とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第五〇話、投稿します。
次は九月三〇日木曜日です。


第五〇話:〈全知手中〉で縛られる

(Aug.31_PM08:09)

 

「チッ……あの野郎どこに行きやがった」

 

垣根は培養槽から飛び出して様々な能力を使ってくる生きる屍を楽々と倒し尽くし、悪態をつきながらいなくなった木原相似を探していた。

 

「あ? 戦闘音が止んだ?」

 

(戦闘が終わったんなら真守と合流して木原のクソ野郎を探すか)

 

垣根が一人心の中で方針を決めてから研究室のドーム天井に杠林檎が空けた大穴を見上げると、夜なのに妙な淡い輝きが地上から差し込んでいた。

 

「なんだ、あれ……」

 

その淡い光を見て、垣根は胸がざわついた。

 

何かが起こっている。

 

自分の能力に関する何かを掴める事態が地上で起きている。

 

垣根はその考えに突き動かされて未元物質(ダークマター)の翼を広げて地上へと誘い込まれるように上がった。

 

地上は真珠のようなプリズムを帯びた白い光と、黒真珠のように煌めく鈍色を帯びた黒い光がまき散らされて、辺りを明るく染め上げている。

 

その光を放っているのは、純白と漆黒の淡い輝きを放つ白と黒の互い違いの三対六枚の翼で、その翼を(たずさ)えた人物は六芒星の幾何学模様の天使の輪と、蝶の翅のような後光を背負っていた。

 

 

その人物とは、堕ちた歪な天使にも見えるこの世で最も垣根帝督が大切にしたい朝槻真守だった。

 

 

その瞬間、垣根帝督は未元物質(ダークマター)が一体何で、どこから引きずり出しているのか悟った。

 

言うなれば。

こことは違う世界における無機。神の住む天界の片鱗を自分はこの世界に干渉する形で引きずり出しているのだと。

 

そしてそれと同時に垣根帝督は真守が生成する源流エネルギーの正体も掴んだ。

 

真守の生成する源流エネルギーとは。

こことは違う世界における()()。神や神の住む天界を構成する純粋な力の根源であり、真守はその片鱗をこの世界を侵食する形で引きずり出しているのだ。

 

そう悟った瞬間、垣根帝督はこの世界の法則を全て集めても誰も自分に(かな)うことなどないのだという事実が頭に思い浮かんだ。

 

それでも、恐らく朝槻真守は自分に攻撃を加える事ができるのだろう。

 

真守の源流エネルギーとは純粋な力の根源であり、垣根が宿している天界の片鱗すらも生み出すエネルギーだからだ。

 

垣根や真守はここではないどこかの世界と繋がる扉のような存在だ。

 

ここではないどこかの世界。

 

そこへと近づけば、人間の肉体は()()し、()()()()()()()()()()()のだろう。

 

だから垣根帝督は体のポテンシャルが異常に高く、朝槻真守は体が能力のせいで未成熟ながらもそこに秘められている力が強大なのだろう。

 

そして垣根は真守がどうやって翼を広げて、そしてその行く末がどこへと向かうのかも悟っていた。

 

真守は自らを組み替える事によって、自らの存在をより高次元の存在へと近づけている。

 

その方法とは、この学園都市に蔓延するAIM拡散力場を自分の源流エネルギーを触媒にして爆発的な力へと換え、その力を使って自らの存在を組み替える手法だ。

 

高次元の存在。(すなわ)ち、神に等しき存在。──絶対能力者(レベル6)

 

真守が自力で絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)する方法とは、AIM拡散力場の力を借りて自身を高次元の存在へと完全に組み替えて、人として後戻りできない状態にする事なのだ。

 

AIM拡散力場は能力者の自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を核としている。

 

自分の源流エネルギーを触媒にしてAIM拡散力場を爆発的な力に換えると言っても、AIM拡散力場の元は人間の主観的な考え、つまり人間の想いや心、()()が込もっている力だ。

 

それを操るという事は人間の()()()()を一手に引き受けなければならない。

その祈りと悪意を受け入れた結果、祈りが白い翼へ、悪意が黒い翼へと変わり、歪な互い違いの翼へと変貌するのだ。

 

真守が自分を高次元の存在として昇華できるのは、真守が人の心を分け(へだ)てなく受け入れて受け止める事ができるからで、普通の人間には()()進化(シフト)方法だ。

 

真守だからこそ、この手法を見つけて受け入れる事ができるのであって、真守以外にこの方法で絶対能力者(レベル6)へと至れる能力者は絶対に存在しないだろう。

 

