次は三月二一日木曜日です。
真守を見つけてくれた源白深城と、真守といつまでも共にいられる源白深城。
上条当麻という少年と、上条当麻の裡から出て願いを基に自我を持って動き出した神浄の討魔。
「朝槻が俺とアイツに優劣をつけなくて良かった」
上条当麻は晴れ晴れとした表情で真守を見る。
「朝槻の言う通り、アイツも俺だ。だからお前に優劣つけられたなんて分かったら、アイツもたぶん存在してられないから」
上条当麻はしみじみと呟くと、宣言する。
「俺は、俺を優先するよ。今ここにいる俺を」
いつか、ミサカ総体は告げていた。
上条当麻は自分の事を一番低い位置に位置付けている。
たった一度くらい、自分のために、戦っていいじゃない。
自分のわがままのために、戦ったっていいじゃない。
あの時のミサカネットワーク総体のように、彼らは自分の背中を押してくれた。
それを上条当麻は、無下にしたくない。
「考えてみりゃ、ヤツは難しい事なんか何もしてない。俺になり替わってるヤツがいるなんてオティヌスの時にもあった」
オティヌスはその話題を持ち出されて、気まずそうに顔をしかめる。
そんなオティヌスを気にしながらも、上条ははつらつと告げる。
「過去がどうだかなんて知らない」
周りの人たちの幸せが気になって、上条当麻は自分のことを優先できなかった。
だが過去なんて気にしなくていいのだ。知らなくていいのだ。
真守たちに今一度自分がどうしたいか問いかけられて、上条当麻は吹っ切れた。
「確かに俺は糾弾されるべき立場の人間かもしれない。だけど俺を糾弾しても良いのは過去の虚像なんかじゃない。俺を殴っても良い人間は、別にいる。勝手に代理を名乗って好き放題させるなんて許せるか」
上条当麻は自分の気持ちを吐露する。すると、ふつふつと怒りが込み上げてきた。
あの上条当麻は記憶を持っているからと言って、何食わぬ顔で御坂美琴たちに合流した。
自分がどういう存在なのか話すこともなく、ただただ神浄の討魔である自分こそが上条当麻という席に座るにふさわしいと考えている。
「ふざんけんなよ……」
上条当麻は右手の拳を握り込む。
今は中途半端になってしまった拳。
だがそれでも、上条当麻はいつだって誰かを救うために闘ってきた。
その拳を、上条当麻は自分のために。そしてやっぱり周りの人々のために握った。
神浄の討魔という存在がどんな存在かなんてどうでもいい。
上条当麻の人間の根っこに関わる柱だろうが、関係ない。
間違っていてもいい。
今この時ばかりは自分を優先して、そんな自分を大切にしてくれる人たちのために拳を握る。
上条当麻は、そう決意した。
「けっ」
「……うざってェ野郎だ。最初っから答えが決まってンなら何のための話し合いだってンだ」
この男は、最終的には周りの人々のために戦うのだ。
それはブレない。だったら話をする必要なんてなかった。
一方通行が呆れていると、ご主人に侍ていた悪魔が嬉しそうに笑った。
『ご主人様フリークの見立てですと、口ぶりに反してご主人さまは何だか目じりが嬉しそうな気がギョブッフウ!? しっぽっ、ごしゅ、強く握っちゃヤあああああああ────!!』
クリファパズル545は尻尾を持たれてぶんぶん一方通行に振り回されて声を上げる。
真守はその様子を見てくすりと笑った。その隣で、垣根帝督はため息を吐いた。
「本ッ当にテメエは自分のことを後回しにするんだな。俺には絶対に考えられねえ」
真守は大変理解できなさそうな垣根を見て、くすっと笑う。
「ふふ。垣根は自分のやりたいことが一番だもんな」
「人間なら当たり前だろ」
垣根は笑う真守を見て、目を細める。
そして真守の頬に指を添えて、真守を見つめる。
「自分のやりたいことが優先だ。……だから俺はお前のためになんでもしてやりたい」
「ふふー。私のためにいつも何でもしたいって思ってくれてありがとう。でもあんまりやりすぎると私がダメ人間になっちゃうぞ?」
