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第一六八話:〈悪魔撃退〉でも異常は続く
大悪魔コロンゾン。
数価三三三、拡散という在り方に基づき、この世界と全ての位相を破壊しようとした彫像存在。
彼女はこの世が憎いから、世界を壊そうとしたのではない。
新しい次へと繋げるために、コロンゾンは自らの在り方に基づき世界を終焉へ導こうとした。
コロンゾンとの世界の命運をかけた戦い。それに、人類は勝利した。
科学サイドと魔術サイド。二つに分けられた世界の人々は一致団結し、大悪魔を退けた。
世界はコロンゾンによって傷つきながらも、変わらずに続いていく。
少しずつ姿かたちを変えながら。より良い方向へと進んでいく。
そして──いま。科学と魔術の対立する時代が終わろうとしていた。
何故なら科学サイドを代表する学園都市は、次代へと受け継がれた。
魔術を憎んだ人間から、科学の申し子たちに託された。
学園都市の管理を任された朝槻真守は、元々魔術サイド出身だ。
それに魔神オティヌスと対峙した時、真守は魔術サイドや世界の国々と協力関係を持った。
アレイスターは魔術を憎んでいた。だが真守は違う。
学園都市が次代へと受け継がれたことにより、科学サイドも魔術サイドも変わる。
変わらなければならない。
そんな次なる新世界への準備をするべき転換期の中で。一つの問題が発生していた。
「むぅ……これは……」
顔をしかめながら小さく唸ったのは、黒猫系美少女である朝槻真守だ。
あどけない顔つき。ちまっとした体躯に胸はふくよかというアイドル体型。
あまり特徴のないオーソドックスなセーラー服を着た真守は、真剣な表情でむむっと眉を寄せる。
現在、真守はマクレーン家が所有するスコットランドにある別荘にいた。
隠れ家としてマクレーン家が各地に用意している別荘であるため、そこまで広くない。
だが豪奢な二階建てではあるため、貴族としての風格はばっちり守られている造りだ。
別荘にいるのは朝槻真守と垣根帝督。
そして上条当麻と、魔神オティヌスだ。
真守は一階のリビングのソファに座って、よく目を凝らす。
真守の目の前のソファには、上条当麻が座っている。
だが上条当麻にはとある異常が発生していた。
スカイブルーとレモンイエロー。
上条当麻の
真守は真剣な表情で、スカイブルーとレモンイエローで構成された上条の右腕を見つめる。
黒猫系美少女に真剣に見つめられて、上条当麻は緊張で思わずごくりとつばを飲み込んだ。
完璧な存在であり、『流行』へと至った神人は一つ頷く。
「どうなってるんだこの右腕。すごく中途半端だな……?」
上条当麻は拍子抜けしてしまい、体をがくっと揺らす。
真守の隣に座っていた垣根帝督は、真守の言葉に片眉をぴくりと跳ね上げた。
「真守にもよく分からねえモンぶら下げてるとか。お前は一体何なんだ?」
「俺に聞かれても分からないよう……大体頭が良い朝槻が分からない状態なら、何がどうなってるか俺にはさっぱりだよう……」
上条当麻は垣根帝督の言葉を受けて、おいおいと泣き叫ぶ。
自分の腕がよく分からない状態になってしまって、途方に暮れる上条当麻。
そんな上条当麻を前にして、真守は小さく呟く。
「おそらく上条の裡に存在した力が外に出た際、上条の中に残ったわずかな力が右腕として形成されているのだろうが……何故わざわざ右腕の形に……そうか。足りないものを補うかのように……なくなった
真守はちょこちょこ体を揺らして、色々な角度から上条の右腕を観察する。
「とは言っても私が不用意に触るのは避けた方がいいな……上条の中にあった力はもうすでに誰の制御も受け付けない。私が触れただけで予期せぬ方向へと変質してしまう。まったく、そんなモノを『
真守はこの場にいない行き当たりばったり人間を思い出して、顔をしかめる。
上条当麻の肩に乗っているオティヌスは、真守を見る。
「とりあえず状況を整理しよう、神人」
