も持ってねえだろ。その証拠にコンビニだって入った事ねえんだからな〉
「こ、コンビニには入った! 昨日入った! もう入った事あるから入った事ない、なんて事実にはならない!」
〈お前がなんでわざわざコンビニ行くんだよ〉
真守がムキになって声を荒らげると、垣根が怪訝な声を出す。
「……苺フロート買いに行ったんだ。それで食べた。おいしかった!」
〈……マジで?〉
「本当だ。レシートだってちゃんとある」
垣根が真守の再三の主張を聞いても信じられないので問いかけると、真守はふふんっと鼻を鳴らしてから得意気に告げた。
コンビニに一度入ったくらいで得意気になっても困るのだが、真守からしてみたら偉大な進歩なのだ。
〈そんな事もあるんだな〉
垣根がしみじみとした声で告げるので真守は顔をしかめて畳みかける。
「私だって人間として日々成長しているんだ。見くびってもらっては困る。だからバカじゃない!」
〈分かった分かった。じゃあ明日昼前、俺の寮に来い。なんか作ってやる〉
真守の怒りを込めた叫びを適当に流した垣根は、当初の目的である約束を真守に取り付けてくる。
「本当か? 楽しみにしてる!」
垣根がご飯を作ってくれるのが非常に嬉しい真守は顔をぱあっと明るくする。
「……待て。お前、私の事をいま流そうとしたか?」
だがハッと正気に戻って顔をしかめて携帯電話を横目で睨む。
〈そうだな。じゃあ、伝えたからな〉
適当に返事をした垣根はそこでブチっと電話を切った。
真守は携帯電話を耳から外して睨みつける。
(垣根のバカ。……確かに非常識かもしれないけど!
『真守ちゃん。誰からだったのぉ?』
真守はため息を吐きながら携帯電話を仕舞うと、真守の周りをくるくると回って真守が電話しているのを楽しそうに見つめていた深城が問いかけてきた。
「垣根。意地悪な垣根だった」
いつでも自分の味方になってくれる深城に告げ口するように真守が声を上げると、深城はにへらっと笑った。
『垣根さん? 真守ちゃん仲良しさんだねえ。こんなに
「垣根は心配性って言うか過保護って言うか。……なんか仲良しとはちょっと違う」
深城が自分の事を
『どぉ違うの?』
「よく分からないけど、違うように感じる」
真守が自分でもよく分からない感情になっていると首を傾げると、深城が真守の前にやってきて目を細めて幸せそうに微笑んだ。
『じゃあ、初めての関係性だねえ。真守ちゃんが新しい人間関係構築できて、あたしは嬉しいなあ』
「……ありがと」
真守は深城が我が事のように自分の些細な幸せを喜んでくれるので、ふにゃっと微笑んで深城に提案した。
「深城、早く行こう」
『うん! 真守ちゃんとイルカさんのショー! あ、ペンギンさんもアザラシさんも見ようねえ! 後はオットセイもいるんだよ! それとそれと、水中トンネルとか巨大水槽とか、お魚さんいっぱい見ようねえ!』
「……なんでオットセイだけ『さん』がつかないんだ?」
『え? なんか言ったあ?』
真守が率直な疑問を呟くが、深城本人は気にしていなかったのかコテッと首を傾げた。
「気づいてないのか。……なんでもない。早く行こう」
『? うん!』
真守が提案すると深城は一度疑問符を浮かべながらも頷いて、歩く真守の周囲をぷかぷかと幸せそうに浮かんでついていく。
──────…………。
真守は夕方。大型チェーン店の古本屋内で本を見ていた。
真守が垣根に伝えた『わざわざ取り寄せた本』というのはオカルトの本だった。
魔術関連の本はどんなに適当な事が書かれていようとも学園都市では取り扱われていないし、書店に頼むと煙たがられるのだ。
そのため真守は普通の書店よりもガードが緩い古本屋を選び、わざわざ学園都市外から取り寄せてもらっているのだ。
魔術関連には哲学書なども絡んでくる事が多い。
哲学書などは学園都市でも取り扱われているので古本屋内にもちろんある。
「朝槻!」
真守がその哲学書の一冊を手に追ってパラパラとめくっていると、突然声を掛けられた。
真守が本から顔を上げると、そこには学生服の上条が立っていた。
「上条」
「奇遇だな、こんなとこで。お前も古本屋で本買うんだなあ」
「お前は私の事をなんだと思ってるんだ。まさか、お前も私を常識知らずとでも言いたいのか?」
上条の感想に、真守は垣根に『人間として生きていく事に関しては非常識』というレッテルを張られた事を連想してしまい、ムッと不機嫌になる。
「い、いや! そんなことは思ってねえよ! ……ん? お前『も』?」
上条が慌てて否定するが、真守の言い分が気になって首を傾げた。
