次は四月八日月曜日です。
イングリッシュブレックファーストは、種類が豊富でおいしい。
イギリスの食事が合わない人間は、朝食だけ食べて過ごせというほどだ。
そんな朝からイギリスの美味しいご飯を食べて満足した真守は、来客用のリビングで
一息つくと言っても、真守はまだ気持ちがふわふわしていた。
何故なら、真守は先ほど自分の気持ちを告げた。
マクレーン家と正式な家族になりたい。でも、いつか縁が切れてしまう時が怖い。
そんな真守に、祖父と伯母はケルト式の約束──
何があっても、どんな未来でも。マクレーン家は朝槻真守と共にいる。
ケルトの誓約とは一度結ばれれば、決して破ってはならないものだ。
かつてのケルトの英雄たちも、自分の誓約を利用されて破滅したくらいに危険なものである。
そんな誓約を、マクレーン家は朝槻真守のためだけに結んでくれると言うのだ。
これほど嬉しい事はない。だから真守は、まだ気持ちがふわふわとしていた。
「えへ。
真守はにまにまと笑って、食後のコーヒーを飲む一方通行に声を掛ける。
「ちゃンと見てたに決まってるだろ。……オマエの家族は、オマエの事を本当に想ってる。だから問題ねェ」
「うん、大丈夫だったっ」
真守はにぱっと笑うと、伯母と祖父の言葉を思い出す。
「何があっても一緒にいてくれるって。何があっても、マクレーン家は私と一緒だって。そうやって、魔術で誓約を立ててもらえて、私は本当にうれしい」
「ケルトの誓約、か」
儀式と言えど、第三者には真守の祖父であるランドン=マクレーンが、真守を前にして祈りを捧げているようにしか見えなかった。
ケルトの魔術は、あからさまな陣や呪文を使わない。
ケルトの血を身に宿している事が重要なのだ。体に流れるケルトの歴史の積み重ね。
それによって、ケルトは魔術を使う。
だから他者から見れば、祈りを捧げているようにしか見えないのだ。
「魔術的なモノを用いての誓い。それがやつらにとっての流儀なンだろォな」
真守は嬉しそうに頷く。そんな真守に、メイドと話をしていた垣根が近づいた。
「真守。冷やすモン貰ってきた。こっち来い」
真守は先ほど、嬉し涙をたくさん流してちょっぴり鼻と目元が赤くなっている。
そんな真守のために、垣根はメイドに冷やすものを用意してもらっていたのだ。
真守は一人掛けのソファに座っている一方通行から離れると、隣の三人掛けのソファに垣根と共に並んで座った。
「う。つめたい」
メイドが持ってきてくれたのは冷やしタオルだった。
キンキンに冷やして、固く絞ったタオル。
真守はタオルで目元を優しく労わってもらいながら、むーっと口を尖らせる。
「私は完璧な存在だから、目が腫れても自分で治せる」
「うるせえ。大人しくやってもらっとけ」
万能な能力を持っているが故に、真守は能力で全てをどうにかしようとする。
だが能力で体をコントロールできると言っても、できる処置はちゃんとすべきなのだ。
「能力で何でも力技で解決しようとするな。お前だってわざわざクソ面倒な事をやるのが時には良いことだって分かってんだろ?」
「そうだぞ。完璧な人間と言っても、やるべきコトをしなければ人間から逸脱してしまうからな。でも目元の腫れや体の不調は、人間だった頃から能力で治してたぞ?」
「……俺がお前の顔を手間暇かけて労わってやりてえんだ。なんか文句あるか」
真守はきょとっと目を見開くと、幸せそうにえへへーっと笑う。
「じゃあたくさん優しくして。垣根」
「当たり前だろ」
垣根は真守の顔を優しく上向きにさせると、赤くなって腫れそうな目元を冷やす。
真守は幸せそうに眼を細める。
完璧な存在と言えど、人間らしく大切にされている真守。
そんな真守を横目に、
──────…………。
ちょっと落ち着いて。垣根帝督はマクレーン家のタウンハウス内を少し探索していた。
真守は伯母であるアシュリンと二人でお茶をしている。
イギリスは魔術の国だ。そしてロンドンはその中枢。
そのため歴史的なものすべてに魔術が絡んでいる。
丁度ロンドンに詳しいクリファパズル545もいることだし、一方通行はロンドンに繰り出して魔術についての勉強をしていた。