「そうだな。それが必要だ」
真守はこくりと頷いて、先程のことを思い出す。
儀式を行うために海上へ出たクイーンブリタニア号での、大悪魔コロンゾンとの最終決戦。
真守は垣根と
コロンゾンを特別としているのは、コロンゾンが肉の器を持っているからだ。
それを取り上げてしまえば、コロンゾンには全ての異能を打ち消す
それを拒むために、コロンゾンは最後の抵抗として上条当麻の右腕をA.A.Aで切り落とした。
真守や垣根は知っている事実だが、上条当麻の右腕に宿っている幻想殺しは上条当麻の内にある力を封印していた。
上条当麻の裡に秘められている力。それは神浄の討魔と呼べる力だ。
それによって、クイーンブリタニア号は真っ二つに分断されて沈んだ。
オティヌスは何があったか思い返して、忌々しそうに呟く。
「クイーンブリタニア号で人間から出てきた力──神浄の討魔。あれは私が握りつぶした時から随分と変わり果てていた。あれは既に、神人の力も受け付けることはない。そうだろう、神人?」
「うん。元々アレイスターの『
上条当麻のうちに秘められた力は、真守ですら制御できない。
強大な『流行』を冠する力を持つ真守が触れてしまえば、それだけで上条当麻の力は予期せぬ方向へと成長してしまう。
「帝察さん」
真守はすらりとした細い指を伸ばす。
するとどこからともなくやってきた真っ白な巨大なトンボが、真守の人差し指に留まった。
垣根帝督が自らの能力で造り上げた人造生命体、通称『帝察さん』。
真守は帝察さんのネットワークに接続する。
トンボのネットワークには、監視情報が随時アップデートされていた。
監視している対象は
それは『神浄の討魔』と呼べる、寸分たがわず上条当麻と同じ姿をしている存在。
上条の中に秘められていた『神浄の討魔』がかたちを得て動き出した存在だ。
真守たちの目の前にいる人間である上条当麻とは明確な別個体である。
トンボが監視している『神浄の討魔』は、現在医療用テントの中にいた。
大悪魔コロンゾンとの戦い。それによって、多くの人々が傷ついた。
傷ついた人々は、
その治療テントの一角に、もう一人の上条当麻は隔離されていた。
隔離。文字通り、上条当麻の周りには誰もいない。
もう一人の上条当麻は真守から指示を受けた冥土帰しに、メディカルチェックの結果が出るまで待っていてほしいと言われている。
御坂美琴、食蜂操祈。そしてインデックスという三乙女を、真守は決してもう一人の上条当麻に近付かせてはならないと、
だが隔離できるのも時間の問題だ。
神浄の討魔と接触を禁止されている美琴・食蜂・インデックス──三乙女に、どうして上条当麻に近付いてはならないのか、上条当麻がどんな状況に陥っているか説明しなければならない。
「美琴と帝兵さんに見つけてもらった上条の肩にはオティヌスがいなかった」
クイーンブリタニア号が上条当麻の奥にある力で、真っ二つになった時。
真守はあの時、カブトムシにクイーンブリタニア号にいた者たちの安否を確認してもらっていた。
そしてカブトムシは御坂美琴と共に、上条当麻を探していた。
美琴と食蜂は知らないことだが、魔神オティヌスと上条当麻は互いに『理解者』だ。
そのため何があったとしても、二人は共にいる。
だが美琴とカブトムシが見つけた上条当麻の肩には、オティヌスがいなかった。
しかもあの上条を見つけたと同時に、オティヌスを連れた上条当麻も発見された。
あれは上条当麻ではあるが上条当麻ではない。
カブトムシは、美琴と見つけた上条当麻を前にしてそう感じた。
カブトムシは垣根帝督の端末だ。
そして真守は垣根と
だからこそ、分かった。片方の上条当麻は、上条当麻でありながらも異なる存在だ。
「オティヌスを連れていない、御坂美琴が見つけた神浄の討魔とでも言うべき上条当麻。あの上条は、上条の中に秘められていた力が形と意思を持って動き出したんだ」
神浄の討魔がクイーンブリタニア号を真っ二つに引き裂いた後。
