次は一〇月七日木曜日です。
垣根は杠林檎と共にマンモス病院から出て電車に乗り、真守が
「歩くスピード合わせてんだから俺の事見てねえで前向いて歩け」
自分の事をじぃーっと見上げて歩くスピードが
「うん」
林檎は垣根の言葉に素直に頷くと前を見るが、その視線がきょろきょろと辺りを
(『暗闇の五月計画』や木原相似に強引に脳を
垣根は林檎について頭の中で考えながら、林檎を連れて朝食を食べるためにカフェにやってくる。
そのカフェとは、真守と初めて会った後にお茶をしたチェーン店の別店舗だった。
朝で人が
垣根はメニューをさらっと見て自分が頼むのを決めると、メニュー表の表紙をじーっと見つめている林檎を見た。
どうやら好きなものを頼むということは
「……しょうがねえな」
垣根は店員を呼んで自分と同じものを林檎の分も頼んで、ついでに飲み物やサイドメニューを頼んだ。
林檎にかける言葉もないので垣根は携帯電話を取り出してメールを確認する。
(あ? 木原相似との戦闘の際の真守の情報を寄越せだと……? やっぱり上層部も真守のアレが
垣根はチッと舌打ちを付きながら携帯電話を睨みつけながら思考する。
(真守の事良いように扱いやがって。真守が良いってんなら即座に上層部をぶっ潰してやるのに。……でも、待てよ? なんか引っかかるな)
垣根はそこで八月三一日、真守と接触していた『外』の人間、闇咲逢魔を思い出して何が引っかかっているのか気づいた。
(そうか、『外』の技術についてか。……『外』には能力開発とは別の超能力がある。学園都市上層部、それもアレイスターは『外』の技術を絶対に知ってるはずだ。だったら『外』の技術者のトップと必ず面識があってそれぞれの領分を侵略してこねえか互いに監視しているはずだ)
学園都市が異能界隈で一強ならば世界の覇権を握っていて問題ないが、『外』にも別の異能を扱う集団がある。
それならばアレイスターは『外』の技術としのぎを削っている状態で、もしアレイスターが倒れれば付け入る隙を見せてしまい、ハイエナのように『外』の技術連中は群がってきて学園都市を食い物にして利益を得ようとするはずだ。
(真守は他人の幸せを奪っちゃならねえって学園都市の今の体制を崩そうとしねえ。それに加えて『外』と学園都市が睨みあってるからなおさら崩しちゃマズいとでも思ってんのか? ……
垣根は真守が随分と色々なことに巻き込まれているのを知って歯噛みする。
(真守が全部自分で解決しようとする癖があんのは知ってる。だったらまだ隠してることでもあるはずだ。……合流したらとっちめてや、……)
「なんだよ」
垣根が真守について考えていると、林檎がじーっと自分の事を見ているのに気が付いき、垣根は
「垣根は朝槻とどこで会ったの?」
「別にどこだっていいだろ」
今は死んでも離したくないと思っている垣根だが、真守に近づいた理由は率直に言って利用するためだった。
真守は何とも思っていないが他人から見たら最低の極みであり、何も事情を知らない真守が助けたから相手している
「言えない? 言いたくない?」
垣根が返答を拒否すると林檎はしつこく聞いてくる。
「お前には関係のない事だ」
垣根が苛立ちを込めて林檎の質問を再び突っぱねると林檎は気にせずに口を開いた。
「目的があったの?」
「──お前には関係ねえって今言ったよな?」
核心を突かれるような疑問を投げかけられて、垣根は林檎を殺意を込めた視線で睨みつけた。
「お前じゃない。杠林檎」
だが林檎は垣根の殺意に一切動じずに自分の名前を呼んでほしいと主張してきた。
「……ハッ。わりぃわりぃ。名前で呼ばれねえのはムカつくもんな。ゆじゅりは──……」
垣根は林檎の神経が図太い事を嗤って適当に答えていたが、噛んだ事により場に沈黙が流れる。
「ゆじゅりは……」
「っせえ噛んでねぇ」
垣根が否定すると林檎は真守から借りているパーカーの袖口を口に当てて笑いをこらえるように呟く。
「噛んだ」
「噛んでねぇっつってんだろ!」
「絶対噛んだ」
林檎が少しだけ目を細めて楽しそうにしていると垣根は林檎に見えないように苛立ちを込めて太もものスラックスの布地をぐしゃっと握り締める。
