イギリス篇第二幕──魔術の傑物VS科学の申し子、開幕。
※次は一一月六日月曜日です。
※終盤に向けて少し調整したいため、しばらく週一更新の予定です。
第一四〇話:〈異国僻地〉にて再会を
エジプトの、名も知れぬオアシス。
オアシスの近くには、ダンプカーに乗せられたアレイスター=クロウリーたちの隠れ家であるトレーラーハウスが停まっていた。
トレーラーハウスのドアチャイムを礼儀正しく押したのは、
ドアチャイムで来訪者の存在を知ったエルダー=マクレーンは、がちゃっと扉を開ける。
「やあ、久しぶりだね?」
エルダーはカエル顔の医者を見ると、大きく目を見開く。
「おおっおー! 私が目を掛けていた医者じゃないかっ!」
エルダーは嬉しそうに表情を明るくする。
かつて辺境の地にて、エルダー=マクレーンは
そのことを覚えているエルダーは、嬉しそうにぴこぴこっと猫耳と尻尾を跳ねさせる。
エルダーのご機嫌に揺れる尻尾。エルダーと共に扉の前で構えていた三毛猫はエルダーの尻尾に目を輝かせ、ぴょんぴょん飛んでエルダーの尻尾にじゃれつく。
「随分と可愛らしい耳と尻尾が生えているね?」
「ふふんっ愛らしいであろう。自慢の毛並みであるぞっ」
猫耳と尻尾を褒められて、ご満悦のエルダー。
冥土帰しは助けると決めたならば完膚なきまでに必ず患者を助ける医者だ。
彼が行くところには必ず助けを求めている患者がいる。
「オマエが来たのは、もちろんリリスのためだな?」
エルダーに問いかけられて、冥土帰しは頷く。
「いざという時があれば、ここに駆けつけるようメッセージをもらっていたんだけどね?」
エルダーは尻尾をゆらんと揺らすと、嬉しそうにこくんっと頷く。
「我が友から聞いておったぞ。細々としたコトが終わったら来てくれると。……ただ、少し遅かったようだな? 我が友はすでに行ってしまったぞ?」
エルダーはニヤッと笑って、冥土帰しの横にいる者たちへ目を向ける。
そこには包帯を体に巻いたゴールデンレトリバーと、白衣を着た女性が立っていた。
「ふふん。見慣れた者たちがおるなっ」
ご機嫌に尻尾を揺らすエルダー。そんなエルダーの前で、
「遅れたのはこの子を治していたからなんだ。僕はほら、動物はあんまり詳しくないからね?」
冥土帰しは傍らにいるゴールデンレトリバーについて話をする。
エルダーは一人と一匹を見て、にまにまと笑う。
すると、白衣の女性は困惑した様子を見せた。
それでも、おずおずと白衣の女性は問いかける。
「あなたは『彼女』にご縁があるのですか?」
「うむっ。朝槻真守はワタシの子孫で、ワタシは真守のひいひいひい祖母なのだ」
エルダーは平らな胸を得意気に張って、ぴょんっとご機嫌に猫耳を動かす。
「いわば、真守はワタシの直系だな。よく顔が似ておろう、木原唯一よ」
白衣の女性──木原唯一はエルダーに問いかけられて、こくりと頷く。
「『彼女』には……いいえ、このお医者様にもですが、感謝が尽きません。おかげでもう一度、先生に会うことができましたから」
エルダーはしおらしい木原唯一を見て、にやにや笑う。
「良い夢は見せてもらったか? 元『復讐者』?」
木原唯一はエルダーに笑いかけられて、思わず肩をすくめる。
木原唯一は、少し前のことを思い出す。
学園都市の外からやってきた、上里翔流。
そんな上里翔流に、木原唯一の大切な『先生』──木原脳幹を完膚なきまでに傷つけられた。
木原脳幹の撃破はアレイスターによって決められていたシナリオだった。木原脳幹を傷つけられた木原唯一が、上里翔流に復讐をするために追い詰めるために必要な撃破だった。
それを木原唯一は知っていた。だが木原唯一は上里翔流に復讐をしなければ止まれなかった。
だから
だが結局、木原唯一は上里翔流を亡き者にできなかった。そして『窓のないビル』の直下で上里翔流や朝槻真守に敗れ、真守によって深い眠りへといざなわれた。
その夢は真守が木原唯一の記憶を読み取り、木原唯一を立ち直らせるために造られた夢だった。
真守は以前、前方のヴェントに夢を見させて、己を改心させる結果へと至った。
ヴェントは必要以上に自分の弟を奪った科学を憎んでいた。
だがそれでは、自分の身を犠牲にして姉であるヴェントを守った弟が浮かばれない。
