次は三月二五日月曜日です。
氷の大地が解け始めた、スコットランド沿岸。
『王室派』が敷設した医療拠点の一つである緑のテントから、真守は外に出た。
一人で、ほっと胸をなでおろす真守。
そんな真守は、外で待つ大切な人たちを見つけてぱあっと表情を輝かせた。
「垣根、
真守はたたたっと小走りで、外で待っていた二人に近づく。
「上条たちの戦いを見守ってくれてありがとう、二人共」
真守は柔らかい笑みを浮かべて、お礼を口にする。
上条当麻と神浄の討魔。
その二人の戦いを、垣根帝督と一方通行、そしてオティヌスは見守っていた。
上条という存在を掛けた、二人の戦い。真守はそれを見守るのがつらかった。
そのため、上条と関わりのある三人の乙女の監視もかねて、真守は彼女たちと一緒にいたのだ。
垣根は目元を緩めると、真守の頭を優しく撫でる。
「お前の頼みだからな。ステゴロを高みから見物するのもなかなか面白かったぜ」
「もう、垣根。ヒト一人の大切な決戦だったのに楽しまないで。見世物じゃないんだぞ」
真守はムッと口を尖らせる。
だが真守は垣根が自分の頭を撫でる感覚が心地よくて、つい目元が緩んでしまう。
それでも真守はムーッと口を尖らせる。
「垣根。幸せになっちゃうから撫でないで」
「なんで幸せになっちゃいけねえんだよ。別にいいだろ」
真守はムーッと口を尖らせたまま、自分の頭を撫でる垣根の手を取る。
そして自分の頭から強制的に外させて、ぎゅっと両手で垣根の手を持った。
真守はむぎゅむぎゅ垣根の手を握りながら、一方通行に笑いかける。
「
「……ふン。アイツが納得できたンなら俺はそれでいい」
一方通行は鼻で笑うと、垣根の手をむぎゅっと抱きしめた真守を見た。
「で? この後はどォするンだ?」
「とりあえず伯母さまに会いに行く。別荘の鍵を返さなくちゃいけないからな」
鍵とは先程まで真守たちがいたマクレーン家のスコットランドにある別荘の鍵だ。
アシュリンに場所を移したいからどこか良いところがないか真守が聞いたら、快く貸してくれたマクレーン家の別荘である。
「伯母さまたちがこれからどうするかも聞きたい。非常時とは言え、不法入国した件についてもなんとかしなくちゃだからな」
真守は今回の騒動において、真守たちが犯してしまった主要な違法について口にする。
世界を救うために行動したとしても、公的にしてはいけない事はきちんと処理しておかないと後々面倒なことになるのだ。
やむを得ない事情は権力者たちにどうにかしてもらう。それが一番である。
「二人共、行こう。どこに行くのも一緒だっ」
真守は垣根の手をギュッと握ると、反対の手で
一方通行は垣根に睨まれながら真守に手を掴まれて、辟易した声を出した。
「子供じゃねェンだから。手ェ引っ張ンな」
「えー子供だぞ? これから何でもできる、輝かしい未来が待っている子供だ」
真守はご機嫌に、にへらっと笑う。
そして垣根と一方通行と共に歩き出して、伯母であるアシュリン=マクレーンを探す。
「はん。お前だってしょっちゅう
「……カブトムシでちゃっかり盗撮してるンじゃねェよ」
一方通行は垣根を力強く睨む。
一方通行はあまり知らなかったが、垣根帝督は大切な少女を守るために何でもする人だ。
だから真守のために、垣根帝督はカブトムシを生み出した。
そのカブトムシのネットワークで、真守の脅威が存在しないか常時学園都市を監視していたのだ。
つまり垣根は一方通行の普段の動向も知っている。プライバシーなんて常識が最初から存在しない垣根を前にして、一方通行は真守に呆れた目を向ける。
「……オマエ、なンでこンな男に捕まっちまったンだよ」