(なんてモン押し付けたんだよあのじゃじゃ馬娘! …………つーかやっぱこういう反応が普通で、真守が気を回したのが異常だったのか……)
垣根が真守と初めて会って喫茶店に入って真守の名前を噛んだ時、真守は垣根の失態を笑いもせずに優しく微笑んで自分を下の名前を呼んでほしいと言ってきた。
人として器量が良すぎる真守についてちょっと考えていたが、場に流れる雰囲気に垣根は気まずくなる。
気まずい雰囲気がいたたまれなくなってトイレにでも行こうかと垣根が席を立とうとすると、丁度店員が料理を運んできた。
「飯来たぞ。……どうでもいい事言ってないで食え」
林檎は垣根の事をなおも咎めるように見つめていたが、目の前に置かれたガレットに目を奪われてガレットをじっと眺める。
「ほら」
垣根がカトラリーボックスからナイフとフォークを取って林檎に寄越すと林檎が右手にフォークを、左手にナイフを持った。
「逆だ、逆。ナイフが右手だ」
垣根が教えてやると林檎はナイフとフォークを交互に見てから二つを取り換えて持つ。
「ん」
「そうだな、ちゃんと持ててよかったな」
林檎がちゃんとやったとでも言わんばかりに垣根の方に両手に握ったナイフを差し出して短く
林檎は垣根が綺麗な手つきで食べているのを見てから、たどたどしい持ち方のナイフで切って恐る恐るフォークで差して食べる。
一口噛んだ瞬間、ガレットのおいしさに林檎は顔をぱあっと明るくした。
「どうした?」
「おっおいしい。これっ。こんな、おいしい食べ物……っ!」
固まって動かない林檎を怪訝な表情で垣根が見ると、林檎は興奮した様子で昨日から一緒にいて初めて明るい声を上げた。
「ガレットなんて別に珍しくもないだろ。……真守は『実験』で食事を与えられなかったが、お前には必要だろうが。まさかろくなモン食べてなかったとか言うんじゃねえだろうな?」
垣根が嫌な予感がして問いかけると、林檎は勢いよくごっくんと飲み込んでから告げた。
「食べ物、いつも。四角くてボロボロ。緑のプルプル。ピンクのネチネチ。あと点滴」
「レーション以下かよ。今どき最前線の兵士だってまともな飯食ってんぞ」
(真守んトコもそうだが、計画がクソだと食事もクソになんだな)
垣根が『闇』に染まった研究所がどこもかしこもろくでもないのが普通なのだと理解している前で、林檎ははむ、と再び一口食べて顔を輝かせて垣根を見た。
「これすごく、とってもおいしいっ。すごい!」
垣根を一度見てから林檎はガレットを口いっぱいにほおばって、幸せそうにモグモグ口を動かしてすごい勢いで食べる。
研究所でろくな食事にありつけなかったら普通なら林檎のように食に対して貪欲になるはずだ。
だが真守は突き抜けてしまいすぎたのか食にまったく関心がない。
その証拠にこの夏休みの中ごろから
しょうがないからカブトムシに一食抜いたら注意するように命令を出しており、真守はその
(真守もこれだけ食に関心があればいいんだがな……)
垣根はぱくぱくと夢中になってご飯を食べる林檎を見つめながら心の中で呟く。
「ゆっくり食べろよ」
林檎の楽しそうな様子が自分と食事をしている時の真守と重なって垣根が林檎を柔らかく注意すると、林檎は口をもぐもぐと早く動かしていたが、コクッと頷いてゆっくり幸せを噛み締めるように食べ始める。
ガレットを食べ終わると、林檎はフライドポテトと共に置いてあった二種類のソースの内、ケチャップベースのソースが入った容器を持ち上げる。
「それはそこのポテトにつけて食うんだ」
林檎がくんくんとソースの匂いを嗅いでいるので垣根が注釈すると、林檎はソースに指を突っ込んだ。
「おーい」
林檎は垣根の静止も意味なく指にべったりつけたソースを口に含む。
「おいしい。濃い」
「単体で食うもんじゃねえよ。……コイツの食育を真守に任せたらマズい事になりそうだな。源白はどう見たってポンコツだから甘やかすに違いねえし……」
垣根は食に関心がない真守と食に興味津々な林檎の組み合わせが極端すぎて思わず呟く。
(あ? でも林檎が真守に食事をせがめば真守も食べるようになるかもしれねえな?)
