次は九月一九日日曜日です。
──革命未明篇、開幕。
※三五話の題名の意味が季節と合わなかったので変更しましたが、内容に変更はありませんのでご了承ください。
第四〇話:〈神罰匹敵〉の所業
(ん? この強力な発電系能力者のAIM拡散力場って、美琴じゃないか?)
第三新病棟の私的研究室から病室に戻る途中で、真守は強いAIM拡散力場を感じ取って首を傾げた。
気になった真守はAIM拡散力場を追って歩き、曲がり角からひょこっと顔を出す。
するとやはりそこには美琴がいて、廊下にある待合用のソファに座っていた。
美琴の隣には黒髪の少女が座っており、真守はその少女にどことなく見覚えがあった。
「美琴、どうした?」
あからさまに気落ちした重い空気を感じて真守が心配して二人に声をかけると、真守に気づいた美琴と少女は同時に顔を上げた。
「あ、朝槻さん」
美琴が真守の登場に目を見開くもやはり元気のない声で呟く。その隣で黒髪の少女が目をぱちぱちと瞬かせた。
「この人が消えた八人目の
「あ、うん。佐天さんは二度目よね。そう、朝槻真守さん」
美琴が佐天と呼ばれた少女に真守の紹介をする中、真守はどことなく見覚えがある少女を見つめて記憶を探り、そして思い出して声を上げた。
「……ああ。お前、そう言えばテレスティーナと敵対した時に一緒だったな。自己紹介が遅れてごめん。初めまして、朝槻真守だ。よろしく」
「あ、ハイ。佐天涙子です。よろしくお願いします。……うわ、都市伝説の消えた八人目だ、本物だぁ……」
真守が挨拶すると佐天は感激した様子で真守をじっと見つめる。
「お前、私の都市伝説知ってるのか?」
真守が訊ねると自称、都市伝説ハンターの佐天は目をキラッキラと輝かせる。
「はい! あらゆるエネルギーを生成する消えた八人目の
佐天は真守の都市伝説をすらすらと告げてからハッと息を呑んで真守を見上げる。
真守は佐天の反応に困ったように顔をしかめ、美琴は佐天の都市伝説好きに苦笑していた。
「不幸になるのは私を襲ってきて私に撃退される不良なんだ。外見が黒猫に似てるから遭遇したら誰も彼もが不幸になるとか噂されているが、私はそんななりふり構わず人を襲わない。まったく、良い迷惑だ」
「なるほどね。確かに朝槻さんに会った不良はみんな不幸になるわね」
真守が不愉快そうに眉を顰めると、真守の強さが身に染みている美琴は思わず苦笑する。
「お前たちはなんでこんな夜遅くに病院にいるんだ?」
自己紹介が終わったので真守が最初から思っていた疑問を口にすると、美琴と佐天は顔を合わせてからここ数日の出来事を話し始めた。
美琴たちが数日前に公園で見つけた
馴染みの施設に引き取ってもらうまで美琴たちが一時的にお世話をしていたのだが、その子が原因不明の高熱を出してしまった。
その処置のために病院に行ったが、設備が整っていないと言われ、その病院からこのマンモス病院を紹介されて運び込まれたらしい。二人はその付き添いというわけだ。
「それは心配だな。でも先生に任せておけば問題ない。あの人は生きてさえいればどんな命をも救ってくれる人だ。だから少し気を抜いた方が良い。その子が元気になる前に、お前たちが疲れてしまうぞ」
「そんな凄い先生がいるんですか?」
真守が得意気に呟くと佐天が目を見開いて真守に問いかけた。
「うん、私の主治医だ。カエルに似ているからカエル顔の医者だとか呼ばれるが、とっても有名な人だ。だから大丈夫」
「……うん。あの人なら安心よね。そうよ、大丈夫だわ…………」
真守が
元気づけたのに相変わらず暗い様子の美琴が気になって、真守は怪訝な表情で目を細めた。
「美琴、お前大丈夫か?」
「……ええ。問題ないわ」
どう見たって思い詰めているのに気休めだとあからさまに分かる反応を美琴がするので、真守はムッと口を尖らせる。