「ふふ。最初の出会いはアレイスターの『
真守はくすっと笑うと、垣根とつなぐ手に少し力を込める。
「出会いが出会いでも、好きになってしまったんだ。だからしょうがない」
きっかけが仕組まれたものだとしても、気持ちまではアレイスターもどうにもできない。
だから真守が垣根を好きになったのは真守の意志であり、垣根は真守のことをどうしようもなく大切に想うのは垣根の意思なのだ。
色々言いたいが、言ってもしょうがない。
しょうがないので、一方通行は黙って真守に手を引かれる。
真守はご機嫌にルンルン歩いて、アシュリンのもとへと向かう。
「伯母さまっ」
真守は『騎士派』の騎士と話をしているアシュリンを見つけると、目を輝かせる。
そして垣根と一方通行から離れて、真守はたたたっとアシュリンに駆け寄る。
「あら真守ちゃん。別荘はもういいの?」
騎士と話をしていたアシュリンは、駆け寄ってきた真守のことを愛おしそうに見つめる。
「上条の問題をちゃんと解決できたんだ。はいコレ。鍵」
真守はポケットを探って、ちゃりっと鍵を取り出す。
そしてちんまりとした手でアシュリンに鍵を手渡す。
「メイドに渡せば良かったのに。真守ちゃんのそばに待機してたでしょう?」
「そうだけど。伯母さまに直接手渡ししたかったんだ」
真守はちらっと背後を見る。
そこには気配を殺しているが、真守のために待機しているマクレーン家に仕えるメイドがいた。
真守は小さな手をふりふりと振る。
するとメイドは物陰から出てきて、頭をぺこりと下げた。
「真守ちゃんたちはこれからどうするの? ……もう学園都市に帰ってしまうの?」
「んーすぐに帰るのはちょっともったいない気がするんだよな」
真守はイタズラっぽく微笑むと、真剣な表情をする。
「どっちにしろ上条や食蜂はまだ動けないだろうから。帰るならみんなで帰った方がいいかなって。そもそも私たちは不法入国だから、そこら辺きちんとしないと」
上条当麻は神浄の討魔との戦いによって、深手を負っている。
そして食蜂操祈は、上条の
「じゃあ真守ちゃん、英国女王のもとで少し話をしましょうか」
「そうだな。英国のトップと話を付けるのが一番手っ取り早い。一緒に行くっ」
アシュリンは頷くと、真守たちを引き連れて英国女王のもとへと向かう。
医療テントはそこまで規模が大きくない。それは垣根帝督が率いる人造生命体のおかげだ。
真守のお願いで、垣根帝督はカブトムシとトンボをコロンゾンと戦うための兵として出陣させた。
そのおかげで、人的被害が最小限に抑えられたのだ。
怪我をした者たちは学園都市の力など借りるまいとして特攻していった人々。つまり──自分の行いが悪かった者たちだけだ。
「垣根、帝兵さんと帝察さんで頑張ってくれてありがとう」
真守はご機嫌に目を細めて、垣根にすり寄る。
垣根は愛しい少女のことを見つめて、小さく笑う。
「お前が好きな世界を救うなら全力を出すべきだろ」
真守はふふんっと得意げに笑う。そして嬉しそうにふにゃっと笑った。
「本当に垣根とここまで来られてよかった」
真守はちょんっと垣根の袖を摘まんで、英国女王のもとへと向かう。
「おお。今回の功労者のご登場か」
敷設されたテントの中でも、英国女王たちがいるテントは一際高級感が出ていた。
中に入ると、英国女王と共に真守の祖父であるランドン=マクレーンがいた。
「お
真守が声を上げると、祖父は嬉しそうに目を細めた。
そして駆け寄ってきた真守のことをひょいっと抱き上げた。
「真守、本当によく頑張ったな。大悪魔の肉の器を取り上げるとは」
「へへ。ありがとう、お祖父さま。みんなで頑張ったんだぞ」
真守は祖父に讃えられて、嬉しそうに目を細める。