案外良いコンビかもしれないと垣根が心の中で思っていると林檎は指をちゅぱちゅぱと舐めていた。
垣根がおしぼりを林檎に差し出すと、林檎はソースを置いて手を拭き、少し考えてからフライドポテトにソースを付けてぱくっと食べる。
「おいしいっこれも、すごくおいしいっ!」
次々とフライドポテトをフォークで突き刺して食べる林檎を見て、垣根はその様子が楽しそうで優しいまなざしで林檎のことを見つめていた。
──────…………。
垣根は林檎を連れて真守と一緒に来た事があるデパートの子供服売り場へとやってきていた。
(二、三着服を買ってあげてほしいって真守は言ってたが、好みについては何も言ってなかったな。林檎に好みがあるとは思えねえし……俺が選ぶしかねえな)
垣根はぼーっと立っている林檎の体に服を当てて似合うか考える。
キャミソールワンピースを着ているのでワンピースで良いかと思って適当に三着選んで林檎に押し付けると、垣根は林檎を連れて試着室へと向かった。
「ほら、これ着てみろ」
「……どうやって着るの?」
「は?」
林檎が着ているキャミソールワンピースは上から被ればいいものだったが、垣根が選んだのはボタンを留めたり、順番がちゃんとあったりはするが簡単な服ばかりだった。
「ちょっといいか?」
垣根は服の着方が全く分からない林檎のために店員を呼び、林檎と共に入るように要求して林檎を任せる。
垣根が欠伸をして待っていると店員が試着室のカーテンを開けて林檎を連れて出てきた。
「ふうん。馬子にも衣装ってヤツだな」
垣根は黒い半袖シャツの上にデニムワンピースを着てどこかの薄幸そうな令嬢になった林檎の姿を見て感想を述べた。
「靴も合わねえから買うか。あるか?」
「お持ちします」
店員がパタパタと去っていく中、林檎は何故か真守が貸したオーバーサイズのパーカーを上に着用し始めた。
「暑くねえの?」
「これがいい」
林檎は真守のパーカーを着て袖口を顔に寄せてスンスンと匂いを嗅ぎながら微笑む。
(こいつぜってえ借りパクするぞ。……でも真守なら別にいいって言いそうだな……)
真守はデザインと機能性重視の高級ブランドを気に入っており、林檎に貸したパーカーもそのブランドで結構値が張る代物だ。
そんな高級パーカーの価値を知らない少女が借りパクすれば当然借りパクされた側は怒るが、真守にはそれに適用されないだろうな、と垣根は考えていた。
「ほら、行くぞ」
垣根は林檎が着ていた服と今買った服や靴が入ったショッピングバッグを肩にかけて片手をポケットに入れて林檎を呼ぶ。
「……、」
「なんだよ」
林檎がじーっと見つめているので垣根が睨みつけると、林檎は垣根がポケットに手を突っ込んでない反対の方の手のジャケットの袖口を真守のパーカーの布越しに掴んだ。
「チッ。……行くぞ」
林檎が
林檎は垣根に引っ張られる形でデパート内を歩きながら、目を細めて嬉しそうに微笑んでいた。
垣根くん、スピンオフでは林檎ちゃんを利用するために連れ回していましたが、真守ちゃんに面倒を頼まれたので色々世話を焼いてます。
垣根くんと林檎ちゃんのコンビが書けて楽しかった。
ちなみに林檎ちゃんの服装などはとある方のファンアート(?)からオマージュしてます。垣根くんと林檎ちゃんの色んなイラストが見られますので幸せです……。