次は一二月二八日木曜日です。
『王室派』の馬車を狙う、コロンゾンが安全装置として組み上げた『黄金』。
魔導書の『原典』である彼らを、真守は上空からハッキングして押さえつけていた。
そのため、左方から近付くA.A.Aに乗り込んだ御坂美琴に気が付いていたのだ。
バイク型に改造したA.A.Aに乗って現れた御坂美琴と食蜂操祈。
彼女たちは馬車列から落ちた上条当麻を拾って、馬車列と並走する。
「美琴、食蜂っ! とても良いタイミングだ!」
真守は美琴と食蜂が上条当麻を追って、イギリスにやってきているのを知っていた。
その情報の出所はもちろんカブトムシだ。ロンドンに残ったカブトムシは御坂美琴が自分の家族を救うために、A.A.Aを惜しげもなくぶっ放していたのを目撃している。
そんな真守たちの前で、上条当麻は少女たちとラブコメをしていた。
ハンドルを握った御坂美琴とその後ろに乗る食蜂操祈の間に、上条当麻は落っこちた。
上条は美琴に背中を預ける形で食蜂と向かい合っており、食蜂操祈はぽろっと言葉を零す。
「おっと棚ボタ」
「あァ?!」
A.A.Aを操っている美琴は振り返れない。
上条は死ぬかと思って半分意識が口から出ている。これはチャンスだと食蜂は目を輝かせる。
「ふ、ふふ……ふはははは! ぬふはははははは哀れよのう御坂さん! あなたはそのまま隔絶された運転手を続けていればいいわ! 私達は一風変わった二輪リムジンでいちゃいちゃさせてもらいますからふふふこれが日頃の行いというもの!」
というかレインコートの時は随分と嬲ってもらいましたからねえ! と恨みを告げると、食蜂は猫撫で声で上条へむぎゅっと胸を寄せる。
美琴はビキッとこめかみの血管を浮き上がらせると、ちょちょいっとA.A.Aを操る。
「おっと小石踏んじゃった」
「わひっっ?!」
がっくんと揺れるA.A.A。乙女の攻防の間に挟まれる上条を見て、垣根はチッと舌打ちする。
「流石ハーレム野郎。死にそうになってるのにラッキースケベか」
垣根ははんっと嘲笑して、上条当麻へと軽蔑の目を向ける。
「通常運転で幸いだという事にしておいてくれ、垣根」
呆れる垣根に真守が声を掛ける中、上条が正気を取り戻した。
「あ、あれ?? 御坂さん? お尻とお尻がぐいぐいぶつかってるけど、これは間違いなく御坂さん??」
「ぶっ?! こ、この……ッフケツ!!!!」
御坂美琴は上条の言葉に温かい上条の背中とお尻を意識してしまって、ぴゃっと飛び上がる。
そんなわーわーきゃーきゃーやっている中、御坂美琴が動いた。
「ええいっバカの言葉をイチイチ気にしてる場合じゃない! やるわよ食蜂!」
「はぁい☆ 御坂さぁんっ」
A.A.Aの形を変えて、攻撃態勢に入る御坂。
その後ろで上条当麻を抱きしめたまま、食蜂操祈はリモコンを手にする。
放たれたのは、
飛距離が伸びれば伸びるほど、加速する
食蜂操祈は
そしてその真髄は『水分を操る』事であり、それによって脳や精神に干渉している。
能力を使えば、食蜂は
それによって何が起こるかというと、空気抵抗でロスしている運動エネルギーを無駄にしない超電磁砲を放つことができるのだ。
それに加えて、コインの表面を覆う水分が弾体の熱を奪って冷却を促しつつ蒸気となるので、爆発的に速度が増す。
ある種、第一位並みの衝撃。
それによって吹き飛ぶメイザース。だがそれくらいでメイザースが倒れることはない。
彼は元々『黄金』。
そしてコロンゾンの縛りから逃げるための処置とはいえ、真守のハッキングに対抗している。
「垣根、降りよう。翼を広げられれば、ある程度下降しても大丈夫だから」
「分かった」
真守は蒼ざめたプラチナの翼から変わらずに神々しい光を瞬かせながら、垣根と共に降りる。
真守は『流行』に至る事で、魔術に対する割り込みを掛けて制御を乗っ取る技術を身に着けた。
それはある種、インデックスの術式に割り込みをかける
だがその能力はついこの間習得したものであり、慣れない事であるため今の真守は酷く無防備だ。