祖父と孫。その様子を見ていた英国女王は肩をすくめた。
「孫が大悪魔を討伐するために世界に多大なる影響を与えたというのに、それを讃えるとは。ローマ正教あたりが聞いたらひっくり返るぞ。全く孫バカめ」
「ふん。十字教徒など驚愕で昇天しても私たちには関係ない。勝手に神の国が揺らいだ事に恐怖を感じていればいいのだ」
随分とした物言いに英国女王はランドンに白い目を向ける。
真守はきょとっと目を見開くと、思い出したことがあってランドンに耳打ちする。
「お
ランドンは、大きく目を見開く。そして信じられないといった表情で、真守を見た。
真守はいたずらっぽく微笑む。だがその微笑みは、何よりも頼もしいものだった。
ランドンは自分の孫を見つめて、しみじみとした様子で目を細める。
「我が孫は、本当に──……………………私たちの、光だな」
ランドンはうまく言葉が出ないまま、真守の頬に自分の頬を寄せる。
「くすぐったいよ、お祖父さま」
英国女王は肩をすくめる。
何を話しているか知らないが、あそこまでランドンが感激している所を英国女王は見た事がない。
一応の旧友が孫を愛でる中、英国女王は真守を見た。
「世界を救う戦いの立役者となったのだ。褒美を用意しよう。大悪魔コロンゾンの討伐に貢献した者を労わなければならないからな」
英国女王は祖父に抱き上げられた真守のことを、まっすぐと見つめる。
「功労者には褒美を、という訳だな。それ以外にも学園都市に帰るには色々と準備が必要であろう。こちらで全面的に援助して用意をしよう」
「ありがとう、英国女王。すごく助かる」
真守は祖父の腕の中で小さく頭を下げる。そして垣根と一方通行を見た。
「英国にちょっと滞在することになるだろうけど……二人共いいか?」
「別に良いぜ」
垣根は頷き、
真守の方針に異議はない。そう示してくれている二人を見て、真守は微笑む。
アシュリンはランドンに近付いて、真守に微笑みかける。
「ロンドンにはマクレーン家のタウンハウスがあるの。本当はわたくしたちの領地であるウェールズに真守ちゃんたちを招待したいところだけど……それはまた後で。色々な決め事はロンドンで処理した方が楽だから」
「いいの? ありがとう、伯母さま」
真守はアシュリンの申し出に頷く。
アシュリンは微笑むと、真守のそばにいたメイドに視線を向ける。
メイドは頭を下げると、真守たちをタウンハウスに迎え入れる準備を始めた。
一方通行は目線だけで行動し始めたメイドをしり目に、遠い目をする。
「……タウンハウスって言えば一世紀以上前に貴族が社交界季節でロンドンに集まる際に使う拠点だろ。それがまだ残ってンのか」
改めて、真守が貴族の傍系である事実に直面する一方通行。
そんな一方通行に、垣根帝督は軽い調子で応えた。
「英国じゃ建物を大事にするからな。地震もねえから建て替える必要ねえし」
垣根は幸せそうに目を細めている真守を見た。
置き去りとして、学園都市で孤独に生きていた真守。
大切な少女である源白深城のために、一人で戦っていた真守に今は家族がいる。
それが本当に嬉しいことで。垣根は柔らかく目を細めた。
──────…………。
ロンドンの一等地に建っている、荘厳な石造りの建物。
馬車で移動した真守たちは、マクレーン家のタウンハウスに迎え入れられた。
ロンドンはコロンゾンによって重大な被害を受けていた。
だが全てが壊れているわけではない。そしてマクレーン家のタウンハウスも無事だった。
時刻はすっかり夜。真守たちがマクレーン家のタウンハウスの玄関に入ると、タウンハウスの準備をしていたメイドたちがずらりとお出迎えだった。
