次は一一月二〇日月曜日です。
ウェストミンスター寺院を北上した位置にある、観光地ピカデリーサーカス。
『黄金』と対峙したウェストミンスター寺院から退却した朝槻真守たちは、ピカデリーサーカスにある大型ショッピングセンターへと退避した。
真守たちはショッピングセンターに入ると、とりあえず一息つくために休憩所として使われている一角に集まった。
屋外に設置されていれば、パラソルでも付きそうなラウンドテーブルの椅子に座る真守。
腰を落ち着けた真守は『黄金』のことを考えて、むっと口を尖らせる。
「アレイスターと同じ
真守は独り言ちると、ちょいちょいっと指先を動かしてカブトムシを呼ぶ。
机に降り立ったカブトムシの背中を撫でて、真守はカブトムシのネットワークに接続する。
そして情報を整理しながら、目の前に座っている上条当麻を見た。
上条はテーブルに突っ伏していて、どんよりとした雰囲気を醸し出している。
「墓荒らしに今度はショッピングセンターの不法侵入……うぅ、将来が不安になってきたぞう」
上条当麻はロンドンでの所業について今更我に返ったらしく、自分の行いを悔やんでいた。
真守は目の前の悪事にうんうん唸っている上条を見て、きょとっと目を開く。
「上条、お前はすっぽ抜けてるようだから言うケド、私たちは不法入国を繰り返しているぞ」
「そうだったぁー!」
上条は頭を抱えて、声を上げる。
日本からイギリスに来るまで、あらゆる国々を渡ってきた。
その全てにおいて、真守たちはパスポートなんて使っていないのだ。
一番の大罪を犯していた事に気が付かなかった上条当麻に、垣根は思わず呆れてしまう。
ちなみに垣根帝督はコーヒーチェーン店からコーヒーを無断で持ってきていた。
それでも真守に色々言われそうなので、きちんとお金は置いてきている。
真守は垣根からアップルアイスティーを受け取りながら、ふふっと笑う。
「そんなに落ち込まなくていいぞ、上条」
上条は上機嫌な真守に声を掛けられて、顔を上げる。
真守はアイスティーをくぴっと飲むと、人差し指を立てる。
「こういう時は権力者に頼ればいいんだ」
「……権力者ぁ……?」
ふにゃふにゃしている上条に、真守はにっこりと笑いかける。
「私のバックには伯母さまたちがいるからな。権力者である伯母さまに頼めば、世界の危機ということで数々の罪をなかったことにしてくれるぞ?」
「ねえねえ、それ俺の勘違いでなければ権力と金で解決するんだよね?!」
「その通りだ」
「やっぱり最後は持つ者だけが勝つの?! それって良いの?!」
「使えるものは使う。持つ者の特権だな。最後はごり押しでどうとでもなる」
真守はふふんっと得意気に胸を張る。
マクレーン家はイギリスに古くから根付くケルトの民だ。
『騎士派』の一角に所属しながらも、『清教派』と『王室派』にも口出しできる立場にある。
しかも古物商を筆頭に手広く事業を行っているため、多くの国々に対して太いパイプがある。
しかも真守たちは何も悪事をするために不法入国を繰り返しているのではない。
世界を救うためなのだ。
結局最後には権力に縋るべきである。それしかないのだ。
テーブルの上に座っているオティヌスは、持つ者と持たざる者の違いに苦悩している上条を見る。
(まったく。世界が大悪魔に壊されそうになっている瀬戸際なのにそんな些末なことを気にするとは。……まあ、それがこの人間らしいところだな)
魔神オティヌスはくすっと笑うと、上条の頬を小さな手で突く。
真守はその様子を見て、ルンルン気分で微笑を浮かべる。
ご機嫌な真守。そんな真守は、じとっと自分を睨んでくる垣根を見上げた。
「どうした、垣根? 不機嫌な顔をして。私はすっごく機嫌がいいぞ?」
「だろうな。雰囲気からにじみ出てやがる」
垣根は舌打ちしたいばかりに顔を歪めると、真守の頬をむにーっと摘まむ。
「
真守は自分の頬を引っ張る垣根の手にちょこんっと触れると、ふにゃっと笑う。
「だって嬉しいんだ。垣根が私以外のひとを守るために、色んなひとと協力してくれて。とても嬉しいコトだ」
垣根帝督は一緒にロンドンに来た者たちと協力してくれる。守ろうとしてくれる。
