次は一〇月一二日火曜日です。
学園都市のにぎやかな地下街は戦場へと変貌しており、二〇人ほどの負傷した
真守は自分の肩に乗せた深城の手にそっと自分の手を重ねてぎゅっと力強く握る。
深城が彼らの傷を見て、恐怖を覚えないなんて事はないからだ。
「大丈夫だよ、真守ちゃん。確かにちょっと怖いけど、この人たちは自分の意志で戦って怪我をしたんだから、気分悪くなったりしない。ううん、しちゃいけないの」
深城は自分が恐怖を覚えている事を明確に伝えた上で、精神的に問題ないと真守に簡潔に伝えた。
「良かった。危ないところに行くけれど安心して。お前の事は必ず私が守るから」
「ありがとぉ」
真守が力強く微笑むと、深城はにへらっと笑った。
「あ! 朝槻!? それと、そっちは月詠先生んトコの悪ガキじゃん!」
三人が歩いていると負傷した自分の体を治療していた黄泉川が声を荒らげた。
「……どうした、閉じ込められたの? だから隔壁の閉鎖を早めるなって言ったじゃん! 逃げるなら方向が逆! A03ゲートまで行けば後続の
「黄泉川先生、任せて。行くぞ、上条」
真守は自分たちを心配して避難の指示を出す黄泉川の横を、上条と深城と共にすり抜ける。
「え。ちょ、朝槻!! 第一位だからって子供を前に出すワケにはいかないじゃん!?」
「大丈夫。私は絶対に死なないから」
負傷して動けない黄泉川が必死に止めようとするが、真守は振り返りながら微笑み、上条と深城と共に爆発があった方へと駆けていく。
地下街を走り、赤い照明に照らされた通路の先へと出る。
真守が照明代わりに
手入れをしていない軋んだ金の髪の毛。浅黒い肌に擦り切れた漆黒のゴスロリ。
真守たちの前で巨大なゴーレムはゆっくりと動き、負傷して動けない
「あの野郎!」
「上条くん!?」
上条が駆け出したのを見て深城が声を上げるが、真守が止めようとしないので、深城は真守に従ってその様子を緊張した顔で見つめていた。
ゴーレムが動けない
瞬間、上条の
「エリス! ……くふ。でも
どうやらゴーレムを女性は『エリス』と呼んでいるらしく、女性はゴーレムをそう呼ぶと、妖艶に笑ってオイルパステルを振り上げた。
そして一閃すると、地下街の壁の至る所に魔法陣が浮かび上がって、それに連動するようにゴーレムの拳に鉄パイプや土などが集まってきてもう一度拳を形成する。
「エリス!」
女性がオイルパステルを横に
「上条!」
真守は上条の名前を呼びながら右手の平を前に突き出してエネルギーを生成し、即座に衝撃波を繰り出す。
その衝撃波はゴーレムを後方に吹き飛ばし、そして上条の右手にぶつからないように彼の体を同時に絡めとった。
「おわっ!? ああァああああ────!?」
真守の衝撃波に
真守は自分の目の前に飛んできた上条の襟首をガッと掴んで地面へと下ろす。
「大丈夫か、上条?」
「し、死ぬ気がする。現在進行形で……ぐえっ……」
上条は地面に尻餅をついているが、真守に襟首を掴まれた事でシャツの首元が締まり、カエルが潰れた時に発するような声を出す。
「あ、ごめん」
「ゲホッゲホ。……流石
真守は上条の襟首から手を離すと、上条は大きく咳をしながらぶつぶつと呟く。
「別に普通だろ」
真守がケロッと答えると、その様子を見ていた魔術師はくすくすと笑った。
真守が怪訝な表情をして、上条は喉を押さえながら、深城は強張った表情で魔術師を見ると、魔術師は高らかに喋り始めた。
「よく来たわね。
「……お前、魔術師だろ。なんで当の本人たちが知らないような学園都市の事情に詳しいんだ?」
真守ですら知らない単語をポンポンと告げる魔術師を、真守は顔をしかめながら睨みつける。
「お前ではない。シェリー=クロムウェルよ。学園都市と繋がっているイギリス清教の魔術師。でも、こんな事情あなたたちに話してもねえ。どうせ死ぬんだから」
魔術師、シェリー=クロムウェルの所属を聞いて真守は顔をしかめ、上条は思わず叫んだ。
「やっぱりイギリス清教なのか?! インデックスと同じ組織の人間が、なんで!?」
「戦争を起こすんだよ。その火種が欲しいの! だから多くの人間に私がイギリス清教の手駒だって知ってもらわないと、ね? ──エリス」
シェリーは
「地は私の力。そもそもエリスを前にしたら、誰も地に立つ事などできはしない!」
「舐めるんじゃない」