だからこそ垣根帝督が真守を守護するために上空へと上がり、その結果上条当麻が馬車から落ちるのを助けられずに、美琴に助けられる羽目になったのだが。まあそれはさておき。
「あっやっぱりびかびか光ってたのって朝槻さんだったの!?」
美琴は大型バイクへ組み替えたA.A.Aを巧みに操りながら、光を放っている真守を見上げる。
食蜂は美琴の声を聴いて、呆れた様子を見せる。
「何アレ。翼が生えてるところは初めて見たわあ。お似合いねえ……」
食蜂操祈は垣根が
だが真守が神々しい姿を見せているのを初めて直接見たのだ。
だから食蜂は半ば呆れながら、むぎゅっと上条のことを抱きしめる。
「食蜂さんっ!? ふ、ふくよかなものが俺に当たってうぉぉおおおおお!!」
「だからアンタたちナニ人の後ろでイチャイチャしてんのよ、フケツ!!」
美琴がツッコミを入れると、食蜂の熱烈アタックから逃れた上条が背中越しに美琴を見る。
「……そういやお前さん、飛び入り参加でメイザースがどんな人だったかほんとに分かってたのか? あんまり分かってないままいきなりアレ撃ったのか!? ちょいと引き金軽くなっていませんかね!?」
「うっさいな、こういう時アンタは嘘つくような人間じゃないでしょ」
美琴はそう言いながら、大型バイクを滑らかに動かして馬車の車列へ近づける。
「それより飛び移るなら早くして。あとケータイの電源入れておいて。識別電波を参考して、アンタの立ち位置は射撃不可にしておくから」
真守はそんな美琴へと垣根と共に声を掛ける。
「美琴。上条だけじゃなくて馬車の車列にも手を加えちゃダメだぞ。イギリスの英国女王と王女さま方が乗ってるし、A.A.Aと干渉して馬車に掛けてある魔術が吹っ飛ぶ」
「あと馬に乗ってる騎士っぽいヤツらにも攻撃加えんなよ。騎士っぽいじゃなくて騎士だからな。まあしたらしたらで面白いが、そしたらテメエら国際指名手配だからな」
真守と垣根の注意事項を聞いて、美琴は眉をひそめる。
「なんでイギリスのトップを守ってんだか。話は後でゆっくり聞かせてもらうから!!」
美琴がそう叫ぶ中、上条は馬車の上へと飛び乗る。
目の前には、分厚い外套と首元のマフラーをたなびかせるメイザースがいた。
「……怪物め」
「今更の賛辞と受け取っておこう、俗物」
メイザースは上条当麻と真守や垣根を視界に入れて睨む。
そして四種類の
その傍らでメイザースはA.A.Aに乗る御坂美琴と食蜂操祈を見て目を細めた。
「またもやアレイスターの成果物、か」
メイザースが呟く中、上条当麻は不敵に笑う。
「お前の成果物は切り崩した。もうお前にこの手は届く」
メイザースは上条の勝利宣言にため息を吐く。
「……やはりクロウリーから続く者、その傲慢は知の遺伝によるものだな。この程度の状況、独演で十分だ。ヤツを恨みながら死んでいけ、ここで鼻っ柱をへし折ってくれる」
メイザースがじろっと睨む中、上条当麻は高ぶっている気持ちを落ち着ける。
そして余裕を見せて、笑った。
「余裕がなくなってきてるのが分かるぜ、メイザース。朝槻がそんなに怖いか。それとは別に何が気になるんだ? あっちこっちにチクタク視線が揺れているぜ」
「……二度は、言わん」
「そうやってすぐ熱くなるのって魔術の天才のクセなのか? そういうトコさ、アレイスターとよく似ているよ」
メイザースは上条当麻の言っている事がなんとなくしか理解できない。
だが対峙すれば分かる事がある。自分とアレイスターが似ていると言っている事も。
次の瞬間、上条めがけて超高圧の水のカッターが右から左へ薙ぐように繰り出された。
真守はそれを見て垣根と繋いでいる左手に力を即座に込めた。
垣根はチッと舌打ちをしながらも、真守と繋いでいない右手を伸ばす。
「上条、手をこっちに寄越せ!!」
上条は垣根の言葉を受けて素早く動き、垣根の右手を自分の左手で掴む。
そして上条は垣根に引き上げてもらいながら、その瞬間にやってきた高圧の水カッターを右手の
何故、垣根は上条へと手を貸したのか。
