※次は一二月二一日木曜日です。
時速一八〇キロで、ロンドンからスコットランド方面へと馬車列が爆走する。
馬車列は四頭立ての二列編隊、合計二〇両編成で走っていた。
その馬車列を形成する、馬車の一つ。馬車の屋根の上には、一人の少女が立っていた。
特にこれといった特徴もない、それでもオーソドックスで可愛らしいセーラー服。
あどけない顔立ちに、エメラルドグリーンの瞳。長く艶やかな黒い髪は、丁寧に猫耳ヘアに整えられている。
黒猫系美少女と謳われる、学園都市の
真守はその身に、
その姿はかつて朝槻真守がただの
大きな三角形を一つ、小さな正三角形を二つ携えた、猫耳のように側頭部に展開された図形。
小さなお尻から伸びる、猫の尻尾のように見える四角い帯とリボンのように根元に携えられた二つの小さな三角形。
懐かしい姿をした真守は、馬車の屋根の上から飛び立つ。
そして華麗に空中で身を翻して、標的を捉えた。
標的とは、『王室派』の馬車列を凄まじい速度で追いかけている魔術結社、『黄金』の魔術師だ。
真守は音速に近い速度を出すと、名も知らぬ『黄金』の魔術師を華麗な蹴りで吹き飛ばした。
『黄金』の魔術師は、誰も傑物だ。
だが魔術を展開する間もなく高速で蹴られてしまっては、何もできない。
真守に蹴飛ばされた『黄金』は、はるか後方で地響きを立てながら地面に激突する。
何せ『王室派』の馬車列も、『黄金』も時速一八〇キロ以上出している。
その状態で蹴りを放たれて体勢を崩されれば、普通の人間ならば死んでいる。
「ふむ。魔導書の『原典』はやっぱり頑丈だな。普通の人間なら木っ端みじんになる衝撃を受けても無事だ」
はるか遠くで地面に横たわりながらも、五体満足の姿をしている『黄金』。
そんな『黄金』を見つめて、真守は小さく呟く。
そして時速一八〇キロで爆走する馬車の一つに、真守は軽やかに降り立った。
真守は単体で爆走する馬車と並走することができる。
だが馬車の屋根に降り立った方が何かと都合が良いのだ。
「魔導書の『原典』として現代に蘇った『黄金』は腐っても『黄金』だ。魔術史を彩った『黄金』の名にふさわしい力を持ってる。でも無駄だ。科学の申し子を舐めるなよ」
『黄金』の魔術師は、大悪魔コロンゾンによって生み出された防衛装置だ。
コロンゾンを召喚したメイザースと、コロンゾンは未だに明確な主従関係を持つ。
そのためコロンゾンを唯一操れるとしたら、メイザースの遺体を媒介にしての命令なのだ。
契約とはコロンゾンにとって致命的だ。だからコロンゾンは何重にも罠を張って、メイザースの遺体に誰も触れられないように細工を施した。
その細工の一つが、魔導書の『原典』として現代に蘇った『黄金』の魔術師たちである。
『王室派』の面々は、イギリスにとって大きな魔術的象徴だ。
そんな魔術的象徴がスコットランドへ向けて大移動すれば、様々な術式が解除される。
つまりコロンゾンがメイザースの遺体に掛けている隠匿魔術も解けてしまうのだ。
コロンゾンの支配下にいる『黄金』の魔術師たちは、何としてでもコロンゾンの命令を守らなければならない。そのため『王室派』をスコットランド方面に向かわせて、メイザースの遺体を隠す魔術を解除させるわけにはいかない。
だからこそ、『黄金』の魔術師たちは『王室派』の馬車列に奇襲をかけてきたのだ。
『黄金』は『王室派』の馬車を追うために、軍馬や車両を使っていない。
地面すれすれの場所に薄い水の膜を張って、その上を滑るように追ってきているのだ。
渇いた木とガラスがぶつかるような、かんかんかかんという音が響く。
四大元素、その
「寒にして乾、続けて寒にして湿」
真守はメイザースの呪文詠唱と共に、馬車の屋根の上から飛ぶ。
そして軽やかな足取りで馬車から馬車へと移動して、前方から後方へと向かった。
ちなみに真守や垣根だけが『黄金』に応戦しているわけではない。
『王室派』の護衛には、『清教派』の実働部隊『
クラシックなメイド服に身を包む金髪女性や、錆びた大仰な回転刃をリードに繋げている若奥様。彼女たちも馬車の上に乗っており、真守は『
悪名高い彼女たちであっても『黄金』の二大巨頭、サミュエル=リデル=マグレガー=メイザースに勝機はない。だから真守は素早く後方へと向かう。
最後尾の馬車に真守が立った時、魔女の外套と首元のマフラーをたなびかせながら追ってくるメイザースが呟いた。
「『
その言葉と共にメイザースの渾身の一撃が繰り出される。
それは力ある魔王と標的の名前を連結させて、不浄の象徴で汚染する呪いだ。
その標的はもちろん『