垣根は廊下を歩いていたが、メイドが待機しているのに気が付いて首を傾げる。
そして、垣根は同時に真守の気配を感じた。
真守と垣根は同じ人造の樹に組み込まれている。
そのため感じようと思えば、真守のことを感じられるのだ。
「真守?」
垣根は扉をノックして、部屋に入る。
「垣根」
真守がいた部屋は、豪奢な部屋だった。ソファにローテーブル。暖炉にテレビなど、日当たりが良いためアフタヌーンティーでもできそうな部屋だ。
真守は垣根に背を向ける形でソファに座っていたが、垣根に気が付いて振り返る。
「どうした。伯母さんとお茶会してたんじゃねえのかよ?」
「うん、そうなんだけど。お手洗いに行ってたんだ。そしたらここが気になって」
「? この部屋に何かあるのか?」
垣根は首を傾げながら、真守に近付く。
真守の手の中には、一つの写真立てが握られていた。
どうやら暖炉の上に飾られている写真立ての一つらしい。
写真立てには、仲睦まじそうに写っている双子の写真がおさめられている。
「お母さまと伯母さまだって」
垣根はその言葉に目を見開く。
アシュリン=マクレーンと、アメリア=マクレーン。
若かりし頃のその写真に写っている背景は、確かにこの部屋だった。
「お母さま、ここにいたらしいんだ。それで……その、」
真守はいたずらが見つかった子供のように、ちょっとしどろもどろになる。
「その……残存情報をちょっと読み取って、伯母さまとお母さまの過去に触れてたんだ」
かつてこの部屋にいた人の様子。
それを密かに見ていたのが後ろめたいからこそ、真守はしどろもどろだったのだ。
垣根は真守を見て、ふっと目元を緩める。
「……母親のことを知りたいってんだから、何も悪いことねえだろ。それとも何か? 過去を知って悪い事しようと思ったのか?」
「そんなことは思ってないぞ。……垣根の言う通り、ただ単にお母さまと伯母さまのことを知りたかったんだ」
真守は部屋を見渡して、小さく笑う。
「お母さまと伯母さま、すごく無邪気だった。そして仲が良さそうだった」
真守は母親が座っていたソファを優しく撫でる。
「なあ垣根。私と垣根が使ってる部屋もお母さまがよく使ってた場所だったらしいんだ」
「俺もお前の伯母から聞いた」
垣根はそっとソファに座った真守に近づいて、柔らかく目を細めた。
「お母さま、本当に生きてたんだね」
真守は部屋を見渡しながらふにゃっと笑った。
「……お前がいるから、当然だろ」
それでも、真守にとっては実感が湧かないのだろう。
真守が産まれてすぐに死んでしまった母。顔も知らなかった母親。
そんな母の顔を、今の真守は一卵性双生児のアシュリンと出会って知っている。
表情には性格が出る。だからおそらくアシュリンと母は違う顔付をしているだろうが、それでも同じ顔をしているのは事実だ。
だからこそ真守はアシュリン越しに母親を見てしまう。
仕方がない事であり、当然の事だ。
垣根は真守の頭を優しく撫でる。
「……やっぱり、寂しいか?」
真守はそれに目を細めながら、垣根を見上げた。
「大丈夫だ、垣根。私の周りには優しい人がいてくれるから」
真守は垣根へとすり寄る。
すると垣根は真守の事を優しく抱きしめた。
「お母さまが亡くなったことは悲しい。でも伯母さまやだいすきな男の子や、大切にしたい女の子も、みんなもいるから。だからさびしくない。悲しいことなんてありえない」
真守は垣根の胸板にすりすりと頬をすり寄せて、ふにゃっと笑う。
それでも部屋の中を見つめて、少し寂しそうな顔をした。
「なんていうか。少し虚しさは感じるんだ。私はとても満たされているけれど、お母さまはそうじゃなかったのかなって」
真守はぼそりと呟くと、天井を見上げた。
「でも大丈夫。お母さまは私を生むという偉業を成し遂げたんだ。だからきっと、どこかで幸せに暮らしている。絶対にそうだと確信している」
「……そうか」
垣根は真守の頭を優しく撫でる。
朝槻真守は全てを兼ねそろえて生まれてきた。
後に『流行』という舞台装置にまで至った完璧な存在を生むということは偉業だ。
