次は四月一五日月曜日です。
マクレーン家のタウンハウスに合流した源白深城たちと『スクール』の面々。
深城はテーブルの上に置かれた、タロットカード一組を見つめる。
それは『黄金』の魔術師の一人の人格を付与した魔導書の『原典』だ。
魔導書の『原典』は機能不全に陥ると、地脈や龍脈から魔力を吸い取る事で自動的に自分を修復しようとする。
アレイスターの一撃によって、魔導書の『原典』は軒並み機能不全に陥っている。
修復機能が働くと、『黄金』の魔術師の人格を練り込んでいるカードのシミや折り目などまで修復し、魔術師の人格までもを消してしまうのだ。
そのため現在は地脈や龍脈に接続して修復機能が作動しないように、魔導書の『原典』である『黄金』たちは
とりあえず、学園都市に戻って落ち着いてから『黄金』の魔術師は復活させる予定だ。
「これが、『黄金』さんの一人なの?」
深城は初めて見る魔導書の『原典』を見つめて、首を傾げる。
「タロットカードって占いに使うものだよね。魔導書っていうからてっきり本だと思ってたけど、実際はこぉいうものなんだねぇ」
手を出すことなく興味深そうにタロットカードを見つめている深城。
そんな深城に、ミルクティーを飲んで一息ついていた真守は微笑む。
「魔導書と言っても、別に本のカタチを取っている意味はないんだ。あくまでそこに綴られた知識が重要だからな。インデックスだって魔導書の中身を知識として記憶しているだろ。記述されたものが重要。記録媒体は何でもいいんだ」
「ふうん。それはそぉだねえ」
分かっているのか分かっていないのか、深城は軽く返事をする。
そんな真守たちを見ていた心理定規は、紅茶を飲みながらそっと目を細めた。
「まるで世界の裏側に触れているみたいね」
「そうスね。まさか学園都市の外に魔術という異能が存在するなんて……思いもしませんでした」
垣根もそうだが、
だがまさか自分たちの知らないところに魔術という異能の力があり、しかもその魔術を極めた人間が科学サイドの長をやっていたのだから世の中分からないものである。
学園都市で息吐いている能力者たちが当然として知らない、この世界の裏側。
いま目の前にあるものは、いわば世界の裏側の探索をして見つけたようなものだ。
「しかも彼女は元々魔術サイドという世界の住人だったのでしょう。それが運命のいたずらによって学園都市に流れてきた。世の中分からないものね」
朝槻真守。英国に古くから根付くケルトの民、その末裔であるマクレーン家の傍系。
しかも真守のご先祖さまであり、現在赤子をあやしているエルダー=マクレーンは統括理事長の古い友人で、ずっと学園都市を共に牛耳っていたという。
車椅子の上で一息ついていた緋鷹は小さく微笑む。
「真守さん自身、運命に翻弄されて大変な思いをしたと思うわ。……でも、私は学園都市で真守さんに会えて良かった。真守さんが学園都市に来てくれた事で、救われた人たちはたくさんいるから。……私も、その一人だから」
真守は柔らかく微笑んで、少し申し訳なさそうにしている緋鷹を見つめる。
「ふふ。私もお前たちに会えて良かったぞ、緋鷹」
真守は笑うと、少しだけ遠くを見つめる。
「色々あった。本当に色々あった。大変な思いをした。……でも、私はこうしてここにいられる。それが本当に嬉しいことだって、私は分かってる」
真守はしみじみと呟く。誉望の隣に座っている弓箭は、スコーンを半分に割ってクロテッドクリームをたっぷりつけながら思案顔をする。
「難しいことはよく分かりませんが……朝槻さんたちが学園都市を掌握するという目標が達成できてうれしいです」
誉望は自分も弓箭と同じようにスコーンに手を伸ばしながら眉をひそめる。
「お前はなんかお気楽だよなあ」
「む。わたくしだってきちんと考えていますよ。誉望さんと違って。ちなみにスコーンは真ん中で割ってクロテッドクリームとジャムをつけるんです。クロテッドクリームを先に載せるのがデヴォン・スタイル、ジャムの方が先なのはコーンウォール・スタイルです」
「え。そんなのあるのか……!?」
