次は一〇月二三日月曜日です。
大悪魔コロンゾンが、対アレイスター=クロウリー用に準備した
その撃破が行われ、事態はとりあえず収束した。
そんなロンドンから遠く離れた、エジプトのとあるオアシス。
そこには土御門元春が用意した、ダンプカーに乗せられたトレーラーハウスが横付けされていた。
エルダー=マクレーンはトレーラーハウス内のリビングソファに座って、尻尾をゆらゆら揺らす。
その度に、エルダーの尻尾を飾り立てている銀の星十字のチャームがきらきらと輝いた。
インデックスの飼い猫であるスフィンクスは目を輝かせて、ゆらゆらきらきら輝くエルダーの尻尾のチャームへと猫パンチを繰り出す。
エルダーはスフィンクスの遊び相手をして、ゆらゆらと不規則に尻尾を揺らす。
すると『うー』という不満そうな赤子の声が、ベビーベットの方から聞こえてきた。
「お。なんだリリス、起きてしまったのか?」
エルダー=マクレーンはリリスを慣れた様子でひょいっと抱き上げると、優しくあやす。
さすが浜面驚愕の細い腰で元気な三姉弟を生み、現マクレーン家当主のランドンすらも世話をしていたエルダー=マクレーン。
赤子が一番安心して眠れる軽快なリズムを、即座に高精度の演算能力によって生み出す。
これまで何度もエルダーの手腕でリリスは眠ってきた。
それがつまらないのか、リリスは『その手には乗らん!』と「うっうーう!!」と呻いて両手足をぶいぶい動かす。
それでも逆らえないのが赤子の性。
とろんっとした瞳でリリスが寝付きそうな中、エルダーのネコミミがぴこんっと動いた。
「む」
トレーラーハウスの外。そこに、誰かがいる。
(このオアシスはエジプトの有名なナイル川から相当離れておる。地図にも載っていないのだし、人が来るコトはないのだが……)
エルダーが動くのを止めたので、寝そうだったリリスはうー、と不満そうに呻く。
リリスには申し訳ないが、誰かが来ている今寝かしつけをしている場合ではない。
そのためエルダーはリリスを優しくベビーベッドへと戻すと、虚空から扇子を手にした。
「帝兵」
エルダーは警戒した声で、カブトムシを呼ぶ。
するとテーブルの上に乗っていたカブトムシから、声が発せられた。
『警戒しなくても大丈夫ですよ。客人です』
「む? 客だと?」
エルダーが怪訝に思う中、来訪者はトレーラーハウスの扉の前に立った。
来訪者は礼儀正しく、トレーラーハウスについていたドアチャイムを押した。
ピンポーンとインターホンが鳴ると、同時にコンコンコンと、丁寧に扉を三度叩く音が聞こえる。
エルダーは日本式の礼儀に則ったノックの音に目を瞬かせる。
そして起動したインターホンのカメラを見て、目を大きく見開いた。
──────…………。
神威混淆を撃破する事ができた真守一行。
負傷したアレイスターは、カブトムシによる処置が施された。
だがまだ頼りない。そのため、上条当麻はアレイスターに肩を貸していた。
アレイスターはウェストミンスター寺院へと向けて歩きながら、小さく笑う。
「? なに笑ってるんだよ」
肩を貸している上条が首を傾げると、アレイスターはくすりと笑う。
「いやはや。人と人の『齟齬』を利用した魔術変圧器か。コロンゾンのヤツもなかなか考えたものだが……ヤツも恐れを知らないな。確かにクロウリーキラーとしては的確だろうが、よりにもよって、キミの内側と繋げようとするとは」
上条は突然不明瞭な言葉を呟いたアレイスターを見て、再び首を傾げる。
コロンゾンが対アレイスター用に用意した神威混淆。
その霊装は自らを求める人間を積極的に取り込もうとする。
だからこそ上条当麻は神威混淆を右手の
結局のところ、神威混淆は上条当麻に取りつかずにアレイスターに取り付こうとした。