それに母が悪いことをしたわけではない。だからきっと幸せに暮らしていることだろう。
そこがケルトの領域なのか、天国なのか。はたまたまっさらな世界なのか分からない。
だがそれでも真守は分かっている。母は辛い環境にはもういないのだと。
「垣根」
真守は垣根にすり寄って、ふにゃっと笑う。
「ずぅっと一緒にいてね、垣根。それが私の幸せだ」
垣根は儚い笑みを浮かべている真守を見て、そっと目を細める。
「……当たり前だ」
垣根は頷くと、真守の頬に手を添える。
「俺の幸せもお前と一緒にいる事だ。だからいつまでも一緒だ、真守」
垣根はふっと笑うと、真守にキスをする。
「ん」
真守は垣根にキスをされて、小さく唸る。
垣根は真守の事を想って、深いキスをする。
頭が痺れてしまうほどに甘いキス。
真守は垣根から解放されると、少し顔を赤くした状態で荒くなった息を整える。
「……はぅ……。かきね、前からすごくちゅーがうまいのに、どうしてどんどんうまくなってるんだ……?」
真守はふにゃふにゃと垣根に寄り掛かって、息をする。
「お前特化になってるから」
垣根はくすっと笑って、腰が少し砕けてしまった真守のことを抱きしめる。
本当に愛おしくて、絶対に離したくない少女だ。
この少女のためならば、なんでもできる。
そんな柔らかで愛おしい命が自分の腕の中にいる。
それが本当に嬉しくて、垣根は真守の小さな頭を優しく撫でた。
──────…………。
そろそろお昼になる。真守は深城と連絡をしていた。
大悪魔コロンゾンの撃退。
その戦いに貢献した者たちを讃えるたいめに、英国女王は祝賀パーティーを開くのだ。
そこで真守はマクレーン家の一員として、学園都市を新たに仕切る顔として参加する事になる。
その事を伝えたら深城が『その場に居合わせたい!』と主張したのだ。
「ふふ。パーティーか。楽しみ」
真守はにまにまとご機嫌に笑って、垣根を見る。
パーティーといえば、もちろんきちんとしたドレスコードが必要である。
それはパーティーに参加する者全員が着飾るという事であり、普段見られない一面を見る事ができるということである。
「垣根のかっこいい姿、楽しみ」
真守はちょっぴりわくわくした様子で呟く。
垣根はふっと笑うと、真守の黒髪を優しく撫でた。
「俺もお前のかわいい姿、楽しみだ」
「へへー。ちゃんとおめかししなくちゃな」
真守がご機嫌に笑っていると、メイドが呼びに来る。そろそろお昼ご飯だ。
ロンドンに繰り出している
そのため真守は垣根と手を繋いで、るんるんっと食堂に向かう。
「伯母さまっお
真守は食堂に祖父の姿がないと知って、疑問の声を上げる。
部屋にはエルダー=マクレーンとりリスとアシュリンの姿はある。
だが祖父であるランドンがいない。
「ご当主さまにはぎりぎりまで仕事をしてもらっているわ。もうすぐ来ると思うわよ」
真守はアシュリンに説明されて、きょとっと目を見開く。
「やっぱりお忙しいのか……?」
真守はランドン=マクレーンのことを想って、へにゃんっと眉をひそませる。
「そうね、『清教派』のトップが大悪魔だったことが原因かしら」
アシュリンは軽やかに微笑む。だがその笑みは、なんだか闇が深い笑みだった。
「そもそもの発端は、クロウリーズ・ハザードが連合王国を大規模攻撃した事よね。しかもコロンゾンの安全装置である『黄金』の魔術師をアレイスターが機能停止に追い込んだ結果、スコットランド方面の術式は吹っ飛んだ」
にこにこアシュリンは笑っているが、問題が山積みであることに多少頭が痛いらしい。
「しかも大悪魔が世界を自然分解するために大規模儀式場であるクイーンブリタニア号を奪取。そして上条くんの力が暴走して、船は沈没。船の中にあった骨董品も全て海の底。まああの船は儀式場として完璧すぎて、簡単に解体できなかった船を解体できたのは良かったけど」
「……それ、やっぱり全部アレイスターのせいだよな……」
真守はとんでもないことをしでかしたアレイスターのことを考えて遠い目をする。
イギリスや世界をめちゃくちゃにした人間、アレイスター=クロウリー。
彼は次の危険性を考慮して、