「……なんでもない、こっちの話だ。ところでお前はなんでここに?」
「猫の飼い方の本を買いに来たんだ。別に昔から動物の飼い方なんて変わらねえんだし、古本で良いだろうと思って」
真守がバツが悪そうに目を泳がせた後に話題を切り換えて訊ねると、上条は自分の用事を真守に簡潔に話してくれた。
「……上条。その理屈を
「え」
「その話の前に、学生寮はペット飼育禁止じゃなかったか?」
「……、」
真守に次々と問題点を指摘されて閉口する上条を見て、真守は溜息を吐きながらも提案する。
「しょうがないから一緒に選んでやる」
「ありがとうございます、朝槻さま!!」
「なんで猫飼うことになったんだ?」
真守の救いの手によって感激する上条の前で、真守は哲学書を棚に戻して上条を誘導するように店内を移動しながら至極当然な疑問を投げかける。
「インデックスのヤツが聞かなくてなー。それに御坂妹も黒猫飼いそうだし。本買って教えてやろうかと」
「御坂妹? 御坂に妹がいたのか?」
真守は上条の口から出た『御坂美琴の妹』という単語が気になって小さく首を傾げた。
「うん、黒猫抱えてるから表で待ってる。……複雑なご家庭みたいでな。家の中でその妹、名字で呼ばれているらしい。美琴は
上条が
「どこのご家庭も大変なんだな。……わかった。話題になったら私がフォローする」
「心強いよ、頼む」
(そりゃあ純粋培養のお嬢様と言えど、色々あるもんな。しかも家庭環境とは根強い問題だ。今度それとなくなんか奢って話を聞いてやろう。私自身は
「そういえばなんで朝槻は古本屋で本を見てるんだ? お前だったら新書の一〇冊や二〇冊、余裕で買えるだろ」
真守がこの場にいない美琴を想ってそう決意していると、今度は上条が真守の事情を聞いてきた。
「魔術関連の本を見てたんだ。オカルト本は学園都市に置いてないからな。外部から取り寄せるしかない」
「へえー……。なるほど。勤勉だなあ」
真守の知識に対する姿勢を聞いて素直に感心する上条だが、真守はキロッと目を鋭くして上条を見た。
「……勤勉と言えば、お前は私の課題と夏休みの宿題はちゃんとやっているか?」
「うぐっ!? や、やってるよ。一昨日も
上条の曖昧な表現に真守は疑いながらも許すために一つ頷く。
「まあお前の言い分を信じるとしよう。ところでここら辺が動物に関する本なんだが」
「あ、マジで? ……って」
真守の追求から逃れられて安堵して、上条は真守に促されるがままに本棚を見つめる。
だがそのラインナップを見て思わずげんなりとしてしまう。
『猫の飼い方』の本の隣に『美味しい牛肉の調理法』という本が突っ込んであったからだ。
その隣には『最新! 牧場ビルの科学牛』と書かれていた。
確かに動物だけどさ、と上条は呟きながらも『最新! 牧場ビルの科学牛』という本を手にした。
「……そう言えば学園都市外の人間ってこういう『農業ビル』が気色悪いんだろ?」
上条が手に取ってパラパラとめくる本を、真守は少し背伸びをして覗き込みながら告げる。
「空気清浄機やら栄養剤やらで徹底的に管理されているのが気持ち悪いとかいうアレか? だから学園都市の高級レストランは外部の有機栽培食物を使う傾向がある……みたいな」
「産業廃棄物とか工業廃水とか、ナニ混じってっか分っかんねー土から育った野菜なんて口にできねえよな」
「……成程。『中』での気持ち悪さの概念はそういうものなのか」
「そういう朝槻は平気なのか?」
真守が上条の考えを学園都市の『中』での共通した考えだと受け取って納得していると、上条が首を傾げながら訊ねてきた。
「体の中で分解された時に変な物質混じってなかったら全部一緒だろ」
「……さいですか」
真守は能力的な観点からどうしてもエネルギーとしての質が良いか悪いかで考えてしまうのだ。
それに食事に関心がないという事もあって『農業ビル』についての人々の考えはなんとなく知っていた真守だが、学園都市の『中』と『外』で気持ち悪いと考える基準がまったく異なっていると知らなかったのだ。
(朝槻の感性がイマイチ分からん。
上条は真守の反応に内心首を傾げながらも、『最新! 牧場ビルの科学牛』という本を戻して『猫の飼い方』の本を手に取った。
──────…………。
真守は目的の本と幾つかの哲学書を買い、上条は真守と選んだ猫の飼い方の本を買って古本屋を後にする。
「ありゃ?」
だが店先に出てすぐに、上条が声を上げて辺りを見回した。
「どうした?」
「御坂妹がいない。黒猫を無理やり預けたから怒ってどっか行っちまったのかな?」
