次は五月一三日月曜日です。
客間に来襲したアシュリンの双子の娘。
彼女たちはアシュリンが呼んだメイドによって連行され、強制退場させられた。
「まったくもう。あの子たちったら」
アシュリンは紅茶のカップを片手に、ため息をつく。
あーんと泣きながら、真守に助けを求めるも退場させられていく真守顔の銀髪少女たち。
深城は真守の従姉妹の可愛い姿を見て、体をよじらせて身もだえしていた。
「もう、本当に。……やっと落ち着けるわ」
アシュリンは慌ただしくやってきて去って行った娘たちを思いながら、紅茶を飲む。
「やっぱり家が一番落ち着くわね」
アシュリンは窓の外に広がるウェールズの景色を見つめながら、一息つく。
「本当にここ最近は色々と騒動が絶えなかったけれど。真守ちゃんとウェールズに帰って来られて良かったわ」
アシュリンは真守を見て、優しく微笑む。
真守はクロテッドクリームといちごジャムをたっぷりつけて割ったスコーンを食べていたが、アシュリンに声を掛けられてスコーンを食べたまま笑った。
そしてもぐもぐと小さい口を懸命に動かして呑み込んだ真守は、ふふっと幸せを感じて笑う。
「私も伯母さまやみんなと一緒にウェールズに来られて、とても嬉しい」
真守が微笑むと、アシュリンは柔らかく頷いた。
「伯母さまにはとてもお世話になった。不法入国したのも処理してくれたし、みんなの分の飛行機を手配してくれたし……本当にありがとう」
食蜂操祈や御坂美琴、上条当麻は既に学園都市へと帰る準備をしているだろう。
ちなみにインデックスは上条と一緒に学園都市に帰ることになっている。
他でもないインデックスが、学園都市に帰ることを望んだのだ。
神裂やステイル=マグヌスはインデックスの望むようにしてあげたい。
だからこそ色々と動いてくれて、インデックスはこれからも学園都市にいられる事になった。
アシュリンは丁寧にお礼を告げる真守を見て微笑む。
「わたくしは真守ちゃんと一緒で、マクレーン家の人間はみんな異界経由で帰ったから。わたくしたち全員真守ちゃんと同じようにパスポートに判を押してないわ。その処理と同じように真守ちゃんたちの件もやっただけよ。問題ないわ」
「うん。それでもありがとう。とても助かった」
「ふふ。真守ちゃんのお礼だからありがたく受け取っておくわ。でもこれくらいで一々お礼なんて言わなくていいのよ。あなたのためならなんでもしてあげる」
「……だからダメ人間になってしまうからそういうのは良くない」
真守が顔をしかめてぽそぽそ告げると、アシュリンはくすくすと笑った。
「あなたのためならなんでもしてあげたいの。本当よ」
アシュリンは真守を見て、にっこりと微笑む。
「何があってもあなたたちを応援するから。遠慮なく言ってね、真守ちゃん」
「えへへ。ありがとう、伯母さま」
真守はふふっと笑って、紅茶のカップを手に取る。
そしてミルクティーの水面を見て、そっと微笑んだ。
「伯母さまがバックについてくれるの、とても心強い」
真守はふにゃっと笑うと、少し遠くを見た。
「いま、私は幸せだ。大切な人がたくさんいるから」
真守は至福の時間を楽しみながら、少し前の事を思い出す。
「私は、一人で頑張ってた」
昏睡状態の源白深城を連れて、
それから罪を重ねて。それでも前に進もうと努力して。
大切な女の子である深城のために頑張りたくて。
深城が望んだからこそ、真守はきちんと陽の光が当たる世界で生きて行こうと決意した。
それでも、真守はずっと一人だった。
確かに冥土帰しが助けてくれた。だが真守ははっきり言って一人で戦っていた。
深城はカブトムシを頭に乗せた状態で、真守の手をそっと握る。
「真守ちゃん、よく頑張ってたねえ」