この学園都市に存在するAIM拡散力場を生み出している能力者たちは『自分はもっと完璧な存在になりたい』と、純粋な祈りや醜悪な欲望でもどちらにせよ、心の底からそれを望んで日々研鑽(けんさん)を積んでいる。

 

能力者が完璧な存在を求めるのは道理だ。いつだって自分が素晴らしい存在に()りたいと人間は願っている。

 

だからこそ真守は、いつか今のように自分の意志でAIM拡散力場から力を借り受けるのではなく、AIM拡散力場が能力者の願いのまま、自分へと()()()()()()()自分の意志に関係なく絶対能力者(レベル6)へと強制的に進化(シフト)させられる日が来てしまうと知っている。

 

真守は人の想いを無下にできない。

 

だからこそ能力者の願いを受け入れて絶対能力者(レベル6)進化(シフト)するしか道はない。

 

垣根はそこで、これまでの真守の言動を思い出していた。

 

『……綺麗な翼』

 

『垣根の能力は正義の天使みたいだ』

 

『綺麗な翼。本当に綺麗だ。綺麗な能力だ』

 

『お前の能力の可能性は無限大だ。「無限の創造性」とはそういう事だ。垣根の能力は凄い能力だ。翼だってすごくきれい。だからなんだってできる。お前が自分には絶対にできないって諦めている事も、全部』

 

恐らく、真守は置き去り(チャイルドエラー)を救おうとしてテレスティーナ=木原=ライフラインと戦った時、翼を出そうとしたのだろう。

 

だがキャパシティダウンによって翼を構成する際に必要なエネルギーを放出して触媒とする演算、そのエネルギーを起爆してAIM拡散力場から爆発的な力を生み出す演算、それを束ねて演算の拡張を行う際の演算などなど、並列処理をしなければならない演算を全て乱されても、真守は無理やり翼を広げようとして暴走し、倒れた。

 

真守は人間が悪意を忌避し、純粋な祈りに焦がれる事を知っている。

 

真守自身は祈りも悪意も人の純粋な想いだから大切にしているが、悪意を形とした黒い翼の意味を知れば、周りの人間は嫌がると考えていた。

 

だから未元物質(ダークマター)で創り上げる綺麗な翼を持っている垣根帝督が、推進システム研究所で何があったか聞いた時にあんなにも動揺して、何をしようとしたか言いたくないと朝槻真守は拒絶したのだ。

 

朝槻真守は、垣根帝督に自分の翼を知られて嫌われるのが怖かった。

 

だからあんなにも怯えていて、ここで見捨てられたらどうしようと真守は考え、捨てられたと知りながらも必死に自分の事を捨てた飼い主に(すが)ろうとしている子猫に真守が見えたのだと、垣根は理解した。

 

ただただ純粋な無機物によって構成される翼を持つ垣根帝督は、泥沼のようにまとわりつく悪意と人の祈りの結晶である翼を受け入れられないと、真守は垣根と出会って間もない頃、そう思っていた。

 

だが今は何があっても垣根帝督が自分のそばにいてくれると知っている。

 

信じているからこそ、真守は自分を勇気づけて垣根の前で翼を広げたのだ。

 

何故真守は世界を丸ごと作り変える力を持っているのに、それを使って学園都市を壊して自分が生きやすいように全てを造り替えないのか。

 

そうすれば身勝手な願いを押し付けられて自分が絶対能力者(レベル6)へと至ることなどないのに。

 

垣根が真守の力の強大さを受けて考えた純粋な疑問の答えを、真守はずっと垣根に訴えていた。

 

心の底から憎くて苦しくて、何もかもを壊してしまいたいと思っても人の命を奪ってはいけない。

何も知らないで幸せに暮らしている人を殺してはいけないし、人の幸せを奪っていい人間なんてこの世にいない。

 

命の価値は全て等しい。だからこそ他の人の幸せを奪いたくない。

 

 

大切な存在と、その周囲にいる非道な扱いをされた人たちを守れればそれでいい。

 

 

真守は人の命の価値と自分がするべき事を自分の能力の特性で正しく理解しているからこそ、学園都市の枠組みに(はま)り、学園都市のルールに(のっと)って学園都市と戦っているのだ。

 

垣根が頭の中で漠然(ばくぜん)と全てを悟っていると、真守は拡張された演算能力で杠林檎を助け出し、周囲のAIM拡散力場に干渉して垣根の目の前に立っていた木原相似を()め上げて意識を奪った。

