次は二月一九日月曜日です。
ダンスリーフ近郊の小さな港町。
そこで
「一方通行。一人で行動してよく頑張ってたな。エライエライ」
真守はなでなでと、優しく
「うるせェ、頭なでるンじゃねェ」
一方通行は鬱陶しそうにしながら、真守の手を払いのけることはしない。
真守はふふんっと上機嫌に笑うと、一方通行の手を握った。
ちなみに垣根帝督は真守のことを、後ろから抱きしめている。
鬱陶しいと感じる真守だが、さっきみたいにぎゃーぎゃー文句を言われるよりマシだ。
自分よりも小さくて、ちんまりとした手。
一方通行は真守の繊細な手に包まれて、真守をまっすぐと見た。
「……で、オマエたちの方はどォだったンだ? どォやって悪魔を倒す?」
「ちょっと複雑だからな。でもちゃんと方法は構築したぞ。……その方法には、
真守は真剣な表情をして、一方通行を温かいエメラルドグリーンの瞳で見つめる。
「力を貸してほしい、
一方通行は真摯に真守にお願いされて、眉をひそめる。
「……俺がオマエに力を貸せば、大悪魔を倒せるンだな?」
「うん。もちろん私の方法で確実にコロンゾンが倒せるわけじゃない、でもコロンゾンを止めることができる」
真守はこくんっと頷くと、人差し指を立てる。
「コロンゾンを特別にしているのは、なんだと思う?」
だがすでに答えは色々なところで話題になっていた。
そのため一方通行は特に逡巡する事もなく、真守の問いに答える。
「この世界を闊歩できる、契約に縛られねェ肉の器があるって事だろォが」
「うん。その通りだ」
真守は
「コロンゾンを特別にしているのは、コロンゾンが肉の器を持っているからだ。人間から正当に進化をした私と違って、超常存在というのは普通肉体を持っていない。本来ならば、超常存在は自分の力を出力できるこの世界で自由に動ける端末を持っていない」
肉の器。この世界で超常存在が自由に動ける端末。それは、簡単には用意できない代物だ。
コロンゾンが自分の器をどうやって用意したのかは分からない。
だが肉の器があるからこそ、コロンゾンが特別になっていることは事実だ。
「超常存在というのは、既に概念的な存在として世界に根付いている。私もコロンゾンも、そしてエイワスもな。だからここで滅びようとも、私たちはこの世界から抹消されない。私たちを本当の意味で消し去るには、この世界の仕組みを壊さなければならないんだ」
舞台装置。そんな存在に真守が至っている事を、垣根帝督は寂しく感じた。
そのため垣根は、後ろから抱きしめている真守のことを少しだけ強く抱き寄せる。
真守は垣根が緩く寂しそうに力を込めたのに気が付いて、きょとっと目を見開く。
そして真守はふふっと笑うと、垣根が自分の腰に回している手に優しく触れた。
大丈夫だと、そういう意味を込めて優しくなでなでと垣根の腕を撫でる。
「概念的な存在としてこの世に根付いている超常存在は、肉体を持たない。だからこの世界に顕現する時には供物が必要だし、誰かの力を借りなければならない」
何かを対価にして誰かに召喚されなければ、概念である超常存在はこの世界に触れられない。
超常存在がこの世に召喚されるには、何かしらの供物が必要不可欠だ。
だがその供物も、超常存在をこの世界に紐づけるものでしかない。
超常存在は、召喚者が明確に力を寄越してくれなければこの世界に留まれない。
「超常存在がこの世界に存在するには、自身をこの世に繋ぎ留めてくれる契約者が必要不可欠だ。だから自分の顕現の手綱を握っている主人の命令を聞く必要がある。当然だな」
超常存在がこの世界で闊歩するためには、契約が必須だ。
契約を結ぶことで、その存在がより強固なものとなってこの世界に根付く。
