とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第三二話、投稿します。
次は九月一〇日金曜日です。


第三二話:〈無間探求〉に呑み込まれる

真守は『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』を見て強張(こわば)っていた体から力を抜くために一息つくと、無言でPDAを覗き込んでいた上条に声を掛けた。

 

「情報は集まった。お前の質問に答える前に一つ聞きたいことがある」

 

「……なんだ?」

 

「最近美琴に会ったか?」

 

真守の問いかけに上条は少しの間だけ沈黙してぽそぽそっと答えた。

 

「……昨日会った。でも御坂妹を見たら顔色変えてどっかに連れて行っちまったよ」

 

「美琴が自分にそっくりな人間が目の前に現れても取り乱さなかったという事は計画を知っている、という事実に繋がるのは理解できるか?」

 

「そりゃそうだよな。うん、分かるよ」

 

「では最近、研究所の不審火が続いているのは知っているか?」

 

「不審火?」

 

真守は上条の疑問に答えるために『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』の情報を映していたPDAを操作して普通のネット検索画面に切り替えて、不審火のニュース記事を幾つか表示した。

 

『樋口製薬・第七薬学研究センター』

『品雨大学付属DNAマップ解析ラボ』

『金崎大学付属・筋ジストロフィー研究センター』

『みずほ機構・病理解析研究所』

 

「この四つ以外にも多くの研究所で不審火が相次いでる。これらは全てDNAに関する研究を行っている研究所で、恐らく絶対能力者進化(レベル6シフト)計画の関連施設だ。そこの不審火が続いているという事は誰かが集中的に攻撃していることとなる。……DNAを提供させられた美琴が怒りに任せて襲撃したのだろう」

 

「なんでそうやって推測できるんだ? 根拠は?」

 

「……これは、私の経験則から言わせてもらうが、超能力者(レベル5)は管理される立場にある」

 

「管理?」

 

上条が真守の言葉を繰り返すので真守は頷き、過去において自分が徹底的に管理されていた事を思い出しながら呟く。

 

「全てのデータが利用できるからだ。だから超能力者(レベル5)になる素質がある者は大体研究所に所属している。お前は私に情操教育相手があてがわれていたのを知ったな。つまり肉体面はもちろんの事、精神面もすべて管理されるという事だ。だが御坂美琴はそういった管理される研究所には所属していない」

 

「どうしてわかるんだ?」

 

「そんな気配がしないほどに美琴は清らかで、真っ当な正義感を持っているからだ。そんな表の世界に生きる少女がこんな計画のためにDNAマップを無償で提供するなんてありえない。あの子と接していれば分かる。これは確実だ」

 

「……てことは、目的を知らされずに騙されて提供させられた……?」

 

「それしかありえない」

 

「なっ、なんであいつは誰にも頼らないで実験を止めようって一人で行動してんだ!? 警備員(アンチスキル)やどっかきちんとした機関に言えば非人道的な実験だから止められるはずだろ!?」

 

真守が断言すると上条は声を荒らげて真っ当な言い分を吐いた。

 

「お前も証拠隠滅されていたところを見ただろう。学園都市にはそこら中に監視カメラが設置されている。あの路地裏にももちろんあった。それでも騒ぎにならないということはこの実験を上層部が主導しているということだ。……上層部の言いなりである警備員(アンチスキル)が止めることなんてできない」

 

真守が冷静に上条に(さと)すように告げると、上条はふるふると首を小さく横に振ってから真守に向かって激情を吐露(とろ)した。

 

「そんな……そんな非道が許されていいのかよ!? クローンだって人間だろ!? 御坂妹はどうしたって人間だった! 俺と一緒にジュースを運んでくれた! インデックスが拾ってきた猫のノミを取ってくれた! 黒猫に餌を上げて戸惑いながらも嬉しそうだった! エリート様一人を育て上げるために勝手に造られて殺されるなんて事、許せるはずねえだろ!?」

 

「ああそうだよ! こんな実験、許されないコトだ!!」

 

真守はPDAから顔を上げてそこで初めて上条の目を見て叫んだ。

 

「許されていいハズがない実験が行われていて! 美琴はそれを知ってしまって、自分が騙されても自分が()いた種だから一人でどうにかしようとして苦しんでいるんだ! 人を苦しませて、命を使い潰す非道がまかり通っていいハズがない!!」

 

珍しく叫んだ真守のその表情は悲痛で酷く歪んでいた。

 

等しく大切である命が使い潰されるのが真守は絶対に許せない。

深城と接している事で深城の命の価値を知った真守は、その深城に全ての命が大切だと教えてもらったからだ。

深城からそうやって教えてもらったからこそ、真守は深城の命も他の命も分け(へだ)てなく大切だと知る事ができて、命を大切に想えるようになったのだ。

 