御坂美琴は『
真守は美琴に近づくとそのおでこにデコピンを食らわせた。
「いたっ! い、いきなり何すんのよ……っ!」
「美琴。お前は思い詰める癖がある。お前にそんな顔は似合わない。私にお前の生き様を見せてくれるんじゃなかったのか?」
美琴は真守のぶっきらぼうな言葉に目を見開く。
真守は美琴に『
表の世界にいたのに『闇』に引きずり込まれてしまった美琴が表の世界でこれからも穏やかに生きていくという生き様は、新たな『闇』との付き合い方なのだ。
美琴のこれから進む道に非常に価値を感じた真守は、美琴にその生き様を見せてほしいとお願いした。
そんな美琴が『また「闇」が関わっているかもしれない』と気落ちしている姿は『闇』に負けてしまっているようなもので、真守はそれが非常に気になった。
美琴にはどうか絶望しないで頑張って欲しい。
そんな真守の想いを理解した美琴は柔らかく微笑むと、気分を入れ替えるために小さく頷いてからいつもの強い意志を瞳に宿した。
「ええ。分かってるわ、そんな事」
いつもの美琴に戻った姿を見て、真守はそれでこそ美琴だと言わんばかりに頷いた。
「良かった。……お前たちがフェブリが心配で緊張する気持ちは分かるが、緊張しっぱなしだと疲れるぞ。飲み物奢ってやるからそれで一息つくと良い」
「え? い、いいですよ! そんな!」
佐天がほぼ初対面の真守に遠慮すると、真守は既に歩き始めながら首だけで動かして二人を見つめて微笑んだ。
「年上には甘えておけ、中学生?」
真守はそれだけ告げると、手を挙げて去っていく。
「やっぱり、かっこいい人ですね……」
「うん、本当に。……やっぱり?」
佐天の呟きに美琴は心の底からしみじみと告げたが、佐天の言葉に首を傾げた。
──────…………。
佐天と美琴が自分の話をしているのを知らない真守は、ただ淡々と自販機へと向かっていた。
『真守ちゃん』
真守が歩いていると、深城が突然現れて真守に並走して宙を泳ぐ。
この時間、本来ならば深城は学園都市の夜を駆け回っているはずで、深城が病院内にいるのは珍しかった。
『なんかね。さっき不思議な子が病院に入ってきたの。綺麗な金髪に紫色のおっきなまん丸な瞳をぼうっとさせててね。あ、それとかわいいゴスロリ着てたの』
「……待て。お前に認識できる人間だと?」
深城の言い分に真守は怪訝な表情をして深城を見上げた。
源白深城は朝槻真守以外の人間を認識できない。
その場に誰かがいることは分かるが、それが誰だか分からない。
映画などの一度データにされた映像などの人物は理解できるのだが、生身の人間の容姿が分かるなんて本来あり得ない事だ。
「その子は一人で来たのか?」
『ううん、服装からして女の子かな? その二人が付き添ってたよぉ』
真守は女の子二人、と言われて美琴と佐天を思い浮かべる。
「じゃあフェブリって子か」
『フェブリちゃんって言うのぉ? その子、純粋な人間じゃないよ』
「……は?」
真守は深城の爆弾発言に首を傾げた。
『分かるよぉ。帝兵さんと一緒! 不思議なんだけど、分かるんだよねえ』
帝兵さん。それは垣根が
それと一緒だと深城は言う。──つまり。
「……誰かが造ったって事か?」
『うん。そうだと思うよお』
真守が問いかけると、深城は曖昧な表現を使いながらも確信を持って告げた。
「……人造物? じゃあ先生に治せない。あの人は人間専門だからな。誰かが意図的に造ったものは設計図がないと分からない」
『じゃあ心配だねえ。人造物って言っても命があるから』
顔をしかませた真守の周りを、深城はくるくると回って心配する。
「うん。ジュース買ったら先生のところに行ってみる」
真守は深城の話を聞いてとりあえず
──────…………。
