次は三月二八日木曜日です。
真守と垣根、
貴族であるマクレーン家が所有しているタウンハウスは広い。
おそらく一族全員が来ても問題ないように広い場所を確保しているのだろう。
垣根帝督はメイドに付き従って、しずしずと隣で歩く真守を見る。
学園都市に捨てられて、
真守が学園都市にやってきたのは、魔術によって引き起こされる運命のせいだ。
だが運命に翻弄されようとも、真守には真守のことを大切に想う家族がいる。
それが幸せな事だ。だからそっと、垣根は真守の頬を手の甲で撫でた。
「む。どうしたんだ、垣根?」
真守は優しい瞳で自分を見つめてくる垣根を見上げて、不思議そうに笑う。
幸せそうな真守。垣根は真守が楽しそうで、本当に安堵した。
「……良かったな、真守。本当に」
真守は突然の垣根の安堵の言葉にぱちっと目を瞬かせる。
だが垣根が安堵している姿を見て、真守も嬉しくなった。
「真守様。ここが食堂でございます」
真守はメイドに扉を開いてもらい、食堂に入る。
食堂は広い。
話でよく聞く長いテーブルの他には幾つかラウンドテーブルが置いてあり、ちょっとしたパーティーもできそうな広さだ。
「伯母さま、お
真守はとことこ歩いて、食堂に既にいたアシュリンとランドンに近付く。
「真守ちゃん、とても愛らしいわ」
アシュリンは真守に近付いて、優しく頭を撫でる。
真守はセーラー服ではなく、お嬢様らしい服装をしている。
白のブラウスに、ラベンダー色のハイウェストスカート。
黒のタイツに、もこもこのスリッパ。
しかも真守はいつもの猫耳ヘアではなく、髪を降ろして白いカチューシャを頭に身に着けている。
その服を用意したのは、もちろんアシュリンである。
「かわいいわ、本当に。真守ちゃんに似合う服はまだまだたくさん用意してあるのよ。アクセサリーもたくさん。落ち着いたら学園都市に送るわね」
「伯母さま。私は一人しかいないから、そんなに貰っても着たり身に着けたりできないよ」
「統括理事長さまになるのだから、服はいくらあっても足りないわ」
アシュリンはにこにこと笑って、真守の髪を優しく撫でる。
学園都市は、アレイスターから真守たちに引き継がれた。
統括理事長の交代。それによって次の統括理事長には、朝槻真守がなる予定なのだ。
垣根帝督と
「ふふ。魔術嫌いのアレイスターがいなくなって、これからは大手を振って真守ちゃんを支援できるわ。この際だからわたくしはずっと学園都市にいようかしら」
「えー伯母さま、婚約者様と私の従姉妹のコトを放って置いたらダメだよ」
「それなら全員で移住しちゃおうかしら」
大変機嫌良さそうに笑うアシュリン。真守は思わず苦笑する。
「アシュリン、あまり身勝手な事ばかり言いおって。真守の事を戸惑わせてどうする」
ランドンはアシュリンのことを窘める。そして、真守を見た。
「腹が減ったであろう、真守。好きなものを食べると良い」
「ありがとう、お祖父さま。垣根、
真守は垣根と一方通行と共に、食事を選ぶ。
「良い匂い」
真守はテーブルに並べられているご飯の良い匂いを嗅いで、すんっと鼻を動かす。
食事はバイキング形式で並べられている。
真守たちが好きなものを食べられるように、料理人が配慮してくれたのだ。
「シェパーズパイがある。私これ好きっ」
真守は目を輝かせる。
シェパーズパイとはケルトに縁がある料理で、マッシュポテトとひき肉をミルフィーユ状に何度も重ねてオーブンで焼いた料理だ。
マクレーン家の料理人が用意してくれたシェパーズパイには、なんとチーズが載っている。
「ケルトの料理おいしくて好き。……あ。あっちにはサーモンシチューもある」
バイキング形式の中には唐揚げやポテト、オムレツなんかもある。
日本食も料理人が頑張って作ってくれたのは分かっているが、どうしても真守はケルト料理に目が向かってしまう。
アシュリンとランドンは真守が嬉しそうにケルト料理ばかりを選んでいる姿を見て微笑む。