だが夜空から舞い降りた純白の翼が、メイザースの渾身の一撃を受け止めた。
垣根帝督。
三対六枚の
だが垣根は未だに魔術の全てを理解するには至っていない。
そのためじわり、と。
垣根の純白の翼が、メイザースの『蠅の王』の術式を受けて黒く変色する。
「チッ」
垣根はじわじわと自身の翼を蝕んでいく呪いに舌打ちすると、自分の翼を切り落とした。
呪いは垣根を蝕む事はなかったが、切り離された純白の翼をぐずぐずに溶かした。
そんな垣根の上空を、真守が一足飛びに駆け抜けた。
そして指先から、圧縮した源流エネルギーを撃ち出した。
ガギンッ! と、歯車が噛み合う音と共に、源流エネルギーが放たれる。
『蠅の王』を放った後に隙ができた、メイザースを的確に狙った攻撃。
だがその攻撃はメイザースを穿たなかった。
そばから飛び出してきた名も知らぬ『黄金』。彼が身を挺して、メイザースを守ったのだ。
『黄金』は真守の純粋な力に穿たれて、体を硬直させる。
そして次の瞬間、その体をタロットカードに変貌させた。
コロンゾンの手によって現代に蘇った『黄金』は、タロットカードを基にした魔導書の『原典』として機能している。
つまり純粋な力を与えて魔導書の『原典』として機能不全に陥らせれば、打破は可能なのだ。
真守の純粋な力の攻撃を受けた『黄金』の魔術師は、魔導書の『原典』として機能不全になり、タロットカードに戻る。
そして『黄金』の本体であるタロットカードは凄まじい速度の風によって、ばらばらと後方へとばらまかれた。
真守は空中で体を捻って、飛び上がったチアリーダーが仲間に受け止めてもらう時のように受け身姿勢を取る。
そしてすぽっと、
「魔導書の『原典』に使われているのは『黄金』が造り上げたトート・タロットだな。エルダーさまと同じようなものを基本としている。推測通り、アレイスターへのコロンゾンの意趣返しだ」
真守の人差し指と中指には、一枚のトート・タロットが挟まれていた。
大アルカナ一二番、『吊るされた男』。先程の攻撃の際に、真守は解けて散った魔導書の『原典』を構成していたカードの一枚を拾っていたのだ。
「今みてえに純粋な力を当てりゃ簡単に『黄金』を機能不全にできるって事だな」
垣根は自分の腕の中にいる真守へと、不敵に笑いかける。
「うん。私にできるコトは垣根にもできる。簡単だな」
真守がにっと笑うと、追ってきていたメイザースが叫んだ。
「アレイスターの成果物どもッ! 俺が創り上げた『黄金』が早々容易く倒せると思うなよ!!」
メイザースが吠える中、馬車の車列の一つ、その窓に腰かけている女性が目を細めた。
第一王女、リメエア。
その馬車の上には、アシュリン=マクレーンが銀髪をたなびかせて待機していた。
アシュリンは臨戦態勢として、スカートのスリット部分のファスナーを開けきっており、片膝を立てて馬車の上に座っていた。
古くからケルトとしてイギリスに強く根付いていた一族に守られるリメエア。
その手には、切っ先がないことで平和の象徴を意味する、王の剣であるカーテナが握られていた。
だがカーテナは通常の形状をしていない。
鋼管や装甲板によって補強し、穂先に数センチの破片が取り付けられているのだ。
ソレの意味するところは──騒乱と殺戮。
そのためにカーテナは改造されていた。
「カーテナ=ロスト。王の恐るべき側面を示す刃の破片よ、この手に力を渡せ」
リメエアはカーテナ=ロストを掲げる。
リメエアは『黄金』から逃れるために、馬車の車列そのものをブーストする魔術を使用している。
本来ならば、改造されたカーテナ=ロストは敵をことごとく殲滅できるほどの力がある。
だが『黄金』は普通の敵ではない。
そのためリメエアが掲げるカーテナ=ロストは防衛一方になっていた。
だからこそ真守や垣根、『必要悪の教会』に迎撃を任せているのだ。
「スコットランド貴族グランストラエ伯爵? こちらは連合王国全域の第一王女なり。貴方が本当に貴族を名乗るならば、王の血筋へ頭を垂れよ、メイザース!!」
メイザースはリメエアの言葉に舌打ちする。
メイザースとは大仰な性格な男で、設定を好んで利用していた。
だからこそ、メイザースはその設定をどこまでも守らなければならない。
それ故に、メイザースは『王室派』の象徴であるカーテナ=ロストに対して強く出られない。
だがそれでも。自らを組み上げたコロンゾンに一矢報いるためにもアレイスターの邪魔をするためにも、自分の遺体を守らなければならない。
「温にして乾。成果物ごときにこの俺が負けるわけないだろうッ!!」
メイザースはその言葉と共に、象徴武器の一つである火の杖をくるりと一周回す。
