とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第三六話、投稿します。
次は九月一四日火曜日です。
後日談篇です。絶対能力者進化計画が長くなってしまうので区切りました。



絶対能力者進化計画篇:後日談
第三六話:〈新造生命〉との出会い


(眠たい……)

 

はふ、と欠伸をして涙を目に滲ませながら真守は公衆電話でハッキングを続けていた。

 

(美琴の心を折るために主導部が外部に委託しまくった結果、私の情報があらゆる研究所に拡散。一八三か所のハッキングに加え情報の流出を防ぐのは流石に骨が折れる)

 

真守は能力を行使しながらぶつぶつと心の中で呟く。

 

(テレスティーナが執着していた能力体結晶は『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』のメインストリームから切り取られたもので、木原幻生が能力体結晶について提唱したのは知っていた……が、まさか一方通行(アクセラレータ)の『絶対能力者進化計画』の提唱者も木原幻生とはな。SYSTEM研究分野の重鎮であるヤツは現在行方不明……私に行方が追えないってなると、相当食えないヤツだ)

 

真守はそこでもう一度欠伸をしてまるで猫が顔を洗うように目をごしごしと(こす)る。

 

(垣根にまた徹夜かお前って言われる……。でもしょうがないし。これだけはどうにかしないといけない。……それに垣根にバレたくないから早めに処理しないと)

 

垣根帝督は統括理事会直属の暗部組織『スクール』に所属している。

情報収集能力は高く、情報担当の誉望万化もなかなかの腕前を持っている。

調べようと思えば垣根は『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』について調べられる立場を持っているのだ。

 

垣根には自分が絶対能力者(レベル6)という人ではない何かに進化(シフト)できるという可能性を持っている事を知られたくなかった。

それは絶対能力者(レベル6)進化(シフト)できないとされている垣根を気遣っているのではなく、ただただ純粋に人以外の何者かに進化するという可能性を秘めているのを知られたくないのだ。

 

(私のハッキング技術に対抗できるのは『守護神(ゴールキーパー)』くらいだから垣根が動く前に何とかすれば大丈夫だろう。……そう言えば『守護神』って風紀委員(ジャッジメント)なんだっけか。もしかして初春飾利?)

 

真守は一七七支部で圧倒的な情報処理能力を持っていた初春飾利を思い出す。

 

(一七七支部にちょっかい出せば分かるかな。久しぶりに腕試しができそうで面白……じゃない。今は目の前の問題を片付けなければ)

 

真守はPDAでウィルスを組み上げて、それを一八三か所の研究所に送りつけた。

 

「よし、これでデータは消去できる。その前に複製したデータを借りているデータサーバーに収集するように指示を出して、っと」

 

真守が演算に割いていた脳のリソースを解放して外に意識を向けた途端、ふと違和感があった。

 

「……ん?」

 

真守はそっと公衆電話の天井を見上げた。

 

「垣根?」

 

垣根帝督が放つAIM拡散力場の反応が天井にある。

正確には天井の上。

 

(いや、でもなんか微弱だな。小さいし。……なんだろう。垣根のAIM拡散力場の一部分を複製しているみたいな。……何かの実験に垣根が使われてる?)

 

真守がPDAとルーターを片付けると、公衆電話を箱のように区切ってあるガラスに手を触れて、天井へと伝うように能力で衝撃波を与えた。

 

トンッと、軽い音を立てて何かが地面に転がり落ちた。

それはひっくり返って六本の足をジタバタとして体勢を立て直そうとしていた。

 

「え」

 

真守は公衆電話から出てそれに近づくと、膝を曲げて地面に腰を下ろして固い大きな背中によってひっくり返っているそれを両手でむんずと掴み上げた。

 

「何だコレ」

 

白いカブトムシ。

B5レポート用紙に乗るくらいの体長二〇センチほどのカブトムシで、曲線で構成された体は生物的。それでも表面が車のフレームのようにつるっとしながらも輝きを帯びており、日光に当たると表面が薄く虹色に煌めく。

