※次は一〇月三〇日月曜日です。
かつて、イギリス最大の天才集団と呼ばれた魔術結社『黄金』。
『黄金』は正真正銘、近代西洋魔術を彩った傑物たちだ。
そんな『黄金』を創設したのは三人の魔術師だった。
だが一人が老衰で退いたため、実質指揮をとっていたのはウェストコットとメイザースだった。
つまり、『黄金』は二大派閥に分かれていたのだ。
その二大派閥を罠に嵌めて、アレイスターは『黄金』を破滅に導くべく内部抗争を起こさせた。
ブライスロードの戦いで、アレイスターは仇敵であるメイザースを討ち果たした。
メイザースは確かにアレイスターに殺されたはずだった。
だがアレイスターが亡き者にしたはずの仇敵は、墓の下にはいなかった。
ならば一体、彼はどこに消えたのか。
そもそも、あそこで本当にメイザースは死んだのだろうか。
アレイスター=クロウリーは、公的な記録では一九四七年にイギリスの辺境で死亡している。
だが密かに生きており、日本にやってきて学園都市を造り上げた。
アレイスターは、実は現代まで死んだと思わせて生きていた。
もしメイザースもそうだったら?
それは、ありえてはならない事実だった。
だが、現に。朝槻真守たちの前には、墓の主である男が立っていた。
スコットランド式の軍服に外套と帽子。時代遅れな服装。
「……めい、ザース……??」
アレイスターは仇敵を前にして、困惑した表情をする。
そんなアレイスターに応えるように、メイザースは魔術の花を咲かせた。
明確な攻撃を目的とした魔術。
それは閃光や爆音を伴って、本来静謐さを求められるウェストミンスター寺院を凌辱する。
アレイスターへの挨拶代わりの攻撃。その数々を、朝槻真守はすべて受け流した。
何故なら、呆然としたアレイスターが避けられなかったからだ。
ばづばづばつんっという音と共に、真守によって強大な力を持つ魔術が弾かれる。
突然の攻撃だったので、真守も逸らすのが精いっぱいだった。
そのため真守の逸らした攻撃が、墓地を囲っていた壁にぶち当たる。
歴史ある、本来ならば破壊されるなどあってはならないウェストミンスター寺院。
その名誉ある壁が、ガラガラと崩れ落ちる。
だがそれを気にしている余裕は真守にはなかった。
「……アレイスター、大丈夫か?」
真守は目の前の男を敵としてはっきりと認識したまま、アレイスターを見る。
アレイスターは今の攻撃で手傷など一ミリたりとも負っていない。
それでも真守はアレイスターへと声を掛けた。
何故か。
それはアレイスターが精神的なショックを受けているからだ。
魔術を極めて魔術を憎悪し、科学の信仰を生み出して魔術の敵となった稀代の魔術師。
本来の肉体を壊されたとしても、自身の可能性に転生して生きながらえた銀の少女。
そんな逸材が外見の年齢通りに恐怖し、震えている。
それほどまでにメイザースとはアレイスターにとって恐怖の象徴であり、彼が生きているのは銀の少女にとってあってはならない事実だった。
アレイスターが震える中、風を切る音がひゅんひゅんっと響いた。
メイザースがどこからともなく得物を取り出し、空中で踊らせたのだ。
それは四種類の、四色からなる霊装だった。
火の杖、水の杯。風の剣と土の盤。
それは知識のある者が見れば分かる、基本にして忠実なる霊装たち。
魔術を極めたものが愛用する、
基本を苛烈なほどまでに極めた男。
スコットランド式の軍服に帽子と外套を着込んだ男は、アレイスターを見て笑う。
「どうした」
スコットランド地方に由来した発音である英国語。
日本人が学校で習う、アメリカ寄りのものとは全く違う言葉に聞こえる英語。
それを発した彼は、責めるように英国語でまくしたてる。
「どうした、どうした、どうした!? この俺が築き上げた『黄金』を引き裂き、世界の魔術の覇権も掌握しておいて! その後の研鑽はどうした。どうして自分が造り上げたものに守られる!? 貴様の魔術はこんなもんか!?」