だが神威混淆は人間が承諾しなければ人間と融合できない。
アレイスターはそれを知っていたため全力で神威混淆を拒み、一瞬の隙を突いて上条たちは協力して神威混淆を破壊した。
だが一歩間違えれば、神威混淆は上条当麻を宿主に選んでいた。
その事が悪手だと、アレイスターは断じているのだ。
「超能力サイボーグの恋査、覚えているか?」
上条当麻が首を傾げていると、アレイスターはその名を口にした。
恋査。それは能力者と同じ体内構造を用意することにより、その能力者の噴出点を自分に作って能力を借り受けるというサイボーグだった。
元々
そして『
真守たちは恋査というサイボーグと対峙することになったのだ。
「アレの顛末を忘れたか? キミを読み取ろうとした途端に潰されただろ。ああいう事態が起きても不思議ではなかったのだぞ」
実は密かに、恋査は上条当麻の
だが上条当麻と自身を同一にした時、恋査は内部から突然崩壊したのだ。
そのおかげで上条当麻は難を逃れられたのだが、それはさておき。
アレイスターが言っているのは、仕組みを知らずに触れてはならない上条当麻の力に不用意に触れる事が悪手だと言っているのだ。
真守はアレイスターの笑い声を聴いて、鋭く目を細める。
仕組みが分からないのに上条当麻に触れて、利用しようとする。
それは本当に危険な事だ。
それを真守と共に理解している垣根は、ちらっと真守を見る。
真守は垣根の視線に気が付いていた。だから小さく、こくんっと頷いた。
真守と垣根が密かに心を通わせる中、上条はアレイスターを睨んだ。
「……詳しく説明する気がないなら、俺はひとまず保留にするぞインテリ野郎」
「ははっ、なるほど。いちいち根掘り葉掘り聞かねば個人の安心も得られん新聞記者とは違うな。追及もせずに流してもらえるという信頼も悪くない」
アレイスターは笑うと、意味ありげに真守を見た。
「物事には往々にして、事をはっきりとさせる方が危険な事は多々あるからな」
アレイスターの言わんとしていること。それは事実を明確にしない曖昧な方が、時には危険な力を認識せずに済むという事だ。
この世界には十字教が認められない、幽霊なるものが密かに存在している。
だがその存在を認知する事が無ければ、危険にさらされることはない。
曖昧にして、明確な事実として認識しない方が良いことは、よくある事なのだ。
アレイスターは十分理解している真守の前で、くすっと笑った。
「今なら『理解者』がいる幸福がよく分かるよ。そりゃ『魔神』も『理解者』を求めるわけだ」
アレイスターは自分の事を信頼してくれる上条や真守と共に移動しながら、小さく笑う。
すると、上条の耳たぶに異変があった。
「いたっ! オティヌス!? 俺の耳たぶ噛まないでっ突然どうしたんだ!?」
「ふんっ」
理解者のことを訳知り顔で話されたし、先程から自分の理解者はアレイスターに構いっぱなしだ。そのためオティヌスは大変不機嫌だったのだが、アレイスターが自分の『理解者』を頼ってるような事を言ったのが気に入らなかったのだ。
真守はオティヌスのかわいらしい嫉妬にくすっと笑う。
そして一同はウェストミンスター寺院へとたどり着いた。
ウェストミンスター寺院は二つの尖塔が特徴的だと有名な寺院だ。
石造りの古城や聖堂は作り上げるのに当然として時間がかかる。
そのためウェストミンスター寺院は様々な建築様式が複雑に絡み合って造られている寺院なのだ。
上条は初めて見るウェストミンスター寺院を見上げて、不思議そうな顔をする。
「……こんなところに、コロンゾンの一体何が眠っているって言うんだ? そりゃすごい建物だってのは見ればわかるけどさ」
「中まで忍び込む必要はないぞ。用があるのは墓場の方だ」
