とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第五七話、投稿します。
次は一〇月八日金曜日です。


第五七話:〈承認宣言〉で再び決意を

「垣根。あそこ何?」

 

みすぼらしい恰好から一転、どこぞの薄幸そうなお嬢様に変貌した林檎は垣根に繋いでもらっていない手と反対の手を動かして何かを指さした。

 

「あ? ゲーセンだよ、ゲーセン」

 

林檎が指さした方向にはチェーン店のゲームセンターだった。

 

「げーせん?」

 

「ゲームセンターの略。遊ぶ場所だ」

 

「ゲーセン……」

 

林檎はほえーっと好奇心のままゲームセンターを見つめる。

 

「入ってみるか?」

 

興味があるのに入りたいと言わない林檎を(うなが)すために垣根が問いかけると、林檎はぱあっと顔を明るくする。

 

「うん」

 

林檎は垣根から手を離してもらってテテテーッと走って一目散にゲームセンターに入っていく。

 

垣根は林檎が今まで着ていた服と新しく買った服が入ったショッピングバッグを背負い直すと、林檎の後を追ってゲーセンへと入った。

 

今日は新学期が始まる始業式がある日なので、店内に学生の姿は少なかった。というか不良くらいしかいない。

 

林檎は店内の入り口近くでぼけーっと立ち尽くしていた。

どうやらあちこちから洪水のように溢れている音楽に圧倒されているらしい。

 

「お前、研究所が壊滅してから木原相似に捕まるまでずっと裏路地にいたのか?」

 

「裏路地? じめじめしてるところにいた」

 

「それを裏路地っつうんだよ」

 

垣根がなんでも物珍しそうに見る林檎にそう問いかけると林檎は小首を傾げるので、垣根は林檎の知識力のなさに呆れながらもきちんと言葉を教える。

 

「裏路地……」

 

林檎は垣根に教えてもらった言葉を繰り返すと、ふらふらと店内を歩く。

 

垣根はそんな林檎の後ろをついていき、林檎はUFOキャッチャーのとある躯体の前で止まった。

 

中には林檎が抱きかかえられるほどの白いうさぎのぬいぐるみが入っており、その背中からは真っ白な翼が三対六枚生えていた。

 

(ガキはこういうの好きだよな)

 

垣根は目をキラキラと輝かせて躯体を見上げている林檎を見ながら心の中で呟く。

 

「…………おい、林檎」

 

垣根は思わず林檎に声を掛ける。

すぐに目移りしてどこかに行くだろうと思っていた垣根だが、林檎は一向に動かずに白いウサギのぬいぐるみに目が釘付けだった。

 

「欲しいのか?」

 

「くれるの?」

 

垣根が問いかけると林檎は顔を上げてきらきらとした目で垣根を見つめた。

 

「ナメんじゃねえよ、どけ」

 

UFOキャッチャー如きができないと思われたのがムカついたため、垣根は林檎を避けさせると躯体の前に立った。

 

「……三回だな」

 

垣根は脳内でシミュレーションを行うと三〇〇円入れてゲームを始めた。

 

林檎が動くアームを何度も首を動かしながら目で追っている中、垣根は宣言通り三回目でぬいぐるみをゲットした。

 

「ほらよ」

 

垣根が取り出し口からぬいぐるみを林檎に渡すと、林檎は受け取る前に目を輝かせながら体を動かして色んな方向からぬいぐるみを見てから、垣根から壊れ物を貰うかのようにそっと受け取る。

ぬいぐるみの翼をフニフニと触り、それから林檎はぎゅっとぬいぐるみを抱きしめた。

 

「垣根、すごく。とっても、かっこいい」

 

林檎は幸せそうな顔をしてから垣根を見上げて興奮した様子で声を上げる。

 

「垣根はかっこいい!」

 

林檎が顔を輝かせて垣根を絶賛すると、垣根はフッと笑ってから林檎の頭を撫でた。

 

「そりゃそうだろ」

 

「うん! 垣根、ありがとう」

 

林檎は垣根の言葉に嬉しそうに頷いて、ぬいぐるみを右手で抱きしめ、頭を撫でてくれている垣根の手に左手で触れて微笑む。

 

「おう」

 

垣根は機嫌よく返事をする。

真守は垣根の本当の価値を見極めて絶賛するが、林檎は垣根の価値を知らないのに絶賛する。その絶賛は明確に別種のものだ。

垣根にとって林檎の反応は真守の自分に対する反応とまた違ってとても新鮮で、それが普通では受け取る事ができない反応だと理解して、柔らかく笑った。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「垣根、お腹空いた」

 

垣根はお腹を押さえる林檎を見つめながら思案する。

 

「そうだな。真守はまだ応接室で紙束と格闘してるし、先に昼飯食っちまうか」

 

「応接室? 紙束?」

 

カブトムシで真守の様子を確認して呟くと、林檎は小首を傾げて垣根を見上げた。

 