すると炎の輪が浮かび上がり、すさまじい火炎放射が生み出された。
真守は垣根の腕の中から飛び出す。
科学由来の超能力を派手に使うと、『王室派』の馬車列の魔術と競合してしまう。
そのため控えめながらも全てを守るために、真守は両手を前に出した。
源流エネルギーを薄く張り、真守はシールドを生み出す。
すると源流エネルギーのシールドと、凄まじい火炎放射がぶつかった。
ギャリギャリギャリ! と歯車が回る鋭い音ともに
攻撃の余波で辺りが明るく染め上げられた。
そんな中、メイザースを打ち倒すために垣根帝督が動く。
メイザースは真守に対して魔術を放っており、隙が生まれているメイザースへと接近する。
「寒にして湿。誰が象徴武器を一度に二つ扱えないと言った?」
メイザースはその言葉と共に、象徴武器である杯を起動させる。
するとウォータージェットのように鋭く、全てを切り裂く水の放射が垣根帝督を襲った。
「ッチ!」
垣根は舌打ちをしながら翼で身を守る。
その瞬間、雷が落ちたかのような閃光が瞬いた。
それと共にメイザースの放った水が燃えるように飛沫を上げる。
その飛沫を、打ち消した者がいた。
「上条っ!」
真守は軍馬に乗った女性騎士の後ろに跨るツンツン頭の少年を見て嬉しそうな声を上げる。
上条当麻は馬車列を襲いそうだった液状の炎という変わった攻撃から、馬車を守る。
「朝槻! 悪い、遅れた!」
上条は馬車の屋根の上にストンッと降りた真守を見て笑顔を見せる。
そんな上条の上空で、垣根帝督はメイザースの攻撃の逆算に成功した。
その瞬間、メイザースの水による攻撃も閃光も、液状になって燃える飛沫も収まった。
「ッチ。余計なことしやがって」
垣根は上条にフォローされたことが気に食わなくて、鋭い舌打ちをする。
すると真守から垣根に視線を移した上条は表情を引きつらせる。
「ええー!? なんか良い所で助ける事ができたと思ったのに、垣根さんすごく不服そう!?」
「ああ、そうだ不服に決まってんだろ! なんで俺がテメエ如きにフォローされなくちゃなんねえんだよ! 俺は真守以外に助けられるなんざ御免だ!!」
「逆切れだ!! 俺悪いことしてないよう! 垣根さんを思っての事だよう!!」
上条は酷いブチ切れをかました垣根においおい泣いて女性騎士に抱き着く。
アレイスターに置いてけぼりを喰らって、
途方に暮れていた上条当麻を見かねた白いトンボが呼んだ白いカブトムシと一緒にいると、地図が読めずに困惑していた女性騎士だった。
言わずもがな。ドーバー海峡沿岸でタコ足クロウリーに襲われていた女性騎士である。
「ええい、少年! 息を合わせろと言ってるだろう、息を!!」
女性騎士は二人で乗馬する時において、大事なことを上条当麻に要求する。
そしてアレックスという名前が付いたキャーリサの愛馬に目を向ける。
「ほら見ろっ、アレックスも怒って──って、ええ!? アレックス!? どうしたあの天使のような少年をすごく敵視しているが、落ち着けっ落ち着け、どうどう!!」
女性騎士は上条を注意していたが、垣根を見て突然興奮しだした軍馬──アレックスを必死に落ち着かせる。
垣根はもちろん真守も知らないが、アレックスという馬はユニコーンのように純情な乙女しかその背中に乗せようとしない。
つまり女性騎士もキャーリサも色々と先進的なヨーロッパには大変珍しい逸材なのだが、アレックスは垣根帝督からそんな逸材を穢す邪なものを感じたのだ。
純情で何も知らない真守に色々仕込んだのだからユニコーン的なアレックスからしてみれば、垣根は本能的に許せない存在なのだ。
そんな背景を全く知らない垣根帝督は、自分を敵視してくる馬を睨む。
「馬のくせに随分と生意気だなコラ」
大魔王こと結構な数の女の敵である垣根帝督。
アレックスは確かな圧を感じながらも、屈するもんかと密かに考えていた。
真守はくすっと笑うと、必死に追いすがってくるメイザースを睨んだ。
「さあ。アレイスターの成果物が大体揃ったぞ。どうするメイザース?」
真守が不敵に笑ってみせると、メイザースは鋭く殺意を込めて真守たちを見た。
「知れた事。叩き潰す、それだけだ」
真守はそれを受けて獰猛に笑ってみせる。
「やれるものならやってみろ。『流行』を冠した私、『無限の創造性』を持つ垣根、そしてアレイスターが真に欲した『
スコットランド方面へと移動する『王室派』の車列。
そこに続々と科学の申し子たちが集まりつつあった。
敵は『黄金』。西洋魔術を彩る魔術の傑物たち。
だが傑物たちと言えど。次代を彩る科学の申し子が負けるはずがない。