真守がジュースを二つ適当に買って美琴と佐天のいる廊下の待合い用のソファの前へと戻ると、初春飾利と白井黒子が二人に合流していた。
「増えてる」
真守が正直な感想を口にすると、白井と初春が気が付いた。
「あら。朝槻さんですの、こんばんは」
「どうしてこちらに?」
白井が挨拶をして初春が疑問に思って首を傾げるので、白井は初春の疑問に答えた。
「初春には言ってませんでしたね。朝槻さんはこの病院に入院してますの」
「え、どこかお体が悪いんですか?」
初春が心配して真守を見つめるが、真守は首を横に振ってから初春を安心させるために微笑む。
「ちょっと内臓器官が弱いだけだ、問題ない。……二倍に増えたからジュースが足りないな。もう二本買ってくるからこれ持ってろ」
真守は手に持っていた缶ジュースを黒子に向かって二本連続ひょいひょいっと投げる。
「わわっちょ、ちょっと! 突然投げないでくださいまし!」
「待ってろ」
慌てて受け取る白井を見て、真守はフッと微笑みながら身を
「……気遣いが自然過ぎて引き留められませんでしたの」
「最初は気難しい方かと思っていましたが、優しい方ですよね。やっぱり人は見かけにはよりませんね……」
白井をちらちらと横目で見つめながら初春が呟くので、白井はその様子が気に障ってムッと口を尖らせて初春を見た。
「ちょっと、なんでわたくしを見つめながらしみじみ言いますのよ」
「いやあ、なんでもないでふよいへへへー」
初春が笑ってごまかして曖昧に返事するので、白井はその返事に怒って初春の頬を
そんな様子を佐天と美琴は苦笑いをしてみていた。
──────…………。
真守は四人にジュースを買い与えると用事があると言い、その場を離れて
「先生、単刀直入に聞きたい。フェブリは人造物だな?」
「おや? なんで分かったんだい?」
真守の率直な問いかけに
「深城が認識できたんだ。それで分かった」
真守の言葉に
「成程、深城くん経由か。深城くんの言う通り、あの子は人造物だ。高熱の原因は体内に毒素が溜まったからで、その毒の中和用に普段飴を舐めているんだね? でも何らかの要因で飴を舐めるのをやめてしまって毒素が体に溜まった結果、高熱が出てしまったんだよ?」
「……それは首輪か? それともそういう
人造物を管理するためか、元々の性能故にそうなっているのかと真守が問いかけると、
「それは設計者に問い詰めないとそれは分からないね?」
「学園都市の人造細胞研究は人間が干渉できないものに干渉できるようにするなど、人間の限界を超えるための研究が主流なハズだ。等身大の人間、つまり人造人間を造り上げる研究は聞いた事がない。……それでも一応、手持ちの『知識』で類似する技術があるか確認したい。フェブリのデータをくれ。体内構造のデータは勿論、ひと通り調べただろう?」
最近の学園都市の人造細胞研究の主流を真守が簡潔に説明してから
「キミならそう言うと思ったよ? この端末に転送済みだね?」
「ありがとう、先生」
真守は
表示されたデータを高速でスクロールさせ、真守は頭の中の『知識』と照らし合わせていく。
──────…………。
真守は翌朝、フェブリが入院している部屋へと入った。
「あ、朝槻さん。フェブリ、元気になりましたよ!」
佐天が元気よく声を上げるので、真守は一つ頷いて佐天のその言葉に応えた。
佐天の言葉に真守はそうやって反応した後、ベッドの上に座って飴を
「ねこみみ?」
フェブリは真守の猫耳ヘアを見上げて小首を傾げる。
真守はそんなフェブリに目線を合わせると、柔らかく微笑んだ。
「初めまして、フェブリ。私は真守、朝槻真守だ」
「まもり?」
フェブリが自分の名前を聞いてオウム返しするので、真守はフェブリの頭を撫でながら微笑む。
「そう、真守。お前のそばにいる美琴お姉ちゃんたちと友達だ」
