とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第四五話、投稿します。
次は九月二五日土曜日です。


第四五話:〈心中穿孔〉は的確で

(Aug.31_PM03:57)

 

『お昼がだいぶ遅くなってしまいましたね。お腹は空いていませんか?』

 

真守はバイトを終えて第一七学区をカブトムシを右肩に乗せて歩いていた。

 

「んー大丈夫。満腹中枢がイカれてるらしくてお腹が空くってあんまり分からないんだよな」

 

『……それもどうかと思うのですが』

 

真守の言い分にカブトムシが苦言を呟くと、真守はカブトムシのツノをつつきながら微笑む。

 

「少しずつ治療してるから大丈夫。心配してくれてありがとう」

 

『いえ。それならいいんです。それでご飯はどこで食べますか?』

 

「ちょっと待って、今調べるから」

 

お昼ご飯の話題を口にしたカブトムシの言葉を受けて、真守はレストランを検索するために携帯電話を取り出した。

 

「……あれ。一方通行(アクセラレータ)からメールが来てる」

 

真守は携帯電話のメール受信ボックスに、一方通行(アクセラレータ)の名前が表示されているので思わず呟く。

 

垣根帝督(オリジナル)には黙っておいてあげますよ』

 

「帝兵さんは一方通行(アクセラレータ)に敵意抱いてないのか?」

 

真守が垣根の一方通行(アクセラレータ)嫌いを思い出しながら顔をしかめて訊ねると、カブトムシは簡潔に淡々と説明する。

 

垣根帝督(オリジナル)から感情が伝播してくることは多々ありますが、特には。私たちは垣根帝督(オリジナル)の一部、端末ですから』

 

「なるほど」

 

真守はカブトムシの簡潔な説明に一つ頷きながら、メールを開く。

 

真守と一方通行(アクセラレータ)は連絡先を交換して連絡を取っているが、一方通行からメールが送られてくるのは珍しく、真守は珍しいなと軽く思っていた。

 

『妙なガキが来た。妹達(シスターズ)の最終ロットとか抜かしてやがる』

 

「ガキ? 妹達(シスターズ)の最終ロット?」

 

真守は一方通行(アクセラレータ)の簡潔な文章に首を傾げる。

 

「……一方通行(アクセラレータ)の知っている最終ロットって二〇〇〇〇号のことか? それとも二〇〇〇一号の最終信号(ラストオーダー)? でもガキって言ってるから最終信号の方か?」

 

最終信号(ラストオーダー)?』

 

真守が一人で首を傾げていると肩に乗っているカブトムシが聞き慣れない単語だと思って真守に問いかける。

 

「あ。帝兵さんや垣根に言ってなかったかも。二〇〇〇一号。最終信号(ラストオーダー)。打ち止めって漢字を使う事もあったかな。ミサカネットワークが暴走した時、外から干渉するための入力装置(コンソール)安全装置(ストッパー)みたいなものだ。上位個体とでも呼べばいいかな」

 

妹達(シスターズ)にはそんな個体がいるのですね』

 

「うん。……そうだな。帝兵さんたちには必要ない仕組みだな」

 

真守の説明に、カブトムシは少し興味が出たのか真守の右肩の上で少し身じろぎするので、真守は垣根の造り上げたカブトムシのネットワークについて考える。

 

『そうですね。垣根帝督(オリジナル)は不特定多数にネットワークへの干渉権をわざわざ用意するなんてありえませんから』

 

「……気になってたんだが、お前たちには個性があるのか? 妹達(シスターズ)みたいに個々に意志があるのかなって、そういう意味だ」

 

真守がカブトムシに訊ねると、カブトムシはヘーゼルグリーンの瞳をカメラレンズのように動かしながら答える。

 

『ありません。意志を持たせてしまうと唯一無二になってしまい、個体の替えが利かなくなってしまうからです。そうなると新機能を搭載するための刷新をあなたに止められると垣根帝督(オリジナル)は考えたからです』

 

「私?」

 

突然自分が関わっているとカブトムシに言われて真守はきょとっと目を見開く。

 

『はい。唯一無二を愛するあなたならば個体一つ一つに感情移入してしまうと垣根帝督(オリジナル)は考え、あくまで人工知能の域を出ない範囲で私たちを造りました』

 

「……妹達(シスターズ)は妹達単体にそれぞれ意志があり、ネットワーク自体に宿っている大きな意志に個体の意志が影響されて動く、言わば半分機械みたいなものだ。だがお前たちは妹達とは違い、ネットワークによって完全に意志を統率された機械で、替えの利く存在だとでも言うのか?」

 

