次は二月八日木曜日です。
大悪魔コロンゾン。
インデックスは作戦会議を円滑に進めるために、コロンゾンについて今一度紐解く。
「三三三、拡散。大悪魔コロンゾンが本来のまま行動しているとしたら、おそらく彼女の目的は全世界の自然分解だと思うんだよ」
上条はインデックスの口から出た言葉を聞いて、首を傾げる。
「自然分解……なんかそんなことをこれまで何度か聞いたような……?」
垣根は相変わらず物覚えが悪い上条当麻に呆れる。
御坂美琴と食蜂操祈が、コロンゾンについて分からないのはしょうがない。
彼女たちは今の今まで、魔術なんてものに触れてこなかったのだから。
だが上条当麻はこれまでずっと、魔術に触れてきた。
それなのに分からないというのは本当に馬鹿である証拠だ。
垣根が呆れている事に気が付いて、上条当麻は声を上げる。
「そ、そんな『バカじゃねえの?』なんて顔で呆れないでよ垣根さん! だって、そこら辺の話何度聞いても難しくて……!」
「バカじゃねえのって思ってねえよ。やっぱり真正のバカだなコイツって思ってんだ」
「尚更ひどい!!」
垣根は何度説明しても理解していない上条当麻のことを、本当にバカだと思っている。
こんなバカに懇切丁寧に優しく勉強を教えてる真守は、本当に女神だなと思っている。
真守はくすっと笑うと、ここにいる全員が分かるようにかみ砕いて説明する。
「コロンゾンはいわば、世界が用意した舞台装置なんだ」
真守は一同の視線を集めながら、『流行』という概念に至った同じ舞台装置として説明する。
「本来、世界とは生まれ変わりながら続いて行くものだ。つまり万物流転という考えだな。それなのに、この世界には永劫や不滅なんてものが多すぎる。そんなのはありえない、認められない。それは世界を濁らせ、停滞させるものだ。私はそうは思わないけどな」
この世界に破壊と混乱を。それがコロンゾンにとっての役目。
真守はその在り方をさびしく感じながら、そっと目を細める。
「コロンゾンはこの世界を生まれ変わらせるために存在してるんだ。世界を次へと繋げるために、全てを壊すためにいる。その性質からは、コロンゾンも逃れられない」
コロンゾンは人間のために存在しているものではない。
コロンゾンが見ているのは世界そのもの。人類なんて、コロンゾンは歯牙にもかけていない。
あくまで世界のため。世界を分解へと導き、全てをまっさらにして次につなげる。
それがコロンゾンの在り方だ。
「流行って、なんだと思う?」
真守のその問いかけに、美琴が口を開いた。
「今のファッションの流行はミニスカートです、とか……流行り廃りの事?」
「漫画やアニメにだって流行がある。人気がある。その傾向を読んで対策をして、時代に乗る人もいる。……流行とは、人が生み出すものだ。だから神話には流行の神さまって出てこない。流行り廃りを決めるのは神さまじゃない。あくまで人だ」
実は、どの神話にも流行を司る神は存在しない。
流行とは、あくまで人が紡ぐ流行り廃りのことだ。
人が紡ぐものを司る神は、この世界にいない。
もし流行の神さまがいたとしたら、それは流行ではない。
人間が紡ぐ流行り廃りではない。それは神が人のために決めた、神の決まり事だ。
真守はセーラー服に包まれた、そのふくよかな胸に手を置く。
「私は流れゆくものに新たな定義を組み込み、自身を人の枠に押しとどめながらも進化することができる。だからこそ私は人々に寄り添いながらも進み続ける『流行』を冠する存在へと至った」
真守は自分と同じ格に位置する存在であるコロンゾンのことを思って、悲しそうに目を細める。
「私は自分の意思で辿り着くところまでたどり着いた。でもコロンゾンは私と違って最初から自分の在り方を世界に決められていた。そうかくあるべしとして造り上げられたんだ」
真守は人間として進化し続けた結果によって、コロンゾンと同じステージに立った。
だからコロンゾンは急ごしらえで作られた真守がたいそう気に入らないのだ。
「コロンゾンは世界を壊し、自然に逆らっていつまでも永遠に繁栄を続ける人類が許せない。そして全ての位相の存在すらも許せない。だから破壊しようとしている。モ・アサイアの儀式とは世界をまっさらに壊して、次につなげることを目的としている」
真守の言いたい事。
