次は二月五日月曜日です。
もうすぐ学園都市の面々は『王室派』や魔術の専門家たちと、作戦会議をする予定となっている。
そのため真守は作戦会議の場へ向かうべく、垣根と手を繋いでエディンバラ城内を歩いていた。
「普通だったらエディンバラ城内は観光スポットだけど……確か、ここは観光客が入って来れない場所だよな」
観光スポットとして開放されているエディンバラ城でも、観光客が入れないところは多々ある。
真守たちが歩いているところはすでに関係者以外立ち入り禁止の場所だ。
「非常事態だから入れるケド。いつもなら入れないところを歩いてるなんて、普通なら体験できないことだなっ」
真守は怪我の功名にくすくすと笑う。
垣根はふっと笑うと、真守と繋いでる手を優しく引く。
そして自分の口元に持って行きながら、目元を緩めた。
「今だけの特権ってやつだな」
「うん。世界滅亡の危機だけど、垣根と一緒に普通なら体験できないことができて幸せだな」
「……ふ。これからだって普通なら体験できねえことができる。二人でならな」
「うん、そうだなっ」
真守は嬉しくて、ふにゃっと笑う。
真守たちが歩いていると、前方に人が見えた。
「あっお
真守は祖父であり、マクレーン家の当主であるランドン=マクレーンを見つけて表情を輝かせる。
垣根は祖父を見つけて嬉しそうな真守に目を向けると、真守と繋いでる手を離す。
「先に行って来い」
「うんっ!」
真守は垣根に送り出されて、ぱたぱたと駆けてランドンに近付く。
「お
「おお、真守」
ランドンは『騎士派』の騎士と話をしていたが、真守が駆け寄ってきた事に即座に気が付いて表情を柔らかくする。
そして、ランドンは手を広げてやってきた真守のことをひょいっと抱き上げた。
「お
「我らの地は無事だった。心配かけたな、真守」
真守は祖父の太い腕に乗っかる形で抱きかかえられて、ふふっと笑う。
「お
「うむ。我らはアシュリンを置いて先に帰ったからな。私も忙しくなければお前と共に世界を渡り歩いて祖国に帰って来たかった」
「ふふーっ。でも英国でまた会うことができてうれしい」
真守はにこにことランドンに笑いかける。
ランドンは真守が愛おしくて目を細めると、そっと真守の背中を撫でる。
「非常時だが、お前が英国に来られたのは嬉しいことだ。簡単に我らの祖国の地をお前が踏めるとは思わなかったからな」
「……私も、英国に来ることはできないと思ってた。だから来られてうれしいっ」
学園都市の人間である以上、真守は簡単にはイギリスに来られないと思っていた。
本当の非常時だからこそ、来ることができたのだ。
ランドンは自分の孫が幸せそうに笑っているのを見て、一つ頷く。
そして近づいてきていた垣根に目を向けた。
「真守のことを悲しませておらぬか?」
「ああ。つーか、逆に俺が悲しませられてるけどな」
「うぐっ。垣根、痛いとこ突かないでっ」
垣根は抗議してくる真守をじとっと睨む。
ランドンは、ゆっくりと真守のことを見つめた。
「無茶をしておるのか?」
「う。……さっき、伯母さまにも怒られた。だから、もうしない」
真守はまた怒られるのかと思って、不安そうにランドンをちらっと見る。
こってり絞られた後だと分かる真守。ランドンはふっと笑うと、真守の頭を優しく撫でた。
「お前の幸せが一番だ。お前の幸せを願う者を悲しませるのは、お前が幸せではない方へ突き進もうとしているということだ。分かるな?」
「うん、ちゃんと気を付ける」
頷いた真守の頭を、ランドンは優しく撫でる。
「
「ん。もうすぐ来ると思うぞ。インデックスにこってり絞られただろうし」
「? 何かあったのか。中で待っていようか、真守」
「うんっ」
