次は四月一一日木曜日です。
全世界に及ぶ、大悪魔コロンゾンによる混乱。
その混乱を源白深城たちや『スクール』の面々も、当然として知っていた。
というか謎の金の髪が塔のように地面から生えてきてめちゃくちゃ暴れ回っていたのを直接見た。
そんな深城や『スクール』の面々は、真守と垣根に呼ばれて英国に降り立った。
そしていま、真守の実家であるマクレーン家が所有するタウンハウスに到着した。
ロンドンの一等地に建っている、荘厳な石造りの巨大な建物。
それを見上げて、『スクール』の一員である誉望万化は思わず呟く。
「うわあ……朝槻さんって、本当に貴族の人なんスね……」
誉望万化は石造りの趣深いロンドンの中で、遠い目をする。
(すごいところまできたなあ……)
『スクール』は垣根帝督をトップとして、学園都市を掌握するために動いていた。
その過程において、垣根帝督は朝槻真守と出会った。
そこから全てが変わった。
垣根帝督も、自分たちも。朝槻真守との出会いによって、多くの事が大きく変わったのだ。
そして──いつしか、当初の目的通り学園都市を掌握する事となった。
(まさか垣根さんが本当に学園都市を手に入れられるとは……あまり実感が湧かない)
学園都市を支配する。
それが垣根帝督にはできると思って、誉望万化はついてきた。
紆余曲折あったが、それでも垣根帝督は愛しい少女と共に学園都市を手に入れた。
それなのにあまり実感が湧かないのは、やはり実現への道のりが困難を極めると感じていたからだろうか。
「ちょっと誉望さんっ。何を圧倒されているんですか、早く荷物を運び入れてくださいっ」
ぼうっとする誉望。
そんな誉望に声をかけたのは、誉望と同じ『スクール』の構成員である弓箭猟虎だ。
お嬢様らしいシックなコートを着ている彼女は、白い息を吐きながらも誉望に声を掛ける。
弓箭は家族と話をした後、ドバイにいた深城たちと合流した。
そして世界各地を深城たちと歩き回り、ロンドンに来たのだ。
誉望は弓箭を見て、面倒そうに目を細める。
「お前の荷物は多すぎるんだよ」
「女の子なら当たり前ですよ、ほらほら早く」
誉望は弓箭に急かされて、嫌な顔をしながらも
ロンドンに来る前は学園都市外という事もあって、能力を使うのを控えていた。
だが真守の実家は異能に関する家だし、この数日で世界は異能の力を目の当たりにした。
今更使っていても特に奇異の目で見られない。
(それに目の前では余裕で使ってるヤツがいるし……)
誉望万化は車に積んだ荷物を取りに行きながら呆れて心の中で呟く。
「? 誉望、どうしたの?」
首を傾げるのは杠林檎。
彼女も誉望万化と同じ
まだまだ子供なのに誉望万化に負けないほど強力な能力を持っているのは、杠林檎が『暗闇の五月計画』の被験者だからだ。
はっきり言って『
ただそれでも彼女ならできる。学園都市を垣根帝督と一緒に手中に収めた真守ならば。
「杠、半分貸せ。俺も働かなくちゃ弓箭にどやされる」
「ん。分かった」
林檎はコクッと頷いて少し退く。そして誉望が荷物を取れるようにすると、自分が
「あ。林檎ちゃん、
林檎が走っていった先にいた源白深城は、笑顔で林檎に声を掛ける。
深城はAIM拡散力場がなければ動けない。
だがAIM拡散力場を発するカブトムシを頭に乗せることにより、動く事ができていた。
深城は真守の事を神として必要とする白い髪と黒い髪の少年と手を繋いで立っていた。
そしてその斜め前には
深城は英語ができないので、マクレーン家のメイドとの会話を心理定規に通訳してもらっていた。
林檎は本場のメイドを見て、目を輝かせる。
クラシカルなロングドレス。髪の毛を柔らかくまとめた、本格的な装いだ。
「メイドさんっ!」
子供らしく目を輝かせた林檎に、
「荷物はこのカートに積んでって言っているわ。よろしくね」
「分かった」
林檎は頷くと、メイドが持ってきた荷物を運ぶようのカートに次々と器用に積み上げる。
「あ、
「分かったわ」
車椅子の緋鷹が同行している事。
深城の本体である一二歳で成長の停まった体と共に、真守の避難用の体もある事。
それを心理定規が伝えると、メイドは人を呼んで直ちに動き始めた。
