とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第五三話、投稿します。
※次は一〇月四日月曜日です。


第五三話:〈意気消沈〉でも事は進む

(Aug.31_PM11:54)

 

「垣根、なんで黙ってんだ!?」

 

真守は病院の廊下で声を荒らげて垣根へと抗議していた。

 

「お前が人助けしようと頑張ってる時に余計な事伝えるわけにはいかねえだろ」

 

「そうだけど……そうだけど! 一方通行(アクセラレータ)が脳損傷して緊急手術しているってどうして教えてくれなかったんだ!!」

 

真守がインデックスに食事を買ってあげて上条の寮へと送った後、真守は病院へと帰って来た。

 

真守はインデックスを救出に行く前に垣根に、『一方通行(アクセラレータ)の現状を探って教えて欲しい』と頼んでおり、垣根は真守がインデックスを探している最中に『事態は収束して一方通行はお前の入院している病院で治療を受けている』と真守に伝えていたのだ。

 

だがその治療というのが致命傷を負ったための緊急手術だとは知らなかったのだ。

 

詳しい事までは分からなかった垣根は入院している妹達(シスターズ)の下へわざわざ出向き、何があったかミサカネットワークで共有していないか真守のために話を聞いており、一連の話の流れを聞いた。

絶対防御を持つ一方通行(アクセラレータ)が何故脳を損傷する事になったのか知りたかったからだ。

どうやらは一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)を救うために電子顕微鏡レベルの緻密な演算を行っており、そのため『反射』に演算のリソースを()く事ができず、至近距離から銃弾を受けて脳に損傷を負ったらしい。

 

銃弾に使われたのは衝槍弾頭(ショックランサー)と呼ばれる対能力者用の特殊弾頭で、言ってしまえば弾丸が通った後に衝撃波の槍を作り出す銃弾であり、土壇場で『反射』を取り戻す事ができた一方通行(アクセラレータ)はその衝撃波の槍を『反射』できた。

 

だが衝撃波の槍を作り出すために先行していた弾丸は防げなかったのだ。

 

それでもその衝撃波の槍を作り出す弾丸はその特性上速度が死ぬため、その弾丸は一方通行(アクセラレータ)の頭蓋骨に亀裂を入れただけで一方通行を即死させる事はなかった。

 

だが割れた頭蓋骨の破片が一方通行(アクセラレータ)の前頭葉に突き刺さり、現在その破片を取り除くための緊急手術が行われている、というのが垣根が真守に伏せた事情だった。

 

後遺症が残るのは確実で、真守は一方通行(アクセラレータ)のことを想って顔を歪ませて痛みに耐える。

 

「俺が知った時にはもう手術中だったし、一方通行(アクセラレータ)が負傷した時、お前は戦闘が終わったくらいだったろ。その後、木原相似の人格にメス入れたり後始末してたからな。絶対に間に合わなかった。……非常に気に食わねえが、お前はヤツを大事に想ってるからな。そのまんま伝えてお前が人助けしてる時に気落ちさせるような事はしたくなかった」

 

真守は垣根の言葉にウッと(うな)る。

 

垣根の言い分は最もだ。

自分は木原相似と戦っていたからどう頑張っても一方通行(アクセラレータ)を助ける事はできなかった。

それにそんなことをインデックスを探している最中に言われてしまえば、動揺して演算が狂ってしまって上手く身動きが取れなかっただろう。

 

「ごめん、理不尽な事言ってしまって……」

 

真守が悲しそうに顔をしかませて俯くので、垣根は真守をそっと抱き寄せた。

 

「執刀医はお前の主治医だから問題ねえだろ。ヤツの腕はお前が一番良く分かってるしな。……それにアイツがあれくらいで死ぬようなタマかよ。そんなんだったら俺は逆に怒りでおかしくなる」

 

「……うん。ごめん、垣根。ありがとう」

 

真守は垣根に抱きしめられたので必死に心を落ち着けて、そのためにきゅっと垣根のシャツを握って垣根の胸に頬を摺り寄せた。

 

最終信号(ラストオーダー)は?」

 

「今培養槽に入れられて経過観察中。……後、もう一人研究者が重傷だが、どうも一方通行(アクセラレータ)が助けたらしい。アイツが人を助けるなんざ、考えられなかった事だ。……お前と会ったから、アイツも変われたんだな」