しかもこの世界で体を維持するためには、力の供給が大事だ。
その供給を断たれないためにも、超常存在は契約者の願いを叶える必要がある。
「……人間として正当な進化を繰り返して『流行』に辿り着いたオマエと違って、大悪魔は召喚されなければこの世界に触れる事ができねェ。だがアイツはこの世界に召喚されて契約に縛られながらも、自分で肉の器を用意した」
「そう。だからメイザースとの契約を終えた後でも、コロンゾンはこの世界を闊歩できる。だからこそ、自らの在り方に基づき世界を滅亡へと至らせることができる」
「だったらその肉の器を取り上げちまえば、コロンゾンはもォ何もできねェって事だな?」
「その通りだ」
真守は学園都市の最高峰の頭脳を保持している一方通行に、にこっと笑いかける。
「この世界で自由に動ける端末。それがあるからこそ、コロンゾンは自儘に自らの在り方に基づき、この世界を自然分解に導くことができる。だったらそれを取り上げればいい」
真守はにこにこと笑って、コロンゾンの現状を説明する。
「端末を取り上げてしまえば、超常存在としてのコロンゾンはやがてこの世界に触れられなくなる。ただあの肉体にもコロンゾンは宿ってるから、ちゃんと後始末しなくちゃだけど」
真守は人差し指を立てて、垣根を見上げる。
「要は垣根と帝兵さん、帝察さんの関係に近いんだ」
「? どォいう事だ」
「垣根が造り上げた帝兵さんは垣根と繋がっているからこそ、
真守は垣根とカブトムシ、トンボの関係についてにこにこと話す。
「無尽蔵のエネルギー源が絶たれてしまえば、いずれ力を自由に振るえなくなる。大本から切り離されてしまえば、コロンゾンは肉の器を持っていようとも何もできない。器に少し悪魔の力が残っていたとしても、それが満たされることはない」
真守がしたり顔で告げると、
「オマエがカブトムシの事を端末端末って言ってンのはそォいう事か……」
「今頃気が付いたのかよ、元第一位サマ」
垣根はふんっと、一方通行鼻で笑う。そして垣根は、我がごとのように垣根帝督が構築したシステムを誇っている真守を見た。
「大本を絶っちまえば、コロンゾンは肉の器が在ろうともこの世界で自由に力を振るって暴れられねえ。だから世界を自然分解に持ち込めなくなるって事だな?」
「その通りだ。おそらく肉の器から切り離したら、超常存在としてのコロンゾンが現れるだろう。超常存在としてならば、
垣根は顔をしかめて、真守を見た。
「
「ちょっと荒療治だったけどな。後でちゃんと食蜂のことフォローしてあげなきゃ」
大悪魔コロンゾンは、自らを脅かす存在が
だからこそ幻想殺しを隠し持っていた食蜂操祈を襲った。
そんな食蜂を助けたのは、当然として上条当麻だった。
そして上条当麻は食蜂操祈と話をして、
上条当麻はそうやって幻想殺しを取り戻して、『騎士派』の者たちもコロンゾンと最終決戦を開始しようと行動していた。
「特別ではなくなったコロンゾンを
真守は笑うと、真剣な表情をした。
「でも一つ問題があるんだ」
「問題だと?」
真守はそんな一方通行を一身に見つめて、そして微笑んだ。
「これから一方通行は悪魔ちゃんと一緒に、私と垣根にずぅっと付き合うことになる。それでもいいか?」
そして垣根を見ると、垣根は気に入らないという顔をしていた。
垣根はチッと舌打ちをすると、一方通行を睨む。
「テメエと一緒なんて心底ムカつくが、しょうがねえ。俺と真守の邪魔しないなら賑わせ役として採用してやる」
一方通行の事は心底気に入らない。だが殺してやりたい程気に入らないのはすでに過去の話だ。
何故なら垣根帝督は第三次世界大戦で全てのしがらみを断ち切った。
しかもあれから、一方通行も成長した。