深城が柔らかく微笑むと、真守は頷いた。
初めての学校生活。それはとても新鮮だった。
そして──七月初旬。朝槻真守は垣根帝督と出会った。
垣根が自分を利用しようとして近づいてきた時から、全てが変わりだした。
「私は垣根のコト、本当にヒーローみたいだと思ったんだ」
今まで何度も不良に絡まれてきたけれど、誰も助けてくれる人なんていなかった。
そんな中、垣根が声を掛けてくれた事を、真守は覚えている。
垣根は真守の幸せな表情を見て、ばつが悪そうに顔をしかめる。
あの時自分は真守を利用するために接点を作ろうとしか考えてなかった。
それでも目の前の少女が本当に眩しかった事だけは覚えている。
そしてなんて運が良かったのだろうと思った。
悲劇に遭遇しているのに、表の世界に逃げ出せて。
暗部の事を知っているのに、表へ逃げ出せた者がいるのだと感心していた。
「あの時は垣根のコト、ヒーローみたいだって思ったけど。今は、正真正銘私のヒーローだ」
真守はにこにこと笑って垣根を見上げる。
自分の幸せのためならば、世界だって滅ぼす朝槻真守のためだけのヒーロー。
真守は嬉しそうに目を細めて、垣根と深城のことを想う。
「二人も私のそばにヒーローがいてくれて、とても嬉しいな」
源白深城は何があっても朝槻真守に愛をくれる。
垣根帝督は世界よりも朝槻真守を愛している。
自分が二人のヒーローも独占しているなんて、真守は優越感しか覚えなかった。
「大丈夫だよ、伯母さま。私はたくさんの人に守られてるから。でもそれに加えて伯母さまも私を守ってくれるって言ってくれて、とても幸せ」
真守は本当に嬉しくて微笑む。それを見て、アシュリンは柔らかく微笑んだ。
そして手元の鈴を鳴らすと、メイドを呼びつけた。
「あれを持ってきて頂戴」
アシュリンが告げると、メイドは退出してすぐに帰ってきた。
真守が首を傾げていると、メイドは銀の盆を持ってきた。
その上には、薄緑色の封筒に入った手紙が置かれていた。
真守が首を傾げる中、アシュリンはその手紙を手に取って、小さく目を細めた。
その手紙とは、真守に宛てられたものだった。
誰が書いたかというと──。
真守の父親だった。
────……。
一通の手紙。
真守はメイドが銀の盆に載せて持ってきた手紙を、きょとっと見つめる。
「あなたには渡さないと決めていたの」
真守はどきっと胸が高鳴ってアシュリンを見つめた。
その声が、とても寂しくて。そしてとても忌々しそうだったからだ。
「あなたにとっても思うところがたくさんある事だから。突然現れた親族だってすぐには信じられないのに、こんな話をしては余計に混乱させてしまうと思ったの」
アシュリンはその手紙をテーブルの上に置く。
「あなたの父親からの手紙よ」
垣根はアシュリンの言葉を聞いて、目を見開く。
真守はなんとなく分かっていたため、黙っていた。
深城は少し緊張した様子で。
『スクール』と林檎、真守の事を神として必要とする少年たちと八乙女緋鷹は、固唾をのんで真守のことを見守っていた。
「真守ちゃんの父親と初めて会ったとき。彼はひどく憔悴していたわ」
アシュリンが異国を訪ねた時、アシュリンは真守の父親と会った。
その時にはもう既に、真守は父親によって学園都市に捨てられていた。
だが真守の父親は自分の前から真守が消えたとしても、真守が恐ろしかった。
全てを見通すような目が怖い。真守のあの目が忘れられない。
もう目の前にはいないのに。ずっと真守の影に真守の父親は苛まれていた。
「わたくしがあの子と──妹とうり二つだから。彼はとても取り乱したわ。生き返って自分を糾弾しに来たのかって。自分が悪いわけではない。そうずっと言っていた」
