次は五月二日木曜日です。
源白深城は、遠くから完璧に着飾った朝槻真守のことを見つめていた。
真守が身に着けているドレスは、真守のためだけに仕立て上げられたドレスだ。
真守のアイドル体型を強調して、最大限に引き立てる純白のドレス。
真守が動くたびに、後ろが長いフィッシュテイル状のスカートが柔らかく翻る。しかも真守が動けば長い黒髪が翻り、大きく開いてリボンで編み上げられている背中が露わになる。
丈の短いドレスから伸びるピンヒールを履いた足は長く、すらりとしていてとても魅力的。
東洋の血が入っているといわんばかりの黒髪は、濡れたようにつやつやだ。
しかも猫っぽい真守を引き立てるように猫耳ヘアにされていて、本当に愛くるしい。
温かくて吸い込まれそうなエメラルドグリーンの大きな瞳。小さな唇。あどけない顔つき、表情。およそ、人の目を引かないはずがない朝槻真守。
「ふふふ」
愛らしくてかわいくて、絶対に手放したくないような魅力的な女の子。
そんな真守を遠めに見ていた深城は、カブトムシを頭に乗っけたまま笑っていた。
「真守ちゃんは遠目から見ても、やっぱりかわいい~。きゅーと、お人形さんみたい……っ! 帝兵さん、ちゃんと撮影してる? ばっちり?」
『あなたや
頭に乗ったカブトムシに声を掛けながら、深城はポットシチューをぱくっと食べる。
そんな深城の側にいる
「オマエはアイツのそばに行かなくて良いのかよ」
源白深城は頭に乗っているカブトムシによるAIM拡散力場がないと動けない。
そのため自分が一緒にいない時は、なるべく深城と一緒にいてほしいと真守は一方通行にお願いしたのだ。
真守の大切な女の子である深城を見て、一方通行は持っているグラスを揺らす。
中に入っているのはノンアルコールのカクテルだ。
シンデレラという、とある魔術結社の長が気に入っているカクテルである。
深城は自分を心配してくれる一方通行に笑いかける。
「真守ちゃんはあいさつ回りで忙しいしぃ。あとで帰って来てくれるからだいじょぉぶだよ」
深城は笑いながら、シチューの中に入っている鮭をパクリと食べる。
「
「……アイツに頼まれたしな」
先程まで『スクール』の面々もいたが、彼らは彼らで飲食コーナーへと向かった。
『スクール』の面々は煌びやかな場所が似合う者たちらしい。
彼らは完璧にパーティーに溶け込んでいた。まるでそういう仕事もこなしていたようにだ。
そんな彼らと違って、自分はこのパーティー会場でやっぱり浮いている。
一方通行は居心地の悪さを感じて、チッと舌打ちした。
「……元々こォいうパーティーに出席するのは柄じゃねェンだ」
以前に真守も言っていたが、自分はアンダーグラウンドで帝王やってた方が楽なのだ。
それに今頃、下町では市民たちが楽しくやっているだろう。
一方通行の性格的には下町でどんちゃん騒ぎの中、それなりに落ち着いたパブで東洋かぶれのフィッシュアンドチップスでもつまんでいた方が良いのだ。
「……でもこれから学園都市を統括するアイツのためにも、こォいうのに慣れて行かなきゃなンねェンだろォな」
二人は一方通行の足元で、和食コーナーから持ってきたケンブリッジロールなる、最早カリフォルニアロールですらない太巻きをもぐもぐ食べている。
黒髪の少年の頬に米粒が付いているのに顔をしかめつつも、一方通行は真守のことを考える。
深城は意外と面倒見が良い一方通行を見て、ふふっと笑う。
「一方通行さんもこぉいう状況に慣れるようになるよ。だって真守ちゃんもそぉだったから」
深城は笑うと、
「真守ちゃんは普通の日常生活に慣れようってすごく頑張ったんだよ。何年も何年もちゃんと色々真っ当に勉強して、それで──」
深城は在りし日の真守のことを思い出していたが、はたっと気が付いた。