今の一方通行ならば、垣根は一応認めてやってもいいと思っている。
ムカつく相手としては変わらない。だが認めてやらんこともない。
それが垣根帝督が一方通行に対して抱く感情の全てだ。
だから賑わせ役ならば、そばに存在を感じていても良いと思っている。
垣根がそう考えているのが理解できた一方通行はふっと笑う。
「いいぜ。退屈しなさそォだから付き合ってやる」
「よかった」
真守はふふっと笑う。
別に聞く必要はないのだ。言葉にすればコロンゾンが邪魔してくるかもしれないし、そもそも一方通行は真守の事を信用している。
この少女がやることは悪いことではない。この少女の考えは、全力で信頼できる。
それに長い間付き合ってやるくらい、どうってことないのだ。
「だったらオマエたちも俺に付き合え。ケリ付けなくちゃならねェ相手がいるンだ」
真守はふわりと微笑んで頷く。
「魔神ネフテュスだな」
真守は
浜面仕上を列車で追い詰めた時。そこに魔神ネフテュスが乱入してきたのだ。
ネフテュスは一方通行にケンカを売った。そしてどうやら、魔神娘々はその後コロンゾンにケンカを売ったらしい。
本当に自儘に動く魔神たちだ。それに真守はため息を吐く。
おそらく、コロンゾンとの戦いにも彼女たちは首を突っ込んでくるだろう。
「垣根、お願い。私と一緒に
「ここまできたんだ。おぜん立てしてやるよ」
垣根帝督は笑って告げる。一方通行はふっと笑い、真守は安堵するように目を細めた。
「ありがとう」
ここに、学園都市の頂点を極める三人が集った。
コロンゾンだって敵じゃない。
真守は心強い人たちを前に、にへらっと笑った。
──────…………。
コロンゾンが行おうとしているモ・アサイアの儀式。
それはクイーンブリタニア号という大規模儀式場によってオナーズオブスコットランドの力を増幅・攻撃に転用し、全ての位相と共に人類を滅ぼすための儀式だ。
クイーンブリタニア号がモ・アサイアの儀式を完璧に行うためには、海上のとある一点へと向かう必要がある。だからこそコロンゾンは船を出港させて、儀式を行う場へとクイーンブリタニア号を向かわせているのだ。
コロンゾンが目的を達成できるのは一二時。つまり正午ぴったりだ。
その一時間前。
イギリスからアイルランドに向けて、冬の海が氷で埋め尽くされていく。
イギリス周辺の海は、海流の関係上何があっても凍る事はない。
だが現に決して凍る事のない海が凍り、分厚い氷による氷の大地が広がっていく。
その氷の大地は魔術で作られたものだ。
そして氷の大地と陸地の海岸線には、王とそれに連なる騎士の国の、大軍勢が集まっていた。
彼らは一様に、氷の大地を移動できるものを携えている。
それはスノーモービルや雪上車、スタッドレスを履いた軍用四駆や大型のスケート靴、はたまたノルディック用のスキー板まで、多種多様の氷上を移動できる器具たちだ。
その中には、もちろん真守の血族であるマクレーン家も交じっていた。
彼らは大軍勢の中でも目立っていた。『騎士派』や『清教派』と違い、同じ服を着ているわけではないからだ。『清教派』には天草式十字凄教と呼ばれる日常生活に溶け込んでいる者たちもいるが、彼らとはまた趣が異なる。
イギリスと共に世界を守るための大軍勢。その軍勢には、垣根帝督が能力で造り上げた人造生命体であるカブトムシやトンボたちもサポートに入っていた。
大軍勢の彼らは怒号と共に、氷の大地を駆けてクイーンブリタニア号へと迫る。
その様子は、本当に血気迫っている。当然だ、世界の命運がかかっているのだから。
「おー。すごい、学園都市では早々お目に掛かれない様子だぞ」
呑気に声を上げるのは、朝槻真守だ。