『はい。言わば普通の人間と一緒です。人間は脳細胞が集まって一つの意志として動いていますね。私たちカブトムシも個体一つ一つが脳細胞であり、ネットワーク自体が意志を持っています。そして脳細胞の一つが破壊されようとネットワークで共有されている記録を基に復元すれば、以前の脳細胞と寸分たがわないという事です』

 

垣根が自分のために考えて作り上げたカブトムシの仕組みを聞いて、真守は気恥ずかしくなって俯く。

 

「な、なるほど……そうか。垣根は私の事考えてくれてたのか……」

 

垣根帝督(オリジナル)はあなたのために「無限の創造性」を使うと決めました。あなたの事を考えるのは当然です』

 

「な、なんか実物を前にすると有言実行してくれてるんだなってとっても嬉し、……。ん、待てよ? 嬉しくなってる場合じゃない」

 

カブトムシが追い打ちをかけるように垣根が自分の事を考えてくれていると聞いて頬を赤く染める真守だが、おかしなことになっていると気が付いて思考を切り換えた。

 

『どうなされたのですか?』

 

「『実験』が中止された後、最終信号(ラストオーダー)は芳川桔梗という研究者が引き取ったんだ。でも最終信号は個体の特性上、あえて未成熟の体に(とど)めていなければならないから培養槽から簡単に出られない。だからあの子が一方通行(アクセラレータ)の下に行くのはおかしい。やっぱり二〇〇〇〇号が一方通行の下に行ったのか?」

 

真守が小首を傾げていると、突然カブトムシがヘーゼルグリーンの瞳を赤く染め上げた。

 

『後方注意です』

 

その瞬間、真守は背後から発火能力(パイロキネシス)による攻撃を加えられた。

 

だがシールドとして、干渉を跳ね除ける指向性を付与した源流エネルギーを纏っている真守には攻撃が利かない。

 

ガキガキキ! と、歯車が鳴り響く音と共に蒼閃光(そうせんこう)(ほとばし)る。

真守はその攻撃を焼き尽くしてから、面倒そうに顔をしかめた。

そしてゆっくりと振り返って、発火能力(パイロキネシス)を使ってきた襲撃者を見た。

 

「え」

 

服装は手術衣のような簡素なものに素足で歩いており、胸のふくらみと体付きで少女だと分かった。

 

その少女の顔は分からなかった。

 

典型的でピエロのリアルなフルフェイスの被り物で顔を隠してたからだ。

 

だがそのピエロの被り物よりも真守にとって一番衝撃的だったのは。

 

 

その少女が死んでいる事だった。

 

 

真守は流動源力(ギアホイール)という新たなエネルギーを生成する能力の性質上、あらゆる流れを読み取ることができる。

 

その少女は人間が生きるために必要不可欠な血が巡っていないし、心臓が止まっている。

 

どう頑張っても死んでいるとしか真守には思えなかった。

 

それでも、変わらずそこに(たたず)んでどういう原理か能力を行使していた。

 

「死……死んで……え?」

 

『死んでいる? ……確かに生体反応がない。アレは一体?』

 

真守が困惑してカブトムシが警戒心を露わにする中、その少女が発火能力(パイロキネシス)を発動した。

正確な強度(レベル)は分からないが、高位能力者クラスの火球が真守に向かって放たれる。

 

真守は呆然としながらも、カブトムシも守れるように源流エネルギーを生成して逆巻く炎を焼き尽くすと、爆風と煙の中から現れた。

 

目の前の少女には人間が生きるために必要不可欠な血が巡る代わりに、とあるエネルギーが巡っていた。

 

そのエネルギーとは、真守が源流エネルギーに指向性として特定の数値を入力すれば造れるエネルギーだった。

そのエネルギーをピエロの仮面で電気的に制御する事で、死体は能力を行使し体を動かしていた。

 

「……私の源流エネルギーが利用されている」

 

真守は思わず呆然となって呟く。

 

真守以外に源流エネルギーを生成できる人間はこの世に存在しない。

だが真守は研究所時代に研究者に()われたため、源流エネルギーを大量生成し、それを研究材料として提供した。

その時に研究者が保管していた源流エネルギーを誰かが利用している。

 

それが分かっても真守は動けなかった。

 

『真守? 大丈夫ですか、真守?』

 

カブトムシが声を掛けてこようとも真守は応えられず、指先一つ動かす事ができなかった。

 

目の前で死んでいるはずなのに動いている少女が立っている。

 

 

あれは、真守が助けられなかった場合の深城だ。

 

 

深城は死亡したが、真守が無理やり蘇生してこの世に引き戻した。

深城の蘇生は成功したが、深城の存在はAIM拡散力場全体に希釈されてしまい、AIM拡散力場を自身の体と認識していて意識が体に戻る事はなかった。

昏睡状態となった深城の希釈された存在を復元する事はできない。

どこから手を付ければいいか分からないし、今の状態が深城をぎりぎり繋ぎ留めているかもしれないのだ。

だから現状維持が好ましいとして、深城の体には現在、特別な処置は施されていない。

 