真守は頷くと、垣根を見た。
垣根は目配せに応えると、二人と共に『王室派』の面々が集まっている作戦会議室へと入った。
『王室派』が作戦会議室として使っている部屋には、朝日が差し込んでいる。
その清らかな朝日に照らされた壁にはびっしりと紙が貼られており、赤や青のカラフルな紐で関連事項を繋げてあった。
地図のようなものは、マインドマッピングにも似た情報整理術だ。第三次世界大戦の時、エリザリーナ独立国同盟でエリザリーナが作戦会議室で行っていたものと同じようなものである。
テーブルの上には地図が広がっており、それを囲んで重要人物たちは立っていた。
その重要人物とは英国女王に第一王女リメイアなど『王室派』の王族たち。
そして先に入室していたアシュリン=マクレーンがいた。
部屋の中にいるのは彼らだけではない。
真守はランドンの腕から降りると、陽の当たらない場所にいるアレイスターに近付く。
「アレイスター。傷はどうだ?」
アレイスターは真守にぴとっと頬に触れられて、ふっと笑う。
「問題ない。あなたのお願いで、垣根帝督の端末によって丁重に治療されたからな」
真守はふふんっと胸を張ると、傍らに立っている垣根の手を握った。
「垣根は私にできないこともできるからな。とても頼りがいがあるひとだろ」
アレイスターは垣根を見て肩をすくめる。
学園都市で暗躍していた頃とは比べるまでもなく、垣根帝督は真守に出会ったことで変わった。
その変化を、垣根帝督自身も実感している事だろう。
そしてアレイスター=クロウリー自身も、真守に会った事で変わった。
その変化が、とても喜ばしい。
「なんだよクソ統括理事長サマ、ニヤニヤ笑いやがって。何か文句あるのか?」
「いやいや。何も言ってないだろう?」
ふっと嘲笑するアレイスターと、いら立ちを見せる垣根。
真守は二人の間でくすくすと笑う。すると──会議室に新たな入室者がいた。
「上条」
真守は肩にオティヌスを乗せた上条当麻に笑いかける。
上条の右腕は、まだない。食蜂操祈に真守は自分の気持ちを話したが、どうやら食蜂操祈はまだ上条に
(ここまで来たら荒療治が必要かな。まあ大悪魔も幻想殺しを警戒してるし、遅かれ早かれ食蜂は狙われるだろう。危なくなったら帝兵さんに助けてもらえるように、お願いしとかないと)
真守は気まずそうな顔をしている食蜂操祈と、コンパクトにしたA.A.Aを変わらずに装備している御坂美琴に笑いかける。
そして彼女たちのすぐそばにいる上条当麻の隣には、不機嫌そうなインデックスが立っていた。
「さて、話をするか」
真守は立ち上がると、とてとて歩いてテーブルに近付く。
真守の行動を皮切りに、その場にいた者たちもテーブルに近付いてきた。
「モ・アサイアの儀式。それをコロンゾンは行おうとしており、そのためにオナーズオブスコットランドという四点セットの霊装を盗んだ」
オナーズオブスコットランドは四点セットであり、国家の剣、即位の冠、統治の笏という三つの宝と、スクーン石があって初めて成立する霊装である。
四点セットの霊装はスコットランド版のカーテナと表現される。
オナーズオブスコットランドには、カーテナと同様、英国全土を掌握できる力があるのだ。
カーテナと同等の力を有するとすれば、オナーズオブスコットランドはカーテナと競合する恐れがある。そのためエディンバラ城の地下迷宮に封印されていたが、それをコロンゾンは奪取した。
「霊装を奪取したコロンゾンは浜面仕上に剣を託して、エディンバラ城を後にした。しかも浜面が気絶させた滝壺は謎の女とヘリを撃墜させて逃亡。謎の女は間違いなく魔術師だ。何故なら帝兵さんが滝壺の行方を掴めていないからな」