ゴーレム=エリスがずんずんと真守たちに近づいてくるが、真守は深城を連れて前へと出る。
そんな真守へとゴーレム=エリスは巨大な拳を振り下ろそうとする。
真守はスッとゴーレム=エリスへと右手の平を向け、ガッキン、ガッキンガッキンと歯車が完璧に噛み合って荘厳に鳴り響く音を
次の瞬間、源流エネルギーはゴーレム=エリスの巨体に合わせて拡散するように真守の手の平から放たれ、ゴーレム=エリスを跡形もなく焼き尽くした。
ゴーレム=エリスの質量が質量だったので余波と魔術を焼き尽くしたことによって生まれた虹色の煌めきが暴風のように辺りに吹き荒れる。
それを真守は前に突き出している右手から衝撃波を放ち、その暴風に新たなベクトルを入力。
様子を退避して見守っていた
真守が暴風を操作すればその風に乗っている虹色の煌めきが辺りに舞い散り、光の粒が乱反射して辺りを明るく染め上げる。
「不本意だけど、私も名乗ってやる」
真守は虹色の光の粒がきらきらと舞い散る中、あっけに取られているシェリーを睨みつけて、その時初めて自分の明確な地位を認め、宣言する。
「学園都市の頂点、
ゴーレム=エリスが跡形もなく消し飛び、真守が第一位に君臨した事を『外』の人間である自分に宣言するのを聞いて思わずシェリーは呆然とする。
ゴーレム=エリスには再生機能が付いているが、もし再生させて真守に向かわせていったとしてもあの源流エネルギーによって塵一つ残されずに焼き尽くされる。
それにゴーレム=エリスを作り上げている間に
だが勝機が無くても動かなければならない時がある。
それでも動けなかった。
自らを最強だと言わしめる少女の気迫と、大切なものを必ず守り抜くという信念に、シェリーは
そんな学園都市の新たな頂点、朝槻真守は真剣な表情でシェリーを見つめた。
「お前は学園都市と繋がりがある魔術師なんだな? 一体何があった。何故、戦争なんて起こそうと思ったんだ? お前の憎悪の根源は一体なんだ、何がそんなに許せなかった?」
真守が敵対していた自分に歩み寄ろうと言葉を投げかけてくるので、シェリーはその想いに息を呑んだ。
「そうだよ、お前何考えてんだよ。裏方がどうなってるとか俺にはよく分からない。でも、今は科学も魔術もバランスが取れてんだ。なんでわざわざそれを引っ掻き回そうとするんだ?」
上条が畳みかけるように問いかけると、シェリーは
「……超能力者が魔術を使うと肉体が破壊されて死ぬ。聞いたことはないかしら?」
「確かに能力開発を受けた人間は魔術を使ったら肉体が内側から破壊されて最悪死んじまう。でも、それが一体どうしたって言うんだよ?」
「おかしいとは思わなかったの? 一体どうしてそんな事が分かってるかって」
上条の問いかけに答えたシェリーの言葉を聞いて、真守はシェリーの一言にハッと息を呑む。
真守と上条が能力開発を受けた人間は能力を使えない、と聞いたのはインデックスからだった。
インデックスは科学に触れたことがないのに何故それを知っていたのだろう。
それは、つまり──。
「能力者が魔術を使えないか試したのか? ……それでお前の身近な人間が死んだ、のか?」
真守が思わず一歩シェリーへと前に出て問いかけると、上条が真守のその問いかけに息を呑んだ。
「エリスは私の友達だった」
シェリーはグッと胸の服を掴みながら呻くように呟いた。
「……今からざっと二〇年ぐらい前に、イギリス清教と学園都市。つまり、魔術と科学が手を繋ごうって動きがウチの一部署で生まれてな。私たちはお互いの技術や知識を一つの施設に持ち寄って、能力と魔術を組み合わせた新たな術者を生み出そうとした。……エリスはその時、学園都市の一派に連れてこられた超能力者の一人だった」
(……そうか。シェリーが学園都市の内情に詳しかったのは学園都市が超能力者を貸し出すほどに密接な繋がりがある部署にいたからか)
真守はシェリーの説明に心の中で納得しながら、シェリーの話の続きを待った。
「施設は互いの技術や知識が流れないようにって同じイギリス清教の者によって潰された。施設を潰そうとしてやってきた『騎士』たちの手から私を逃すために、エリスは私が教えた術式を使ったの。……魔術を使った瞬間、エリスは血まみれになった。エリスは、そのまま
シェリーは当時の記憶が
「戦争を、『火種』を起こさなくっちゃならねえんだよ! 学園都市はどうもガードが