だから真守はヴェントを優しく諭したのだ。
それでもヴェントは科学を容認しなかった。
だが真守たちを必要以上に憎む事はなくなっていた。
前方のヴェントを改心させた夢。
それとはまた異なるが、真守は木原唯一が改心する夢を見させていたのだ。
夢の中でそれはそれはもうとても優しく諭された木原唯一は、自分の行いを恥じた。
恥じるしかないくらい、それはもう丁寧に復讐者がどんなに愚かでしょうもなくて、意味もない行為だと諭されたのだ。
そして木原唯一は夢の最後、真守に言われた。
木原脳幹はまだ死んでない。アレイスターがそれなりに木原脳幹を信頼し、また木原脳幹もアレイスターを信頼していたと分かっている。
『学園都市の科学技術は凄まじい。そしてその結晶である私がいる。だから大丈夫、お前は「先生」にまた会えるぞ』
そう言われて木原唯一は覚醒した。
すると
夢の中の真守の言う通り、木原唯一は再び木原脳幹を話をする事ができたのだ。
「本当に優しくて酷い仕打ちを受けた夢でした。……『復讐者』として完璧に打ちのめされて、一人の人間として強制的に立ち直させられる夢でしたから」
『復讐者』として生きていた木原唯一。
『復讐者』として完成されたのに、真守に優しく諭された事で完膚なきまでに打ちのめされた。
丁寧にどこが悪かったか説明されて、その考えは間違っているとされた。
でも『復讐者』へと至るのは仕方ないのだと、頭をなでなで撫でられた。
自分の『復讐者』としての行いが恥ずかしくなるくらい、優しい夢。
あの夢を経験して、木原唯一は『復讐者』としての道を捨てられた。
いまは本当にバカな事をしてしまったのだと、いまの木原唯一は認識している。
エルダーはくすりと笑うと、全てを兼ねそろえて生まれてきた真守を想って笑う。
「まったく怖い娘に育ったものだ。誰もを魅了して、誰もを導いて。そして誰もをあるべき姿として生きられるようにする。人を完膚なきまでにダメにするなんて、恐ろし過ぎる」
その最たる人間が垣根帝督だな、とエルダーが笑うと、木原唯一は苦笑した。
それまで黙っていたゴールデンレトリバー──木原脳幹は片耳を上げて自らの教え子を見た。
「帰ったら私も『彼女』に採点してもらった方が良いかな。まあ、『彼女』が学園都市を再興するかは分からないがね」
「ふふ。私は夢を通して、『彼女』もある意味ロマンを求めている人だと感じました。きっと、先生と『彼女』は良い話ができると思いますよ」
『復讐者』ではなくなった木原唯一は、『復讐者』になる前から変わらず『先生』で大事な存在である木原脳幹に笑いかける。
今の木原唯一は全ての角が取れて丸くなった感じだ。
その変化がエルダー=マクレーンは好ましいと思っていた。
「さて、
エルダー=マクレーンは微笑みながら、彼らをトレーラーハウスへと招き入れる。
「木原たちはリビングでゆっくりしておいてくれ。冷蔵庫にあるモノは節度を持って飲んで良いぞ。ワタシたちは少し奥に行く」
エルダーは木原唯一たちに声をかけると、リリスのベビーベッドがある部屋へと向かった。
「基本的な確認をしておこうかな?」
「うむ。良いぞ」
エルダーはリリスがだあだあ言っているので、優しく抱き上げてあやしながら頷く。
「僕はメッセージを受け取っているが、文脈は少々詩的で難解だった。これも時代かなあ。ストレートに受け取っていいのか、何か回りくどい言い回しの一環なのか。そのあたりをヒアリングしておきたいんだけどね?」
「ふむ。いま行うべきはリリスの肉の器を精製することだ。……リリスは普通の赤ん坊に見えるが、そうではない。オマエもリリスを少し調べたから分かるだろう? この子は格が上がった魂を無理やり固着させて現世に存在している、奇蹟の子だ」
エルダーはリリスのことを優しくあやしながら、この世で唯一魂のことを理解している自分の子孫を思い浮かべる。
「魂の組成について、ワタシは全てを理解しているわけではない。だが魂を一から組み上げられる真守の所業は間近で見てきた。そして真守は、魂についての記載を帝兵に託しておる。それを紐解きながら、ワタシがオマエに享受してやろう」
「詩的な言葉が増えたようだね? こちらはさっさと人を救いたいだけなのに、カルテの代わりに得体のしれない古文書でも広げられているような感じだよ。ターヘルアナトミアを翻訳した江戸時代の人間はこんな気分だったのかね?」
