次は五月一六日木曜日。ついに最終回です。
流石にロンドンからウェールズという長距離移動から慌ただしく墓参りをするわけにはいかない。
そのため真守たちはマクレーン家の邸宅で一夜を明かした。
マクレーン家の邸宅は古いが、暖房設備は行き届いている。
真守と垣根が使用している部屋にはエアコンと共にガスの暖炉が設置されていて、朝霧が煙る冷えた早朝でも暖かかった。
(垣根の寝顔、やっぱりキレイ)
真守は自分の隣でぐっすりと眠っている垣根を見上げて、目を細める。
(かっこいい男の子。……私のだいすきなひと)
真守は静かに、すりっと垣根にすり寄る。
(私の、ヒーロー。私のことを大切にしてくれる、やさしいひと)
かつて、垣根帝督は悪党だった。
朝槻真守の事を利用しようとして近付いてきた。
だが本当はやさしい人なのだ。
ただ学園都市の悲劇によって歪んでしまった。
かけがえのない存在だったひとを喪って、垣根帝督は学園都市に幸福などないと知った。
学園都市は、悲劇で満たされている。そして誰もが、他者を利用しようと画策している。
それなら自分だって、他者を利用していいはずだ。
何故なら学園都市には、利用する価値だけはあるのだから。
本当にどうしようもない、犠牲を生み出し続ける学園都市。それでも、学園都市で培われている技術は本物だ。そして学園都市は、世界を統べている。
垣根帝督はそう信じていて、だから学園都市を掌握しようとしていた。
もちろん垣根帝督自身、自分が表立って学園都市を掌握できるとは思っていなかった。
だからこそ学園都市の中枢に食い込み、学園都市を裏からコントロールできる立場を欲していた。
その過程で、垣根帝督は真守に近付いた。
(ふふ。利用しようとした相手に手を差し伸べてしまうなんて。本当に垣根はやさしい)
あの廃ビルで別れを告げた朝槻真守を、垣根帝督は必死になって繋ぎ留めようとした。
切羽詰まった状態で放った真守の言葉に、垣根帝督は酷く動揺していた。
(垣根、あの時
あの時、垣根帝督はまだ朝槻真守が流動源力だと知らなかった。真守の大事な少女──眠り続ける源白深城が流動源力だと認識していた。それが上層部の情報操作だと知らなかった。
それなのに真守が
そして真守が追われている事に腹を立てて探しに来てくれたのだ。
あの廃ビルから、全ては始まった。
あの時垣根が手を差し伸べてくれたから、真守はこうして垣根と共にいられる。
それが真守は、たまらなく嬉しい。
利用しようとして近づいた相手に手を差し伸べてしまうなんて、悪党として三流もいいところだ。
だがそんな垣根が、真守はだいすきなのだ。
「…………垣根、だいすきっ」
真守は小さい声でこそこそと呟いて、垣根にすり寄る。
まだ起きる時間には早い時刻だ。
そのため真守は垣根の寝顔を見つめて、そして垣根の体温を感じて幸せに浸る。
そうしていると、垣根が目を覚ました。
「………………ん」
長い垣根の睫毛が、小さく震える。そして、黒曜石のような瞳がぼうっと真守を見た。
「おはよう、垣根っ」
真守は嬉しくて笑うと、きゅうっと垣根にすり寄る。
「…………おはよう、真守」
垣根は布団の中で密着してきた真守のことを、優しく抱きしめる。
そして真守の小さい頭に、緩くキスを落とした。
垣根は朝からご機嫌な真守に、優しく微笑みかける。
「真守。かわいい。朝から良いモン見られた」
真守はきょとっと目を見開く。だが垣根が何を良いモンと言っているのか気が付いた。
「!!」
真守は自分の体を掻き抱くように抱きしめる。
真守はいま、ベビードールを着ていた。伯母であるアシュリン=マクレーンが誕生日にプレゼントしてきた高級品である。
真守は白人の血が入っているため、肌が白い。その肌よりも真っ白な、純白のベビードール。
ふくよかな胸は、ふんだんに刺繍があしらわれているレースの布によって包まれている。
だがよくよく見れば、真守のふくよかな胸がどのような状態になっているか丸見えである。
ブラ部分からレースの布が胴体やくびれを隠すように降りているが、レースが薄いため透け透け。