「あー……あいつはじゃじゃ馬娘で放っておくと突っ走ってくから、お目付け役として俺の独自の情報網の一体をそばに置いてんだよ」

 

垣根はいまいち自分の説明を理解していない林檎のために第二二学区に展開しているカブトムシの一匹を呼び寄せる。

ぶーんと飛んできて垣根の腕に留まった白いカブトムシを見て、林檎は目を見開いた。

 

「白いかぶとむし」

 

林檎が垣根の差し出した腕にくっついているカブトムシに向けて背を伸ばしてツンツンとしていると、カブトムシが喋った。

 

『帝兵さんです』

 

「ていへいさん?」

 

「……もうその名称でいいや。テメエらの好きに呼びやがれ」

 

垣根は止めたって無駄な自分の端末に好きにしろと投げやりに告げると、カブトムシはヘーゼルグリーンの瞳を呼応するかのようにカメラのレンズのように縮小させた。

 

「帝兵さん、よろしくね。私は杠林檎」

 

『よろしくお願いします、林檎』

 

カブトムシは自己紹介すると林檎の頭の上までぶーんと飛んで着地する。

カブトムシが自分の頭の上に乗る時に足をわきわきと動かしたので、その感触がくすぐったくて林檎は目を細める。

 

頭にカブトムシを乗せ、腕にウサギのぬいぐるみを抱いたファンシーさ満開になった林檎を連れて、垣根はステーキハウスに入る。

 

メニューを頼んだ後、林檎は膝の上にウサギのぬいぐるみを乗せてギュッと抱き寄せながら、テーブルの上に乗っかっているカブトムシにちょっかいを出すためにツンツンと体をつついていた。

 

林檎が年相応にわくわくしている姿を見て、垣根は優しく穏やかな気持ちになる。

真守以外と一緒にいて気持ちが落ち着く事はなかったので、垣根はその居心地の良さに柔らかくそっと目を細めた。

 

その内食事が運ばれてきて垣根は林檎がぬいぐるみを抱きしめたまま離さないので、食事に邪魔だからと言ってぬいぐるみを取り上げる。

 

林檎はむくれていたが、真っ白なウサギのぬいぐるみが汚れると悲しいだろ、と垣根が告げると渋々頷き、目の前のステーキを食べ始める。

 

「この肉塊、すごい美味しい。とても!」

 

「肉塊……死体みたいに言うなよ。今食べてんだよ」

 

一口食べてフォークとナイフをぶんぶんと振って喜びを表す林檎を見て、垣根は自分のステーキを見つめながらげんなりとする。

 

垣根と林檎が食事をしていると、店内にあったモニターが切り替わった。

 

「朝槻だ」

 

「あ?」

 

林檎がナイフでモニターを指し示すので垣根が振り返って見つめると、そこには倉庫(バンク)に登録されている真守の真正面から撮影した証明写真が映し出されていた。

 

『統括理事会より、全学生へお知らせです。本日、九月一日一二時付けで第七学区内の高校に通う朝槻真守を、学園都市八人目の超能力者(レベル5)として承認、流動源力(ギアホイール)と能力を改名。順位を第一位と位置付けます。既存の超能力者(レベル5)の順位の前後はありません。統括理事会より、全学生へのお知らせです。本日、九月一日付けで朝槻真守を学園都市八人目の超能力者(レベル5)として承認──』

 

(随分と手が込んでんな。そんなに真守を第一位として象徴化したいのか……?)

 

第一位に位置付けるからと言って、学園都市中に放送を掛けるなんて本来ならばあり得ない事だ。

だが真守は全能力者を鼓舞する存在になると『電話の声』は()()()()()()確かに言っていた。

そのプロパガンダの一環かと垣根が(いぶか)しんでいると、林檎がモニターを見上げながら小首を傾げた。

 

「朝槻、超能力者(レベル5)の一位になるの?」

 

「ああ」

 

垣根がモニターを睨みつけたまま頷くと、林檎が思案顔をして訊ねてきた。

 

「……垣根、一つ順位落ちるの?」

 

「そうだな。……ったく、クソ忌々しいな」

 

「朝槻が上にいるの、嫌?」

 

垣根が吐き捨てるように告げると、林檎は少しだけ顔を歪ませて悲しそうに問いかけてきた。

 

「そっちの忌々しいじゃねえ。……今は別に順位付けに関してどうこうは思ってねえしな」

 

垣根は店内に流れる真守が第一位に承認された(むね)を伝える放送に顔をしかめながら呟く。

 

学園都市の順位付けにて、垣根は自分の未元物質(ダークマター)という能力はどの能力よりも優秀であるはずなのに、第二位とされているのが心底気に食わなかった。

 

しかも第一位はあの一方通行(アクセラレータ)

 

認めたくはないが今の一方通行(アクセラレータ)の能力にはあらゆる可能性が秘められている。

 

だが当時の一方通行はベクトル操作を破壊する事にしか用いられなかった。

 

『破壊性』しか持ちえない一方通行(アクセラレータ)の能力が、『創造性』を体現している未元物質(ダークマター)の上に位置付けられて、『破壊性』が『創造性』よりも勝っていると学園都市に勝手に決めつけられた。

