次は九月二四日金曜日です。
八月三一日篇、開幕。
第四四話:〈地位献上〉は突然に
(Aug.31_AM12:45)
八月三一日。
夏休み最後の日。
昨日夜更かしした真守は先程起床して着替え始めた。
白いジップアップタンクトップに白と黒のオーバーサイズのデザインパーカーを羽織り、ボタンがついた黒のフリル付きボックススカートを着用し、垣根に買ってもらったお気に入りの白いレースアップサンダルを履いた。
顔を洗い、髪の毛をいつものように完璧に猫耳ヘアに結い上げて身支度を終えると、伸びをしながら病室内を歩き、パーテンションで区切られた自分のスペースへと戻る。
そこで机の上に置いてあった携帯電話が光っているのに気が付いた。
「あ、バイトが一件入ってる」
真守は携帯電話を取り上げてスライドさせて画面を付けてカコカコと弄り、メールをスクロールさせて呟く。
第一七学区。工業製品を製造している学区にある工場から臨時のエネルギーを所望する連絡が来ていた。
(一応調べてから向かうか。んー。今の時間はレストランとか混んでるから、バイトが終わったらお昼ご飯食べようっと)
真守は今日の予定を決めて携帯電話を片付けるとそっと空を見上げた。
高校生活初めての夏休みが終わろうとしている。
相変わらず青く澄んだ高い空を見上げて真守は柔らかく微笑んだ。
「明日からまた学校だ。みんなに会うの、楽しみだな」
学校は真守にとって人として大事な事を学ぶ場所だ。
一般の学生が学校に行きたくないという気持ちが真守には理解できるが、それでも真守にとって学校というのはとても楽しいところなのだ。
それに学校生活は高校生になってから初めてなので新鮮な事が多くて楽しい。
真守は学校が始まるのを楽しみに思いながら、PCを起動させてバイト先の工場の情報を洗い出し始めた。
──────…………。
(Aug.31_PM03:33)
垣根は第八学区のとあるビルの最上階フロア『スクール』のアジトにいた。
暗部組織としての仕事は夜に入ることが多い。
それは『闇』に生きる人間は真昼間から行動しないからで、そのため『スクール』は昨日未明から仕事をこなしていた
「もう一五時半過ぎてんのか」
仕事を終えた垣根は先程起床してシャワーを浴びており、髪の毛を乾かし終えたところで壁に掛かっている時計で時間を確認してそう呟く。
「垣根さん!」
気怠げに欠伸をしていると、コンコンッと素早く扉をノックする音が聞こえ、それと同時に『スクール』の構成員である誉望の焦った声が聞こえてきた。
「なんだ?」
垣根が声を上げて入ることを許可すると誉望は慌てて扉を開けて顔を出した。
「その……仲介人から連絡があって……事前報告だとか」
「何の事前報告だ?」
「……九月一日付けで、朝槻真守さんを
「────は?」
誉望の言いにくそうな報告に垣根は思わず目を見開いた。
(真守が
垣根は足早に誉望と共に『電話の声』との連絡に使っているノートパソコンがある部屋へとやって来た。部屋には
四人共仕事が終わった後にアジトで休んでいたので、全員そろっているのだ。
「オイ、一体どういう事だ?」
垣根はノートパソコンの前に置いてあった椅子に座り、ノートパソコンに映し出された『SOUND ONLY』という表示を睨みつけた。
〈どういう事だと言われても、そう決まっただけだ。統括理事会における承認は見送られていたが、九月一日付けで
「テメエらはアイツが制御できねえからって放っておいたんじゃねえのか?」
〈上層部は朝槻真守の情操教育が一定の成果を出すまで承認を見送っていたのだ。その成果が出た事によって、今回の決断に至った〉
「情操教育?」
(真守の情操教育は研究所で行われてただけじゃなくて今も行われていた? どうやって?)
垣根が愕然としていると、情操教育の意味が分からないと『電話の声』は考えたのか、つらつらと説明する。
〈朝槻真守は研究所で倫理観を学ぶために情操教育が施されていたんだが、効果が表れる前に最後の情操教育相手に触発されて暴走、そのまま脱走してしまったんだ。制御不能状態だから上層部がどうしようかと対策を練っていたら、外部との交流が情操教育の代わりとなっている事が明らかとなった。だからそのまま経過観察を行い、今回その成果が認められて承認に踏み切ったのだ〉
『電話の声』が告げたように、どうやら上層部は真守の情操教育が終了したと判断したらしい。
情操教育は真守が
それが終了したとみなされたのであれば、真守は
垣根はその事実に気づいて固まった。
元々真守が
弓箭は真守に会った事がないので蚊帳の外だったが、仲間が警戒心を露わにしているので、第一位として真守が垣根の上に君臨する以上にマズい事があると悟った。
「情操教育が終わったからこの機に乗じたと、テメエはそう言いたいのか?」
垣根がマズい状況だと内心で焦りながらも冷静に訊ねると、『電話の声』は淡々と告げる。
〈それもそうだが、こちらも朝槻真守を無視できなくなったのだ〉
「どういう意味だ」
〈朝槻真守が有用性を学園都市に示したからだ。
テレスティーナ=木原=ライフラインと戦う事になったのは、真守が
『
『学究会』のテロを未然に防いだのは本当についでで、真守はただただ人造人間である『ケミカロイド』を救おうとしただけだ。
真守は統括理事会に有用性を示したくて、功績が欲しくて行動なんてしていない。
