※次は九月二三日木曜日です。
「あなたが彼を骨抜きにできた理由が分かった気がするわ」
真守が『スタディ』のラボ内で作業を行っていると、
「ほ、骨抜き……そ、その表現は恥ずかしいな…………」
(あら。鉄壁かと思ったら意外と可愛いところあるのね)
真守が頬を赤く染めて目を泳がす姿を見て、
「そ、そんな風に見えるか……?」
「そうね。私は能力が能力だから分かるけど、他の人から見たらそこまでじゃないんじゃない?」
「そうか。お前精神干渉系能力者だったな」
「あら。彼から聞いたの?」
「深城の友人を
「あら鋭い。そうすると私が嫌いってことかしら? それとも好き?」
「……精神干渉系能力者がなんで好きか嫌いか聞いてくるんだ? お前たちなら心が読めるだろ?」
真守が
「確かに私はその人と他人との心の距離を測ることができるけど、彼とあなたの大事な女の子以外、あなたはあらゆる人間との心の距離が一定なのよ。だからあなたが私の事をどう思っているのか単純に気になったの」
「……別に私はお前の事、嫌いじゃないぞ」
「じゃあ精神干渉系能力者は嫌い?」
真守が
「なんでだ?」
「あなたが精神干渉系能力者が干渉できないようにシールドを張っているから。あなたが何が嫌いで何に興味があるのか、その基準が知りたいのよ」
「私は操られて上層部に利用されるのが嫌なだけで、精神干渉系能力者を毛嫌いする理由は特にないが?」
「どうして?」
精神干渉系能力者は心を操る事ができるので他の能力者から
精神干渉系能力者と聞けば大体の人間は警戒心を抱く。警戒心を持たないのは人をバカみたいに信じる人間だけだ。
バカみたいにお人好しではない真守が何故そんな考えを持てるのか、
「私は精神干渉系能力者が一番心を大事にできる人間だと思っている」
「……その根拠は?」
真守の特別な事だと考えてない淡々とした発言に、
「誰だって人の心を知ろうとする気持ちはあるだろうし、好きになった人間の事は
普通の人間は自分の心が暴かれて良いように操られてしまうのが嫌だから、精神干渉系能力者を忌避するのだ。
だが朝槻真守は精神干渉系能力者を毛嫌いするどころか評価している。
「あなたみたいな考えを持つ人には初めて会ったわ。……どうしてそういう風に思えるのか参考までに聞いていいかしら?」
「お前たちはなりふり構わず人の精神を操るか? 垣根とか誉望とかを自分の思い通りに操っているか?」
真守が
「……流石にそんなことしたら後者はどうとでもなるけれど前者は報復が怖いわね。それに、そんななりふり構わず人を操ったらマズいじゃない」
「そこだ」
「そこって?」
真守の一言に
「お前たちは人の心を無暗に操ってはならないという自制心がある。それは人の心を何よりもかけがえのないものだとその心に触れて理解しているからだ。そうだろう?」
「……、」
根っからの悪ではない精神干渉系能力者全員が持っている自制心を言い当てられて、
「……まあ、精神干渉系能力者に私が操られる事がないからそんな考えが持てると言われたらおしまいだが、それでもお前たちは私の心を読み取る事だけはできる。心を暴かれるのが嫌な人間がほとんどだが、私は私の事を誰よりも理解してくれるならとても嬉しい。だから私はお前たち精神干渉系能力者が嫌いじゃない」
「……精神干渉系能力者じゃないのに、よくそんなことに気が付いたわね」
真守が畳みかけると、
「精神干渉系能力者に自制心がなくて好き勝手していたら世界なんてとっくに終わってるだろ。それが起こらないのはお前たちに強い自制心がある証拠だ。証拠は日常生活のどこにでも転がってる。それに普通の能力者が気づかないだけだ」
真守が顔をしかめて気づかない方がおかしいと告げると、
「でもそれに私が該当するか、あなたには分からないと思うけど?」
「じゃあお前は垣根や誉望、後もう一人……弓箭だったか? あいつらをいいように操作しているのか?」
「……してないわ」
真守が
確かにいきなり距離を詰めてきた『スクール』の弓箭猟虎が怖くて心の距離を遠ざけたが、それだけで好きなようには操ってないし、他の二人に至っては一度も能力を使ったことがない。
それに『スクール』というチームで活動している仲間を操る意味もない。
そう考えている
「同じ暗部組織の仲間だからこそ自由に操った方が好都合だと思わないのか?」
「彼なんて操ったら大変な事になるじゃない」
垣根が傍若無人だと
「大変な事にならないように、お前の言う骨抜きとやらにすればいい。やり方はいくらでもある」
「……あなた、常識人に見えて人でなしなのね」
「私が常識人なワケないだろ。『ケミカロイド計画』だって統括理事会のデータベースにハッキング仕掛けてまで手に入れたんだからな」
「私は精神干渉系能力者には特に嫌な気持ちを覚えていないし、お前の事も別に嫌いじゃないよ。むしろ垣根たちを大事にしているみたいで安心した」