それはこれまでのメイザースとの戦闘の積み重ねであった。
メイザースは
幻想殺しの恐ろしさと、その使い方を熟知しているからだ。
だからメイザースの攻撃を幻想殺しでただ打ち消すのは悪手だ。
そのため垣根は手を差し出し、上条は瞬時に理解できなかったが垣根を信頼して手を伸ばした。
「垣根! ぶん投げてくれ!」
「安心しろ、死なねえようにしてやるッ!」
上条は垣根に思い切りメイザースめがけて放り投げてもらう。
時速一八〇キロで爆走してようが、垣根帝督の演算能力は一級品だ。
だからこそ上条は難なくメイザースへと迫る事ができた。
上条当麻はメイザースと同じ馬車の上に降り立ち、右の拳を強く握り込む。
「温にして湿」
メイザースは即座に魔術を行使するために動いた。
「風よその性質を我が前に示せ」
メイザースが巻き起こした風が、上条当麻を襲う。
上条はそれを
最初に適当で強力な魔術を当てて、本命で上条当麻自身を攻撃する。
メイザースの常とう手段に対して、上条当麻も対応しつつあった。
メイザースは構える上条当麻に応えるように、象徴武器を構える。
だが気づいた事があって、ふと顔を上げた。
上条当麻ではなく、それ以上の危険を感じて顔を上げたのだ。
「いいやそこか、アレイスター」
アレイスター=クロウリーは高度一〇〇〇メートルの場所にいた。
アレイスターは上条当麻や
だが一筋縄ではメイザースに勝てないと、銀の少女は分かっていた。
一〇〇年をただ並べていく『だけ』では、メイザースにとどめはさせない。
「全ての男女は星である」
自分の全てをただ並べても勝てない。
だがそれでも成し遂げなくてはならない事がある。だからこそ、アレイスターは動く。
アレイスターの攻撃は何かを放つ攻撃ではなかった。
エンジンをホウキから切り離したアレイスターは自分そのものを攻撃にした。
そして赤い光を軌跡として描きながら、銀の少女は一直線にメイザースへと向かって行く。
「寒にして湿、続けて温にして湿」
メイザースはアレイスターの一撃を認識しながら、自分へ殴りかかってきた上条を睨んだ。そして対抗するために水の壁と暴風を生み出した。
それは直撃のみを逸らすための魔術だ。
この魔術を
二段階で魔術を使う攻撃に上条当麻が適応したならば、幻想殺しが打ち消した瞬間に攻撃が当たらなくなるようにすればいい。
メイザースの策に翻弄された上条当麻の拳は逸らされてしまった。
そして上条とメイザースの位置は交差する事により元の位置と反対になった。
その間にも、メイザースの四種類の象徴武器が躍る。
「続けて寒にして湿、寒にして乾」
メイザースの足元に乾いた豆がザラザラッと散らばる。
するとその豆は黒く変色し、黒い糸を吐き出して互いを繋げ始めた。
「大地の繁栄は転じて腐敗と化す。いでよ、広がれ、この一つ。全てを腐らせその内より産声を上げる悪魔の王よ」
メイザースの告げる悪魔の王。その存在はとある堕天使に座を奪われて第二位に甘んじているが、そもそもその魔王は『妨げる者』の対抗馬である。
その魔王の名前を、メイザースは口にする。
「すなわち『
メイザースの言葉と共に、衛星兵器のように降り注ごうとしていた禍々しい赤い光が、途中からねじ曲がった。
赤い光となったアレイスターは、見知らぬ平原と落ちていく。
「アレイ……っ」
上条当麻の言葉は突風に消えていく。
「大丈夫だ。アレイスターはあれで終わらない」
真守はそう断言する。そんな中、上条が叫んだ。
「~~構うなそのままやれ!! 何があっても俺たちがフォローしてやる!」
メイザースは上条の言葉に眉をひそめる。
「決着付けて、人生全部その手で取り戻すんだろうが!! 変態野郎がこんな時だけ周りに気を使ってんじゃねえ、良いからやれェェェえええええ──────!!」
上条が叫ぶ中、メイザースは『ソレ』を見た。
高速道路を並走している大型バイク。
その本来の用途は、後部の兵装ジョイントに刻まれている。
A.A.A.Anti-Art-Attachment。