しかも布は真守の胸の中心から斜めに降りているため、お腹は丸見えである。
足や手にはレースのバンドがされていて、真守のアイドル体型を丁寧に彩っている。
ベビードールの下着はぎりぎりまでロー。しかも──紐パン。
だが真守はベビードールだけを着ているのではない。垣根のパーカーを羽織っていた。
それがなおのこと──えっちである。
ぼぼっと、頬を赤くする真守。
涙目になると、真守は布団の中で自分の身を隠すようにぐるんっと丸くなる。
「も、もぉお嫁に行けない……ッッッ」
「何言ってんだよ。俺が貰うって決まってんだろ」
垣根は小さく小さくなって布団の中に丸くなって消えて行った真守を感じながら笑う。
「おばさま、おばさまのばぁか……ッ」
真守は布団の中から、くぐもった声で恨めしい声を出す。
朝槻真守は血に混じりがあるため、ケルトの民として受け入れられない。
そして半分ケルトの血が混じっているため、マクレーン家の邸宅内を自由に歩き回る事ができない。邸宅に掛けられたケルトの魔術が、誤作動を起こしてしまうからだ。
だから真守は自分の身の周りの世話を、アシュリンが指示したメイドに任せていた。
そして入浴後に用意されたのが、ベビードールとバスローブだけだった。
「おばさま……ッわ、私のぱじゃま返して……ッかわいいの、用意してくれただろ……ッ」
ロンドンに滞在している時、アシュリンは真守のために様々な服を用意してくれていた。
その中に、シルク生地のワンピースタイプのネグリジェもあったのだ。
「おーい、真守。丸くなるな。大丈夫、かわいいぜ」
垣根は布団の中で丸くなっている真守の背中を、布団の上から優しく撫でる。
そしてニヤッと笑って、真守の背中をいやらしくつつつーっと人差し指で撫でる。
真守はびくんっと一度反応しながらも、必死に耐えてぷるぷる震える。
そんな真守に、垣根は機嫌よく声を掛けた。
「俺はお前の伯母にすげえ感謝したけど。だってめちゃくちゃ可愛いし、すげえヤる気になった。燃えに燃えた」
「うぅー……ッうぅー……っ」
真守は恥ずかし過ぎて、布団の中ですんすんと鼻を鳴らす。
垣根は笑うと、カブトムシにアシュリンが用意したネグリジェを持ってこさせた。
「ほら、真守。この後シャワー浴びるんだろ。それまでこれに着替えてろ。昨日お前の伯母が
垣根はぽんぽんっと真守の頭を撫でると、布団をめくる。
「お前は何着てもかわいい、真守」
垣根は真守の小さな頭に、ちゅっとキスをする。
明るい部屋で見ても、真守のベビードール姿は本当に愛らしい。
垣根帝督はめちゃくちゃアシュリンに感謝していた。何故ならアシュリンが機会を作らなければ、こんなに早く真守のベビードール姿を見られるはずなかったのだ。
「かわいい姿を俺だけに見せてくれて嬉しい」
真守はすんっと鼻を鳴らすと、着ている垣根のパーカーで体を隠しながらベッドの上に座る。そして涙目になって、垣根を見上げた。
「……かきね、やっぱり……私のこういう姿、うれしい?」
「すげえ嬉しい」
垣根は不安そうにしている真守のことを抱きしめる。
真守はアシュリンが用意してくれたネグリジェを引っ張りながら、垣根にすり寄る。
「学園都市に帰ってもそういう姿、たくさん見せてくれると嬉しい」
真守は垣根に甘く囁かれて、へにゃんっと顔を歪める。
「………………気が向いたらな」
真守はぽそぽそと呟く。その言葉が、垣根帝督をその気にさせた。
「真守」
垣根は真守のことを呼ぶと、ぐいっと引っ張る。
「!? だ、だめっ朝からはだめぇー!! 昨日、たくさん相手した!!」
真守の叫び声が朝から響く。
いつもの通り、垣根帝督と朝槻真守は朝から仲良しだった。
──────…………。
朝食を食べて、一息ついた。
そしてセーラー服に着替えた真守は、牧草地が広がる丘の上にやってきた。
もちろん垣根や深城、
真守の隣にはアシュリンがいて、ランドンも共に立っていた。
真守の目の前には、ケルト十字が打ち立てられた墓がある。
