次は一二月二五日月曜日です。
『王室派』を乗せた馬車列が、マンチェスターの市街地を駆け抜ける。
舞台は高架から大草原に太い線を引いた高速道路へと移った。
深夜で道が暗いのに一般車がちらほらと見えるのは、ロンドンと違ってスコットランド方面が平穏だからだ。平穏だからこそ『王室派』の面々をスコットランド方面へと逃がそうとしているのだが、それをメイザース率いる『黄金』が阻止しようとしていた。
時速一八〇キロで爆走する『王室派』の馬車列。
それを平気な顔で魔術を使って追随するメイザース率いる『黄金』。
そんな景色が絶えず変化する戦場で、上条当麻は叫ぶ。
「大ボスのメイザースだ!! アイツをどうにかすれば勝てる!!」
上条の指示を聞いた女性騎士はキャーリサ王女から借り受けている軍馬、アレックスを操りながら上条の言葉に応える。
「魔術の仕組みを知らないのかっ! 随分と簡単に言ってくれるが……!!」
「どんだけ強大だろうが歴史が証明してる。メイザースの攻撃には
上条当麻はアレックスを操る女性騎士の後ろから、メイザースを睨んで不敵に笑う。
「それにこっちには朝槻や垣根がいるんだ! 絶対に勝てる!」
頼りがいのある仲間がいるからこそ、断言できる上条当麻。
メイザースは日本語が分からないが、それでも気に入らないため薄く目を細める。
「アレックスをメイザースに寄せてくれ!」
上条がそう叫ぶ中、メイザースは即座に動いた。
メイザースにとって
アレイスターが引き金を引いた『黄金』の内部抗争。
あの時、生きていた自分を仕留めたのは幻想殺しだった。
そのため、メイザースは幻想殺しを明確な敵と捉えている。そして速度を上げると、
真守はメイザースの動きを受けて軽やかに跳躍。
メイザースが乗っている馬車の隣に位置する馬車へと降り立った。
ストンッと、音も衝撃も最小限に押さえて降り立った真守。
垣根帝督はそんな真守の隣で
そんな垣根と真守を、そして上条当麻を視界にいれてメイザースは声を上げる。
「科学サイド? 学園都市? 笑わせてくれるなよ、アレイスターの成果物ども。馬車を一つ、いいや馬を一頭潰せば事足りる。我ら『黄金』からゆめゆめ全てを守れるとは思うなよ」
真守はメイザースの言葉を聞いてふわりと笑う。
「なんだ。完膚なきまでに全部潰すとはいえないのか?」
真守は嘲笑しながら、右手を軍馬に跨る女性騎士の後ろに乗っている上条へと向ける。
そして手の平から上条めがけて、真守は突風を生み出した。
その突風によって、真守は上条当麻の事を巻き上げる。
「うぉおおおっ!?」
器用に上条の右手、
そういえばこれまでにも何度か、朝槻に巻き上げられた事あったっけ。
走馬灯のように、上条当麻の少ない記憶が蘇る中。真守は正確な演算で自分の前へと飛んできた上条の襟元を引っ掴む。そして自分と同じ馬車の上に上条を着地させた。
「ふ、ふーっさ、流石朝槻さん……っ華麗なテクニックだぜ……っ!!」
馬車の上でしっかり立ちながらも、小鹿のようにプルプル震えている上条当麻。
垣根は頼りない上条当麻を見て、ふっと嘲笑する。
「おい上条当麻。足がガクガク震えてやがるぞ、なんだ怖ぇのか?」
「うるさいですことよ垣根さん!!」
上条は悠々自適と時速一八〇キロを出して飛ぶ垣根を睨み、そしてメイザースを見た。
「外野に興味ナシなんて寂しい事言うんじゃねえぞ、生きる化石シーラカンス!! ちょいと胸を貸してもらおうか!!」
やはりメイザースにとって、
その幻想殺しを持つ上条当麻を見据えて、メイザースは一人呟く。
「なるほど。天敵を放置すればどうなるか、この身で示すと言ったばかりだったな。であれば許容などするものか。するものかよ未熟な天敵ども」
上条はメイザースを見て首を傾げる。
スコットランド式の独特な特徴がある英語は、普通の英語よりも聞き取り辛い。
だがそもそも英語を理解できない上条当麻には、全く分からない。
メイザースが何を言っているか分からない上条の肩に乗るオティヌスは、小さくため息を吐く。
「私はアレイスターに負けず劣らずの変態です、たっぷりご褒美をくださいだとさ。人間、遠慮はいらない。とりあえずあの高慢な鼻っ柱を叩き折ってやれ!!」
「おっおう、そうなの!? よーし分かった!!」
適当に訳したオティヌスの前で、垣根帝督は遠い目をする。
(上条当麻って、本当にどうやってこれまで世界中の敵と戦ってきたんだ?)