「いいだろ。ダメ人間にして骨抜きにして、俺がいないと生きられないようにしてやる」
「まったくもう。最近ずっとこの調子だな」
肩をすくめて楽しそうに笑う真守と、真剣な垣根帝督。
上条はいつもと変わらない真守たちを見て、ふっと笑った。
神浄の討魔が正しかろうと、自分は彼らと一緒にいたい。
だから戦う。自分を優先させる。
そう決めて、真守たちはマクレーン家のスコットランドにある別荘から出た。
神浄の討魔と対面するために。
そして決着をつけるために。動き出した。
──────…………。
決戦の場所となり、氷の大地が広がったスコットランドの沿岸部。
そこには『王室派』が敷設した医療拠点がある。
医療拠点はもちろん、大悪魔コロンゾンとの戦いで負傷した者たちを治療するための場所だ。
その中の一つ。緑のテントの中で、真守は三乙女と顔を合わせていた。
その三乙女とはもちろん御坂美琴、食蜂操祈、インデックスだ。
美琴はむすっとした表情をしている。食蜂は少し暗い顔をしており、インデックスは戸惑った表情をしている。
空気が重い。それは仕方のないことだ。
何故なら今、真守は上条当麻の現状について話をしたのだ。
上条当麻と神浄の討魔。記憶を失いながらも懸命に進んできた上条当麻と、上条当麻が喪ったもの全てを持ち合わせている神浄の討魔。
黙っていた御坂美琴は、口を開く。
「じゃあ私がクイーンブリタニア号が真っ二つになった後、氷の大地で見つけたあの時からアイツはもう違ったってこと?」
説明し終えた真守は三人が状況を呑み込めるまで黙って紅茶を飲んで一息ついていた。
だが美琴に問いかけられて、紅茶のカップを置いた。
「美琴が帝兵さんと見つけた上条は神浄の討魔だ。本当の上条は私と垣根が見つけた」
美琴は真守が頷く姿を見て、表情を険しくする。
「騙してたってこと? 何食わぬ顔で私に合流して、さっきまで話してたの?」
「とはいってもあれは上条当麻で、上条の中からずっと美琴たちと一緒にいたからな。騙してたより、正体を隠していたといった方が正しい」
「どっちでも同じよ!」
美琴は声を大きくする。そして神浄の討魔のことを考えて憤る。
「それってアイツが記憶を失くしてから、葛藤しながらも頑張ってた全部を横取りしたってことでしょ? 朝槻さんのいう神浄の討魔はずっと見てただけ。ずっと色んなこと決めて、頑張って……それでも進んで頑張ってたアイツの全部を奪おうとしたんでしょ?」
全ての判断を決めてきたのは記憶を失った上条当麻だ。
神浄の討魔は上条当麻の中で、上条当麻の選択をただ見つめていた。
そして上条当麻に願われた事で、神浄の討魔は姿かたちを得て動き出した。
「美琴の言葉通りだ。全てを決めてきたのは上条自身だ。でもな、神浄の討魔は全てを持っているんだ。完璧な存在というのは、そういうものだからな」
能力が自我を持って動き出したならば、当の本人はすでに出涸らしだ。
だが出涸らしだからといっても、捨てなければならない事はない。
真守は優雅に紅茶を一口飲む。そして、表情が暗い食蜂操祈を見た。
「食蜂、お前が戸惑ってしまうのも分かる。お前は言わば神浄の討魔寄りだからな」
食蜂は真守の言葉にびくっと震える。
今の上条当麻は朝槻真守のおかげで食蜂操祈を認識できる。
だが食蜂操祈と幸福なひと時を過ごしたことを覚えているのは、神浄の討魔なのだ。
「既に説明したけど、いまの上条は中途半端な状態だ」
出涸らしだとしても、神浄の討魔は上条当麻と繋がっている。
能力が自我を持って動き出した完璧な存在だとしても、出涸らしである元の人間から完璧に分離できるわけではないのだ。
それは二人の源白深城と同じ。そして神浄の討魔は、中途半端な上条当麻を大層憎んでいる。
「上条当麻という席は一つだけ。どちらかがどちらかを優先しなければならない。あの二人に限っては共生などありえない」