それがなんとなく分かった美琴は口を開く。
「……じゃあ、私たちがコロンゾンによって私たちが滅びるのは、しょうがないって事?」
「ある意味ではそうかもしれない。──でも、『流行』を冠する私はそうは思わない」
この世界は停滞している。それは本来ならば、ありえない。
世界とは、何度も生まれ変わり続けながら前に進むものだ。
それなのに人間はいつまでも廃れることない繁栄をしている。
それはおかしい。だからコロンゾンは自らの役割に則って、壊そうとしている。
真守はコロンゾンの在り方を許容している。
この世界は確かに飽和している。真守もそれは分かっている。
「別に、全てを壊す必要はないと思うよ」
この世界は、古いものを捨てて進み続けなければならない。
新陳代謝をするべきだと、真守も思っている。要らないものは捨てるべきだと思う。
だが全てを捨ててまっさらにするのはもったいないのだ。
何故ならこの世界には、壊してはならない尊いものがある。
「世界を終わらせる必要はない。だってこの世界には尊いものがある。──それにな」
真守は、ふわりと微笑む。
「人は、やっと自分の意思で歩き始めたんだ。一人一人が目を覚まして、神さまに至る道を歩み始めた。人間は、古い舞台装置に抗ってもいいんだ。その舞台装置を、壊しても新たな道へと進んでも構わないんだ」
真守はこの場にいる人々全員へと笑いかける。
「私は世界に望まれた舞台装置として、『流行』に至った。新たな舞台装置が生まれるって事は、世界が変化を許容しているってコトだ。だったら古い舞台装置であるコロンゾンを打破してもいいんだ」
真守は柔らかく微笑むと、この世界のことを愛おしく思う。
「世界とはそういうものだ。移ろいゆくために古い事を捨てて、新しいものを生み出すのが、世界なんだ」
真守は人々に笑いかけると、真剣な表情に切り替える。
「方法は、ある。コロンゾンと対消滅して、誰かが犠牲にならなくてもいい方法はある。それを私は今まで模索していて、やっと構築した」
コロンゾンを倒す方法。誰かを犠牲にすることなく、全てを救うことができる方法。
その前提が理解できずに、上条当麻はおずおずと問いかける。
「対消滅ってなんだ? コロンゾンは、普通には斃せない相手なのか?」
上条の疑問に、インデックスが淡々と答える。
「コロンゾンは世界という箱を一歩離れた場所から覗き込んでいるの。そして、コロンゾンの性質は三三三、拡散。集団AとBを共倒れさせる性質を持っている。コロンゾンはその性質から逃げられない。という事は、それに則ってコロンゾンを対消滅させる事ができるんだよ」
「……それって
上条当麻は自身が失ってしまったものを考えて歯噛みする。
インデックスはその悔しさを感じなくていいのだと、頭を横に振った。
「もしもとうまの右手の力があったとしても、とうまの右手はこの世界という箱の中で機能するものだから。一歩引いたところから世界を見ているコロンゾンには対応できないの」
「……観念的な話ね」
第一王女、リメエアはそう呟く。
「コロンゾンと対消滅できる者は限られている。そのコロンゾンと綺麗な『対』になることができるのは『流行』を冠するマクレーン家の傍系というわけね?」
アシュリンはリメエアの言葉に目を見開く。
真守はにこっと笑って、一同を見た。
「ちなみに私だけではないぞ。実はアレイスターの娘も可能だ」
真守がそう告げた瞬間、真守の傍らにいたアレイスターが息を呑む。
「……世界の外より来る者。エイワスによって高次元に退避させられた関係上、リリスは『原罪』がぬぐい取られている。つまりあらゆる奇蹟を自儘に振るうことができる、この世で最も自由な存在だ」
アレイスターは自らの娘を頭に思い浮かべて、青ざめた表情で呟く。
真守は柔らかく微笑むと、アレイスターに向き直った。
「お前の娘のためにも。私のためにも。私は誰も犠牲にすることなく全てを救う術を生み出した。だから大丈夫だぞ、アレイスター。お前は娘の心配をしなくていい」
真守は柔らかく微笑むと、部屋の中を歩く。
そして、アレイスターのことを優しく抱きしめた。
「だって、そんなの酷いだろう」
真守は柔らかくアレイスターを抱きしめながら微笑む。
「お前はしあわせになるんだ。その努力を怠ってはならない。そうだろう、アレイスター」