ヘーゼルグリーンの瞳を持つ、どっからどう見ても白いカブトムシとしかいいようがない摩訶不思議な生物が真守の手の中にいた。

 

「いや、これ一体? ……人造生命体か? ……あ、もしかして未元物質(ダークマター)で垣根が作ったのか!?」

 

真守がカブトムシを(かか)げて目線を合わせながら叫ぶと、カブトムシはヘーゼルグリーンの瞳をレンズのように拡大、縮小して真守を捉えた。

そして背部の装甲が展開されて真守の目の前で薄い羽が展開された。

 

(え、こんながっしり掴んでるのに飛んで逃げられるのか? どんな馬力だ?)

 

自分の手から逃れるためにカブトムシが羽を広げたのか真守が心の中で呟くと、真守の予想を超えてカブトムシはその薄い羽を高速振動させて疑似的な声を発した。

 

『私は知っていますが、あなたは私の事を知らないのではじめまして、と挨拶させていただきます』

 

「……ハジメマシテ」

 

真守は挨拶をされたので律儀に挨拶を返して小さく頭を下げる。

 

『私たちは超能力者(レベル5)第二位。垣根帝督(オリジナル)により未元物質(ダークマター)によって生み出された人造生命体、通称カブトムシです』

 

「あいつは人造生命体を一か月足らずで造り上げたのか。なんという創作意欲。……ん? 私『たち』?」

 

真守は垣根の向上心に感心するが、自分で強調した単語が気になってコテッと首を傾げた。

複数形という事は目の前にいるカブトムシだけ垣根が造ったわけではないらしい。

 

『はい。私たちカブトムシはネットワークを構築し、そのネットワークによって完全に意志を統率されている人造生命体群です』

 

「最近のトレンドはネットワーク構築なのか?」

 

『トレンドというのは分かり兼ねます』

 

カブトムシが真守の言い分にヘーゼルグリーンの瞳をカメラのレンズのように収縮させるが、真守はそんなカブトムシの前で顔をしかめて思考する。

 

「垣根は妹達(シスターズ)の事は絶対に知らなそうだし、木山春生がAIM拡散力場で脳を束ねたからそこを参考にしたのか。成程。つまりお前たちは未元物質(ダークマター)でネットワークを構築して、意志を統率。そして未元物質(ダークマター)を通じて垣根とも繋がっているんだな?」

 

『正確には違います』

 

「……正確には?」

 

真守がカブトムシの言葉にきょとっと目を見開くと、カブトムシがつらつらと説明する。

 

『私たちは垣根帝督(オリジナル)のAIM拡散力場の一部を基盤(ベース)にして組み上げられており、垣根帝督とAIM拡散力場を共有しています。つまり垣根帝督(オリジナル)からの一方的な繋がりが確立されています』

 

「ちょっと待て。今なんて言った?」

 

聞き捨てならない台詞だったので、真守は即座にカブトムシに説明を求めると、カブトムシが詳しい説明をする。

 

『私たちは垣根帝督(オリジナル)とAIM拡散力場を共有する事で、垣根帝督との繋がりを確立していると言いました。ですが私たちに植え付けられたAIM拡散力場は垣根帝督の一部ですので垣根帝督(オリジナル)とは限定的に繋がれており、垣根帝督からのオーダーだけが一方的に通る形となっています。反逆防止機構の一つですが、そもそも垣根帝督(オリジナル)のAIM拡散力場を一部しか植え付けられていない私たちは垣根帝督には勝てません』

 

「AIM拡散力場の一部を基盤(ベース)にした!? ……あ、アイツ! だからデータの提供にやけに乗り気だったのか!!」

 

真守は木山春生主導の下、AIM拡散力場を感じ取って能力者を系統別に見分ける力を身に着けた。

その時に系統別に属さない特殊事例のデータが欲しかったのだ。

 

その時丁度近くに大変希少な能力である未元物質(ダークマター)を保有する垣根帝督がいたので、垣根のAIM拡散力場のデータ提供を真守はダメ元で『お願い』した。

 