人格破綻者にも信じるものがあり、それが精神干渉系能力者を信じている事だと真守が自分の考えを素直に告げると、
「……あなた、正直苦手だわ。でも悪気がまったくないからどう対応したものか……」
「正直で結構。……あ」
真守が軽く笑っていると
「いっつも余裕そうなお前が困惑しているなんざ、随分と面白い展開じゃねえか」
「「趣味が悪い」」
真守がジト目で、
──────…………。
「ちょっと朝槻さん! フェブリを造った人たち捕まえたってどういう事!?」
次の日、美琴は真守の研究室に乗り込んできて開口一番真守を糾弾してきた。
「それで飴のレシピも貰って、ついでにジャーニーってフェブリのお姉ちゃんも見つけて、フェブリたち造った人たちに利用されてた布束砥信を助けたって……どうして私に一言も言わないでそんなこと決行しちゃったのよ!」
「人間には得意な事と不得意な事がある。それに
真守がケロッと答えると、美琴が火に油を注がれた状態になって怒鳴り声を上げる。
「それでも……危ない組織なんだから私たちにも声かけてよ! 黒子だって初春さんだって
「最初も言ったが、暗部絡みは
真守は正当な理由をつらつらと説明したが、暗部組織である『スクール』に後始末を任せた手前、美琴や
「確かに……そういう理由ならしょうがないけど……」
「まだ後始末は終わってないんだぞ。『スタディ』が『学究会』で企てたテロに使われる二万体の
真守の思惑通り反論できないで拗ねる美琴に、真守は柔らかく微笑んでまだまだ協力してやる事があると
「……そうだった。今黒子たちが対策を練っていて、朝槻さんの力も借りたいって伝えてって言われたのよね。ほら、私は電磁場で磁力で操って、朝槻さんは運動エネルギーでも生成してコンテナを運ぶ事ができるじゃない?」
『スタディ』が企てたテロに使われるはずだった
真守はその要請を快諾する意味を込めて力強く頷いた。
「分かった。ところで『学究会』の方は予定通り開催できるのか?」
「開催できるんだけど『学究会』までに撤去が終わりそうにないから、『学級会』が終わった後にも撤去の続きをするそうよ。でも、コンテナの量が量だから結構時間食われそうね」
「そうか。じゃあ早く終わらせるために頑張ろうな、美琴」
真守が美琴に協力しようと告げると、美琴は拗ねた表情をしながらもそれに頷く。それから神妙な顔つきになって真守に訊ねた。
「……それで、布束さんとジャーニーはどうなったの?」
「暗部組織に絡まれたからこれから安全に所属できる場所を探す事になっている。とりあえず事情聴取があるからな。それが終わったらジャーニー連れて
「……そうね。私も布束さんがどうして暗部で売られたのか気になるし。……多分、例の実験を止めようとしたからだと思うんだけど」
「うん。布束も『
真守が美琴と布束の頑張りを褒め
「……ええ。本当によかったわ」
「ところでフェブリの事だが、もうしばらくお前たちに面倒を見てもらってもいいか? 布束が引き取る事になるんだろうが、色々と立て込んでいてな。私が面倒見るよりお前たちが面倒見る方がフェブリも嬉しいだろう。だからこの飴はお前たちに渡そうと思って。足りなくなったら言ってくれ」
真守は近くに置いてあった段ボールを引き寄せて中に入っている大量の飴を美琴に見せながらそれを手渡す。
「こんなにいっぱい。……ええ、分かったわ。フェブリの事は任せて、朝槻さん」
美琴は段ボールを真守から受け取って感想を呟いてから力強く頷いた。
「うん。お願いな、美琴」
「……朝槻さん、今回もありがとう。すごく助かったわ」
真守が笑ってお願いすると、美琴は段ボールに入った飴を見つめながら微笑んで真守に感謝を零す。
「さっきから言ってるだろう。役割分担をきちんとして、一緒に頑張ったんだ。……私に協力してくれてありがとう、美琴」
「! ……ええ! 朝槻さんも困ったことがあったら言ってね。朝槻さんは何でもできると思うけれど……でも、力になりたいわ」
真守の言葉が嬉しくて、そして真守の力になりたいのだと美琴が告げると、真守は美琴のその優しさに薄く目を見開いた。そしてすぐに柔らかな微笑を浮かべて頷く。
「ありがとう、美琴。その心を持ってくれるだけで嬉しい」
「嬉しいと思ってるだけで頼ってくれなきゃ困るんだからね」
美琴が拗ねたように顔をしかめるので、真守はくすくすと軽やかに笑ってから幸せを感じて柔らかく目を細めた。
「うん。何かあったらよろしくな、美琴」
こうしてフェブリという少女を深城が人造人間だと見抜いた事から始まった今回の出来事は、テロを事前に防ぎ、フェブリやジャーニー、布束砥信、そして『スタディ』の救済という形で幕を下ろした。
食蜂さんもそうですけど、精神干渉系能力者って人格が破綻してても心に触れる度に人間性が成長していくと思うんですよね。打ち止めに触れて一方通行が人間として成長したみたいに。
食蜂さんはまさにその典型って感じです。
これにて革命未明篇終了です。
次章もお楽しみいただけると幸いです。