真守は蒼ざめたプラチナの翼を広げて、空から氷の大地を進む大軍勢を見ていた。
そんな真守に、
「学園都市は科学の街だからな。単純な兵力で押し切るとかこんな原始的な戦法取らねえよ」
「原始的と言っても、みんな魔術が使えるからな。戦力的には十分だぞ」
真守は垣根にぴとっと寄り添いながら微笑む。
「っつっても大悪魔もバカじゃねえだろ」
垣根がそう告げた瞬間、クイーンブリタニア号に変化があった。
クイーンブリタニア号は特殊な儀式場だ。
その儀式場は、あらゆる霊装をブーストして攻撃に転化することができる機能を有している。
だからコロンゾンは、オナーズオブスコットランドという霊装の全てを攻撃に転化した。
真横から、横殴りの雨のように襲い掛かる無数の弾丸は『国家の剣』の効果の攻撃転用だ。
水平に閃光が瞬き、薙ぎ払うように放たれるのは『統治の笏』の力。
そして頭上から数えきれないほどに降り注いでくるのは『即位の冠』の光の攻撃であり、それらの軌道を無秩序に曲げる複数の爆発と衝撃を生み出すのは、スクーン石。
コロンゾンの攻撃は、総じれば一瞬で四〇万発を超える。
まともに受け止める事なんてできない。
「英国女王たちもバカじゃないぞ」
真守が瞬く閃光の中呟くと、氷の大地に変化があった。
氷の大地が変容して、樹氷の数々が地面より無数に生える。
氷の大地は『王室派』により、魔術で造られたものだ。だからこそその形や姿を、自由自在に変えることができる。
クイーンブリタニア号から放たれた攻撃は、その樹氷に全て吸い付くように動く。
そして樹氷は粉々に砕け散るが、それが狙いだ。
樹氷を避雷針にして、攻撃が全軍に当たらないようにしているのだ。
だが全ての攻撃が逸れるわけではない。人的被害も少なからず出る。
それでも『騎士派』は本望だ。この英国を守れるのであれば、喜んで散っていく。
「騎士道というのは面倒なものだな。そう思わないか、垣根?」
真守はため息をつきながら、隣を飛ぶ垣根を見上げる。
そしてふにゃっと、柔らかく微笑んだ。
「垣根が帝兵さんと帝察さんをイギリスのために総動員してくれて良かった」
「お前の頼みだからな」
垣根が目を細める中、なぎ倒される樹氷から『騎士派』の軍勢を守る存在がいた。
それは垣根帝督が造り上げた人造生命体、カブトムシだ。
垣根は真守のお願いして、イギリスの大軍勢のサポートをしてくれと頼んだ。
誰も失わせない。誰も怪我をさせない。そのために、真守は垣根にお願いしたのだ。
「優雅に観戦してねェで、俺たちもそろそろ行かねェとならねェだろォが」
真守が微笑んでいると、背後から声があった。
そこには純白の翼を広げて、悪魔のクリファパズル545を侍らせている一方通行が飛んでいた。
真守は笑うと、空中を泳いで一方通行に近づく。
「
「嘘吐け。似合ってねェ自覚がある」
一方通行はケッと吐き捨てるように、そっぽを向く。
真守はくすっと笑うと、垣根の手を握った。
「垣根も翼が自分に似合ってない自覚があるって、いつも言ってた」
真守はにまにま笑うと、
「二人共キレイだから大丈夫だぞ。優しくて、強くて。キレイな翼だ」
にこにこ笑う真守。そんな真守を見て、一方通行は大きくため息を吐いた。
垣根は柔らかく目元を弛緩させると、真守の手を強く優しく握った。
「行こうぜ、真守」
「うん、行こうっ二人共!」
真守は笑うと、三人と一匹の悪魔で空を飛ぶ。
目的はもちろん、クイーンブリタニア号だ。
真守は垣根と一方通行と共に翼を広げて、空からクイーンブリタニア号へと近付く。
全てを清算するために。全てにケリをつけるために。
学園都市の傑物たちは、大悪魔コロンゾンのもとへ向かって行った。