自分の能力がこの世で一番有用性があり、他の誰に分析されるのもそれを利用されるのも嫌がりそうな垣根は絶対断ると思った真守だが、垣根は真守の予想を超えてやけに積極的だった。

 

ただ単に自分のAIM拡散力場の分析に興味があるのかと思っていたが、『幻想御手(レベルアッパー)のようにAIM拡散力場を媒体とするネットワーク構築に用いるための自分のAIM拡散力場の分析データが欲しかった』というのがどうも積極的な理由だったらしい。

 

『あなたの分析結果が私たちと垣根帝督(オリジナル)を繋ぐための架け橋となりました。ありがとうございます』

 

「……まあ、この状態だとWin-Winの関係になったから私は別に構わないケド。……ん? AIM拡散力場の一部を植え付けた……?」

 

真守はそこで引っかかりを覚えて目を瞬かせた。

AIM拡散力場の核には自分だけの現実(パーソナルリアリティ)が存在する。

 

自分だけの現実(パーソナルリアリティ)とは言ってしまえば能力者が主観的に捉えている世界の事で、それがあるから能力者は能力を行使できる。

 

AIM拡散力場の完全解析が研究者の間で終了していない現状、AIM拡散力場から能力を行使するための自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を抽出するなんて夢のまた夢だ。

 

だが真守はこの学園都市においてAIM拡散力場を一番緻密(ちみつ)に解析できてていると言っても過言ではない程で、その証拠に自分だけの現実(パーソナルリアリティ)()()()()数値化に成功している。

 

その真守の解析結果を垣根は流用した。

それはつまり──。

 

「ちょっと聞きたいんだケド、まさかお前たちは単体で未元物質(ダークマター)を使える……とかはないよな?」

 

真守が恐る恐る訊ねると、カブトムシは無機質な発声で告げた。

 

垣根帝督(オリジナル)によって「更新」が続く限り、未元物質(ダークマター)を発動する事ができます』

 

真守はカブトムシの爆弾発言に、思わず声を荒らげた。

 

「それは垣根が存命している限り『無限の創造性』をお前たちも持てるって事だろ! つまりお前たちは垣根の命令一つでネズミ算式に無限増殖するってワケだ! ……という事は……っ!?」

 

真守はそこでとある事に気が付いて息を呑んだ。

 

「アレか!? アイツは一人で軍団でも作るつもりか!? ま、まさか……っ()()でも作ろうとしているのか!? 自分の名前が名前だから!? ……それだとお前たちはアレか? アイツの名前と字面を取ってまさか『()()()()』とでも言うのか!? 何だソレ超能力者(レベル5)一人でも国家の軍隊と戦えるのにアイツは世界を相手取って戦うつもりじゃ……──だとしたら世界征服!? まさか世界を更地にして()()でも作り出す気じゃ、」

 

 

『テメエ黙ってりゃ好き勝手言いやがって、筒抜けなんだよコラ』

 

 

「きゃあっ!?」

 

突然カブトムシからガラの悪い疑似的な発声の音が響いたので、真守は意表を突かれてカブトムシをぽーんっと宙へ放り投げた。

 

真守に放り投げられたカブトムシは空中での姿勢制御が優秀なのか、くるっと一回転すると空中でその羽を振動させてヘリコプターのように静止した。

 

真守の先程の攻撃が不意打ちだったから公衆電話から落とされただけで、性能は十分良いらしい。

 

真守の前でカブトムシはホバリングしながらその薄い羽で発声する。

 

『帝兵さん。いいですね』

 

『オイ何気に入ってんだよ。全力でコケにされてんだよ分かってんのか?』

 

真守は二種類の疑似的な声が聞こえてきて目を白黒とさせる。

どうやらカブトムシが自分に配慮して垣根との会話が聞こえるように話をしているらしい。

 

『可愛いです』

 

『……チッ。オイ真守どうしてくれる。コイツらネットワーク上で自分たちの事そう呼び始めたぞ』

 