アレイスター=クロウリーは科学と魔術を分け隔てた。
そして西洋近代魔術の全てに関わり、アレイスターはその脆弱性と
銀の少女を傷つけられる魔術は、そう簡単には存在しない。
だがそう簡単に存在しないだけだ。
本当に力を持つ者はアレイスターに一撃を食らわせる事ができる。
例えば魔神や、朝槻真守。真守と肩を並べることができる垣根帝督や
そしてアレイスターと魔術基礎の国際共通規格を巡って争ったウェストコットやメイザース。
本当に力を持つ者はアレイスターに一撃を食らわせる事ができる。
スコットランド式の軍服を着込んだ男の魔術攻撃はアレイスターを傷つけられる魔術だった。
そして目の前の男は、アレイスターが恐怖を覚えるほどに本物だ。
つまり真守たちと対峙している男は、紛れもなくサミュエル=リデル=マグレガー=メイザースなのだ。
「どうにも力を感じられん。かといって、衰えたというのもまた違うようだ」
アレイスターは生きているはずのない男を前にして震える。
何故ならメイザースが生きている理由が想像つかないからだ。
想像つかないものは恐怖の対象となる。だからアレイスターは怯えているのだ。
「ふむ、これはどういう事か。これでも一応、俺は貴様の娘の仇敵という位置づけだったはずなのだが」
か弱い少女の姿をして震える弟子を見て、師匠はくだらなそうに指を鳴らした。
「ああ、そうか」
メイザースは自身の疑念の答えへとたどり着く。
理解不能な者はその者なりに高速に思考を回転させて、答えを出したのだ。
「それはまあ、大悪魔がいるのだから。うむ、聖守護天使との偶然が重なれば、なるほど。数価は九三、その名はエイワス。この仮説が真だとすれば救済もあり得るか。……ただなあ」
メイザースは言葉を切る。
そしてじろっとアレイスターを睨み、無慈悲な言葉を投げかける。
「アレイスター、キサマの娘は救われるべきではなかったよ」
その言葉に、ぴしりと空気が軋んだ。
だがそれでもメイザースは構わずに言葉を続ける。
「ニュイ=マ=アサヌール=ヘカテ=サッポー=イザベル=リリスは蛇足だろう? その救済があったおかげで、アレイスター=クロウリーからは『復讐者』という強烈な指向性が失われた」
メイザースはそれが本当に嘆かわしいように、アレイスターを睥睨する。
「腑抜けが、閉じた世界に夜明けを示す事も叶わず光の萎んだ憐れな星よ。もしもここにいるのがブライスロードの戦いからさらに己を磨き続けた孤独な『復讐者』であれば、俺の凶刃を幼気な少女によって跳ねのけられ、無様をさらす事などなかったのに」
アレイスターはメイザースの心無い言葉に、小さく口を震わせる。
「……、ザ……」
そんなアレイスターを嗤って、メイザースは睥睨する。
「愚かなり、不出来な弟子よ。赤子を救ってしまったからこそ、土台を失った貴様はここで死ぬ。敗者アレイスター=クロウリーの死因とはすなわち蛇足の娘リリスと記されるであろう」
「メぇぇぇイザーあああああああああああああああ────ス!!」
銀の少女は自らが掲げた魔法名のように吠える。
それを意にも介さず、メイザースは柔らかく微笑んだ。
「おかえり、アレイスター」
自身の周りを舞い踊る象徴武器の中から火の杖を取り、それで足元を突いて男は告げる。
「霧と魔術と黄金の都、ロンドンへ」
その言葉と共に、空気が一変した。
アレイスターはハッと息を呑んで、顔を上げる。
ウェストミンスター寺院を形作るあらゆる建物には、得体のしれない影がいくつも立っていた。
ポール=フォスター=ケイト。
アーサー=エドワード=ウェイト。
イスラエル=リガルディ。
ダイアン=フォーチュン。
ロバート=ウィリアム=フェルキン。
そしてメイザースと双璧を司った『黄金』の重鎮、ウェストコット。