(おお……フィクションの中だけかと思ってたケド、偉いひとのウチではメイドさんたちが本当に出迎えてくれるんだなあ)
真守が密かに感激していると、アシュリンが前に出た。
アシュリンは微笑むと、執事服の老齢の男性に声をかけた。
「帰ったわ。留守を守ってくれてありがとう」
執事服の老齢の男性は頭を下げると、真守を見た。
「真守様、お初にお目にかかります」
「こんばんは」
真守は優しい笑みを浮かべて、ぺこっと挨拶を返す。
老齢の男性は、真守を見て微笑んだ。そして少しだけ、遠い目をする。
かつてこのタウンハウスをアシュリンと共によく訪れていた、真守の母であるアメリア=マクレーンに少し想いを馳せたのだ。
「湯浴みと食事の準備ができております。シャワーブースもありますので、そちらもご利用ください。湯浴みと食事、どちらにしますか?」
アシュリンは執事に声を掛けられて、真守を見る。
真守はちらっと
「んー……じゃあお風呂に入りたいな」
真守が要望を口にすると、執事服の男は頷いた。
「では湯浴みの後に食事ということで。よろしいですかな?」
「うん。何から何までありがとう」
真守は柔らかく微笑む。老齢の男性は目元を弛緩させると、真守たちを案内した。
────……。
貴族のタウンハウスらしく、豪奢で落ち着いた装いのマクレーン家のタウンハウス。
垣根はシャワーを浴びて、
ちなみに真守は湯船に浸かっており、一方通行は垣根と同じでシャワーだった。
ちなみに真守は『一緒に入る? 垣根はダメだけど』と、一方通行を誘った。
そしたら垣根が案の定不機嫌になって、真守の頬を引っ張ってむーむー言わせてた。
もちろん一方通行は丁重に真守の誘いをお断りした。垣根帝督が面倒臭いからである。
これから夕食なのだが、夕食は日本人街でレストランを経営している料理人の監修らしい。
しかも日本料理だけではなくケルト由来の食事も用意してくれるだとか。
垣根は来客用のリビングで、真守の携帯電話を操作していた。
カブトムシがぶーんっと飛んできて、『深城から連絡が来たから垣根が事情説明してて』と真守の言伝をして来たのだ。
だから垣根は深城に対して、イギリスで何があったかを報告していた。
外で発達している情報誌面にも価値はある。そのため雑誌をぱらぱらとめくっていた。
垣根と一方通行は会話をしていないが、本当に嫌ならば同じ空間にいない。
そのため極めて独特な距離感のもと、二人はそれぞれ同じ部屋でしたいことをしていた。
しばらくして、メイドが扉をノックして開いた。
「垣根、一方通行」
リビングに入ってきたのは、入浴を終えた真守だった。
「真守。……その恰好」
「ふふ。かわいい?」
真守はスカートの裾を掴んで、嬉しそうに微笑む。
真守はセーラー服から着替えていた。
白のブラウスに、ラベンダー色のハイウェストスカート。
黒のタイツに、もこもこのスリッパ。
髪の毛はしっとりと濡れていて、いつもの猫耳ヘアではなく可愛らしい白いリボンのカチューシャでまとめられている。垣根帝督が真守にプレゼントしたチョーカーも、その服装に似合っていた。
「かわいい」
垣根は真守に近付いて、優しく腰を抱く。
シックなお嬢様らしい真守の服装。はっきり言って、垣根帝督の好みだ。
「うれしい。ご飯食べに行こう、二人共っ。久しぶりにゆっくりご飯を食べられるぞっ」
真守は垣根の手をギュッと握って、一方通行へと手を伸ばす。
一方通行は立ち上がると、装いを新たにした真守に近付く。
「……まァ良いンじゃねェの?」
「へへ。ありがとう」
真守は二人に褒められて、嬉しくて目を細める。
そして大切な二人と一緒に、夕食を食べに行った。