英語も他の言語もからきし。日本語だって覚束ない時がある。
それなのに世界と渡り合えたなんて、多くの人間が上条当麻に合わせてくれた結果だ。
学園都市といえば魔術サイドと対極を保ちながら、世界を二分する勢力だ。
その学園都市がある日本。その日本の言語である日本語が魔術サイドでも重要視されるのは分かるが、それでも英語ができない上条当麻に配慮しすぎではないか。
垣根が呆れていると、メイザースは上条を睨んだ。
上条当麻が本当の意味で何を喋っているのか、メイザースには分からない。
だがそれでも、敵の言っている事はなんとなくでも分かるものなのだ。
「その
真守はしょうがないため上条と同じ馬車に飛び乗って、メイザースの言葉を逐一日本語にする。
すると、上条は真守の翻訳を聞いて不敵に笑った。
「そんなモンしか出てこねえのか、メイザース」
メイザースは上条当麻が自分を挑発しているのが分かって眉をひそめる。
そんなメイザースを見て、真守は微笑んだ。
寂しそうに。真守にしては珍しい、憐れみを浮かべて微笑んでいた。
「やっぱりお前には何もないんだな、メイザース」
メイザースは真守の口から放たれた英語を聞いて、ぴくりと反応して頬を引きつらせる。
真守はメイザースへ意趣返しとして、あえてスコットランド式の英語を小さな口から紡ぐ。
「現代に魔導書の『原典』として蘇った『黄金』の魔術師。それを束ねるサミュエル=リデル=マグレガー=メイザース。同じく現代に蘇った私の祖先であるエルダー=マクレーンさまのように、確かにお前は地続きであり、本物なんだろう。でもエルダーさまとお前は全く違う」
真守はそう断じて、メイザースを見据えて寂しそうに微笑む。
「エルダーさまは自分の事を地続きでありながらも、自分が新たな形へと生まれ変わったと判断した。変わるコトを許容して、だからこそ本物であると自分を定めた。──それなのに、お前には何もない。守るものも、矜持も。何もかも」
メイザースは表情を軋ませる。
ケルトの民は、時代に逆らう事無く自らを最適化しながら生き続ける。
そうやって、何よりも大切な教えであるケルトを守り続ける。
変わる事を許容し、進み続ける。そして永遠に、ケルトの教えを貫く。
真守はケルトの血に混じりがあるためケルトの民として認められない。
だが真守こそが、ケルトが求めた『永遠』なのだ。
そのため血に混じりがあるとしても、ケルトの民は真守を受け入れた。
真守という『永遠』を体現する女の子を希望とした。
ケルトは確かに時代錯誤な習慣に縛られている。
だがすべてを排斥するわけではない。産まれた者を受け入れる器量もある。
そんな温かさで満ちた彼らが求めた少女は、メイザースを睨みつける。
「メイザース。結局お前は一〇〇年前にアレイスターによって斃された時から何も変わってない。それなのにそこから進み続けてきたアレイスターに、お前が勝てるはずがないだろう」
メイザースは真守の言葉を鼻で笑った。
「俺を本当に倒して勝ってからほざけ」
「そうだな。私もそれが良いと思う」
真守は柔らかく微笑む。そして真守は垣根へと声を掛けた。
「垣根、私は必要だからやるね。──翼を、広げる」
垣根は真守の言葉に顔をしかめる。
朝槻真守はコロンゾンの一撃を穿たれたため、霊格に異常が出た。
その結果、霊媒にまで影響が及んでしまっていた。
だから垣根は真守に全力を出してほしくなかった。
そのため垣根帝督は真守を優しく諭した。
本当に力を使わなければならない状況までは、決して手を出すなと。
「……無理はするな」
垣根は真守が手を出さなければならない状況だと考えた。だから許した。
真守は垣根に柔らかな笑みを向ける。
「大丈夫だ、垣根。垣根の隣が私の居場所だから」
真守はその言葉と共に、馬車を思いきり蹴って空中へと飛び上がった。
そして真守は目をそっと伏せる。
続けて祈るために、朝槻真守は胸の前で手を組んだ。
「『流行』に至った私を、お前如きが止められると思うなよ」
真守はメイザースと共に『王室派』を襲おうとしている『黄金』を視界に入れる。
そして、真守は翼を広げた。
五対一〇枚の、蒼ざめたプラチナの翼。
空間を侵食するように伸びる、ちいさな歯車が連結してできた蝶の翅の翅脈のような後光。