上条当麻は必死にその場から逃げた。自分の右腕から出ている、三角柱をぼこぼこ無造作に泡のように膨張させる力からみんなを守るためだ。
そして氷の大地の上で、上条当麻はソレと対峙した。
最初は、三角柱が浮いていた。
その三角柱が、蒼ざめたプラチナの輝きを放った。
そして輝きが収まると、そこには三角柱を中心として、ツンツン頭の少年が立っていた。
上条当麻は自分自身と同じ姿をした『ソレ』に呆然とするしかできなかった。
『ソレ』は上条当麻が氷の大地の上にぶちまけた携帯電話を拾う。
そして上条当麻は千切れた右腕に突然生えたスカイブルーとレモンイエローで構成された右腕で、自分の財布を手に取った。
『ソレ』は告げる。
『「これ」なくして、何が上条当麻だ』
右手の
幻想殺しを手にしているのは、三角柱を核に生み出されたもう一人の上条当麻だった。
『「これ」がなくなったらどうなるか、その身で思い知れよ。鼻タレ小僧』
神浄の討魔は上条にそう言い渡すと、何食わぬ顔で御坂美琴に合流した。
だが人造の樹に組み込まれたカブトムシは、その上条当麻を見て不審に思った。
それと同時に他のカブトムシがオティヌスを連れた上条当麻を見つけたことで、異常事態が発生している事実が明るみとなったのだ。
「帝兵さんと帝察さんがいてくれて助かった。本当に」
真守はトンボと共に、カブトムシを呼び寄せて労う。
「二人がいなければ、私も直に会わないと上条の見分けがつかなかった。……直接会って、真実を知ったら。私は動揺してた。それは確実だ」
神浄の討魔。力が意思と自我を持って動き出した存在。
それは真守の大切にしたい女の子である源白深城と同じなのだ。
今も眠り続けている一二歳の肉体を持つ源白深城と、一八歳の体を持って動く源白深城。
深城は二人いるが、神浄の討魔と同じ成り立ちをしているのは一八歳の源白深城だ。
真守とずっと一緒にいるあの一八歳の深城。
あの深城は、源白深城の能力が自我を持って動き出した存在だ。
真守と深城の願い。それによって動き出した存在である。
一八歳の源白深城と同じような成り立ちの神浄の討魔に会えば、真守も対応に困ってしまう。
するとコロンゾンを討伐したとしても未だに落ち着かない英国に迷惑が掛かる可能性がある。
「あの上条が何を目的としているか、本当のところは分からない」
真守はトンボのネットワークに接続しながら、目を細める。
「だから様子を見る必要がある。とりあえず美琴たちに何かしたら私が止めるから、上条は安心してほしい」
真守が上条を見ると、上条当麻は暗い表情をしたまま頷いた。
自分とそっくりの存在が突然現れたら、動揺してしまうのは当然だ。
しかも上条当麻には、懸念があった。
あの神浄の討魔と呼べる上条当麻は全ての記憶を持つ存在なのではないか、という懸念だ。
真守は落ち込んでいる上条を見て、眉をひそめる。
すると。ピンポーンというドアチャイムの音が響いた。
真守と垣根の座っているソファに寄り掛かっていた
すると浮遊していたクリファパズル545がふよふよ動いて玄関の扉を開けた。
玄関の向こうには、クラシカルな制服を着たメイドが立っていた。
「真守様。アシュリン様に食事を差し入れするようにと言伝をもらい伺いました」
メイドは真守に一礼すると、テーブルの上に紙袋を置く。
一方通行はそれにちょっと顔をしかめた。英国の食事があまり口に合わなかったからだ。
メイドは柔らかく微笑むと、慇懃無礼に紙袋を見せる。
「学園都市にもあるカフェのチェーン店で買ってきた昼食です。飲み物もどうぞ」
真守は対応がばっちりなメイドと伯母の事を想って微笑む。
「気を使ってくれてありがとう。伯母さまにもそう伝えておいてくれ」
「はい、何かあればお申し付けください。携帯電話を置いて行きます」
メイドはスマートフォンをテーブルに置くと、しずしずと去っていく。
「ご飯も来たからな、とりあえずお腹を満たそうか」
真守が声をかけると、一同は食事の準備を始めた。
腹が減っては戦ができぬ。そういうことだ。