そこにはAmelia=Mcleanと書かれていた。
正真正銘、朝槻真守の母親の墓だ。そしてアシュリンの双子の妹の墓でもある。
マクレーン家の領地を一望できる丘の上。
真守の母は、いつもこの丘から景色を見ていたらしい。
だからアシュリンはここに双子の妹の墓を建てたのだ。
アメリアがどんな思いでこの景色を見ていたのか、分からない。
だがその景色を、真守は花束を抱き上げたまま見つめていた。
真守の手には、エルダーフラワーの花束が抱かれている。
真守は草むしりが終わって退いたアシュリンを傍らに、墓石の前にセーラー服が汚れる事も躊躇わずに腰を下ろす。
そして花束を置くと、そっとケルト十字の墓に手で触れた。
「お母さま」
真守は慣れない言葉を、懸命に絞り出す。
「…………真守は…………真守は」
緊張して息を呑んだ後、真守はふにゃっと笑った。
「真守は幸せです。愛してくれる人たちに囲まれて、とても幸せに暮らしています」
真守は涙が零れないように微笑んで、言葉を続ける。
「お母さまがどこにいるか分からないけど……それを知ってはだめだけど。真守はここでちゃんと幸せに生きていますよ。だから、気にせずにお母さまも暮らしてください。──大丈夫だから」
天国という場所にいるのか。あるいは恩情によってケルトの異界で過ごしているのか。
それは知ってはならないことだが、それでも母はきっと穏やかに暮らしているはずだ。
だって神さまになる子供を産んだ偉業を成したのだから。
そんな子供が、本当に幸せを願っているのだから。
だからきっと、母はどこかで幸せに過ごしているだろう。
『奇蹟』はとある想いをトリガーにして生み出される。
その想いがあれば、母がどこかで幸せに暮らすという『奇蹟』だって引き起こせる。
ここまで、色々な事があった。
学園都市に捨てられて。研究所に所属して、源白深城に出会った。
そこから学園都市の表で生活するために、努力をした。
高校生になって、初めて学校に通った。クラスメイトができた。
そして──垣根帝督に出会った。
大切な人が、どんどんと増えていった。愛する人たちが、幸せになれる事を望んだ。
永遠を生きる事が運命づけられている真守。
それでもその永遠を、共に過ごすと誓ってくれた人たちが大勢いる。
自分を愛してくれる人たちが、いつまでも一緒にいてくれる。
だからこれからも、大丈夫。
真守はじっとしたまま、自分の母へと思いを馳せていた。
何十分も経ったかもしれない。あるいはそんなに経っていなかったもしれない。
それでも真守はゆっくり頷くと、墓石に笑いかけた。
「もう、行くね」
真守はそう告げると、ゆっくりと立ち上がった。
「また来るね、お母さま」
真守はそう挨拶をすると、満面の笑みを見せた。
小さく手を振ると、真守は垣根たちと歩き出す。
どこからか、温かい気持ちが流れてきた。
真守はその気持ちを感じながら、ふにゃっと笑った。
そしてぽろっと一粒涙を流して、もう一度振り返った。
墓石を見て真守は笑うと、前を向く。
「帰ろう、学園都市へ。私たちの街へ」
真守の言葉に一同は頷いた。
学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリー。
彼は
悲劇に溢れた学園都市を変えていくのは真守たちだ。
ここからが始まり。ここからがレールの敷かれていない、新たな世界。
「真守ちゃん」
真守が未来に向かって歩き出すと、アシュリンが笑いかけてきた。
アシュリンは真守の小さな手を握ると、柔らかく微笑む。
「応援しているわ、真守ちゃん」
「ありがとう、伯母さま」
真守はアシュリンと繋いでいる手に力を込めて、そっとアシュリンにすり寄る。
アシュリンは真守のことを優しく抱きしめる。そして優しく、真守の小さな背中を撫でた。
そこに、確かなぬくもりを感じて。真守は微笑む。
優しい人たち。頼りになる人たち。
そして。自分が幸せにしたい人たち。
愛する子供たち。
彼らを守るために。幸せにするために。
朝槻真守は大切な人たちと共に。学園都市に──帰還した。