 

「あの子は別に変わってないよ。垣根と一緒で、あの子は最初から優しい子だ」

 

真守が顔を上げて上目遣いで垣根を見つめて微笑むと、垣根は心底嫌そうな顔をする。

 

「なんで俺がアイツと同類じゃなくちゃなんねえんだよ。俺はアイツとはちげえ」

 

「……だから、一方通行(アクセラレータ)に対して器が小さいんだってば」

 

「なんだとコラ」

 

真守がぽそっと呟くと、垣根は真守のおでこを弾く。

 

痛いっ! と言って真守がムーっと(うな)ると、垣根は大袈裟にため息を吐いた。

 

「それで、林檎はどうした?」

 

真守は垣根に弾かれたおでこをさすりながら問いかけると、垣根は片眉を上げながら気を取り直した様子で冷静に告げる。

 

「あのガキは今精密検査中だ。……お前は少し休め。顔色が悪い。精神的に嫌な事があったから疲れただろうが。……聞きたい事は山ほどあるがな」

 

「……山ほどって、えーっと」

 

真守が垣根を見上げながら目を泳がせると、垣根は額に青筋を立てる。

 

「お前が思い描いている通り、あの闇咲逢魔とかいうヤツの能力やらイギリス清教やら魔術ってモンについてだ」

 

「……垣根、林檎の事よろしくな」

 

汗を垂らしながら真守が垣根の腕からすり抜けて逃げ出そうとすると、垣根は真守の事をきっちり腕の中でロックして引き留める。

 

「待ちやがれっごまかされるとでも思ってんのか!」

 

「うぐっくるしい……いたい…………内臓が……っ」

 

体に脂肪が少ない真守はぎゅーっと抱きしめられた事によって弱い内臓器官に直に圧力がかかり、垣根の腕の中で(うめ)き声を上げる。

 

「……わりぃ。だが流されると思うなよ、じゃじゃ馬娘」

 

垣根は真守を抱きしめるのをやめるが、代わりに真守の両頬をつまんで思い切り引っ張る。

 

「むー。ひゃってめんほくひゃいこほ(だってめんどくさいこと)になるほほもっふぁんらもん(になるとおもったんだもん)

 

「面倒な事になるからってこの俺に隠し事するんじゃねえ! 逆に面倒な事になんのが分からねえのか!」

 

垣根が真守の言い分をきちんと受け取って真守の両頬を引っ張ると、真守がふむー! と声を上げて垣根の前で手をバタバタとさせる。

 

真守が涙目になっていくので垣根は溜息を吐いて真守の両頬から手を離す。これ以上やると真守のシールドで弾かれる気がしたからだ。

 

真守は涙目でつねられた両頬を押さえており、どっからどう見ても『私、むくれてますから』という顔になっていた。

 

「……きちんと話すから。でもちょっと色々込み入った話だから長くなる」

 

だが垣根の視線に心の底から自分を心配している想いががっつり乗っていたので、真守は不機嫌な声を出しながら歩み寄る。

 

「話す気はあんだな?」

 

「うん。だって垣根、何があってもずっと一緒にいてくれるんだろう? どこにも行かないんだろう?」

 

「何回聞くんだよ」

 

垣根は自分の事を上目遣いで見上げてくる真守の肩にかかっている髪の毛を一筋(すく)って告げる。

 

「今更手放すわけねえだろ。……手放すもんか」

 

「うん」

 

垣根が切なそうに自分への想いを告げるので、真守はえへへっと照れ隠しに笑ってから頷く。

 

「明日は忙しくなると思うから話せるか分からないけど、落ち着いたらすぐに話すから。だからちょっと待っててくれ」

 

「ああ。……ゆっくり休め」

 

垣根は真守の髪の毛を触るのをやめてそっとその柔らかな頬を優しく撫でながら微笑む。

 

「うん。じゃあ林檎の事よろしくな、おやすみ──垣根」

 

「……おやすみ、真守」

 

真守は垣根から離れるのが寂しくなりながらも柔らかな笑顔を浮かべてから別れ、寝るために自身の病室へと向かう。

 