垣根は真守が食べられるように、唐揚げやフライドポテトなど日本に関係するものを選ぶ。
真守はみんなでテーブルに座って、ぱくっとシェパーズパイを食べる。
「んー。おいしいっ」
ほくほくのマッシュポテトに、味がしっかりと付けられたひき肉。おそらく肉はラム肉と牛の合いびき肉だ。しかもチーズが掛けられていて、とても豪華である。
「お口の中が幸せでいっぱい」
真守は柔らかい笑みを浮かべながら、もぐもぐと食べる。
垣根はふっと笑うと、真守に唐揚げを差し出した。
「そんだけお前が喜んでるなら、料理人も頑張った甲斐があるな」
真守はあーんっと口を開けて唐揚げを垣根に食べさせてもらい、ふふっと笑う。
「後で料理人さんに、ご飯作ってくれてありがとうって言わないとな。お礼を口にするのはとても大事なコトだ」
真守はご機嫌ににまにま笑う。
運命のいたずらによって、真守はこれまで苦労してきた。
だが全てが明るみになった今、後に残っているのは幸せだけだ。
もし危険な事があっても、真守たちには力がある。しかも一人で戦わなくていい。
真守はそれが本当に嬉しくて。幸せな世界の中心でふにゃっと笑った。
────……。
「むふーっ。おなかいっぱいっ」
真守は椅子に座ったまま、大変満足そうにつぶやく。
アシュリンは真守を見て微笑むと、座る真守にそっと自分の椅子を寄せた。そして真守の祖父であるランドンは、真守の前に膝をつく。
「? どうしたの?」
真守はきょとっと目を見開きながらも、自分の居住まいを正す。
椅子にちょこんと座る真守の手を、アシュリンはやさしく握る。
「お父様から聞いたわ、真守ちゃん。──ケルトを救ってくれると」
真守は少しだけ目を見開く。そしてふにゃっと笑って頷いた。
そんな真守の手を、アシュリンはやさしく撫でた。
「運命のいたずらによって、あなたはわたくしたちの許から離れてしまった。そんなあなたの事を、わたくしたちは守りたかった。だからずっと見守っていた。共にいることくらいはできるから。あなたが幸せに学園都市で暮らしていること。それが全てだった」
アシュリンは真守の手を握って、片方の手を真守の頬に沿える。
「わたくしの半身の忘れ形見。何にせよ、わたくしはどうしてもあなたのことを大切にしたかった。……そしてやっぱり、あなたは本当にわたくしたちが求めていた御子だったのね」
アシュリンは涙で瞳を潤ませながら、真守を見つめる。
「運命のいたずらによって狂わされて、わたくしたちの許から去っても。あなたはわたくしたちケルトのことを救ってくれるのね」
真守はアシュリンを見つめたまま、こくりと頷く。
朝槻真守は多くの人々の力を借りて、人造の樹を打ち立てるまでに至った。
ヒトでありながら完成された存在として、『流行』へと至った。
しかも真守はいつまでも、自らの在り方を進化させ続けることができる。
朝槻真守という存在から変わらずに。真守はずっと、この世界に君臨し続ける。
だから滅びの運命にあるケルトを、未来永劫守り続ける事ができる。
「無理をしなくて、良いのよ」
アシュリンは真守のことを、そっと抱きしめる。
「でもあなたがわたくしたちと共にあってくれるのが、たまらなく嬉しいの」
真守は優しく自分を抱きしめるアシュリンの背中に手を回す。
魔術を使う事によって位相と位相が衝突して生まれる火花。
運命によって、ケルトは滅びる。それは決まっている事だ。
だがその滅びの定めから、朝槻真守はケルトを完璧に救う事ができる。
「……私は血に混じりがあるから……ケルトじゃないから、ケルトに触れられない」
真守はアシュリンの優しい温もりを感じながら、そっと言葉を紡ぐ。
「私は決してケルトの一員にはなれない。だって私はケルトに血が混じったことで力を得た。その事実に、意味がある。……でもね、ケルトを守ることはできるんだ。だから守りたいの。私には守れる力があるから。それでいい?」
真守が問いかけると、アシュリンは真守のことを強く優しく抱きしめる。