深城の命の価値を守ろうとして他の命を切り捨てた時に、自分が人でなしになってしまっていたと、真守は後から感じていた。

 

命をもう一度粗末に扱えば、その時に戻ってしまい、自分の人間としての大事な部分が失われてしまう気がする。

 

人でなしには、あの時の自分の冷たさには戻りたくない。

そんな想いもあって真守はより一層、命を大事に想っているのだ。

 

真守が泣き叫ぶように声を上げたので、上条は一瞬閉口してから呟く。

 

「じゃあ、一体どうすれば……」

 

真守は上条に怒りをぶつけても仕方がないとして冷静になるために息を整えると、超能力者(レベル5)に相応しい頭脳をフル回転させて思考する。

 

「……この二万通りのシナリオは『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』による精密な予測演算で組み上げられている。要はこのシナリオをぶち壊せばいいだけだ」

 

「乱入するってことか? でも『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』がもう一度予測演算したら無駄になるんじゃないのか?」

 

上条の問いかけに、真守は上条が記憶を失くしてしまったから伝えていなかった事実を告げる。

 

「『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』は既に破壊されている。残骸(レムナント)が回収されてその破壊が確認されているからもう一度予測演算するなんて不可能だ」

 

「破壊された? ……じゃあ最近天気予報が外れるのってそのせいだったのか……!」

 

上条が『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』が破壊された事によって起こった身近での異変を思い出しながら呟く。

真守はそんな上条をまっすぐと見て、上条に言い聞かせるようにゆっくりと告げる。

 

「お前の力が必要だ、上条」

 

「俺も実験を止めるためには何かしたいって思うけど……わざわざ(かしこ)まってお前が言うって事は俺の力が必要なんだな?」

 

真守は上条の問いかけに頷いてから話し始める。

 

一方通行(アクセラレータ)は二万通りの戦闘によって経験値を稼ぎ、段々強くなっていく。もし私が実験を止めるために一方通行と戦ったら、超能力者(レベル5)で莫大な力を持っている私と戦ったことにより一方通行(アクセラレータ)の経験値が溜まり、逆に絶対能力者(レベル6)進化(シフト)させてしまう可能性がある」

 

真守はそこでPDAを操作して先程ハッキングで手に入れた『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』の概要(がいよう)から二万通りの妹達(シスターズ)の殺され方と一方通行(アクセラレータ)による殺し方が書かれているページを呼び出してスクロールさせながら説明する。

 

「このシナリオには勝利が絶対条件で、一方通行(アクセラレータ)が『最強』である事を前提として行われている。──でも、もし一方通行が無能力者(レベル0)に負けてしまったら?」

 

「計画が、破綻(はたん)する……?」

 

上条が目を見開いて真守の作戦を理解したところで、真守は時間を確認した。

 

一九時三三分。次の実験開始時刻まで後一時間弱。

 

「とりあえず美琴がどうなってるか心配だから答え合わせも()ねて先に会いに行け。それからお前が主体となって実験を止めるぞ。……この計画には私も関わりがある。そっちの対処をしたいのと色々と調べたいことがあるから別行動でもいいか?」

 

「分かった。無理するなよ!」

 

「……ありがとう」

 

上条は黒猫を抱いたまま、真守にそう注意して公衆電話から出ていって走っていく。

真守はその後ろ姿を見た後、PDAを持っていた両手をだらりと脱力させた。

 

(研究者は人の事を実験材料だとしか考えてない)

 

上条と話をするために何度も息を整えて話をしていたが、限界だった。

必死に抑えていたから上条に気づかれなかったが、上条がいなくなった事によって、抑えていた体の震えが表に現れてしまった。

 

(だからこそ考えない)

 

ふるふると震える体を真守はPDAから離した手で必死に押さえて(うめ)くように心の中で呟く。

 

 

(絶対能力者(レベル6)になった()()()()()()なんて、あいつらは微塵(みじん)も考えようともしない……っ)

 

 

絶対能力者(レベル6)とは『神さまの頭脳』に『神さまの身体』を手にいれた人間だ。

それらの頭脳と身体を手に入れた時。

 

 

()()()()存在していた精神は、果たして一体どうなってしまうのだろうか。

 

 

真守は肩で息をしながら顔に手を当てて、その指の隙間から目を出して呆然と床を見つめながらそのエメラルドグリーンの瞳を揺れさせる。

 

自分を(むしば)んでいく悪意なき探求心を感じながら、真守はインデックスの事を思い出していた。

 

自動書記(ヨハネのペン)

それで目醒(めざ)めている時。

彼女は、確かに言っていた。

 

 

『何だかどんどん冷たい機械になっていくみたいで、恐いんだよ』

 

 

自分が明確に違うものへと造り替えられていくのが恐ろしい。

 

インデックスがその悩みを告白してくれた事で、真守は人間ならば誰しもが直面したら感じる恐怖だと知ることができた。

 

 