真守はぶーんっと飛んできたカブトムシのことを、ぎゅっと抱きしめる。
「まあなんにせよ、滝壺は浜面のために動く。その謎の女に交渉を持ちかけられて、浜面を助けに行ったんだろう。滝壺とはそういう子だ」
浜面仕上と行動を共にしていた滝壺理后。
彼女にとって浜面仕上は全てだ。
だから自分を置いてコロンゾンに与した浜面仕上をどうにかするために向かったのだろう。
英国女王は学園都市側の人間の動向を聞いて、真守に問いかける。
「大悪魔コロンゾンはモ・アサイアの儀とやらを実行する気なのであろう?」
「うん。それで世界を滅ぼすつもりだ」
「世界を滅ぼす……か。クイーンブリタニア号を使えばできるだろうな」
英国女王は手に持っている差し棒で、手の平をぱしぱしと叩く。
「大悪魔は現在、英国王室専用の巨大豪華客船、クイーンブリタニア号を占拠しておる。クイーンブリタニア号は大規模儀式場として機能するのだ。どんな霊装でも船にあるヘリポートの祭壇中央に接続すれば増幅・攻撃に転化する機能を持つ」
「大悪魔の力と英国を統べる霊装。それと強力な儀式場か。確かに悪用すれば世界を滅ぼせそうなものたちだな」
真守はふんふんっと頷く。すると、アシュリンが口を開いた。
「コロンゾンはすでにエディンバラの湾内に停めてあったクイーンブリタニア号を奪取して海へと出港しているわ。先程巡航ミサイルで攻撃したけど、案の定防がれて船は無事。全く、厄介よね」
巡航ミサイルというさらっととんでもない兵器を持ち出したイギリスに、純情少年上条当麻はぎょっと目を見開く。
アシュリンはくすりと笑うと、クイーンブリタニア号について説明した。
「クイーンブリタニア号は巨大な儀式場として機能する関係上、簡単に解体ができない代物なの。いっそのことミサイルで木っ端みじんにした方が都合が良いのだけどね」
アシュリンは人差し指を立てたまま、船の事情を知らない真守たちのために説明をする。
「神殿が起動して形成されれば、外から神殿を崩すことは不可能。しかも神殿として機能すると、ヘリポートは消える仕組みにある。確認したところ、すでにヘリポートは消えていたわ。つまりコロンゾンはすでにモ・アサイアの儀式を行うための準備段階に入っている」
「ふむ。神殿を形成できるということは、コロンゾンは船の全権を掌握してるのだな」
英国女王は控えている騎士団長と東洋の聖人の気配を感じながら、淡々と告げる。
「コロンゾンは『清教派』のトップとして、全てを掌握していた。下の者が全て汚染されているとは限らないが、ヤツの指揮下で計画実行されたモノは多い。その最たるものが禁書目録だ」
英国女王は佇むインデックスへと目を向ける。
別にインデックスのどこが悪い、ということはない。
悪いのは諸悪の根源であるコロンゾンは。そして彼女の駒として動いていた『清教派』の面々も、彼女に利用されていただけである。
全てはコロンゾンの悪行。コロンゾンの正体を見破ることができなかった以上、誰も咎めることはできない。それに騙されていた人々を糾弾することもお門違いというものだ。
そもそも『清教派』が意見できる『王室派』だってコロンゾンの思い通りにされていたのだ。
責める事などできないし、責める気もない。
英国の真の髄まで浸蝕していた大悪魔コロンゾン。まったく頭の痛い話だと思いながら、英国女王は話を続ける。
「こうなると
幻想殺しを失ったこと。それが英国女王が頭を悩ませる。
そんな彼女を見て食蜂が気まずそうな顔をした。
真守はそれを見つめて、そっと目を細める。
すると、英国女王はインデックスを見た。
魔導書図書館。多くの叡智をその身に宿す少女。
彼女は英国女王に乞われて、今一度大悪魔コロンゾンの情報を整理するために口を開いた。