それが全て自分のためだと言うのは、真守も分かっている。
それでも真守は垣根が誰かと力を合わせるのが本当に嬉しいのだ。
しかも垣根は
垣根帝督は目の上のたん瘤だった一方通行が大嫌いだ。
ロシアでその遺恨を晴らせたとしても、好きになれる相手じゃなかった。
それなのにコンビネーションなんて決めたのだ。それが真守はとても嬉しかった。
「もう金輪際絶対にやらねえ」
垣根が不機嫌に顔を背けると、真守は椅子を動かして垣根にぎゅっと抱き着く。
「垣根、怒らないでくれ」
真守はエメラルドグリーンの瞳を優しく細めて、垣根にすり寄る。
そしてすりすりと垣根の胸板にすり寄って、真守はふにゃっと笑う。
甘えてくる真守はかわいい。
でも気に入らない。
垣根はぎゅっと真守の頬を摘まむ。だが真守はふへへーっとご機嫌に笑ったままだ。
そんな真守と垣根を他所に、
一方通行は現在垣根帝督が造り上げた人造生命体であるカブトムシ──帝兵さんを肩に乗せており、使ったバッテリーを帝兵さんに充電してもらっていた。
そして銀髪美少女転生アレイスたんはというと、真守の前に座ってスマホを手にしていた。
そのスマホにはカブトムシとトンボが繋げられており、アレイスターは彼らが録画した動画を凝視していた。
「ジョン=ウィリアム=プロディ=イネス。カルヴァリ十字、均等十字、ピラミッド十字、マルタ十字……。その意味は陣形のジョイント接合部だな。主要な構成は力の収束、偏向、拡散。なるほど、時間を与えれば与えるほど大規模な陣を組むタイプ、か」
アレイスターは呟きながらクリップをして動画を編集する。
そして画面をタップしてテキストを打っていく。
ロバート=ウィリアム=フェルキン。
タットワの精神没入霊装を身にまとい、他人の幽体を抜き、無防備な肉体を総攻撃する。
エドワード=べリッジ。魔術医療のスペシャリスト。
穢れを『逸らす』事で癒しに転じさせる事ができるため、『黄金』は怪我をある程度許容できる。
彼が『保険』としているからこそ、『黄金』はクロウリーズ・ハザードに対して強気だった。
アレイスターは真守やカブトムシから得た情報を基に、自分の記憶といま目の前にいる『黄金』の技術に齟齬がないかを確認する。
「『黄金』最全盛の傑物どもを殺そうなどというのは間違いだ」
アレイスターはきっぱり断言すると、その理由を説明する。
「しかもメイザースは特に顕著だ。ヤツは基本中の基本、四大元素を完全に御することで世界の全てを表現する。つまり超常においてヤツらと真正面から対抗するのはバカげている」
撃沈していた上条当麻だが、アレイスターの口から圧倒的な不利を口にされて、顔を上げる。
「じゃあどうするんだよ」
「魔術に対し科学で抗せよと論じたのはキミたちだぞ。科学で対抗するに決まってる。……ああそうだとも。私は科学と魔術を切り離し、一〇〇年越しで世界を温めてきた。統括理事長アレイスターの独自技術体系でもって、『黄金』を叩き潰してくれよう」
くっくっくと笑うアレイスター。
そして次のクリップ動画に手を伸ばしたところで、ふと皮肉な笑みを見せた。
「アニー=ホーニマン、か」
アレイスターは意外そうに呟くと、動画をまじまじと見つめる。
「両手で持っている白と黒の棍はヤッキンとボアズのつもりか? 使用する魔術は直接戦力というよりは第三者が用いる術式の整合・最適化。二本の柱が示すソロモンの神殿をどこまで再現しているか気になるが……まさかあのメイザースがアニーまで従えてくるとはな」
アレイスターはぶつぶつと呟くと、情報の整理を進めていく。
ウィリアム=ウィン=ウェストコット。
イスラエル=リガルディ。
ネッタ=フォルナリオ。
アレイスターは本当に警戒するべき人間と、そこまではない人間を分けていく。
何せ『黄金』は一〇〇人以上いるのだ。
討伐する優先順位を付けて行かなければ始まらない。
上条はアレイスターの言っていることが魔術専門じみてきたので再び顔を歪める。
そんな上条の横で、真守はふんふんと頷きながら口を開いた。
「大体源流エネルギーで術式を焼き尽くして接近戦に出れば大丈夫だな」
アレイスターは動画をクリップして切り分けながら真守の言葉に応える。
