次の更新は八月九日月曜日。
よろしくお願いします。
『窓のないビル』。
一切の照明がない広大な空間には、星のような輝きが大小数万にも及ぶ機械群から発されており、そこからはコードやケーブル、チューブ類が伸びている。それらは全て空間の中央へと向かっていた。
その中央。そこには巨大なビーカーがあった。
橙色の弱アルカリ性培養液によって満たされているそのビーカーの中には、緑色の手術衣を着た『人間』が逆さになって浮いていた。
銀色の髪を持つ、男にも女にも見えて、大人にも子供にも見えて、聖人にも囚人にも見える、まごうことなき『人間』。
「どういう事だ、アレイスター!」
その人間の名前を叫んだのは、入り口がないこの『窓のないビル』の空間移動系能力者である『案内人』の手によってやって来た土御門だ。
土御門の目の前にいる『人間』は学園都市、統括理事長。アレイスター=クロウリー。
この学園都市を統べる学園都市の神とも言えるべき存在だ。
土御門元春は多重スパイだ。その所在を明らかにはしていないが、彼はとある事情から学園都市の味方である事に重点を置いており、アレイスターと共に学園都市の裏で暗躍している。
統括理事長は口を動かさずに土御門へと声をかけた。
「『
「それ以外に何がある! 何故、朝槻に暗部の人間である第二位を接触させた!?」
土御門は知っている。
垣根帝督が暗部組織『スクール』のリーダーであることを。
土御門にとって朝槻真守は上条当麻の次に重要な監視対象だ。
アレイスターの『
あの二人を同じ学校、同じクラスに所属させたのもアレイスターの仕業だ。
二人は誘導されているとすら気が付かずに共に生活をしている。
自分の監視対象でありながらも確かな意志を胸に抱いている二人を、土御門は好ましく思っていた。
だから土御門は朝槻真守の素性を正確に把握していた。
消えた八人目と言われる
自身の所属していた研究所の職員を塵一つ残さずに文字通り『抹消』して、そしてその後も何の関係もない研究所を回って、職員を『抹消』しながら破壊の限りを尽くした事も。
大切な存在を傷つけられて怒りを覚え、憎悪のままに人を殺してしまった事を今は悔やんでいる事を土御門は知っている。
だから朝槻真守は自分に向かってくる不良を絶対に殺さない。
相手が報復に来ても絶対に殺さない。
流石に二度目にもなると完膚なきまでに叩き潰すが絶対に命だけは取らない。
明確な決意を持って日常生活を送ろうと、たゆまぬ努力を続けている事。
そして何より。
朝槻真守は人の気持ちを正確に読み取って裏があろうとなかろうと受け入れて、その人の気持ちを理解しようとする。
人に対して異常なまでに寛容な少女だ。
真守は確かに身分を隠してはいるが、それは上層部がそう仕向けただけだ。
確かに真守もそれに甘えているかもしれないが、彼女は何も悪くない。
朝槻真守は土御門にとってかけがえのない友人だ。
そんな陽の光の下を眩しく思いながらも懸命に歩く彼女に、学園都市の闇が接触するなんて到底見過ごせる事ではない。
朝槻真守が垣根帝督を悪人だと理解していても傍に置いているのに、垣根帝督がそれに付けこんで悪い企みをしている事でさえ、怒りを助長させる。
怒りを露わにする土御門にアレイスターは口を動かさずに告げる。
「虚数学区・五行機関の鍵を握っているだけでは手綱が取れまい」
「なんだって? それだけで、とは一体どういうことだ」
土御門が声を上げるが、アレイスターはその質問に答えないで先程の土御門の疑問を晴らすために口を開いた。
「
「朝槻と垣根帝督の接触が『
「ああ。大幅な短縮が予想される。『
「何もかも手の
「さあ、どうしようかね」
とぼけるアレイスターを見て土御門は舌打ちをして、土御門はアレイスターの下を去っていく。
土御門が『案内人』と共に姿を消してからアレイスターは呟く。
「汝の欲する所を為せ、それが汝の
アレイスターは呟くと、ガラスのビーカーに映し出された映像を見つめる。
そこには、朝槻真守と垣根帝督が映し出されていた。
「やはり、星は男女でなくてはな。……まあ、どうなるかは興味ないが」
柔らかく親しみを込めて『
その二人を見つめながらアレイスターは『
──────…………。
「垣根って
真守はベビーたい焼きを一つ摘まみながら首を傾げる。
そんな真守を見て、垣根は自身の思惑に気づかれないように警戒心を露わにして訊ねる。
「誰に聞いた?」
真守はベビーたい焼きをきちんと咀嚼して呑み込んでからさらっと告げた。
「同級生から。一緒にいた男は誰だ、もしやお前のスキャンダルかーって騒がれた時に」
「スキャンダル?」
「それは別にどうでもいいんだ。それで垣根は
スキャンダル云々のことは詳しく聞かれても話すと長くなるから、と真守は説明する事を拒んだ。
スキャンダルってなんだ? と、首を傾げながらも垣根は自信たっぷりに答えた。
「ああ。そうだ、学園都市の
「すごいな」
「……お前、本当に興味ねえんだな」
まったくもって心がこもってない真守の反応に思わず垣根はツッコミを入れる。
普通の学生なら
真守の近くには源白深城という
「そんなこと気にしてたら私は垣根のことを教えてくれた友達を見下すことになるだろ」
「……そうだな。上昇志向があればそもそも今の学校にも通ってねえな」