「ふふ。確かに江戸時代の人間は頑張って解体新書を翻訳したからな」
エルダーはくすくすと笑い、
「リリスはどう見ても普通の赤ん坊だ。だが剥き出しの魂を無理やり固着させておるに過ぎない。要はとても不安定なのだ。いつ霧散してしまってもおかしくない」
エルダーは体を緩く揺らし、リリスのことをあやしながら説明する。
「だからこそ、肉の器が必要なのだ。そこは真守が垣根帝督を求めたのと同じだな。真守は万能な力を持ち、魂を一から組み上げることができる。だが器まで作る創造性は有しておらなかった。だからこそ、垣根帝督の無限の創造性を求めた」
無限の創造性。
それを真守は手に入れる事ができない。成長方向が明確に異なるためだ。
それでも真守は垣根にはない、創世の力がある。魂を一から組み上げられる力がある。
「真守の力は素晴らしいものだが、全知全能ではないということだな。しかもリリスはエイワスが高次元へと退避させたため超常現象を引き起こせるほど魂の格が上がっている。その器を造るならば、リリスに合わせた肉の器を造らねばなるまい」
エルダーは自分の腕の中であやされて、うとうとしてきたリリスに微笑みかける。
「垣根帝督が残して行ったカブトムシと、朝槻真守が記した生命の定義があるから問題ないが、単純な技術が必要だ。何故なら垣根帝督の人造細胞はあくまで異能だからな。
垣根帝督の能力である
だがあれは幻想殺しに触れられれば、一瞬で霧散してしまう。
「それにな。アレイスターは異能の力ではなく純粋な科学の力でリリスを救いたいと言っていた。だからこそ、オマエにワタシは頼みたい」
エルダーは一通り説明すると、
「オマエには科学由来の肉の器を培養し、用意してもらいたい。失われた経験や記憶を回復、または移植する方法に心当たりがあるだろう? なんだったらリリスの器を形成するには人格一式を丸ごとと考えた方が良いまである」
冥土帰しはエルダーやアレイスターが自分に求めていることを知って、小さく頷く。
「脳髄、神経、各種内臓から吐き出されるホルモンバランス。扱う部位によってはまちまちだけど、それも状況次第といったというところかな? 一応、記憶に関してはこの僕にも救えなかった少年がいるものでね?」
「ふふ。知っておる。それがオマエを悔やませている事もな」
エルダー=マクレーンは『窓のないビル』で全てを見ていた。
だから上条当麻が記憶を失ったことも、彼を助けられなかった冥土帰しが陰で凄まじく悔やんでいたことを知っている。
「オマエが患者を助けるために生み出した技術。それは『
エルダーは笑うと、自分の腕の中で眠りについたリリスを優しく抱き直す。
そして愛らしい命であるリリスの頬を優しく撫でながら、小さく平たい胸を張る。
「ワタシはこれでも以前より高性能な演算能力を保持している。オマエが造り上げた技術だってきちんと把握することができるぞ」
えっへんと胸を張るエルダー。エルダーは照れ隠しに笑うと、
「あの時からオマエはオマエで進んでおる。そしてワタシだって進んできた。もちろんヤツもな。だからその全てで救おう。ワタシたちにはその力がある」
エルダーは宣誓に似た言葉を告げると、にこにこと微笑む。
「楽しいな。あの時から続いている関係で全てを救えるのは、本当に楽しい」
コロコロと笑うエルダー=マクレーンを見て、
本当に変わらない。
まさかあの時から百数年経っても、この女性が笑っている姿を見られるとは思わなかった。
この女性は生を全うした。
ケルトの民として最後まで生き抜いて、そして寿命に逆らう事なくイギリスの地で眠りについた。
生から死という流れこそ、人間の営むものとして。
それを当然として受け入れて、エルダー=マクレーンは最期まで笑っていた。
そんな彼女は今を始めた。
新しい自分を、あの時から地続きである自分を自分として受け入れた。
そして、ここに立っている。
「やるぞ、
かつてとある男が唯一生涯の友だと定めた彼らは、その男のために立ちあがる。
リリスを蛇足などとは言わせない。
アレイスターはしあわせになる必要があるのだ。
そしてその努力を周りも彼も怠ることは許されない。
エルダーと