誉望は自分が知らない世界をお嬢様らしく知っている弓箭に戦慄する。
そんな弓箭の隣に座っていた林檎はスコーンを美味しそうに食べる。
「誉望。クロテッドクリームを下にするとじゅわっとしておいしいよ。私はデヴォン・スタイルが好き」
「誉望万化。私はコーンウォール・スタイルが好きだぞ」
「ボクもコーンウォール・スタイルが好き……」
誉望は銘々に好きなスコーンの食べ方を主張するちびっ子たちを見て、遠い目をする。
真守はくすっと笑うと、そういえばと深城を見た。
「深城、アレイスターが学園都市を機能停止した後はどうしてたんだ?」
「ん~? ええっとねえ。世界のリゾート地を転々としてたよぉ。プライベートビーチも行ったけど、貸し切りのプールに行ったりぃ……あ、後はカジノにも行った! すごく勝っちゃったんだぁ! あれがビギナーズラックってヤツなのかなあ?」
真守は聞き捨てならない言葉を聞いて、深城をじとっと睨む。
「おい未成年。流石にカジノはマズいだろ」
「ええ~あたしには年齢あんまり関係ないよお」
深城は真守に睨まれても、にへらっと笑う。
「確かにそうだけど……でも、カジノ……未成年……確かに深城はもう何者にも囚われない状態だけど……元々が一八歳だし……うーん……」
真守はちょっと複雑になってぼそぼそと呟く。
今の深城は能力が自我を持った存在だ。
だから一八歳と言っても、果たしてそれが通じるのかどうか微妙なところである。
「あたしは真守ちゃんといられればそれでいいの。それ以外は要らない」
深城は真守の事をまっすぐと見つめて微笑む。
その目には真守しか入っていない。たった一人の愛するひとのことしか考えていない。
「真守ちゃんと一緒にいられれば、あたしはそれで良いの。それだけであたしはこの世界でいちばん幸せになれるの。だから年なんて、在り方なんて関係ないの」
「……うん……知ってる」
真守はふにゃっと笑って、深城の頬に触れる。
「お前のことは、なんでも知ってる」
「えへへ~繋がってるもんねえ」
深城はにまにまと笑うと、真守ににこっと笑いかける。
「ずぅっと一緒だよ、真守ちゃん」
「そうじゃないと困る。今更お前がいない世界なんて考えられない」
真守は切なそうに目を細めて、深城を見る。
深城はにへらっと笑うと、真守の事を抱きしめてすりすりと頬を擦り寄せる。
「で、真守ちゃん。大悪魔さんはどこにいるの?」
「箱に詰めてコンテナに入れてある。タウンハウスの屋上にあるぞ」
真守は天上を指差して、コロンゾンの居場所を告げる。
深城はふんふんっと頷くと、真守を見た。
「見に行ってもいい?」
「見に行っても仕方ないぞ。私が眠らせてあるから」
真守は興味津々な深城を見て、不機嫌そうに眉をひそめる。
深城は人間っぽくてちょっと外れている存在を惹きつける雰囲気がある。
真守はそんな深城が全力で愛してくれたからこそ、心を開いたようなものである。
そのため人間ではないものに深城が興味を示すのが、ちょっと嫌なのだ。
それにコロンゾンは確かに大本から断ち切られて矮小化した。
だがそれでもあの肉の器に宿っているのは大悪魔コロンゾンである。
決して真守に勝てないと分かっているため大人しくしているが、無害ではない。
「大悪魔さん、眠ってるの?」
「現実で暴れられても困るだろ。悪魔の力は振るえないけど、変わらずに普通の強力な魔術は使えるから」
「? 魔術は使えるの?」
「うん、悪魔の力は振るえないけどな」
首を傾げる深城のために、真守はさっくりと説明する。
「魔術に用いる魔力は、生命力から精製される。つまり生きてさえいれば、魔力を精製するコトは可能なんだ。悪魔としての力は断ち切ってあるから万全じゃないけど、人間の魔力を基に悪魔の力の一端を振るうコトくらいは簡単にできる。だから危険なんだ」
「……なるほどなあ、そっか。ふふ」
「? 深城、何嬉しそうにしてるんだ?」
真守は眉をひそめて、微笑む深城を見つめる。
深城はくすくすと笑うと、真守の頬に手を沿えた。
「真守ちゃん、大人になったなあって思って。昔だったら絶対に不穏分子は排除してたから」