上条が周りを見渡す中、真守はレンガが敷かれた地面に、耳を伏せてびくびくとしながら一匹でいる黒猫に気が付いた。
真守は膝を折って黒猫に人差し指を向ける。
黒猫はビクッとするが、鼻の前に添えられた人差し指を
真守は黒猫が嗅ぐのを確認してから人差し指を向けるのをやめてそっと抱き上げた。
真守の腕の中で黒猫はミー、と小さく鳴いてから、安心したように丸くなる。
先程までの怯えようが嘘のような黒猫を見て、上条が感嘆の声を上げて親指をグッと立てた。
「おおっ! 一瞬で懐いた。流石同類。扱いが上手いな!」
「ぶっ飛ばすぞお前」
真守が上条に冷たい視線を向けると、上条がごまかすように口笛のような擬音を口から発して顔を背ける。
「……え?」
「どうした?」
顔を背けた先で上条が何かに気づいて声を上げたので、真守もそちらを見た。
古本屋と他の雑居ビルの隙間の路地。
アスファルトの上に、女の子の靴が片方落ちていた。
上条が吸われるようにそれに近づいたので、真守も後を追う。
片方だけ転がった女の子の靴は、サイズの小さい茶色い革靴だった。
「これ、常盤台中学指定の革靴だ。なんでこんなトコに」
真守は革靴の正体をすぐに看破する。その瞬間、真守と上条に嫌な予感が走った。
「「御坂妹!」」
真守と上条は路地裏へと
路地裏のその先にはもう片方の革靴も落ちていた。
壁に破壊痕がある。鉄の杭をやたらめったらに振り回したかのような痕。
その床には
真守は薬莢を一つ摘まみ上げてじっと観察する。
「特徴的な薬莢だな。……F2000R、通称『
「銃ってことか?」
「赤外線感知式、電子制御型。軽反動。銃口を向けるだけで必中するように作られた銃で、素人でも簡単に扱える。つまり──中学生の女の子でも絶対に当てることができる」
「え」
路地裏の奥深くから嫌な空気が流れていた。濁ったような、絡みつくような。
ひたひたと近付いてくる『闇』。
真守はその『闇』に臆することなく進んでいった。上条は真守の事を頼りに向かった。
息が詰まるような沈黙の中、二人は路地裏を進む。
進んだ先。
──そこには御坂美琴と同じ姿をした、恐らく彼女の妹の死体が転がっていた。
投げ出された四肢はズタズタに引き裂かれていて、制服は元の色が分からなくなるほどに真っ赤に染まっている。
その衣服には傷一つなかった。
彼女は仰向けになって倒れており、その周りに血の海が広がっていた。
その血の海は何も床だけに広がってるのではなかった。
真守の身長ほど、つまり上条の目の高さほどの壁までその血で赤く塗り潰されていた。
「ぅ……、あ…………」
上条が真守の後ろでよろめいた。
真守は黒猫の視界を片手で
パシャッと、真守は血だまりを踏む。
だが『血液』という外からの干渉を真守のシールドが弾いたことで、垣根に買ってもらった新しい白いレースアップサンダルに血が飛んで汚れる事はなかった。
死者を忌避するように思われるだろうが、垣根に買ってもらった大事な靴を汚す事はできなかった。
真守は死体を冷静にじっと見つめて、彼女の死因を察した。
血液が逆流させられたのだ。
その逆流した血流が血管内を傷つけて、心臓に到達した。
心臓には逆流を防ぐ弁が存在しているが、それら全てをなぎ倒す形で逆流させられている。
全身の血管をズタズタにされて、心臓の中を
体の芯が冷え切っていく気がした。
研究所時代。
その時の自分が機械的な作業によって作り上げ、築き上げていた
──過去が、ひたひたと近づいてきている。
自分が起こさなくてもこの世界にはこういう事がよくある、と。
そういう事をさせられている人間はまだこの世界に残っているぞ、と。
お前だけ逃げたって意味がないぞ、と。
お前の代わりはこの世界にまだまだ存在しているのだ、と。
──そんな事実を証明するものが、目の前で引き起こされていた。
呆然とする真守の後ろで、上条が吐いた。
当然だろう。
一五歳の学生が見て、平然としている方がおかしいのだから。
上条当麻は駆け出した。
きっと
朝槻真守は動かなかった。
ただ御坂妹の死体を見つめていた。
「その黒猫を抱いているという事はあの少年の知り合いですか、とミサカは
真守は不意の投げかけに振り返った。
そこには目の前で死んでいた御坂妹と寸分
過去はどこまでも追いかけてくる。
逃げる事などできない。
ところで昨日付けで『流動源力』を投稿して一か月経ちました。
多くの方にご覧いただけて嬉しい限りです。ありがとうございます。
これからも投稿続けさせていただきますのでよろしくお願いいたします。