ウェストミンスター寺院は世界遺産として登録されており、厳重な警備がされている。
だがロンドン中でクロウリーズ・ハザードが暴れたため、流石に平時と同じように警備はされていない。というか警備の姿は見えず、もぬけの殻だった。
アレイスターはそれを好機だとして真守たちを先導。
そして、ウェストミンスター寺院の墓地へと向かった。
垣根は真守の隣を歩きながら、上条に肩を貸されているアレイスターを見る。
「墓でも暴いてゾンビでも作るのか?」
「ゾンビを作る必要などないよ。必要なのはメイザースの遺体だ。私はブライスロードで殺したやつの遺体そのものを求めているのだ」
アレイスターははっきり宣言すると、何故メイザースの遺体なのかという説明をする。
「大悪魔コロンゾンは、私の手で召喚される以前から欲深き天才メイザースに使役されていた」
アレイスター=クロウリーの足を引っ張れ。そしてあわよくば殺せ。
その命令を効率的に果たすために、コロンゾンはアレイスターの二番目の娘であるローラへと憑依してアレイスターと敵対している。
「三三三、拡散。大悪魔コロンゾンの根底を支えているのはメイザースとの関係値だ。とっくにくたばっているメイザースとの契約をコロンゾンが律儀に守っているのは、メイザースの望んだとおりの結末になっていないからだ」
メイザースはアレイスターが失墜することを望んでいた。
それをコロンゾンは叶えなければならない。
そして一度、コロンゾンは『窓のないビル』でアレイスターのことを追い詰めた。
だが結局アレイスターは自分の可能性の一つに転生し、いまも息づいている。
そのためコロンゾンは未だにメイザースとの契約を果たせないでいる。
つまりメイザースとコロンゾンは未だに主従関係があるのだ。
真守はアレイスターの真意をくみ取って口を開く。
「メイザースとの契約に縛られているコロンゾンにとって、メイザースの遺体は自分を間接的に操作できる唯一のモノって事だな」
「そうだ。私から発した命令でも物言わぬメイザースの肉体を通せば、コロンゾンを操れる可能性がある。本当に何の価値もないなら、歴代の王を埋葬してきたこのウェストミンスター寺院でローラが人知れず回収したメイザースの遺体を丁寧に保管し続けるはずがない」
アレイスターは説明しながら、真守たちを連れて目的のところに辿り着いた。
周りは壁で囲まれている。日当たりが悪く、王家との縁がないと一発で分かる墓地だ。
だがそれでも、歴代の王と共に同じ敷地に埋葬されるなんて名誉ある事だ。
真守はそう感じていたが、上条はちょっとピンと来ていなかった。
「ここだ」
アレイスター=クロウリーは上条当麻から離れて、告げる。
目の前には、メイザースとは別の名前が記された墓石があった。
モノによっては外国の墓石は日本の墓石のように立っていたりする。
だが目の前にある墓石は長方形の石材が芝生の上に埋め込まれ、また別の石材が直角に立っているものだった。
「ふん」
アレイスターは鼻で笑って、その辺に落ちていた木の枝で容赦なく黒土を掘り返し始めた。
木の枝が折れると、みじめだとしても這いつくばって両手で土を掘り返す。
アレイスターが墓を暴く姿があまりにも血気迫るものだったので、真守たちはそれをずっと見守っていた。
そして長い時間を掛けて、アレイスターは棺を掘り当てた。
埋葬されてから時間が経っているため、何重にもニスを塗った樫の棺はボロボロになっていた。
西洋では火葬をしない。土葬が一般的なので、匂いが鼻をついた。
「……ただいま、メイザース」
屍蝋化でもしていない限り『そのまま』ではない。だがそれでも人の死体という本来忌避されるモノを前にして、アレイスターは愛おしそうに呟いた。
銀の少女は全身泥だらけのまま、月明かりの下で笑みを浮かべる。