「そうなの? よろしくね、まもり!」
フェブリは真守に頭を撫でられて気持ちよさそうに目を細めながら微笑む。
真守はフェブリの長い金髪を
「私は美琴お姉ちゃんと話があるから、また今度な」
「うん。ばいばい」
フェブリが手を振るので真守は手を挙げてその挨拶に応えて、振り返って美琴を見た。
「美琴、というワケでちょっと来い」
「え、あ。うん!」
──────…………。
真守は美琴を呼んで病室から出ると、美琴に一言も声をかけずに
美琴は冥土帰しの姿を見ると、駆けよって綺麗にお辞儀をした。
「先生! ありがとうございました」
「いや。僕は何もしていないね?」
「え?」
「美琴。単刀直入に言う。あの子は人間じゃない」
「人間じゃない……? え、だってあの子は……一体、どういう事?」
美琴が動揺する中、真守は
「フェブリは人間じゃない。お前の体細胞クローンであるミサカたちとも違う。あの子は一〇〇%、科学的に造られた人造物だ」
「……人工的に造られた人間って事?」
「その認識で間違っていない」
真守が美琴の理解が合っていると肯定すると、美琴は目を見開いて叫んだ。
「そんな、まさか。そんなことないわよ……!」
「そうだね? 常識的に考えればあり得ない話だ。だが人は時として常識を飛び越えようとする。キミには。……いいや、キミたちには理解できるだろうね?」
「フェブリのあの反応からして、自分が普通の人間ではないという自覚があの子にはないと思う。だがあの子の体を構成しているタンパク質は自然界に存在しないものなんだ。……見た目も機能も、私たちと違う点は全く見受けられない。だがあの子が新陳代謝をすれば、とある毒素を一定量生み出してしまうんだ」
「毒?」
美琴がオウム返しするので
「うん。僕が見た限り、蓄積された毒は放っておけば内臓の機能不全を引き起こして、最悪死に至るね?」
「あの子が!? でも今あの子は元気になったわ!」
「フェブリが舐めている飴。あれには特殊な成分が含まれていて、それが毒を中和してくれるんだ。この意味は分かるな?」
「じゃあ、あの飴がなくなったらフェブリは生きていけないって事?」
美琴がフェブリの現状を正しく理解した事を受けて、真守は話を先に進める。
「技術的な問題か、意図的な首輪か……いずれにせよ、フェブリの体を根本的な部分から『直す』事ができるのはフェブリを造った製作者たちだけだ」
「誰が……誰がフェブリを造ったの? なんのために!? またこの街の上層部がバカげた実験を始めたってことなの!?」
真守は興奮した様子の美琴に落ち着きを取り戻させるためにきっぱりと言い放った。
「その可能性は低いと思う」
「……どうして?」
美琴が断言した真守に問いかけると、真守はその理由を説明する。
「人造人間を作る理由がないからだ。学園都市は実験場で、学生は学園都市にとって研究材料だ。研究材料がたくさんいるのにわざわざ科学的に一から研究材料を造り上げる理由が上層部にはない」
真守の推察に続けるように、
「何年か前に科学的に人間を造り出す研究が進められていると僕は聞いた事があるよ? でも今の人造細胞研究の主流じゃないからいつの間にか噂を耳にしなくなってしまったがね? 当時、その研究には暗部が関わっていたんだね?」
「暗部?」
聞き慣れない単語に美琴が首を傾げるので、真守は勝手知ったる暗部の素性を説明した。
「学園都市には裏方の仕事を秘密裏に処理する闇の組織がある。それが暗部だ。『
「そんな組織がたくさんあるの……?」
美琴が呆然としている前で、暗部で行われている研究に嫌気がさしている真守は忌々しそうに呟く。
「研究者は悪意なき探求にご執心だからな。お前は『
俯いたまま固まって動けない美琴に真守はそう宣言し、
真守ちゃんの都市伝説の由来の話がされました。