「? どォした?」
「そぉいえば、一方通行さん。一方通行さんってあたしが真守ちゃんに会う前に、真守ちゃんに会ってるんだよねえ?」
「あァ?」
一方通行は『
だがそれより数年前。一方通行と真守がそれぞれ研究所に所属していた時代。
その時代に、一方通行は真守と会ったことがあったのだ。
あの時の真守は、まだ人に対して微塵も興味を持ち合わせていなかった。そんな真守の心を開くために、研究者は真守に同じ年ごろの子供を情操教育相手としてあてがっていた。
一方通行は他の研究所に所属していたが、わざわざ真守のいる特異能力研究所に連れていかれた。
そして、一時的に真守の情操教育相手をした事があるのだ。
「……そォか。オマエはアイツの最後の情操教育相手か」
朝槻真守は生まれた時から、神さまのように公平な存在だった。人の心が分からなかった。
自分の利益を一番に考えて人と接し、自分に不利益があるとすぐに拒絶していた。
極めて合理的。そのような生き方を、真守はしていた。
学園都市にとっては、真守が人に興味がないのは非常に困る事態だった。
何故なら真守は神さまになる素質がある。そんな真守が人類の敵にならないためにも、真守には『愛』を知ってもらう必要があった。
だから真守には情操教育の相手があてがわれていた。
その一人が
そして深城は真守に人間というものがどういうものか教えた、優しい慈愛に満ちた少女だった。
「あの時の真守ちゃんを知ってる人がいないからさあ。そぉいえば話してみたいって思ってたんだよねえ」
深城は一方通行ににっこり微笑みかける。すると白い髪の少年が声を上げた。
「ふむ。そういえば最初期の朝槻真守はどんな感じだったのか? 私たちは考える力がなかったからな。朝槻真守に手を出してはいたが、よくは知らないのだ」
「真守ちゃんはねえ、お人形さんみたいに完璧で綺麗なお猫さんで……そして神秘的だったねえ」
深城は初めて会った時の感想を口にする。
表情なんて皆無。
それなのにかわいらしい顔つきをしているから、見る人が見たらぞっとしただろう。
「真守ちゃんを見た瞬間にね、この子だって思ったの」
深城は真守に会った時を思い出して、幸せそうに微笑む。
「この子が一番だなって思ったの。一番にしたいなって。大事にしたいなって。神さまみたいなこの子を、大事にできる人間になりたいって思ったの」
深城はきらきらと目を輝かせて、
「あの時から、あたしは真守ちゃんとずぅっと一緒にいたいって思ったの。いつまでもいつまでも、あたしは真守ちゃんと一緒がいい。あたしと同じで、真守ちゃんもそう願ってた。だからそれで『あたし』は生まれたの」
真守のことを一身に思う深城を見て、真守が深城に思われていて。良かったと考えていた。
真守は神さまのような少女なのだ。そして神様よりも貴い場所へと至った。
人々を救う真守。そんな真守の幸せを願う者が真守のそばにいること。それはとても大事で、かけがえのない事なのだ。
「
深城はにまっと微笑む。それを見て、一方通行はふっと笑った。
そして深城と一緒に、一方通行は真守を見る。
真守は英国女王と変わらずに談笑していた。
「して。そなたはどうやって学園都市を統括するつもりだ?」
「とりあえず現行の統括理事会はそのまま使うつもりだ。私が新しい統括理事長、そして一方通行と垣根に補佐についてもらう。三人体制だな」
真守は腕を回してくれている垣根にすり寄りながら、にまっと笑う。
「後ろは一方通行が守ってくれる。隣には垣根がいてくれる。位置はばっちりだ」
真守の言わんとしていることが分かって、英国女王は頷く。
「なるほど。後方、右方という事か」
あまり知られていないことだが、垣根帝督は『