深城たちは自分たちの願いが一つだからこそ、共に存在していられる。
だが上条当麻はそうじゃない。だからこそ一つの席を取り合うことになる。
「上条は生粋の戦闘バカだからな。話し合いなんてできない。当然殴り合いになる」
上条当麻はいつだって拳で物事を解決してきた。
一つだけの席を決めるならば、殴り合いで解決するしかできない。
「上条たちの問題は上条たちの問題だ。だから手を出すな。……お前たちも分かっているだろう。自分たちがどちらの上条を応援しても、傷が残るのだと」
三人の少女たちは、それぞれで上条当麻と絆を紡いできた。
御坂美琴はどちらかと言えば、上条当麻寄りだ。
そして食蜂操祈は神浄の討魔寄りであり。
インデックスはその始まりは神浄の討魔だが、上条当麻の一番近くで過ごしてきている。
彼女たちにとって、自分と共にいた上条当麻こそが上条当麻なのだ。
その上条当麻に各々が力を貸そうとすれば、当然として争いが起こる。
上条当麻の問題は上条当麻の問題だ。
外野が口を出すのは良くないし、手を出すなんてもってのほかだ。
だから真守は三人の少女の前に立っていた。
彼女たちが無茶をして、場をかき乱さないように。
「私たちは生き残った上条当麻を上条当麻だと認める。そして一緒にこれからも生きていく。……それが最善だ。当人たちの問題は当人で片付ける。それが一番だ」
上条当麻と神浄の討魔の戦い。
彼らの戦いは一方通行と垣根帝督に見守らせている。
ちなみにオティヌスは上条当麻に味方しているが、彼らの決定に従うために垣根の肩にいる。
オティヌスは自分の『理解者』である上条当麻が勝つと信じているのだ。
そして真守は説明と監視の意味を込めて、三乙女と一緒にいるのだ。
「私たちは勝ち残った上条を上条と認めて、これからを共に過ごしていく。それが一番だ」
美琴と食蜂は真守の言葉に表情を歪ませる。
美琴は神浄の討魔が許せない。
ぽっと出で出てきて、何食わぬ顔で自分と話をしていた彼が気に入らない。
食蜂は自分との記憶を覚えている上条当麻が気になっている。
真守のおかげで自分のことを認識できているとしても、神浄の討魔こそが食蜂にとって同じ時を共有した上条当麻だ。
だが二人の戦いに手を出せば、自分たちは遺恨を残すことが分かっている。
だから動くべきではないのだ。だが二人とも、複雑なのは間違いない。
それに二人が黙っていると、インデックスが口を開いた。
「とうまが納得できるならなんでも良いよ」
美琴と食蜂は同時に顔を上げる。
インデックスは真守をまっすぐと見て、そしてふわりと笑みを浮かべる。
「とうまが納得できるのが一番だよ。だってとうまの問題だもん。私たちが口を出したらとうまが困っちゃう。とうまは優しいからね」
インデックスはふわりと微笑むと、自分の膝の上に乗っている三毛猫の背中を撫でる。
「それにとうまはいつだって私たちのことを考えてくれてたんだもん。とうまが納得できたことを、私はとうまのために受け入れてあげたいんだよ」
美琴と食蜂はインデックスの笑みを見て、同時に黙る。
真守はくすくす笑うと、美琴と食蜂を見た。
「インデックスが一番上条のことを思ってるようだな」
くっくっくと笑う真守。
その意見に反することができなくて、美琴と食蜂はムッと顔をしかめる。
そして二人はじとっとインデックスを横目で睨む。
絶対に負けられない。そんな決心を目に宿しているので、真守はくすくす笑った。
そして。決着の時は訪れる。
足音が聞こえてきた。聞き慣れた足取りの足音だ。
そしてゆっくりと、緑のテントのカーテンがめくられる。
真守は上条当麻を見て、にっこりと微笑んだ。
「おかえり、上条」
真守の笑みを見て、ボロボロの上条当麻はにっと笑った。
上条当麻の納得する結末。
それを掴み取ることができた、満面の笑みだった。