『闇』から逃れるために掲げた『希望の光』の
(なんだよ、それ……っ)
真守が人を助けた功績が全て学園都市に良いように扱われている事実に、垣根は腹を立てて太もものスラックスの布を握り締める。
〈朝槻真守は研究所時代に
『電話の声』が告げた事実に垣根は目を見開いた。
真守が人を殺して脅してまで自分の
統括理事会のメンバーを三人も殺していれば、上層部は制御不能だと考えて承認を見送るに決まっている。
垣根は真守が過去にどんな殺人を犯したのか把握していない。
真守が人を殺した事を酷く悔やんでいるから、話してくれるまで待つつもりだったのだ。
垣根が真守の罪について考えていると『電話の声』は続ける。
〈それに朝槻真守を
「チャンスだと?」
〈低レベルの高校の
その通りだった。
真守は能力者にとって能力が一つの指針となっていると知っている。
自分も頑張れば朝槻真守のようになれる。
そんな羨望に、人の気持ちを無下にできない真守は応えるしかない。
〈
『電話の声』からどこまでも真守を利用しようとしているという上層部の考えを説明されて、垣根はブチ切れ寸前で鼻で嗤った。
「オーケー。これでテメエらは満足ってワケだ。なら俺もお役目御免ってとこか? 俺から真守のデータを抜き取る事だって全部このためだったんだろ?」
〈いいや。このままでいてもらう。第一位についての情報を入手するための経路は多ければ多いほどいい。これからもよろしく頼むぞ、『スクール』〉
『電話の声』はそこで通話を切った。
その瞬間、垣根を中心に室内が爆発した。
(Aug.31_PM03:51)
慌てて退避した『スクール』構成員は三人で集まっていた。
「上層部も彼の地雷を踏むのが好きね。この夏の間にアジトが何回半壊したかしら」
「垣根さんを怒らせるより朝槻さんの方が重要ということなんでしょうか? 第一位に何が何でも認定したいようですし」
「お前は知らないだろうが、上層部は朝槻さんを使って『
「え? 垣根さんがそれ許していらっしゃるんですか?
「根が深い問題だから様子を見るしかないのよ」
「はぇー……
実際に他人事なので
「彼があそこまで他人に入れ込むなんて思わなかったわ」
「それはその通りス。まあ、分からなくはないスけど」
そんな誉望に弓箭はにやにやと笑って詰め寄る。
「あれあれー? 誉望さんその発言はもしかして朝槻さんに恋でもしちゃってるんですかー?」
「してないぞ!? そんな恐ろしい事できるか!」
「まあ、恋した瞬間この世からいなくなることは確実ね」
弓箭がからかうと誉望が顔を真っ青にする。
そんな誉望と弓箭を見つめながら、
「でもでもー朝槻さんに貰ったカタログギフト楽しそーに見てたじゃないですかー!」
「あ、アレは珍しい最先端情報機器とかが載ってたからで、別にそんなんじゃない! ていうか盗み見るな!」
くすくすと弓箭が追撃するようにからかうと誉望は声を荒らげて弓箭のイジりに反抗する。
「あらあらぁ? 顔を真っ赤に否定しちゃって面白いですねー誉望さん」
「うるさい!」
「ほらほら。痴話ゲンカしないで目の前の問題について考えましょう。少し気になることがあるのよ」
弓箭は誉望を獲物認定してにやにやと笑っており、そんな誉望は顔を真っ青にして叫ぶ。
そんな二人に
「してませんよ痴話ゲンカ。……何スか、何が気になるんですか」
「名もない高校に所属している
「はあ……?」
誉望が首を傾げると
「シンデレラストーリーの皮切りは
「そうスね。それで垣根さんが助けに行って
「そこで御坂美琴とあの子は共闘したわ。でもそこで御坂美琴と深く関わらなかったら?」
「もしかしたら『
垣根に言われて真守の情報を集めていた誉望は、真守の人となりを知っているのでそう推測する。
「でも
「……それはつまり朝槻さんのシンデレラストーリーの発端を作ったのは上層部で、上層部は
「もしかしたら
「……外受けの問題かしら。制御不能の第一位よりもシンデレラストーリーを持つ第一位の方が誰からも愛されて外受け良さそうじゃない?」
「朝槻さんをアイドル的な存在にして学園都市外でも人気を獲得しようとしているって事ですか……?!」
弓箭は驚愕して目を見開いた後、即座にどんよりと影を落としてぶつぶつと呟く。
「ふ、ふふ。さすが
「うわあ……ヤバいモードに入った……」
「とりあえず放っておいて、彼の様子見てきてくれる?」
誉望が弓箭の卑屈精神が発動したのを面倒そうに眺めていると
「……マジ? 俺スか?」
「私は身を守る術がないもの。あなたは姿消せるからちょっと見に行くことくらい簡単でしょう?」
「ええ……わ、分かりました……」
誉望は
そして
「あれ?」
誉望は辺りを見回してから首を傾げた。
半壊したアジトの一室はもぬけの殻で、そこに垣根はいなかった。
「ええー……どこ行ったんだあの人…………」
誉望は呆然と、風通しの良くなったアジトの一室で一人立ち尽くしていた。
Aug.31_PM04:08終了
禁書目録篇以外のこれまでの事件全てが上層部に利用される形となりました。
布石が全部回収できました。ここまで長かった……。
ここまでお読みくださった方々はご承知のはずですが、この二次創作は超能力者第一位にオリキャラが認定されたり、一部のキャラが登場しない作品です。
『流動源力』は作者の独自解釈に基づいて物語が展開していきますので改めてご了承いただき、お楽しみくださると幸いです。