 

「垣根」

 

真守がこちらを見下ろして寂しそうに微笑んで自分の名前を呼ぶので、垣根は吸い寄せられるように未元物質(ダークマター)の翼を広げてそっと真守に近づく。

 

全てを知って、全てを悟って、その上で運命へと抗おうとしている真守。

 

いつだって健気に生きていて、いつだって幸せを求めていて。そしていつだって周りの人の幸せをも願っている。

 

 

まるで神さまのような彼女は、きっと神さまになるために生まれてきたのだろう。

 

 

でも神さまとしての幸せが真守の本当の幸せなのだろうか。

 

人々に()められ、(まつ)り上げられてその存在に(すが)られて、そこに真守の本当の幸せは存在するのだろうか。

 

願わくば。

 

 

この世で一番優しくて尊い生き方をする彼女が、彼女にとって本当の幸せを得られますように。

 

 

その幸せを与えられるのが自分であって、その幸せを与えるために、垣根帝督は朝槻真守へ寄り添うために近寄った。

 

真守は垣根をじぃっと見据えて寂しそうに微笑みながら、垣根が近寄ってきてくれるのを林檎を抱き寄せたままずっと待っていた。

 

幻想御手(レベルアッパー)事件の時のあの廃ビルでは、真守が自分に寄り添ってくれるのを垣根帝督は待ち続けて一歩も動かなかった。

 

今度は自分が真守に寄り添うために、垣根は行動していた。

 

真守は自分の前まで飛んできた垣根を見つめて微笑んだ。

 

「……一人にしないでくれる?」

 

その言葉はあらゆる意味が込められていたと垣根は感じた。

 

『自分の能力の本質や可能性に気がついても、変わらずにずっと一緒にいてくれる?』

 

『それとも全てに気が付いて自分の(おもむ)くままに力を使うためにどこかへと行って、私の事を置いていってしまうの?』

 

『約束したのに、約束を破るの?』

 

『……──お願いだから行かないで』

 

 

「何聞いてんだよ」

 

 

垣根はそっと真守の頬に手を添えながら告げた。

 

「当たり前だろ、そんな事。今更聞くんじゃねえ」

 

垣根が少し怒った口調で告げると、真守は涙で瞳を潤ませながらふにゃっと笑った。

 

「そう言ってくれるって思ってた」

 

真守が笑うと、垣根は真守の頬を撫でながら寂しそうに呟く。

 

「……お前を置いてどこにも行かない。お前の事も離してやるもんか」

 

「うん。私、幸せだよ。垣根」

 

「……そうか」

 

真守がとろけるような幸せそうな笑みを浮かべると、垣根は黒曜石の瞳を柔らかく細めて、穏やかに微笑んだ。

 

こうしてこの世界の法則に負ける事がなく、この世界を統べる事ができるはずの垣根帝督は、自らの言葉とこれまでの行動によって、朝槻真守に縛られる事となった。

 

それでも、良かった。

 

()ちた歪な天使がこれ以上堕ちないように繋ぎ留められれば、それ以外に何もいらないから。

 

そんな二人を、林檎は真守に抱き寄せられて宙に浮かんだまま、天国にでも迷い込んでしまったのかと、ぼんやりした目で見上げていた。

 

 

Aug.31_PM08:14終了

 




八月三一日篇は真守ちゃんの立ち位置にとってのターニングポイントでしたが、作者が自己解釈に基づいて組み立てたこの物語の確信を突く話でもありました。

展開が原作よりも大分速いですが、真守ちゃんが枷になっているので問題ありません。むしろ、このような展開でなくてはロシア篇にまで書かなければならない事が多すぎて、話が上手くたどり着かないんです。

それに垣根くん、原作では学園都市を掌握する事しか考えなかったのと外の技術について全く知らなかったので、これくらいの展開の速さが丁度良いと作者は考えています。

この話の終了によって、将来メルヘン三銃士が爆誕する事となりました。
学園都市の頂点が三人メルヘンを背負う事になります。圧巻ですね(笑)。
そして林檎ちゃん、覚醒めたらパラダイス(誇張じゃない)

それと今回で五〇話なのでお気づきの方もいらっしゃると思いますが、おそらく二〇〇話近くになると思います。超大作。
完走はよっぽどの事がない限りする所存ですのでお付き合いの方よろしくお願い致します。

山場は通り過ぎましたが、八月三一日篇はまだ続きますのでよろしくお願い申し上げます。


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