つまりシェリーが学園都市にテロリストとして侵入した理由は、科学と魔術双方が結びつく事で起こる悲劇によって、これ以上犠牲が出ないためだった。
学園都市とイギリス清教の今の密接な繋がりを絶つための最も効果的な方法は、両者にとってそれぞれ重要な存在を殺すこと。
その標的に選ばれたのが、真守たち四人だったのだ。
シェリーは自分たちが悲劇を生まないためにしなければならない事を、魔術に関わりがある科学の徒である真守たちに必死に言い聞かせる。
「私たちは住み分けすべきなのよ。だっていがみ合うだけじゃなくて分かりあおうとしたって駄目だったんだから。魔術師は魔術師の、科学者は科学者の領分を定めておかなければならないのよ……っ!」
「そんな悲劇がもう一度引き起こされるならば、私たちが止めてやる」
真守が真剣な表情で自分にとって軽々しい発言をするので、シェリーは真守を即座に睨みつけた。
真守はそんなシェリーから目を離さないで、自分の肩に手を置いていた深城の手を取ってシェリーにとってのエリスのような存在が自分にとっての深城だと言わんばかりに深城の手をぎゅっと握った。
シェリーも、真守にとっての深城が自分にとってのエリスだと気が付いて動揺して瞳を揺らした。
真守がなんとしてでも守り抜くと宣言した存在を、自分は殺そうとしていたからだ。
「そんな悲劇、私は絶対に許さない。私だけじゃない。上条だって、この子だって。悲劇に呑まれながらも懸命に前を向いている人間だって絶対に許さない」
真守の言葉を聞いて、深城はシェリーを慈しみを込めて穏やかに微笑んだ。
「真守ちゃんはね、あたしを守りながら多くの人たちを救えるようにずっと頑張ってるの。真守ちゃんは学園都市の顔になったんだ。だから真守ちゃんが学園都市の『外』の人たちを守ろうって思ったら、ちゃんと動ける地位にいるんだよ」
真守は深城の事を握り締めしている手とは反対の手、つまりカブトムシが肩にくっついている左の方の手をシェリーへと向けた。
「お前がもうこれ以上自分たちのような存在を生み出したくないって、もうこれ以上自分が感じた悲しい思いを、誰かに感じさせたくないってそう思うなら。科学も魔術も飛び越えて私たちが手を取り合って協力すればいい。だからこの手を取って、お願い」
「……私の話、聞いてたの? 私たちはそれぞれの領分を定める必要があるのよ!」
「大丈夫。絶対に大丈夫だから。私たちは守るために手を取り合える。な、上条」
「ああ。話を聞く限り問題なさそうだな」
「何を根拠に言ってるんだよ!?」
「「お前とお前の大事なエリスが証明したんだ」」
真守と上条の会話の意味が分からずにシェリーが叫ぶと、真守と上条はそんなシェリーへと柔らかな言葉を掛けた。
彼女が心の底から理解して、理解していなければならない大事なことを。
「……な、」
二人の言葉に、シェリーは
「お前たちは科学と魔術という全く別の所属だったけど友達になれた。それって人の事を想う気持ちに、科学も魔術も関係ないって事だ。だから私たちは多くの人の幸せを想って、それを守るために必ず手を取りあう事ができる。証明したのはお前たちだ。だからお前が一番分かっているだろう?」
「むしろお前がそれを否定しちまえば、お前とエリスの友情がなかったことになっちまうんじゃねえか?」
シェリーは二人の言葉に
彼らの言う通り、ここでシェリーができないと言ってしまえば、自分とエリスの友情はなかった事になってしまう。
だからシェリー=クロムウェルは真守が上条と共に差し出した救済の手を拒む事ができなかった。
持っていたオイルパステルを頭を殴られたような衝撃で取り落とし、ふらふらと体をよろけさせながらシェリーは三人に歩みよるために歩き出した。
真守と深城は同時に踏み出し、上条を
シェリーが震える手を伸ばすと、真守はそっと握りしめてぐいっと引き寄せた。
魔術と科学が悲劇を生み出さない関係を構築できるように、双方は歩み寄った。
そんなシェリーに真守は自信たっぷりに笑った。
「大丈夫、私は学園都市の新しい
真守の力強い言葉に、シェリーは泣きそうになりながらも頷いた。
……正攻法で人を落とす達人、真守ちゃん。
まあ、それもこれも深城が命を教えてくれたからできるようになった事なのですが。
力量装甲篇はもう少し続きます。