名だたる者だけではない。
かつてアレイスターが打ち破った全員が、そこに立っていた。
「おう、ごん……?」
今にでも飛び出してメイザースの喉元を噛みちぎってやろうとしていた、銀の少女。
アレイスターは呆然としたまま、立ち並ぶ者たちを総称する言葉を紡ぐ。
「『黄金』の魔術結社??」
「新参者。貴様とて一九四七年、一度は公的に死んだ身の上だろう」
メイザースは理解が及ばず推測ができないアレイスターを鼻で笑う。
「お前と共にリリスもその前提を覆し、再び歴史に浮かび上がった。忘れたか? こちらには、エイワスと同等かそれ以上の異種高次生命コロンゾンが付いているんだぞ?」
アレイスターを笑って、メイザースはその事実を口にする。
「自分にはできるのに他人にはできない。そう考えるのは、誰も自由に開発できる魔術という技術体系の基本に反するよなあ?」
アレイスターは一度死んだ。
だが密かに現代まで生き延びており、科学サイドの長として学園都市に君臨していた。
それならば、アレイスターと同じ目標を掲げて研鑽を続けていたメイザースたち『黄金』が現代にまで生き残っていても不思議ではない。
メイザースは墓場の土を杖で突いて、笑みを深くする。
「卑怯などとは言わないでくれたまえ。再会を祝して全てを出し切ろう。世界最大の魔術結社である『黄金』は、俺の成果物だ。この俺がその全てを新参者にぶつけるのは、何もおかしな話ではないだろう?」
朝槻真守はその言葉に鋭く目を細めた。
そして小さく笑った。それに気が付かずに、メイザースは告げる。
「さあ、ブライスロードをやり直そう! クロウリー、一度はこの俺から全てを奪った者よ!!」
メイザースは仇敵を前にして、その咆哮を上げる。
「嬲り殺しの時間だ、偶然頼みの勝利はもう通じない。『復讐者』という指向性を失い、魔術師としての成長も捨てくだらん蛇足の赤子を抱えた愚か者が、一人でどこまで足掻くか試してやる!」
「バカを言わないでくれ。笑ってしまうだろう」
ボルテージの上がったメイザースを鼻で笑って冷や水を掛けたのは、朝槻真守だった。
冷や水を浴びせらせたメイザースは真守を見る。
真守はそんなメイザースを見つめて、流ちょうな英語を紡ぐ。
「魔術を捨てた? リリスが救われたのが蛇足? 過去の栄光に縋りついて止まっているお前にどう言われたって、何も響かない」
たった一〇〇年前。
その時に有名だった
「魔術を捨ててもいいだろ。魔術を基に、アレイスターは科学を造り上げた。新たな信仰を生み出した。──アレイスターが血のにじむような努力をして独自に生み出した科学が、魔術に劣ってるハズないだろ」
真守はメイザースを睨み上げる。
垣根帝督はメイザースを鼻で笑っていた。
そんな面々の前で、上条当麻は口を開く。
「メイザース。再会を祝してすべてを出し切ろう、お前はそう言ったな」
上条当麻はなんとなく英語の意味を読み取ってそう告げると、アレイスターを見た。
「ならアレイスター、お前も出せよ! 魔術なんてどうでもいい、学園都市の統括理事長としての全てを!!」
真守たちは声をそろえて告げる。
「「アレイスターは一人ぼっちじゃない。ヤツの成果物はここにいる!!」」」
上条当麻も朝槻真守も、確かに素質を持っていた。
だがそれをここまで育て上げたのはアレイスター=クロウリーだ。
そして垣根帝督と
「お前が集めた手垢まみれの旧時代の傑物に、今の時代を彩る私たちが負けると思うなよ」
メイザースが集めに集めて作り上げた、『黄金』の魔術師たち。
アレイスター=クロウリーが屈辱と失敗に塗れながらも、友人との約束によって進み続けた結果得た、科学の申し子たち。
『黄金』と
これより、第二幕が始まる。
イギリス篇第一幕、神威混淆終了です。
次回。イギリス篇第二幕、魔術の傑物VS科学の申し子──開幕。