次は九月一六日木曜日です。
だが垣根には一つ真守を問い詰める事があった。
「おいコラ真守テメエ。もう一つ大事な話がある」
「……なんでそんなにケンカ腰?」
真守は幸せそうに瓶の底の方のチーズケーキを必死にスプーンですくっていたが、垣根の臨戦態勢にきょとっと目を見開いてから垣根を見上げて小首を傾げた。
「喧嘩腰にもなる。お前、いつ
「……一方通行。えっとー……五、六年前だと思う」
真守は目を泳がせながら垣根のその追及に答えた。
「は?」
(昨日今日じゃねえ……だと?)
垣根が愕然としているのに気まずさを感じつつも、真守はつらつらと説明する。
「
「け……研究所時代に…………会ってた……?」
「え? 嫌いなのは知ってるがなんでそこまで怒りを押し殺そうと頑張っているんだ……?」
奥歯を噛み締めて何かに耐えるように唸っている垣根を見て、真守は小首を傾げた。
ポルターガイスト事件の際に垣根の過去と心境について聞いた真守は、垣根が
垣根は自身の能力、
だが『破壊性』を持つ一方通行のベクトル操作の方が『創造性』を持つ自分よりも価値があると研究者に勝手に決められてしまったのだ。
自分の生まれ持った性質における他人からの評価は努力によって
一番にはなれない永遠の二番手。
三番目ならばまだ諦めの余地はあるが、あと一歩届かない地位にいるというのは悔しいものだ。
だが自分が過去に一方通行に会った事があると言ってどうしてそこまで怒りを押し殺す必要があるのか、その怒りが一体どこから湧いてきたのか、真守は即座に判断できなかった。
(……嫉妬で憎さ倍増か?)
真守が推察した理由は当たっていた。
この世で最も憎い敵である
それに加えて自分は情報でしか知らない真守の研究所時代に会った事があるなんて事実が発覚して、垣根の
「……えーと、垣根?」
自身の嫉妬と憎悪、それと劣等感に燃えている垣根に真守は声をかける。
「あ?」
「機嫌ワル。あのな、垣根。私にとって垣根は特別だ。だって何があってもそばにいてくれるんだろう?」
垣根が地を這うような声を出して返事するので、真守は顔をしかめながら垣根の頬に手を伸ばして触れてから、ふにゃっと微笑んで告げた。
「……ああ」
「私は確かに周りの人を救いに動くが、何があってもそばにいてくれるお前の下にちゃんと戻ってくるから。な?」
真守は垣根に純然たる事実を言い聞かせるようにゆっくり告げた。
「ダメだ」
だが今回ばかりは通用しなかった。
「お前が誰を助けに行っても構わねえ。だがヤツだけは絶対にダメだ。近づくな」
ブチ切れた垣根は怒りで片方の眉を跳ね上げたまま、真守へと語気を強めて迫ってきた。
真守は一瞬時が停止したかのように固まった後、
「無理」
と、ジト目のまま首を横に振って垣根の『お願い(命令)』を拒絶した。
真守の言い分が気にくわない垣根は自分の頬に触れていた真守の手をガッと掴むと怒号を上げるために口を開く。
「無理じゃねえ! こっちはヤツがお前に接触した時点でぶち殺したいのに、お前が人殺しを嫌うから仕方なく気持ちを落ち着けてんだよ!!」
「仕方ないとか言うな! そこで我慢できるなら
「そこはもう許容範囲超えるんだよ!」
真守が珍しく声を上げて反論すると、真守よりも大きな声で垣根が心中を暴露した。
真守は思わず小さな口をぽかんと開けてしまう。
先程自分が人ではない何かに変わってしまったとしても垣根は一緒にいてくれると言ってくれたばかりだった。
なのに。
なのに……。
「
真守は
「小さい! 小さすぎるよ垣根! もうちょっと大きい男になれよ!」
真守が小さい小さいとわめくと垣根はその真守の叫びよりも大声で怒鳴る。
「別に小さくねえよ! お前がデカすぎるだけだ!!」
「別に私の器のデカさは今関係ないだろうが!」
真守が垣根に匹敵するようにガウッと吠えると、垣根がピキッと顔を引きつらせて叫んだ。
「うるせえ! とにかく会うんじゃねえ!!」
(めんどくさい。……すごくめんどくさい!)
真守はブチ切れている垣根を見つめながら心の中で思わず何度も呟く。
先程まで気落ちしており、垣根の救いの手によって真守は暗闇の中で一筋の光を見つけられて心の底から穏やかな気持ちになれて、心底自分が幸せ者だと思っていた。
だが真守は現在、何もしてないのに浮気していると見られ、恋人に糾弾されるような何とも形容しがたい悲しい気持ちになっていた。
この落差は流石にないと思う。
垣根は元来優しい性格だ。
だが研究所時代に大切な人が使い潰されて、研究者の悪意なき探求心を知った。
そこから彼らを見返そうと必死に努力しても研究者は自分の利益しか考えず、それにこの街の六割の
結果、垣根帝督は誰もが身勝手をするならば自分もやりたい放題してしまえばいいとして、他人を全く思いやらない暴君と化してしまった。
(あれ? 垣根が私に優しくするのって本当に奇蹟的なんじゃ……?)