「………………自分の一部と自分でボケとツッコミしてる…………一人コント?」

 

『よーし。その減らず口ウチに来たら絶対に(ひね)り上げてやる』

 

真守がごくッと喉を鳴らすと、カブトムシの支配権を垣根が奪ったのか、カブトムシが真守の前にぶーんと飛んできて、薄い羽で風を勢いよく起こしてビクつく真守の整えられた前髪を巻き上げる。

 

真守はしっしっとカブトムシを手で払って前髪を直しながら顔をしかめ、カブトムシ越しに垣根に問いかけた。

 

「…………垣根、ずっと私のそばにこの子置いてたのか?」

 

『帝兵さんです』

 

「ていへいさん」

 

『おい端末。お前が話すとややこしくなるからちょっと黙ってろ。そんで真守もコイツの期待に応えるんじゃねえ」

 

真守が平坦な口調で呟くとカブトムシのヘーゼルグリーンの瞳がきょきょろっと動いて垣根が自分の端末(カブトムシ)に命令を送る。

 

「……で、どうなんだ?」

 

『元々コイツらは独自の情報網を手に入れるために作ったんだよ。その情報網に『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』の実験が引っかかって、それにお前が気づいて止めようと奮闘してたから様子を見てたんだ。…………お前が心配で』

 

真守は事の経緯を話した垣根をカブトムシ越しに悲痛な表情で問いかける。

 

「……じゃあ、ずっと見てたのか…………?」

 

『……まあな』

 

垣根がずっと自分を心配して見守っていたという事は、真守が垣根に知られないように絶対能力者進化(レベル6シフト)計画の痕跡を消そうと躍起(やっき)になっていたのも全部知っているという事だ。

そして真守が何に恐怖しているのかも、それが人には理解できない贅沢な悩みという事も知ったのだ。

 

垣根に知られたショックで、真守は思わず、ぺたんと地面に座り込む。

 

(…………今度こそ、垣根にあの事話さなくちゃいけないのか? で、でも。……どうしよう。絶対能力者進化(レベル6シフト)計画の事知られても、い、言いたくな、)

 

『真守』

 

垣根は空中に浮かぶカブトムシを地面に降ろすと、顔を真っ青にしている真守の太ももに、真守を慰めるために足を一本かけるようにカブトムシに命令する。

 

『早く後始末してウチに来い。そうじゃなきゃゆっくり話もできねえ。……お前の恐怖は分かったから』

 

「…………うん」

 

真守はカブトムシに手を伸ばして抱き上げて自分の目線に合わせ、カブトムシのヘーゼルグリーンの瞳越しに垣根を見つめて頷いた。

 

無機質な色を放っているカブトムシの瞳には真守を思いやる垣根の気持ちが乗せられており、確かにそこに存在していた。

 




真守ちゃんが超えてはいけないラインを反復横跳びした事によって爆誕した垣根帝督(提督)の兵隊さん。略して帝兵さん。

真守と帝兵さん(愛称)の会話にあった通り、『流動源力』のカブトムシは新約のカブトムシのように能力の噴出点を分けているのではありません。
新約の05は自分を垣根帝督として『再定義』する事で垣根帝督としての白い体を獲得しましたが、『流動源力』のカブトムシはあくまで垣根くんの端末であり、垣根くんが死ねば端末であるカブトムシは機能しなくなりますので『流動源力』のカブトムシが白い垣根くんの体を得るという事はありえません。
白い垣根くんが登場する時点で垣根くんはほぼ死んでるようなもので、垣根くん死んだら『流動源力』のカブトムシも機能が停止するので、二重の意味でありえないと明言しておきます。

垣根くんが情報網として白いカブトムシ作ったならば、偵察用の白いトンボが妥当では? となるかもしれませんが、作者はカブトムシの方が好みなのでカブトムシです(身勝手の極致)。
後々都市伝説になった時トンボよりもカブトムシの方がかっこいいですし。
でも新約で出てきた05のような一五メートルくらいの個体も作ろうと思えば作れます。
『無限の創造性』ってすごい。

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