「……わたくしたちは、いつでもあなたと共にいるわ。真守ちゃん」
「ふふ。私も一緒にいるよ、伯母さま。離れていても、心は一緒だ」
アシュリンは涙があふれてしまいそうで、真守のことをもっと強く抱きしめる。
自分の半身が産み落とし、自分の半身が存分に抱きしめてあげられなかったいのち。
アシュリンは真守のことを一心に思って、抱きしめる。
そして真守のことを離すと、真守をまっすぐと見つめた。
「真守ちゃんに、提案があるの」
「提案?」
真守はコテッと首を傾げる。そんな真守に、ランドンが切り出した。
「真守。いまお前の戸籍や国籍はどうなっておるか知ってるか?」
「戸籍と国籍……」
真守はランドンに問いかけられて、むーっと眉をひそめる。
「……気にしたコトない。言い訳になっちゃうかもだけど、私は学園都市から出るなんてありえないと思ってたから……」
真守は少しだけ申し訳なさそうにする。
自分の戸籍や国籍がどうなっているかなんて、本当に気にした事がなかった。
学園都市で能力開発を受けた以上、外に出る事なんて無理だ。ましてや真守は
それに源白深城は学園都市から離れられない。大切な女の子を捨てて、自分だけ逃げられない。
それに捨てられたのだから、行くところなんてないのだ。
戸籍や国籍を辿ったとしても、帰る場所なんてない。
ランドンは少しだけ力を込めた真守の手にやさしく手を重ねる。
「お前はな、真守。国籍と戸籍がないのだ。……お前は日本にずっといたわけではないからな。届け出が出されておらんのだ」
静かに聞いていた垣根帝督と
朝槻真守は実業家の父とケルトを出奔したアメリア=マクレーンのもとに生まれた。
国を渡り歩いてたため、真守は出生に関するものがきちんと提出されていないのだ。
もしかしたらどこかに記録があったかもしれない。だがアレイスター=クロウリーが真守を逃がさないために、握りつぶした可能性もある。
真相は分からないが、それでも現状真守には国籍や戸籍といったものが存在しないのだ。
学園都市は閉鎖的な環境だ。そのため『書庫』にきちんと登録されていれば問題ない。
学園都市できちんと管理されている情報がある以上、真守も必要ないと思っていた。
「真守。私たちはお前のきちんとした国籍を用意したいのだ」
真守はランドンの言葉に、大きく目を見開く。
「幸い、英国女王は冗談でも褒美として国籍と爵位を用意してやると宣っていた。そうでなくとも、私たちはお前の立場を用意できる。その力がある」
アシュリンは真守の手を優しく握る。そして自分の胸元に持ってきて、微笑んだ。
「国籍や戸籍を用意するだけで、真守ちゃんの何かを変える気はないのよ。真守ちゃんはそのままでいいの。真守ちゃんが学園都市にいたいのであれば、学園都市で生きていればいい。でも、あなたのバックに何もないことが気がかりなの」
アシュリンは戸惑う真守のことをまっすぐと見つめる。
「あなたをケルトの一員としては迎え入れられない。例外を作ることはできると思うけど、それでも教えられないことはある。……でもね、家族にはなれるのよ。真守ちゃん」
「かぞく……」
真守はアシュリンの言葉を小さく呟く。
ケルトの一員にはなれない。だがマクレーン家の一員として、家族になることは簡単にできる。
マクレーン家の傍系として、正式な地位を築くことはできるのだ。
「…………家族……」
アシュリンは小さく何度も呟く真守の両手を取る。
「よく考えてみてくれるとうれしいわ。もちろん、真守ちゃんの結婚相手をとやかく言うつもりはないのよ。真守ちゃんがしたいようにすればいいのだから」
真守は少し視線を落とす。
そして自分の手を握っているアシュリンの手を、ぼうっとしながらも見つめていた。
そんな真守のことを、垣根帝督と
真守は大切な人たちの中心で、少しだけ困惑した様子を見せていた。
真守ちゃんは前からそうですが、マクレーン家の人の前で話をする時は素直になって少し幼い感じになりますね。