 

それだけでも(はらわた)が煮えくり返る思いなのに、アレイスターが推し進める『計画(プラン)』では自分が『補助候補(サブプラン)』となっており、てっきり一方通行(アクセラレータ)の『補助』をする役目なので、統括理事長まで自分の能力をコケにしているのだと殺意が(つの)っていた。

 

まあ結局のところ一方通行(アクセラレータ)でさえ『第二候補(スペアプラン)』であり、『計画(プラン)』の要である『第一候補(メインプラン)』は真守だったのだが、消えた八人目であり、存在がない事にされている真守を知る(すべ)は皆無だった。

 

長らく第二位であることが気に食わなかった垣根だが、真守と出会ってから視野が広くなったので今は違う。

 

「上層部が真守を利用しようとしてんのが忌々しいんだよ」

 

垣根はそうやって林檎へ自分の心境を打ち明ける。

 

学園都市代表というのは聞こえはいいかもしれないが、学園都市にとって一番利用価値があるからその地位を与えているだけで、要は『第一位という身分を与えるから好き勝手利用させてね』という意味であり、『とりあえずうるさいから飴を与えておけばいいか精神』で上層部は地位を授けているのだと垣根は真守に気づかされた。

 

だからこそ真守は統括理事会の人間を数人殺しても超能力者(レベル5)第一位の地位を拒絶した。

 

物事の本質を(とら)えて全てを見通す真守と出会わなければ、自分は視野の狭い凝り固まった考えに囚われ続けていた事だろう。

 

真守と一緒にいると、自分が目先の欲に囚われていたのをとことん思い知らされる。

 

だが真守と一緒にいれば自分が一番大切にするべきものが見えてくるし、その大切なものである真守を学園都市の魔の手から守れる気がする。

それに垣根は一人でいつも震えている真守を絶対に放っておけないし、何よりも大切な存在である真守を死んでも手放したくなかった。

 

「…………朝槻、悪い人に利用されるの?」

 

上層部や真守を利用する、という言葉を林檎が悪い人という言葉に変換して自分に訊ねてくるので、垣根は食事を再開しようとナイフでステーキを切り分けながら告げる。

 

「そんな事にはさせねえ」

 

「うん」

 

林檎が頼もしすぎる垣根を見つめて目を細めている中、垣根は周りに意識を向けていた。

 

真守が超能力者(レベル5)と承認されたという放送が流れた直後、店内の人々がにわかに真守の事について話し始めた。

 

中には携帯電話をおもむろに取り出してどこかと電話をしている大人さえいて、真守の事を話しているのは確実だ。

 

「……本当に気に入らねえ」

 

真守は利用される代わりに与えられる超能力者(レベル5)としての地位を望んではいなかった。

 

真守は学園都市から離れられない源白深城と一緒にひっそりと穏やかに生きていければそれだけでよかった。

 

人の幸せを壊すことなく、『闇』の魔の手から逃げ続けて、陽の光の下で懸命に生きていく。

 

その想いや真守の気高い()り方を上層部は踏みにじったのだ。

 

「絶対に守ってやる」

 

学園都市は真守を本格的に利用し尽くそうと動き出した。

 

自分がするべきことは何が何でも真守を利用しようとする学園都市からあの少女を守ることだ。

 

真守が嫌うことは極力したくはないが、真守のためならば手を汚す。

 

垣根は暗部という『闇』に浸かっているからこそ、その『闇』として使える手段を真守のために使おうと決めていた。

 

「……ん?」

 

垣根が再び決意していると、真守を見守っていたカブトムシから気になる情報が頭に入ってきた。

 

昨日真守が助けた白い修道服の少女と上条当麻と親しそうに話をしている真守だったが、突然話題が自分と真守が恋人なんじゃないのかという話になって、真守が顔を真っ赤にして慌てふためき始めていたのだ。

 

真守は何もかもが見通せているので冷静でぶっきらぼうな口調で普段は仏頂面だが、笑う時は笑うし、その瞳には様々な感情が乗っている。

 

そんな真守が自分の話題で自分の事を想ってるのだと勘ぐられてしまい、それが事実だと分かるほどに必死に否定している。

 

追求から逃れようとムスッとした表情で一人で歩き出した真守だったが、後ろを歩く三人に見えないように幸せそうにえへへ~と小さく呟いてふにゃっと笑っていた。

 

あの表情は自分にだけ見せる表情なので、絶対に自分の事を考えている。

 

「………………マジでやめてくれ……かわいすぎんだろ……」

 

垣根が自分の事を密かに想って微笑む真守の可憐さにやられて頭に手を当てテーブルに肘をついて俯きがちになりながら呟くと、もぐもぐと口を動かしていた林檎は垣根の突然の反応に首を傾げていた。

 




九月一日一二時になったので真守ちゃん、承認されました。

時間が少し巻き戻りますが、次回は真守ちゃんのターンです。


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