つまり二人は真守を中心として、二人は右方と後方に位置している。二人の位置は、いつでも堕天する可能性があった神と同等の力を持つ『
「二人は私にとって、位置的にとっても良いポジションについてくれてるんだ」
真守はふふーっと満足げに笑う。
そして
「垣根と一方通行がそばにいてくれるようになる前から、私には私専用の天使がいたんだ。だから十字教の布陣を敷いてるけど、科学流ということだ。すごいだろ」
真守が視線を向けると、
そして深城は真守の視線に気が付いて、ぶんぶんっと手を振った。
垣根はそれを見てくすりと笑い。真守は深城たちに手を振り返す。
英国女王はそれを見て、肩をすくめた。
「私からしてみれば、頼もしいのは脅威だがな。……だがまあ、お前は我が国の一員でもある。こちらも譲歩するからそっちも譲歩してくれ」
真守は英国女王の言葉にこくんっと頷く。
「これからよろしくな、英国女王」
真守が小さな手を差し出すと、英国女王はしっかりと握った。
真守はそれにふふっと笑う。
そして英国女王に挨拶が終わると、真守は貴族の付き合いがあるアシュリンたちと別れてパーティー会場を歩く。
「真守。ノンアルコールカクテルだから飲んでも大丈夫だぜ」
垣根はノンアルコールのカシスオレンジを取ってきて、真守に差し出す。
「ありがとう、垣根。……そういえば英国って家族の同伴があったら、私の年齢でも飲酒オーケーなんだっけ?」
「ああ、確かそうだったな。……飲むか?」
英国はちょっと特殊でそれなりに厳しい飲酒規制がされているのだが、パーティーなどで一六歳、一七歳くらいならば家族の同伴で飲酒する事が許可されている。
真守はそのことを思い浮かべながら、形の良い顎に人差し指を当てる。
「んー。私は正式に英国の国籍を持つようになるから飲めるけど……二〇歳になった時にみんなで一緒に初めてお酒飲みたいから、今は我慢する」
もちろん真守だって、アルコールにちょっと興味がある。だがどうせあと数年で二〇歳。そうすれば解禁になることを考えて、真守は垣根にそう告げる。
「……そういえば垣根。お前ってお酒を飲んだ事あるだろ?」
「元悪党だからな。基本だろ」
けろりと告げる垣根。
真守はじとーっと垣根を睨みつつも、ノンアルコールカクテルをくぴっと飲む。
垣根はそんな真守を見て、柔らかく微笑む。
「お前が二〇になるまで飲まないなら、俺も飲まねえ。ハジメテを共有したいしな」
「む。言い方がちょっとえっち。まったくもうっ」
真守はぷんっと怒りながらも、ふふっと笑った。
「垣根、上条に挨拶に行こう」
「あんな奴に挨拶しなくてもいいだろうが……ったく」
垣根は面倒そうにしながらも、真守と一緒に上条当麻を探す。
すると。上条当麻は丁度パーティー会場に戻ってきた。
パーティー会場に戻ってきた上条の姿は、どこからどう見てもぼろぼろだった。
「あ。あふぁつき」
「お前は一体何をやってるんだ。またラッキースケベでもしたのか?」
どうせラッキースケベをして、ぼこぼこに殴られて怒られただろう上条当麻。
そんな上条に、真守と垣根は近づいて声を掛ける。
すると上条は顔を痛そうにしながら口を開いた。
「にゃんこが悪いんだよにゃんこがさー」
「ん? スフィンクスが?」
真守は首を傾げて、インデックスの飼い猫である日本が誇る固有種である三毛猫を探す。
「どこ行った。──出てこい」
真守が呼ぶと、三毛猫スフィンクスは近くのテーブルの下からひょっこり出てきた。
真守がちちちっと呼ぶと、スフィンクスはダッシュで真守に近づく。
「よし良い子だ」
真守は三毛猫をひょいっと抱き上げて、喉元を優しく撫でる。
どうやらパーティー会場で人が多く、少し興奮していたようだった。