「貴様の友にして宿敵、クロウリーが帰ってきたぞ」
アレイスターは声を掛けると、乱暴に棺の蓋をべりべりと剥がした。
人間を世界のために蝕むコロンゾンを止めるために、いま、再びメイザースの遺体が暴かれようとしていた。
アレイスターは粛々と棺の中身を月明かりにさらした。
棺の中には、当然として白骨死体があった。
血や肉など残っていない。学校でよく見る骨格標本のように真っ白ではない。
だがそれでも確かな人間の骨が、一通りそろって棺に納められていた。
アレイスター=クロウリーはそれを見て、固まっていた。
憎いと思っても、アレイスターはメイザースに対して様々な思い出がある。
だがアレイスターはそれらを思い出して固まっていたわけではなかった。
「……は、────」
「アレイスター? どうしたんだ?」
真守がコテッと首を傾げて声を掛けると、アレイスターは震える声で告げた。
「これは、誰だ?」
真守たちは怪訝な表情をする。
アレイスターは自分の口から出た言葉を理解できないのか、そのまま固まっていた。
っそいてアレイスターは白骨死体を丁寧に検分していく。
「メイザースのものじゃ、ない……? そんな馬鹿な、いやしかし」
真守は焦っているアレイスターへと優しく声を掛ける。
「違う人の遺体なのか?」
真守が問いかけると、アレイスターは真守を見上げる。
「私がどれだけヤツを憎み抜いたと思っている?」
アレイスターは自嘲気味に笑いながら骨を見る。
「まず頭蓋骨が全然違う。これを粘土で肉付けしていったってメイザースの目鼻立ちは復元できない……手の指ももっと細いはずだし、ヤツは普段立つ時に右へ重心を傾けがちだったから股関節や大腿骨のすり減り方にもわずかだが違いがあるはずなんだ」
アレイスターは焦りつつも見分した内容を口にしながら、上条当麻と真守を見た。
「キミたちはブライスロードの戦いを目撃していたはずだな。あの時、私がヤツにつけた傷についても!!」
上条当麻はアレイスターに問いかけられて、ふと考える。
メイザースはアレイスターの霊的蹴たぐりを喰らっていた。
果たして、霊的蹴たぐりの傷は残るのだろうか。
その答えはもちろんノーである。
そしてアレイスターが主張している傷は霊的蹴たぐりでつけた傷ではない。
真守は上条の右手にちらっと目を向けてから、目を細める。
「
上条ははっと息を呑む。そんな上条の前で、アレイスターは切羽詰まった様子で頷く。
「ああ。腕の骨を見ろ、それらしい亀裂や修復の痕跡がどこにもない!!」
アレイスターが慌てふためく中、口を閉ざしていた
「それじゃァ、一体メイザースってヤツの死体はどこにあるンだ?」
アレイスターは答えられない。
一方通行の疑問の答えが、本当に分からないのではなかった。
アレイスターの頭の中には『最悪な可能性』が思い浮かんでいる。
決してありえてはならない、『最悪の可能性』だ。
そしてその『最悪の可能性』が現実であると知らしめるために。
かつんっと、足音が響き渡った。
あのアレイスター=クロウリーがビクッと飛び上がる。
そしてゆっくりと、恐怖に震えながら振り返った。
上条自身もぎこちない動きで。
垣根と
そして真守は無表情のままエメラルドグリーンの瞳を煌めかせ、振り向いた。
世界最大の魔術結社、『黄金』。それをアレイスターは完膚なきまでに壊滅させた。
その全員を平等に、アレイスターは死の淵に追いやった。
そしてかつての『黄金』を取り戻そうとした人間も、平等に葬った。
死んでいるはずの人間が、墓の下にはいなかった。
では、その者はどこにいるのか。
その答えは大多数の人間が予想できる。
墓の主は、実は生きていた。
だがそれは、本当にありえてはならない『事実』だった。