荷物を整理してパタパタとやってきた弓箭は、深城へと声を掛ける。
「源白さん。私は八乙女さんに付き添っていますから、源城さんは先に朝槻さんに会いに行ってあげてください」
「え。いいの?」
深城が申し訳なさそうに問いかけると、弓箭は微笑む。
「はいっ。源城さんのこと、朝槻さん待っていると思います」
「……ありがとう、猟虎ちゃん。じゃあ先に行くね?」
深城は弓箭に例を告げると、自分と手を繋いでいる二人を見る。
真守が人造の樹に嵌めこんだ、生命の進化を象徴する存在。
人が進み続ける意志を体現した、セイ。
人が他者を想い、求める意志を体現したトモ。
彼らを連れて、深城は執事に案内されて真守のもとへと急ぐ。
アンティーク調の廊下。それを抜けて、深城は大切な少女と再会を果たした。
「深城」
真守は日の当たる場所においてあるテーブルで、ティータイムを過ごしていた。
深城の姿を見ても、真守はいつもと変わらずにすんっとした表情をしている。
だが源白深城は分かっている。
真守が本当は心の底から喜んでて、真守が自分に会うまでそわそわしていた事を。
「真守ちゃんっ!」
深城は早足で歩き、真守へと抱き着く。
「真守ちゃんっひさしぶりだねえ、頑張ったねえ、偉いねえっ!」
深城は真守のことをぎゅっと抱きしめて、熱い歓迎をする。
「むぐっ。み、深城……お前はやっぱり自分の胸部装甲のきょうあくさを考えるべき……っ」
真守は深城の胸の圧で窒息しそうになりながら、もごもご言う。
真守と一緒にティータイムをしていた垣根はその様子を見て、ふっと笑う。
一緒にテーブルでお茶をしていたアシュリン=マクレーンも、お昼寝をしているリリスを抱きかかえているエルダー=マクレーンも柔らかく微笑んだ。
「あっ真守ちゃんの伯母さまと、真守ちゃんのご先祖さまも、ごきげんようっ」
深城は真守から離れると、ぺこっと頭を下げる。
変にかしこまると、逆に失態を犯しかねない。
そのため深城はただゆっくりと頭を下げた。
「元気そうで嬉しいわ、深城ちゃん」
「うむ。頭の帝兵が際立っておるな」
アシュリンとエルダー=マクレーンはそれぞれ挨拶に答える。
深城は頭を上げて、てれてれと照れ笑いをする。
「えへへ。お二人共元気そうで何よりです」
深城は柔らかく微笑むと、そこで真守をまっすぐと見た。
「真守ちゃん」
深城は真守の小さな両手を取って、微笑む。
「頑張ったねえ」
真守は深城にまっすぐに褒められて、にへらっと笑う。
「うん、がんばった」
真守は立ち上がると、ぎゅっと深城に抱き着く。
「とても納得のいく未来を手にできた。とてもよかったっ」
真守は自分よりも大きな深城に一身にすり寄る。
「深城と、みんなとずぅーっと一緒にいられる未来だ。だから本当に嬉しい」
深城はふにゃっと笑う真守のことを、優しくギューッと抱きしめる。
長い抱擁の後、真守は深城にすり寄ったまま、傍らにいた白い少年と黒髪の少年を見た。
「お前たちの事、勝手に組み込んでごめんな」
朝槻真守は多くの力を借りて、人造の樹を打ち立てた。
真守が打ち立てた人造の樹は、これから知的生命体が辿る進化の系譜だ。
『流行』を冠する頂にまで上り詰める事ができる道しるべである。
その道しるべに、朝槻真守は自分のことを神として必要とする者たちを組み込んだ。
世界が何度も造り替えられても。変わらなかった人間としての概念。
純粋なものも、悪意に満ちたものも。その全てを、真守は人造の樹に組み込んだ。
何の確認もなしに人造の樹に組み込んだ事。
それを真守が謝ると、白い少年、セイは柔らかく微笑んだ。
「別にいいぞ。私たちの使い道があるのは良い事だ」
「ぼくは、……朝槻真守と一緒にいられれば、それでいい」
トモと名付けられた黒髪の少年は、持っていた『悪魔なお猫様』のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた後、真守を見上げた。
「朝槻真守は優しいから。ボクたちのことを適当に扱わない。分かってるから大丈夫」
「良かった」
真守はたどたどしくも気持ちを伝えてくれたトモの頭を撫でる。
「む、朝槻真守。私の頭も撫でろ!」