一人で歩き出すと、どっと疲れが押し寄せてきた。

 

明日から学校なのに、とんでもない夏休みの終わりだったな、と真守は思う。

 

(明日から超能力者(レベル5)第一位か。……一体どうなるんだろうか)

 

真守は心の中で呟きながら病室の扉を開けると、柔らかな月の光が病室の中へと差し込んできていた。

 

 

真守がその光に目を細めながら病室に入ると、誰かが深城のベッドに腰かけていた。

 

 

「────え」

 

 

真守はその人物を見て思わず言葉を漏らした。

 

月明かりの中、その人物は真守に向けて柔らかな笑みを浮かべていた。

 

座っているから分からないが、恐らく背は真守よりも高いし、胸も真守よりも断然大きい。

 

女の子らしい豊満な体にはどこかの学校の制服であるブラウスに赤い短いネクタイ、それと紺色の長いスカートに革靴を履いていた。

 

柔らかでふわふわなウェーブがかった薄桃色の長い髪に、蜂蜜のような色のまん丸の瞳。

 

人懐こい笑みが良く似合う整った顔。

 

 

「真守ちゃん」

 

 

その人物は無償の愛で人をダメにするような甘ったるい声で真守の名前を愛おしそうに呼んだ。

 

 

その瞬間、真守は彼女と()()()()()()時の事を思い出していた。

 

 

流動源力(ギアホイール)。新しいお友達ですよ』

 

 

研究者に話しかけられても、真守はレポート用紙に計算式を書く手を止めなかった。

 

だが息を呑んだ声が聞こえてきた瞬間、その人物は駆け出しており、そのまま真守に抱き着いた。

 

抱き着かれた瞬間、真守の書いていた計算式がズレたので真守はとっさにその人物を睨みつけて攻撃しようとした。

 

『かわいいっ!! お猫さんみたいだぁ!!』

 

だが真守は攻撃をするために動かした手をぴたりと止めた。

 

自分に抱き着いてきた少女は簡単に壊れてしまうと分かるほどに柔らかく、真守にこれまで感じた事のない命の息吹を伝えてきた。

 

そしてその柔らかな体の全身からは真守が今まで向けられた事のない温かな感情が溢れ出ていた。

 

まったく悪意のない、裏表のない純粋で自分を想う気持ち。

 

『なんて言うお名前なの? あたしは源白深城って言うの!! お名前教えてぇ?』

 

『…………知ってるだろ』

 

真守はここに連れてこられる子供たちが既に自分のプロフィールを把握済みだと理解している。

 

わざとらしい少女の言葉に真守は嫌そうに顔をしかめつつも、その言葉にまったく悪意がない事に困惑しながらぶっきらぼうに告げた。

 

真守が情操教育相手の問いかけに口を開いたのを見た研究者が驚いている前で、その少女は自分に真守が話しかけてくれたのが嬉しくて、ぱあっと顔を輝かせて柔らかく微笑む。

 

『あたし、あなたの口からあなたの名前が聞きたいなっ!』

 

『…………朝槻、真守』

 

『真守ちゃん! 真守ちゃん、可愛い名前だねぇ! これからよろしくね、真守ちゃん!』

 

少女は自分の名前を大切そうに呼び、あまつさえ可愛いと告げてこれからずっと一緒だと言わんばかりに微笑む。

 

なんだろう、この生き物は。

 

真守が理解不能な生物を怪訝そうに睨んでいると、その少女は幸せそうに微笑んだ。

 

まるで珍妙な生き物として見られているだけで、その感情を自分に向けられているだけで幸せだと言わんばかりに、その少女は心の底から真守に笑いかけていた。

 

 

「……………………深城?」

 

 

真守はその少女──源白深城の名前を呆然と呟く。

 

一八歳らしい姿に成長した源白深城は、一二歳で成長が停まった源白深城の本体が横たわるベットの(ふち)に座り、いつだって変わらない柔らかな笑みを真守に向けていた。

 

 

月の光に照らし出された源白深城はとても儚く、すぐに消えてしまいそうなのに──確かにそこに存在していた。

 

 

Sep.01_AM00:00終了

 




源白深城、参戦。

次回『力量装甲』篇、開幕。




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