猫は自分の縄張りから出たがらない。そのためイギリスまで来られただけでもすごい事だ。
三毛猫は真守の腕の中に収まると、大人しくなってぺろぺろと口の周りを舐める。
どうやら誰かからか、おいしいご飯を貰ったらしい。
「さ、さすが朝槻お猫様……ッ!」
上条は自分の猫でもないのに完璧に三毛猫を飼い慣らしている真守を見て、称賛する。
上条だって飼い主であるインデックスでも、三毛猫はもてあましていたのだ。
ちなみに電撃ビリビリ体質で近づいてもらえなかった美琴は論外で、食蜂は自分の能力が効かないので苦手意識があったりと色々である。
垣根は真守の腕の中で幸せそうにしている三毛猫をじろっと睨む。
「……自分と真守、どっちが上かはっきり分かってんだな」
垣根はじとーっと三毛猫を睨む。
三毛猫は真守に愛でられて、少し得意そうにふんっと息を吐く。
それが気に入らない垣根は、むっと顔をしかめた。
「垣根。猫にまで嫉妬しないで」
真守は三毛猫を乱暴に掴みそうな雰囲気を醸し出している垣根を見上げて、三毛猫を守る。
すると三毛猫に、真守はむぎゅっと胸を押し付ける結果となる。
何故か幸せそうにする三毛猫。垣根はそれにブチ切れそうになる。
だが飼い主インデックスが出てきたため、垣根の怒りは爆発しなかった。
「あースフィンクス、まもりのところにいたんだよ!?」
かぽかぽと靴を鳴らしながらインデックスは真守たちに近づく。
「もうどっかに行っちゃだめだよスフィンクス。めっ!」
三毛猫は飼い主であるインデックスに怒られても、うみゃうみゃ言って余裕しゃくしゃくといった様子で真守の腕の中で毛づくろいする。
すると真守たちのもとに美琴と食蜂が集まってきた。
美琴は真守の腕の中で三毛猫が幸せそうにしているのを見て、愕然とする。
「あ、朝槻さん……っ黒猫系美少女だからとっても懐かれてる……ッい、今なら私もかわいい三毛にゃんに触れるかも……ッ」
「御坂さんは電磁力満載だから動物には嫌われるのが宿命なのにぃ、よく飽きないわねえ。というか三毛にゃん? あざとい言い方ねえ」
「朝槻さん……ちょっと、ちょっと抱かせてもらっても良い!?」
「必死過ぎて人の話聞いてないわあ、このひと」
食蜂は呆れた様子で興奮している美琴を見る。
真守は自分の腕の中にいる三毛猫を見て笑う。
「美琴。いまこの子はいつもと違う場所に来て不安だから。また今度な」
「……ぐぅ……っし、仕方ないわね……っ」
美琴はぐぐぐっと呻くと、それでも名残惜しそうに三毛猫を見る。
真守はクスクス笑って、三毛猫をインデックスに渡す。
すると、真守のもとに深城がやってきた。
もちろん
「真守ちゃんっお飲み物は飲んでるみたいだけど、何か食べたら? 中華も日本食もそれなりにおいしかったよぉ! 英国のものはちょっと特徴的だけどぉ、真守ちゃんなら気に入るかも!」
「ありがとう、深城。──一方通行、深城と一緒にいてくれてありがとう」
「……オマエに頼まれたからな」
真守は一方通行を見て、くすりと笑う。
すると真守は弓箭がこちらを見ている事に気が付いて、『スクール』の面々を呼んだ。
林檎を連れて八乙女緋鷹の車いすを押す誉望は渋っていたし、
「ふふ」
真守は学園都市の大切な人たちに囲まれて、幸せそうに笑う。
コロンゾンを倒しても、上条と神浄の討魔のこともあったし、怒涛の数日だった。
だがこうして。幸せな時間を共有できて、真守は本当に嬉しかった。
真守が笑うと、真守の一番そばにいる垣根はふっと笑った。
「良かったな、真守」
「うん! とっても楽しいっ」
真守が笑みを浮かべる姿が愛おしくて。この場にいられるのが嬉しくて。
垣根帝督は幸せな時間を、大切な少女たちと共にゆったりと過ごしていた。