高位能力者にしては珍しい考え方だが、真守の人格的に考えればそう異様な事ではないだろう、と垣根は素直にそう捉えた。
連絡を取るようになったからこそ分かった事だが、真守は一貫した自分の意志を持つが、それを他人に押し付けるような事はしない。
我が強いには強いが、人に迷惑をかけるタイプではないという事。
つまり、我が強くてコントロールしにくい学生が多いこの学園都市にとって、非常に重宝される人格を持った高位能力者だ。
垣根が真守を心の中でそう評価していると、真守がそんな垣根に目を合わせた。
エメラルドグリーンの瞳がしっかりと垣根の瞳を捉える。
その曇りなき、確かな純粋な意志が感じられる真守の視線に、垣根は本能的に恐れを抱いた。
「私は能力で人を評価しないけど、垣根の事は純粋に凄いと思うぞ。
「……それは素質的な意味で?」
もしかしたら真守が学園都市が秘密裏に作り上げた、能力者が将来どの
垣根が訊ねると、真守はふるふると首を振って即座に答えた。
「七人しかなれてないから普通じゃできないってことだ」
「七人じゃないかもしれねえぜ?」
垣根が好機だと思って仕掛けると、真守はその言葉に反応してベビーたい焼きを取ろうとする手を止めた。
「……なんで?」
真守は垣根を見ずにベビーたい焼きを見つめている。その反応をつぶさに観察しながら垣根はゆっくりと切り出した。
「消えた八人目っていう都市伝説があるらしい。知ってっか?」
真守はベビーたい焼きを摘まんで、じぃーっと見ながら告げる。
「都市伝説ってどこから生まれるんだろうな。それって純粋に気になる」
「その噂では、消えた八人目の外見はお前ってことになってるが」
真守が核心に触れようとしないので、垣根はしびれを切らして切り出した。
真守はそれに目を見開いて、垣根を見上げる。
「知ってるのか?」
「そりゃあお前が不良によく絡まれてるの見て疑問に思わねえわけねえだろ」
何故か
確かに
空間に展開されている事象を解析できる垣根をもってしても、真守の発している生命エネルギーを未だ解析できていないが、真守が
真守は不自然なほどに不良に絡まれる。
垣根帝督という威圧感が半端ない存在が隣にいても絡まれる。
垣根自身、能力を行使しなくてもフィジカルには自信があり、ケンカでは絶対に負けない自信もあるから不良に絡まれようが問題ない。
この話題を持ち出しても問題ないと思ったのは、異常に絡まれるから心配になったと言っても大丈夫だと判断したからだ。
それに、これだけ頻繁に絡まれていれば不良に興味のなさそう瞳を向けることも同時に理解できた。
「…………そんな噂が流れてるのは確かだ」
「違うって否定しなくていいのか?」
真守があえてどうでもよさそうに告げると、垣根は純粋に心配になって思わず訊ねた。
「噂の出所が分からないし、勝手に自滅していくからどうでもいい」
真守はいつも不良に絡まれても、興味なさそうに突っ立ったまま何もしていない。
勝手に向こうが真守に突っ込んでくるのを
攻撃に出る必要性すら感じていないのは、不良に絡まれる事自体、本気でどうでもいいと思っているのだろう。
「でも垣根に迷惑かけてる事は確かだ」
「それは別にいいって前に言っただろ。お前は被害者なんだから」
「ありがとう、垣根」
真守は垣根に向かって微笑むと、ベビーたい焼きをパクッと食べた。
(流石にまだ距離が遠いから源白深城のことについては口割らねえか。もう少し時間を置いて情報を聞き出す必要がありそうだな)
真守には普通の少女に効く落とし方が通じない。
だがこういう駆け引きの頭脳戦は得意だった。
そのはずだったのだが。
垣根はいつの間にか、真守を単純に心配するようになってきていた。
もし自分が目的達成のために源白深城を殺したら、昔の自分と同じように真守も絶望を覚えるのだろう、と。
だが目的を達成するためならば、犠牲を考えている場合ではない。
自分をそう納得させようとしても、どこかその考えに引っ掛かりを覚えていた。
真守は垣根の考えている事は分からないが、一つの結論をこの場で出した。
垣根帝督は
上層部では源白深城が
(何で消えた八人目を第二位が気にしているのかは不明。……垣根が知っている情報では、私を
真守は真守の持っていた箱からベビーたい焼きを一つ取って食べている垣根を見ないで、感じたことを心の中で素直に表現する。
(垣根は、光を求めて闇の深く奥深くまで潜って闇の核を見つけて、その元凶を打ち砕いて差し込んだ光へと手を伸ばそうとしてるみたい。……全ての闇をぶち壊して私の『光』を守ろうとした昔の私みたいに危うい)
真守は垣根が悪人だろうと昔の自分を見ているようだと、純粋に垣根を心配していた。
垣根は自分が行動する事によって真守が自分と同じ絶望をこれから抱くことになるかもしれないと危惧していた。
互いが互いに自身と姿を重ねあって、これからの未来に危機感を抱いているということを二人は知らない。
意志の力によって支配される愛を欲する限り、それが自身を縛る強固な法となる。
その法は、できれば男女であることが好ましい。
ちなみにアレイスターさんが呟いているようにあの人間は別にカプ廚ではなく、ちゃんとした意図があって二人を接触させました。
補助候補。……補助って?