頭を守るように生えた、一対二枚の蒼ざめたプラチナの小さな翼。
黒髪は、絹のように滑らかに輝く銀色へと姿を変えた。
その容姿はまさに、ケルトの一族であるマクレーンの血を継いでいると分かる姿だった。
「頭を垂れて、ひざまずけ」
真守は祈るように手を組んだまま、言葉を紡ぐ。
その瞬間、
次の瞬間。
『王室派』の馬車を狙っていた『黄金』の魔術師たちが軒並み地面へと叩きつけられた。
コロンゾンによってメイザースの遺体を守る防衛装置として生み出され、現代に魔導書の『原典』として蘇った『黄金』。
彼らは魔導書の『原典』の役目をはたしているタロットカードの表面に折り目や傷をつけることで、『黄金』としての人格を有している。
つまり少しずつ違えど、根っこのところは同じ『原典』の規格を使っているのだ。
『窓のないビル』で真守はエイワスの制御をハッキングして乗っ取ろうとした。
それと同じように、真守は『黄金』の魔術師にもハッキングを仕掛けたのだ。
ハッキングを仕掛けるためにはパラメータの入手が必要だが、真守は既に源流エネルギーで『黄金』の魔術師の一人を穿って必要なパラメータを入手していた。
「お前たちは確かにコロンゾンに支配されている。それは守られていると言ってもいい。でも仕組みが分かってしまえば、『流行』に至った私にとって手を伸ばすことは造作もない。お前たちは孤高で崇高な存在じゃない。私にとって、いつでも簡単に手を伸ばせる存在だ」
朝槻真守は『流行』へと至った。そんな真守に仕組みを理解したまま干渉されれば『黄金』は真守に抗う術なく、ひれ伏すしかない。
「アレイスターァああああああ!!」
真守の制御下に置かれて、誰も動けない。それなのに一人の怒号が響いた。
それはサミュエル=リデル=マグレガー=メイザースだった。
彼は独自解釈に基づいて大アルカナの番号を入れ替え、コロンゾンの制御から逃れている。
だから真守のハッキングから逃れられたのだ。
メイザースは自分の周りに浮いている象徴武器の内、火の杖に命令を出す。
「温にして乾。あの不届き者を落とせ!!」
真守が鋭く目を細める中、垣根が真守の前に出た。
「俺の女に触らせるかよ!」
垣根は声を荒らげると、
そして、未元物質の翼に凄まじい炎が突き刺さる。
垣根はその炎を翼をはためかせる事で、吹き飛ばした。
今度こそ、垣根帝督は自らと翼を広げている真守の事を完璧に守った。
垣根はパラメータを取得して、すでにメイザースの異能を解析している。だからこそもうメイザースの魔術は、工夫を凝らしてパラメータを弄らなければ垣根帝督には効かない。
自らの築き上げた歴史と『黄金』が崩れ落ちる中、メイザースは笑っていた。
「俺は一つ一つの勝敗にこだわらない」
メイザースはギンッと上条当麻を睨んだ。
上条当麻は駆け出していた。だから己の敵を睨んで、メイザースは口を動かす。
「寒にして乾、続けて温にして湿」
メイザースの一撃を受けて、上条は右手を構える。
メイザースは猛烈な岩のつぶてを上条へと放った。
だがそれを後押しするために、突風を生み出した。
不自然に加速する岩のつぶて。
上条は一つを
だが不規則に速度を変える固く、鋭く鈍い凶器によって、体を何度も穿たれる。
「がっ……!」
バランスが崩れて、上条当麻は車列の上から落ちる。
時速一八〇キロで流れて行くアスファルトに激突すれば命はない。
女性騎士は軍馬アレックスを操るが、メイザースが狙って彼女たちがカバーできない方向へと上条を落としたので、どう頑張っても無理だった。
だが、真守は上条が無事で落ち着くと知っていた。
何故なら空中から見えていたのだ。
上条当麻を救える存在。その人物が密かに近付いている事を、真守は知っていた。
その人物とはA.A.Aという兵器群を超大型バイクへと形を変え、自分の後ろにレインコートに水着を着た食蜂操祈を乗せた御坂美琴だ。
「……散々道に迷って難儀したけど、ようやく見つけたっ!!」
美琴はハンドルを握って鋭い速度を出しながら怒鳴り声を上げる。
「相っ変わらず、何してんのよアンタはぁ!!」
御坂美琴。彼女と同じように、上条当麻を大事に想っている食蜂操祈。
周回遅れを自称する少女たちが、いま参戦する。