「面倒だから『黄金』の連中全員を源流エネルギーで焼き尽くしてしまえ、と言いたいところだが……どんな揺り戻しが起こるか分からないからな」
「その通りだ。だからさっき不用意に源流エネルギーぶっ放さなかったんだ」
真守はふんっと、ちょっと憤慨した様子を見せる。
その姿を見て、上条と
真守とアレイスターが話している内容が分からないのだ。
真守が扱う源流エネルギーについて、二人は詳しく知らないのだ。
「そういえば二人には源流エネルギーの性質を話したことがなかったな」
真守は話が見えていない二人のために説明する。
「源流エネルギーを焼き尽くすと、『存在の消失』が起こる」
「……存在の消失?」
上条は真守の言っていることが分からなくて、オウム返しをする。
「あんまり考えたくないケド、例えばひとを焼き尽くしたとしよう。そうなるとその人がいた痕跡全てが消え失せる。それは周りの人の記憶にまで作用する。言ってる意味が分かるか? ……源流エネルギーで殺すと、そのひとが世界にいたコト。それそのものがなかったことになるのだ」
上条当麻はぎょっと目を見開く。
だが真守が過去にひとを焼き尽くしてその存在を抹消した事があるとは、一方通行は明言しなかった。する必要がないし、真守が悔やんでいるからだ。
「源流エネルギーを使って『存在の消失』を引き起こすと、世界がなんとかして空いた穴を埋めようとする。でもその穴が大きすぎると、世界が大きく歪んでしまう。もしかしたら壊れてしまうかもしれない。だから『黄金』の魔術師を焼き尽くすのは避けた方が良い」
『黄金』という偉大な魔術師たちの代わりはいない。
それは魔神だって同じだ。
だが根本的に、この世界に必要のない人間なんていない。
その代わりになる人間なんて存在しない。
だから源流エネルギーを悪用してはならない。
悪用すれば世界が歪み、脆く儚く崩れて行ってしまうのだ。
真守は深刻になっている二人を見て、笑って肩をすくめる。
「ちょっと湿っぽくなってしまったな。何にせよ、いまは『黄金』だ。……アレイスター、それで具体的に科学でどのように対抗するんだ?」
「それは決まってるぞ。即席で造り上げるのだ」
一方通行はアレイスターの得意気な様子を見て顔をしかめる。
「ショッピングセンターで売ってるよォな日曜大工の品で一体何ができるってンだ? チェーンソーだの釘打ち機だの並べた程度で仕留められるよォな小物じゃねェンだろ?」
「大丈夫だ、心配するな。手作り発明武器なら任せておけ。これでも私はかつて英国情報機関M15に在籍していた諜報員だぞ? ばきゅんばきゅーん☆」
「はいい!?」
上条当麻は声を上げて驚愕する。
そんな上条の前で、銀の少女は遠い目をした。
「あまりにも神出鬼没なライフスタイルのおかげで、一部の魔術研究家から結構本気でそんな事を囁かれているのだ。理解不能なパフォーマンスを繰り返して新聞を騒がせていたのも、何かしらの情報操作や敵味方へのサインだったのでは、とかな」
「嘘かよ!!」
上条が声を上げると、アレイスターはバチンッ☆ と、ウィンクした。
「まあ実際にどうだったのかは想像にお任せするがね」
「嘘じゃないの!? どっち!? 朝槻!!」
上条当麻は頼みの綱である真守へと助けを求める。
それに垣根が心底嫌そうな顔をしたが、真守は気にせずに顎へと人差し指を当てる。
「うーん。伯母さまとインデックスからは、そんな話聞いた事ないな」
「やっぱり嘘か!」
「でもエルダーさまに聞いたらわかるかも」
「朝槻さんにも嘘か分からないの!?」
上条が自分に翻弄されている姿を見て、真守はくすくすと笑う。
そしてお遊びはここまでだと言わんばかりに真剣な表情へと切り替えた。
「アレイスター」
真守が呼ぶとアレイスターは辺りを見回していたが、真守たちを見た。
「ああ。──魔術になど、頼らない」
アレイスターはそう宣言して、続ける。
「SF兵器ならお手の物だ。なに、任せてくれたまえ。私は超能力開発を実用化にまで結び付けたゲテモノ学園都市の全てを掌握していた統括理事長だぞ。『
アレイスターは手伝いをさせるために上条当麻を呼んで歩き出す。
その後ろを、真守たち科学の申し子たちも追った。