もし真守が深城を連れ戻すのがもう少し遅かったら、深城は完全に死んで真守の源流エネルギーによって操られるだけの動く屍となっていただろう。

 

 

丁度、目の前にいる少女のように。

 

 

「あ……」

 

どう対処すればいいか分からない。

 

死んでいるから痛みを与えて止まらせる事ができないし、死んでいるから説得が効かない。

 

そもそも深城が至っていたかもしれない結末に辿り着いた少女に、真守は攻撃する事ができなかった。

 

真守は呆然としたまま、よたっと足をふらつかせる。

 

直視したくない現実が目の前にあって、自然と息が荒くなるのが分かる。

 

恐怖で心臓が嫌な音を立てて軋む。

 

 

少しずつ、少しずつ。

 

 

真綿で首を絞められるように、少しずつ逃げ場所を奪われて、『闇』の魔の手が自分へと差し迫っていると真守は感じていた。

 

「ひ。……い、嫌だ…………嫌…………ど、どうすれば……いやだ……っ」

 

『真守、落ち着いて』

 

カブトムシが再度声を掛けてくるが、真守は完璧に錯乱した様子で、顔を歪ませてぶつぶつと拒絶の言葉を呟く。

 

無理もない。

 

目の前に(たたず)む少女は、真守のためだけに用意された悪夢なのだから。

 

追い詰められながらも、真守は解決策を探るために思考を巡らせる。

 

「…………そ、……そう。……そうだ、被り物……っ」

 

真守は恐怖で瞳を揺らしながらその事実に気が付いた。

 

エネルギーはピエロの被り物で電気的に制御されている。

 

それならば被り物を破壊すれば少女は動く事も能力を行使する事もしなくなり、何もかもが解決する。

 

本当に無理だった。

 

こんな現実が目の前に存在しているなんて耐えられない。

 

深城が辿りついていたかもしれない結末に辿り着いた少女が、利用されて良いように操られているなんて、そんなの耐えられるはずがない。

 

早くこの現実をどうにかしてしまいたい。

 

こんな現実を許してはいけない。

 

『真守!』

 

真守は自分の右肩に張り付いているカブトムシの制止を聞かずに、少女に向かってよろけながらも、蒼閃光で形作られた猫耳と尻尾を現出させて走り出す。

 

少女が発火能力(パイロキネシス)を使ってくるが、真守はシールドによってそれを弾き、火の海の中から手を出して被り物に触れる。

 

歯車がギチギチ、と無理やり噛み合わせるような苦しそうな音と共に蒼閃光が迸って、ピエロの被り物だけを真守はエネルギーで攻撃した。

 

ピエロの被り物が焼き切れる中、顔面蒼白で死んだ少女の虚ろな顔が見えた。

 

真守がやっと少女の顔を見る事ができた、解放できたと安堵した瞬間、ピーっという電子音が辺りに響く。

 

 

次の瞬間、真守の目の前で少女の頭が爆発した。

 

 

はじけ飛ぶ脳漿(のうしょう)。目玉、頭蓋骨。防腐処理された細胞。

 

頭を吹き飛ばされた屍は死んでいるため脆くなっており、地面に叩きつけられただけで骨が砕けて手足があらぬ方向へと曲がり、そのまま力なく地面へ四肢をくたっと投げ出した。

 

爆風や弾け飛んだ少女の脳漿は真守が纏っていた源流エネルギーによって焼き尽くされて、カブトムシ共々真守は綺麗な姿を保ち続け、そこに変わらずに(たたず)んでいた。

 

どうやら、ピエロの被り物が破壊されれば頭に埋め込まれた爆弾が爆発するようになっていたらしい。

 

真守は気が動転していて、爆弾が埋め込まれている事に気が付けなかった。

 

真守は頭のなくなった死体を呆然と見下ろすしかできなかった。

 

突然の強襲。

 

自分を襲った少女は死んでいるから口を割らない。

 

誰が何の意図で自分を襲ったか分からない。

 

何の情報もない。

 

だから自分に何が降りかかっているか分からない。

 

思考が停止してしまった真守へ、生きる屍となった少年少女十数人が殺到した。

 

 

Aug.31_PM04:11終了

 




垣根くん、真守ちゃんの事考えて帝兵さんの仕組みを造っていたという話でした。
というか真守ちゃん、普通に帝兵さんに接していますが割とヤバいモンを垣根くん造ってます。

そして超能力者にはやっぱり精神攻撃が一番効く……。



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