「分かった分かった。順番にな」
真守は柔らかく微笑むと、自分のことを神として必要としている彼らの頭を撫でる。
ここまで本当にたくさんあった。
だがこうして、真守たちは平穏無事なひと時を手にする事ができた。
真守はそれが嬉しくて。垣根は真守が嬉しそうにしているのが嬉しくて。
遅れてやってきた大切な人たちを見て、真守はふにゃっと笑った。
──────…………。
アフタヌーンティーを終えて、真守は深城たちと共に来客用のリビングに移った。
「真守ちゃん、真守ちゃん」
深城は垣根と共に真守を挟むようにソファに座って、真守に微笑みかける。
「どうした、深城」
真守はご機嫌な深城を見て、こてっと首を傾げる。
深城はにまーっと笑うと、真守の事を抱きしめた。
「真守ちゃん、真守ちゃん。ふへへ~」
真守に久しぶりに会えた深城は、ご機嫌に笑う。
そしてちんまい真守のことを、一身に抱きしめる。
「一緒にいられなかったから、真守ちゃん成分を吸収しないと……っ」
「真守ちゃん成分ってなんだ。まったく」
真守はくすっと笑いながら、深城の背中に手を回す。
なんだかんだ言って、真守も深城に会えたのが嬉しいのだ。
「深城。あんまり暴れないで。頭に帝兵さんが乗ってるんだから」
小刻みにご機嫌に揺れる深城の頭には、カブトムシが乗っている。
深城はAIM拡散力場がないと身体を保つことができない。そのためAIM拡散力場を発するカブトムシに常に一緒にいてもらっている。
「帝兵さんのこと、大事にして」
「え~大事にしてるよぉ。でも真守ちゃんのことを久しぶりに愛でてむぎゅむぎゅするのも大事なのっ!」
久しぶりに大事な女の子に敢えて、大層ご機嫌な深城。
真守はくすっと笑うと、苦笑いしながら肩をすくめた。
「みんな、わがまま深城の面倒見てくれてありがとう。迷惑かけた」
真守は部屋で休んでいる『スクール』の面々と林檎、そして白い少年と黒髪の少年に笑いかける。
弓箭は幸せそうにころころ笑うと、小さく首を横に振る。
「源白さんはわたくしたちに迷惑かけてませんよ。今は朝槻さんにとっても甘えてるだけです」
「猟虎ちゃんの言う通りっ! だってあたし、誉望さんのことを困らせなかったからね!」
深城は嬉しそうにふふんっと得意気に胸を張る。
真守は小さくため息を吐くと、申し訳なさそうに誉望を見た。
「ごめんな、誉望。それに緋鷹も。本当に深城は迷惑かけなかった?」
「ええ、大丈夫でしたよ。源白さんは朝槻さんが想う以上にしっかりしてます」
「真守さんだって、本当は深城さんがしっかりしてるって分かってるでしょ?」
真守は誉望と緋鷹に次々と問題ないと言われて、口を尖らせる。
「むぅ、そうは言っても深城だし……まあ、深城が私に甘えてくれるのは嬉しいからいいか」
真守は深城の背中を優しく撫でる。深城は幸せそうに笑うと、真守にすり寄る。
垣根はというと、真守に抱き着く深城を見てふっと笑う。
やっぱり深城には敵わない。というか勝ってはならないのだ。
真守のことをこの世で一番最初に見つけた深城は、やっぱりすごい女の子なのだ。
深城はハートをたっぷり飛ばして、真守のことを愛でながら目を細める。
「真守ちゃん、頑張ったねえ」
「ん。何度も言ってるけど、がんばった」
真守は深城の言葉にこくりと頷く。
学園都市を変える。そのためにアレイスター=クロウリーに挑む。そしてアレイスターの抱えているものを知り、それにケリをつけるために英国までやってきた。
全てにケリをつけて、アレイスターは
学園都市はというと、真守たちに託された。
「私はみんなが笑って過ごせる学園都市を造りたい。誰も悲しまず、誰も苦しまない学園都市を。確かに道のりは困難だろう。でも、私はそんな学園都市を実現できると思う。──だって」
真守は深城の手にちょこんっと触れながら微笑む。
「私にはとても心強いひとたちがいるんだから。支えてくれるひとたちがいる。だからみんなと良い未来を築けると思った。その第一歩が叶った」
真守は笑って、この場にいる人たちを一人ずつ見る。
「これからもよろしく頼む。みんな」
一同は真守の笑みを見て、それぞれに頷く。
真守はそれが嬉しくて、にへらっと笑った。