魔術に対抗する科学と魔術を交差させた兵器。
「なるほどな」
本来の用途であれば装着者は木原脳幹であり、『窓のないビル』に姿を隠すアレイスターが遠隔地に自身の魔術を送り出して、『魔神』を殺すための装備だ。
A.A.Aを操るのが御坂美琴だとしても、それはアレイスターの力を増幅させる装置である。
「確かにこれもまた、貴様の成果物か……ッ!!」
先程と同じ赤い光。
それが超大型バイクの砲から放たれて、メイザースの脇腹へとぶち当たった。
そして、メイザースは吹き飛ばされる。
垣根はカブトムシを操作して、地に落ちたアレイスターを追った。
メイザースとアレイスターが離脱しても、『王室派』の馬車は凄まじい速度で進んでいる。
「『黄金』はまだ私の手の内にある。だからもう大丈夫だ」
メイザースは撃破した。それ以外の『黄金』は真守のハッキングによって動けない。
馬車列を襲撃しようとする者たちを、真守たちは退けることができた。
垣根はため息を吐くと、真守を見た。
「……真守、あんまり無理するんじゃねえぞ」
「うん、大丈夫。ハッキングで一番力を使う時は、アクセスする時だからな。いまは妨害を維持すればいいだけだから、そんなに大変じゃない。心配してくれてありがとう」
真守はふにゃっと笑って、自分と共に翼を広げている垣根を見上げる。
そして真剣な表情となって、馬車列の後方を見つめた。
「コロンゾンの支配から少し逃れているメイザースは無事だろう」
真守は視線を彷徨わせて、カブトムシを探す。
すると真守のもとにぶーんっとカブトムシが飛んできて、真守はカブトムシを受け止めた。
「アレイスター、ちゃんと全てを終わらせるんだぞ。過去と決着をつけられるのは自分だけだ。だから──頑張れ」
真守が激励を送るアレイスターは、とある教会のそばに落ちた。
そのとある教会とは、アレイスター=クロウリーが妻ローズと結婚した教会だった。
そんな縁が深い教会で、アレイスターはとあるシスターに会った。
オルソラ=アクィナス。
アレイスターは清らかな彼女と対峙し、自らの全てに決着をつけるために立ち上がった。
嫌いなモノを克服するために使い、そして宿敵を討ち倒すために──自らに降りかかる事がなかった『奇蹟』を振るった。
『奇蹟』を司る『神の子』。かの存在は何の情もなく、機械的に『奇蹟』を使う事はない。
その根底にはある『トリガー』がなければ神話は成立しない。
その『トリガー』に使われる『それ』。
『それ』があったら誰も苦労なんてしない。アレイスターはずっと『それ』が欲しかった。
だが『それ』はいつだって、アレイスター=クロウリーにはどうしたって配られなかった。
それなのに。いつでも他人には『それ』が寄り添っていた。
『それ』が配られることがなかったアレイスター。
彼は悲劇や不幸を量産しながら、自らの目的を果たすために『
『それ』がある者たちは、アレイスターが決めた手順通りの命の落とし方を回避した。
どうしようもない偶然が重なり、彼らは生き延びた。
そして屈託のない笑顔を浮かべて、大切な人々と共に生きているのだ。
神さまというヤツが大嫌いだった。自分には『それ』を配ってくれなかった。
どんなに頑張っても『それ』は手にできなかったから。
だが、今のアレイスターには分かる。
魔力とは、生命力より生成される力だ。
魔術とは、その魔力によって表す現象だ。
そして魔術とは全て、生命の奥底から沸き立つ始原の力に支えられるべきなのだ。
つまり、魔術とは。
「ふふ、アレイスター。私はお前のことを、大切に思ってるぞ」
愛とは時に人を癒すが、人を傷つけるものだ。そして人に寄り添い、人を遠ざける。
祝福と畏怖を表裏合わせた、真に力ある術式群。それが魔術なのだ。
それに気が付いたアレイスターは在りし日で止まったメイザースに負けなかった。
東の地平線からゆっくりと太陽が昇ってくる。
すなわち。世界が黄金に染まっていく時間の中。
咎人は昇り詰め、ついに自らの因縁を断ち切った。