アシュリンは真守の父親と出会って、そこで初めて自分の妹が死んだ事を知った。
そして死んだ妹が男との間に産んだ娘を、男が学園都市に娘を捨てたと知った。
「アメリアの遺体はすぐに回収したわ。それからわたくしたちはあなたを探した。……でも、あなたは学園都市にとって利益になる女の子だったから。魔術サイドのわたくしたちが、あなたの存在を知ることはできなかった」
真守はすでに学園都市の所有物となっていた。そのため真守の存在を探す魔術サイドの一角を担うマクレーン家に、真守の存在を知らせるわけにはいかない。
だからアレイスターは真守を隠した。
捨てられて自分のもとに来て利用できるならば、返す必要などどこにもない。
それに科学サイドの逸材として位置づけられた真守が今更魔術サイドに渡ることは避けなければならない事だった。
「真守ちゃんの父親は精神を病んでしまっているの」
アシュリンは真守の様子を見守りながら、言葉を紡ぐ。
「あなたが怖くて、そして死んだはずの女と同じ顔をしたわたくしと出会ったから。ただでさえ疲弊したあの男は、わたくしと出会った事で体調を崩した。今はわたくしたちが面倒を見ているのよ。捨て置けるはずもないから」
真守はアシュリンの言葉を聞いて、ぎゅっとスカートを握り締める。
「…………私、覚えてる」
真守はボソッと呟く。
「最初にお父さまに助言したのは、私だった」
垣根は真守を見て、怪訝な表情をする。
真守は言いづらそうにしていたが、懸命に口を開いた。
「私のことが怖いなら、遠ざければいい。捨てるなら捨てれば良い。そう言ったのは私だ」
朝槻真守は全てを公平に見つめることができた少女だった。
公平な存在である自分が怖いならば、遠ざければいい。
自分と一緒にいるのが辛いのならば、捨てれば良い。
そうすれば楽になれる。その事実を口にしたのは、他でもない真守だった。
その言葉を聞いて憔悴した真守の父親はその時囲っていた女に相談した。
その娘が言うのであれば、その通りにしたら良い。
だから父は女に後押しされて、真守の言葉に従った。
最初に煽ったのは、真守だった。
だが子供を捨てるなんて行いは、非道な行為だった。
真守を遠ざけたいだけなら、学園都市に捨てる選択肢を取らなくても良かった。
真守の幸せを考えてどこかの施設に預けることも考えればよかった。
だが父親は真守の幸せを考えられない程に憔悴していて。
何としても、真守に二度と会いたくなかった。
早くどこかへやって、楽になりたかった。
真守がこれまで一度も、自分のことを捨てた父を恨むような言葉は言わなかった。
それは自分が父親を焚きつけたと分かっていたからだ。
垣根は、思わず小さく息を呑む。
そんな垣根の横で、真守はアシュリンを見た。
おそらく伯母は、真守と顔を合わせる前から真実を知っていたのだ。
他でもない真守自身が自分を捨てるように父親を焚きつけた、という真実だ。
それでもアシュリンは真守のためにぼかして伝えた。
初めて会う前から。アシュリンは真守を慮っていたのだ。
「お父さまが私に恐怖するのも、いまなら分かる。生まれてまだ間もない私が全てを見通すことができれば、怖いのは当然だ」
父親は真守が怖かった。神さまのように公平で、全てを見透かす真守が本当に怖かった。
何でも利己的で物分かりが良くて、物分かりが良いからこそ何も言ってこない真守が本当に恐ろしかった。自分の子供なのかと、疑った。
垣根は小さく震える真守を見て、目を細める。
そして優しく真守の手を握った。
アシュリンは父にある意味酷いことをした真守を見つめて、顔を歪める。