アレイスター=クロウリーは真守の腕の中で顔を歪める。
そしてぎゅっと真守の小さな背中に手を回しながら、頷いた。
「ああ……」
アレイスターは頷いて、真守へとぎゅっと抱きしめる。
「ありがとう、朝槻真守……」
アレイスターは嗚咽を漏らしながらも涙する。
自分が救えなかった姫御子。
運命に翻弄されながらもこの世で最も自由となった少女。
そして、自分を許してくれた少女。
そんな少女のぬくもりが、アレイスター=クロウリーはどうしようもなく心地よかった。
「ちなみに宣言しておきますけど。わたくしたちマクレーン家は何があっても真守ちゃんの犠牲を許容しませんから」
アシュリンは大変不愉快そうに眉をひそめて告げる。
「真守ちゃんはわたくしの妹の娘なのよ。わたくしたちの大切な女の子なの。絶対に、これからも共に生きて行くのだから」
アシュリンにとって、マクレーン家にとって。
朝槻真守というのは本当に大事な少女なのだ。
東洋の血が混じってケルトの民として機能しないとしても、彼女たちは家族を大事にする。
「……まあ、そうなるよな」
英国女王は決意を秘めているアシュリンを隣にして、ため息を吐く。
家族のためならばなんでもする。だから彼女の妹が異国の地で死んだ事をマクレーン家の人々が知った時、彼らはとても憤った。
そしてその尻拭いを政治的な余波を受けてやらされたのは『王室派』なのだ。
現当主であり、真守の祖父であるランドンなんて怒り狂っていた。もう一度あんな事が起こるなんて、それこそイギリスの現体制は滅ぼされてしまうだろう。
「確認しておきたいのだけど」
リメエアはアシュリンを他所に、とりあえず気になったことがあるので話を戻す。
「コロンゾンと綺麗な『対』になるのは、『流行』を冠するマクレーン家の傍系やアレイスターの娘だけなの? スコットランド方面で頻繁に目撃されている二人の『魔神』や、正面の肩に乗っているの、それと『
「ダメ」
インデックスは軽く首を横に振った。
「悪魔という言葉にはいくつかの意味が内包されている。人の心の暗い側面、堕ちた天使、そして異教の神。確認されてる『魔神』系統では、コロンゾンと綺麗な対にならないんだよ。エジプト神話やギリシャ神話に依存する『神威混淆』もね」
「成程。……だからマクレーン家の傍系やアレイスターの娘が適当だった。『流行』の名を冠するあなたやリリスは、確かに拡散というコロンゾンと綺麗な対になる」
真守はリメエアの言葉に頷く。
「でも対消滅すると、私はこの世界から消える。私はもう概念的な存在になっているから本当の意味で消える事はない。それはコロンゾンもそうだ。だから対消滅というのは、この世界に出力する肉体を失うという事。それは朝槻真守という人間としての死に繋がる」
英国女王は真守の説明を聞いて、顎に手を当てる。
「人類を守るためにたった一人の少女や赤子を犠牲にする……美談かもしれぬが、その者たちを大切に想っている人間がいる以上、美談にはならぬ」
真守は英国女王の言葉に頷く。リメエアはそんな真守を見た。
「誰かが必ず犠牲になる。それが許せなかったから、あなたは解決策を見つけたのね?」
真守はリメエアに問いかけられて頷く。
「私の方法は完全にコロンゾンを殺すっていうわけじゃない。それにこの方法でも決定打にはならない。だからみんなにも頑張ってもらわないといけない」
「活路があるならばそれを使うべきよ。私はそう思うわ、ねえお母さま?」
「うむ」
総力戦をけしかければ、勝てる可能性は十分にある。
それならば、やらない手はない。むしろ勝利を掴むために自分たちも頑張れるのであれば、本望である。
「私が正面を切る」
そう告げたのは、アレイスターだった。
「因縁は私から始まったんだ。そして朝槻真守がリリスを犠牲にしない方法を編み出してくれた。それならば私が体を張らない理由がどこにある」
アレイスターは固い決意が込もった瞳で告げる。
「必ず、終わらせる。必ずだ」
『あら。それならば私だって蚊帳の外でいるわけにはいきませんのよ』
どこからか、声が響いた。
それはエディンバラ城の外から飛行という奇蹟によって現れた。
アレイスター=クロウリーは柔らかく微笑んだ。
誰が来たか。真守にも垣根にも、それは分かっていた。