深城は真守の頭を撫でて、くすくすと笑う。
「大本から切り離した大悪魔さんの肉体を、真守ちゃんは簡単に排除できる。別に源流エネルギー使わなくても、消し炭にする方法いくらでもあるでしょ? ……でも、真守ちゃんはそれをしない。そぉでしょ?」
「う。そ、そんなコトをする私はお前が死んじゃって怒りで研究所をぶっ壊した時か、その前の私だ! お前に大切なコトを教えてもらってからは、決してしない!!」
「ふふ。そぉだけど。真守ちゃんの始まりはあそこでしょ? あたしはよく覚えてる」
「……むぅ……。そうだけど……」
深城はくすくすと笑うと、真守の事を抱きしめた。
「大悪魔さんと話したいって思ったんでしょぉ。せっかく現世に触れられるのに、それを取り上げちゃうのは可哀想だって思ったんでしょぉ。在り方が違うから、絶対に相容れられない。でも話すことはできる。……そして、許すこともね」
深城は真守の黒髪を、優しく丁寧に撫でる。
「大悪魔さんにだって、一人くらい親身になってくれる人がいたはずだよぉ。その人との接点を無くさないべきだって。そぉ思ったんでしょぉ?」
「………………深城は、本当に……なんでおバカなのに何でも分かってしまうの?」
真守は深城にぎゅうっと抱き着いて、困った笑みを浮かべる。
真守はまだ、浜面仕上について話していない。
大悪魔コロンゾンに付き従い、自らの願いを叶えるために助言を求めた浜面仕上。
浜面仕上は世界を懸けた戦いの最中で、唯一きちんとコロンゾンと向き合った人物だった。
彼女の言葉を聞き、彼女の指示通りに動き。そして感謝と畏怖と憧憬の念を抱いたまま、コロンゾンの事をきちんと考えていた男だった。
「分かりあえなくても、認め合える時が来る。私は、そう感じる」
真守は深城のいのちを一心に感じながら、そっと微笑む。
「深城。お前が私に大切なことをたくさん教えてくれたから。……だから、私はここにいられるんだ。深城がいてくれるから、深城が私を見つけてくれたから。私はこうして、『流行』へと至ることになったんだ」
朝槻真守は、全てを兼ねそろえて生まれてきた。
純真無垢で生まれてきた。
だからこそ、何もかもを知っていて。そして何もかもを、深く理解していなかった。
人に寄り添うことが、大切だとは思わなかった。
ただ自分があるべき形にあるべくして存在するためには、自らを害する者たちを排除するべきだと思っていた。
人の気持ちなんて分からない。人間の命が大事なんて知らない。
幼い頃の真守にとって、人間も虫の命も同価値だった。
ただ、自分の命だけが大事だった。存在していたかったから。
自分は生まれるべくして生まれたと知っていたから。
だから自分の命が一番大事で、他の命なんてどうでもよかった。
「深城、私を見つけてくれてありがとう」
深城は幸せそうに目を細めると、真守のことをぎゅうっと抱きしめる。
「いつまでも、ずぅっと一緒だよ。真守ちゃん」
真守は何度も頷く。
そして深城から離れると、隣に座っている垣根を見上げた。
「垣根もぎゅーってして」
垣根はおねだりしてきた真守のことを、優しく抱きしめる。
「深城が私のことを見つけてくれたから、垣根にも会えた」
真守は頼りっぱなしの大きい垣根の背中に手を回して、とろけるような声を出す。
「深城が女の子としての幸せを教えてくれたから。私もそれが欲しいなって思った。でも好きな男の子ができるのは難しいことだなって思ってた。……でも、垣根に会えた」
真守は少し涙目になりながら、垣根を見上げる。
「垣根のこと、だいすきになれて良かったよ。ずぅっと一緒にいてくれてうれしい。これからもずぅっと一緒にいられて、安心する」
垣根は真守の頬に手を沿える。そして柔らかく微笑んだ。
「愛してる、真守」
「へへ。恥ずかしいよ、垣根」
真守は幸せを感じて、にこにこと笑う。
大切な人たち。自分にとってかけがえのない人たち。
世界は大悪魔によって滅ぼされそうになっていた。
だがそれを乗り越えて。もう一度大切な人たちとこうして日常を歩むことができて。
朝槻真守は、幸せのただなかにいた。