「確かに真守ちゃんが彼の行動の後押しをしたかもしれない。でも真守ちゃんの父親が他の女に手を出して、真守ちゃんを捨てたのは悪い事よ。絶対に。それは変わらないわ」
真守はアシュリンの言葉を聞いて、顔を悲痛で歪ませる。
父親が自分を酷く怖がっていた事を、真守は覚えている。
だから真守を遠ざけて、女のところに行っていた。
真守は女のところに父が逃げるのは不埒な事だとは知らなかった。
だがその善悪が分からないにしても、真守は人間が恐怖の対象から逃げたいと思うのは真っ当な行いだとは知っていた。
だから何も言わなかった。それがもっと恐ろしいと、男が思うことは分かっていた。
「あなたの父親はこの地で静養しているの」
アシュリンは真守を慰めて、優しく背中を撫でながら告げる。
「彼は、いまこの地にいる。でもあなたを会わせるわけにはいかないの。真守ちゃんは大丈夫だと思うわ。……でも、問題は彼の方だから」
真守を捨てた後。真守の父親はアシュリンに出会った事で、体調を崩した。
そのせいでぼんやりとした日常を過ごしており、本当に酷い時は薬で眠っている。
精神を病む程に、自分の子である真守が怖かった。
そして捨てた後にも、まるで真守に責められていると感じたのだ。
父親を破滅させたのは、真守が神さまになれるほどに完璧だったから。
それ以上の理由は、存在しなかった。
真守は自分が元凶となってしまった事をゆっくりと受け止めながら、静かにアシュリンを見た。
「……お、……お父さま、の体調は、ひどいの?」
真守は自分が追い詰めた父の事を呼んでいいのか分からず、躊躇いながらもアシュリンを見る。
アシュリンは真守の髪の毛を撫でながら、少しだけ言葉を濁す。
「そうね。安定している時間が長くなったけど、あまり良いとは言えないわ。……真守ちゃんにも、酷な事だと思う。でもはっきりさせておかないとって思ったの」
アシュリンはそう前置きすると、真守を見た。
「あなたはこれからレールのない道を歩むことになるんだもの。だからこの際はっきりさせた方がいいと思ったの。──だから、これを渡す決心がついたの」
アシュリンはそう言って、真守へと手紙を差し出す。
「別に燃やしてしまってもいい。このまま受け取らなくてもいいわ。今読まなくても、いつか読みたいと思った時に読んでもいい。あなたに任せるわ」
真守は目を伏せて、ゆっくりと考える。
そしてアシュリンから手紙を受け取ると、柔らかく微笑んだ。
「いま、読む」
決意した真守のことを、周りの者たちはただ黙って見守っていた。
真守は少し震える手で、手紙を開いた。
目はたどたどしく動いており、真守はゆっくり、ゆっくりと文字を追っていた。
その手紙は、優しい言葉で満ちていた。
最初に、真守を捨てたことへの謝罪が書いてあった。
真守が背中を押したにせよ、あれはやってはいけないことだったと。
そして、手紙には今の真守の幸せを願っている言葉が書かれていた。
それはとても温かい言葉で。真守は思わず、涙をぽろっとこぼした。
真守は手紙が汚れないように気を付けながら、静かに涙を零して手紙を読む。
そんな真守の涙を、垣根はハンカチを取り出して優しく拭った。
真守はすんっと鼻を鳴らすと、ふにゃっと笑った。
「お父さま、優しかった。大覇星祭、頑張ってたって。テレビで見られて良かったって。幸せになれる場所で、幸せに過ごしてねって書いてあった」
真守は柔らかく、ふにゃっと笑う。
深城は立ち上がって真守のそばに座ると、真守の事をギュッと抱きしめた。
垣根はもとから真守に寄り添っていた。
アシュリンも、真守にそっと寄り添った。
真守は誰も彼もが自分の事を想ってくれると知って、柔らかく微笑んだ。
ぽろぽろと涙を零しながらも、本当に幸せを感じて。穏やかに小さく笑っていた。