先程垣根に真守が相手だから優しくできると言われたことを思い出した真守はその事実に愕然とする。
ひょっとしたらこの世で一番扱いが面倒な人間に捕まってしまったかもしれない。
(でも、一緒にいてくれるって言ってくれたし。それに扱いが面倒な点については深城も一緒だし……)
真守はそこで宙に浮いて事態を見守っていた深城にチラッと目を向ける。
深城は恍惚な笑みを浮かべて真守と真守に詰め寄る垣根を見て目をきらきらと輝かせていた。
深城は垣根の顔も声も認識できないが、長い付き合いの真守の反応で大体何が起こっているか把握する事ができる。
(あの真守ちゃんが……あの真守ちゃんが人に恋沙汰で詰め寄られてる……っ!)
修羅場大好きな深城は大好きな真守がラブコメを展開している事に感激して、心の中で何度もそう呟く。
最早コイバナ好きで娘の恋に口出しする母親と化していた。
絶対に後で何があったか根掘り葉掘り聞かれる。そして全部話すまで深城は自分の頭の中で声を響かせて騒ぎ立てるだろうな、と真守は遠い目をして考えていた。
(なんで私の周りってこう癖が強いヤツが多いんだ? ……ああ、なんかどっと一気に疲れがきて眠くなってきた……)
「……垣根」
「あ?」
真守は突然来た眠気に襲われて垣根に声を掛けると、垣根は地を這うような低い声を出した。
どうやら垣根は
「めんどくさいし、徹夜で眠くなってきたから寝る」
真守はそう宣言してぴょこっと
「……ッ!? このアマ! 逃げるんじゃねえ! まだ聞きたいことがあんだよ!」
「なんだよ」
垣根が真守のシールドに弾かれた手を押さえながら声を上げるので、真守は毛足の長いカーペットからいそいそと立ち上がりながら心底めんどくさそうに顔をしかめて垣根を見る。
「お前は実験止める前にヤツとどこで会ったんだよ! 操車場でヤツを止めた時も、病院でヤツと話してる時も随分と親しそうだったじゃねえか!」
「……、」
真守は垣根の器の小ささに呆れてしまってジト目で垣根を睨みながらすすすーっと後ろ歩きをして垣根のベッドへと向かう。
真守はぽふっとベッドに座りながら、なおも糾弾する視線を送ってくる垣根をじぃーっと見つめてから、
「もー……別にどこでもいいだろうが」
と、めんどくさくなって投げやりになるとごろん、と垣根のベッドに横になった。
「よくねえ! お前がどんな人間助けようが俺は一向に構わねえ。だがヤツだけは駄目だ、絶対に接触するな!」
垣根がベッドに近づきながらまくしたてる中、真守は体の向きを変えて鬼の形相でこちらに向かってくる垣根を眠くなってとろんとした目で見上げる。
「そんなコト考えてないで自分の器の小ささについてちょっと考えてろ…………」
真守はその言葉を残してふあ、と猫のように優雅に欠伸をしてから一瞬で寝た。
蒼閃光で形作られた猫耳と尻尾を出して能力を解放したまま、真守は小さな寝息を立てて寝始める。
(寝たまま能力使えるとか、イルカみたいに右脳と左脳で半球睡眠でもしてんのかよコイツ)
垣根はベッドに近づいてベッドの上で丸くなって穏やかな表情で眠り始めた真守を睥睨する。
(人の気も知らねえでこのアマ……)
心の中で毒吐いていた垣根だが、すやすやと眠る真守の姿が愛しくなって、結局
(しっかし
垣根はテーブルの上に置いてあった端末を取り寄せて『
(『神の頭脳』に『神の身体』か。そういや真守に聞くの忘れたが、この二つって具体的にどんなもんなんだ?)
垣根は真守と
(この七年間の特別な
垣根は端末を操作して『
朝槻真守は
だがそれでも『人の精神』から『神の精神』に変質する事に変わりはない。
精神が組み変わっていく事に人間が恐怖を覚えるのは人として当然だと垣根は思う。
人ではない何かに変わるのが自分の行き着く先だと知れば普通の人間は絶望する。
それでも真守は自暴自棄にならずに学園都市で幸せに暮らす学生たちのことを考え、彼らの幸せを奪わないように学園都市と戦っている。
自分の結末が人でなしであろうと、その恐怖と絶望に
真守は孤独な戦いを五年間ずっとしてきた。戦いながら陽の光の下へ暮らしてきた。
そんな真守は自分の凝り固まった考えを崩して、自分に生きる希望と可能性を与えてくれた。
垣根にとって真守は何物にも代えがたい大切な女の子となった。
そんな少女が穏やかに眠っている姿を見て、垣根は心が温かくなって目を細めた。
全てが滅びようとも自分は真守と永遠に一緒にいられる。
「俺は能力者が滅んでAIM思念体の形を保てなくなってお前と意思疎通ができなくなる源白深城とは違う。俺はお前のそばにいつまでもいる。……必ず」
垣根は眠る真守へとそっと決意を口にする。
真守は良い夢でも見ているのか、垣根が口にした決意に応えるように声を小さく漏らして幸せそうに微笑んだ。
友達に会っただけで糾弾してくる重い恋人みたいな垣根くん(一方通行限定)。
垣根くん……だから原作でチンピラって言われるんですよ……。