真守は五年前、研究所から逃げ出した後に怒りのままに力を振るい続けた。

その最中。

 

偶然、絶対能力者(レベル6)へと手をかけた。

 

本当はそのまま変わり果てても良かった。

深城が使い潰された世界なんてどうでも良かった。

変わり果てて神のような力を得て、全てを壊せば良いと本気で考えていた。

 

そんな真守を止めたのは──やっぱり源白(みなしろ)深城(みしろ)だった。

 

自分が手にかけてはいけないものに手をかけたと気づいた時に真守は突然恐ろしくなった。

 

『神さまの頭脳』と『神さまの身体』を手に入れて、自分の精神が全く違ったものに造り替えられて。

 

 

──この世界で一番大切にしている深城のことを、大事に想えなくなったらどうしよう。

 

 

その恐怖が、真守を支配した。

真守はそれからずっと、その恐怖に悩まされている。

 

真守の恐怖やその悩みを、学園都市は理解しないだろう。

世界の真理を知ることができる切符を手に入れれば、これ以上に幸せな事はないからだ。

 

人の悩みなんて千差万別だ。

持って生まれた力も、精神も考えも。そして置かれた環境さえも違うから、人の悩みなんて他人からしてみれば理解不能の塊だ。

 

だからこそ真守はそれを受け止め、その人の立場に立って、その悩みを理解する。

朝槻真守としての立場で見ただけでは他人の悩みなんて理解できないからだ。

 

そしてそれは。

朝槻真守の悩みや何に怯えているのかを、朝槻真守の立場から見なければ誰一人として理解できない事にも繋がっていた。

 

 

誰にも理解されない悩みに、真守はずっと苦しめられてきた。

 

そしてこれからも。

 

学園都市が『神さまの答え』を求める限り、苦しめられ続けるだろう。

 

 

────……。

 

 

真守は公衆電話を箱のように囲うガラスに寄り掛かって呆然と夜空を見上げた。

 

学園都市は自分をいつでも衛星と監視カメラで捕捉(ほそく)し続けている。

 

きっと自分が絶対能力者(レベル6)に手をかけたことに学園都市は気が付いている。

 

だが真守をコントロールすることができないから上層部はあえて静観している。

もし何らかの方法で自分をコントロールする術を見出したら。

 

 

この『七年間の特別な時間割り(カリキュラム)』を(ほどこ)されて絶対能力者(レベル6)へと進化させられる。

 

 

そこに、自分の気持ちを考える人間なんて存在しない。

そもそも絶対能力者(レベル6)になって自分の気持ちが存在しているかも分からない。

 

進化(シフト)とは、まったく別の存在に()るという事だ。

その先にある精神状態が人と同じ可能性は限りなく低い。

 

少し考えれば頭の良い研究者にだって分かる事だ。

 

人間だって祖が同じなはずの猿とは雲泥(うんでい)の差があって、猿の気持ちを人は理解できない。

その理屈に(のっと)れば、絶対能力者(レベル6)は人間の気持ちを理解できないし、人間だって絶対能力者(レベル6)の気持ちを理解できない可能性が出てくる。

 

それが深城の事を真守が大切に想えなくなる可能性に通じるのだ。

 

だからこそ真守は絶対能力者(レベル6)進化(シフト)するのが怖い。

 

研究所から脱走したって。

表の世界に逃げたって。

 

学園都市の『闇』は、真守を捕らえようと表の世界にまで侵食してきていた。

 

他の誰かが絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)させられようとしているという最悪の形で、その計画に自分も関わっているという凶悪な事情を含んで、自分をじわじわと(むしば)んできた。

 

「………………う、」

 

真守は思わず口に手を当てて(うめ)く。

 

この世界に逃げ場はない。

だったら、戦うしかない。

学園都市が相手だろうと、何があっても。

徹底的に抗戦するしか、自分の人としての尊厳を守り抜くことはできない。

 

一方通行(アクセラレータ)を、止めなければ」

 

真守は決意の言葉を絞り出すようにして呟く。

 

絶対能力者(レベル6)進化(シフト)してあの子が遠くに行く前に、絶対に引き留めなければダメだ……っ!」

 

 

────……。

 

 

源白深城は憔悴(しょうすい)している真守が心配で、切なそうに微笑んでいた。

 

自分には何があったのか詳しい事は分からない。

それでも一つだけ分かる事がある。

 

真守が恐怖を覚えながらも、自分と一緒に生きていこうと前に進み続けようとしている。

 

この世で一番尊い生き方を、真守がしていることだけは源白深城も理解していた。

 

(できることないけど、いつまでもずっと一緒にいるからね。真守ちゃん)

 

深城は意識の中でそう想いを(つむ)ぐと、必死で追い詰められた表情でハッキングを開始した真守をそっと見守っていた。

 




飽くなき探求心に呑み込まれる。

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