全ての後始末を、周りの人間に押し付けて。自分は悠々と消え去った。
周りを引っ掻き回すだけ引っ掻き回して消えたアレイスター。
真守は彼(女)のことを思って、遠い目をする。
「やっぱりとっ捕まえて後始末させた方が良かったかも」
真剣で考える真守を見て、アシュリンは軽やかに笑う。
「ふふ。いつか天罰が下るから大丈夫よ」
「それも怖いな。……まあ、神さまから『奇蹟』を貰えなかった時点で、結構な天罰下ってるか」
真守は遠い目をしてアレイスターのことを想う。
すると廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。
ばたーんっと両開きの扉を開けて入ってきたのは、ランドン=マクレーンだ。
ランドンは真守を見るなり、表情を弛緩させる。
「真守、My Sweet!!」
祖父は真守を見ると、ぎゅっと優しく抱きしめる。
「お
ランドンは驚く真守を、大きな手で優しく抱きしめる。
「お前はロンドンを観光したいよな、真守」
「いきなりどうしたんだ?」
真守が驚いていると、ランドンは駄々をこねた様子で叫ぶ。
「事務処理よりもお前にロンドンを案内する方が大事だ。その方が建設的だ。だから私はお前を連れてロンドンに出向く。面倒な事後処理は英国女王に任せておけばよい」
真守は泣き言を口にする祖父を見上げて、目を白黒とさせる。
その様子を見て、エルダー=マクレーンはくすりと笑う。
「ふふ、ランドン。真守が驚いているだろう。確かにオマエに課せられた事後処理は面倒なものだが、オマエはマクレーン家の当主だ。それくらいこなせ」
「ご祖母さま。私はケルトの民の当主であって英国に魂を売った覚えはないのですぞ。それなのに国の存続が危ぶまれる案件を処理しなくてはならないというのが、まことに嫌なのです」
真守はランドンに抱きしめられながら、顔をしかめる。
「国の存続が危ぶまれる事後処理はちゃんとやった方がいいんじゃないのか?」
真守が問いかけると、ランドンは真守を抱きしめるのをやめる。
そして真守の両肩に手を置いて、真剣な表情をした。
「真守。良いか、良く聞け」
「え。は、はい」
真守は目を瞬かせながらも頷く。そんな真守をまっすぐと見て、ランドンは告げる。
「私が業務をこなさなければ傾く国など、傾いてしまえば良いのだ」
「…………よ、良くないと思う……」
真守は至極真剣な様子で淡々と告げるランドンを見上げてふるふると首を横に振る。
アシュリンはその様子を見てくすくすと笑う。
「あらあら。真守ちゃんは立派な長になりそうですね」
アシュリンがくすくす笑うと、ランドンは真剣な表情で告げる。
「真守、いつでも一〇〇%の力で頑張っておると体調を崩すぞ。長など少し適当にやっていても大丈夫だ」
「えー……そうなの……そうじゃないのでは……?」
真守は真剣な様子のランドンを見上げて、困惑する。
するとその向こうでアシュリンがくすくす笑っていた。
ランドンは真守の黒髪を優しく撫でながら笑う。
「なあ真守。昼食を終えたら私の部屋に来ておくれ。私はお前を膝に乗せて事後処理をすれば作業が倍はかどるだろう」
「やらなければ国が傾く重要案件を私が見る事になるけど。それは良いの?」
真守はとんでもなく妙案だと表情に出しているランドンを見上げて遠い目をする。
「英国の中枢を握っておくのも悪くない。それに私が西洋近代魔術を説いてやる。私もやる気が出るし、お前にもメリットがある。良いだろう」
「それで本当に良いのかな……?」
真守は顔をしかめて、ランドンを見上げる。
だが家族として気兼ねなく話せていることが真守は嬉しくて、ふにゃっと笑った。
そしてご機嫌に、ランドンに抱き着いた。
楽しそうな孫を抱きしめて、祖父は幸せそうに眼を細める。
運命に翻弄されて、離れ離れになってしまった家族。
そんな家族に囲まれて幸せにする真守を、垣根は微笑を浮かべて見つめていた。
垣根に気が付いた真守は、ふにゃっと笑う。
「垣根っ垣根もこっち来て。ご飯食べようっ」
最愛の少女が呼ぶので、垣根帝督は真守に近づく。
真守はだいすきなひとたちに囲まれて、幸せなひと時を過ごしていた。