とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第六二話、投稿します。
次は一〇月一三日水曜日です。


第六二話:〈純正人間〉が望むモノ

「……源白、深城だと?」

 

ドアも窓も廊下も階段もエレベーターも通風孔すら存在しないビルの一室で、土御門元春は空中に浮かぶ映像から目を離して呆然と呟く。

 

そんな土御門の前で、巨大なガラスの円筒の中で逆さになって浮かぶ統括理事長、アレイスター=クロウリーはうっすらと笑っていた。

 

「何故虚数学区・五行機関に核を与えて自由に動き回れるようにした?! 好き勝手に彼女が動いてうっかり幻想殺し(イマジンブレイカー)にでも触れたら大変な事になる。正気の沙汰とは思えない!」

 

虚数学区・五行機関。

 

学園都市最初の研究機関と言われており、魔術師たちの間では『窓のないビル』だと考えられている。

 

だが実際には違う。

 

虚数学区・五行機関の正体はAIM拡散力場そのもので、学園都市に住む二三〇万人もの学生が周囲に無自覚に発してしまう事により自然発生する力が、虚数学区・五行機関を形作っているのだ。

 

AIM拡散力場によって自然に生み出される五行機関とは、学園都市に能力者がいれば自然と形作られるものだ。

 

五行機関は有害か無害かさえ、分かっていない。

 

確かに五行機関は機械で計測しなければ分からない程度の力で、一目見れば分かる原子力のすさまじさとは違う。

 

だが五行機関は一定の衝撃を与える事でその力が爆発的に増してしまう、極めて危険な力の塊なのだ。

 

現に、五行機関に莫大な力が秘められているという事実は朝槻真守が証明している。

 

真守はAIM拡散力場に干渉するようにエネルギーを放出、それを触媒として反応させて爆発的な力を生み出し、それを束ね、自らの存在を高次元のものへと近づける事によって莫大な力を得ている。

 

昨日、真守がそうやって自らを高次の存在に近づけたことを知った時、土御門は呆れてしまった。

 

何故なら真守は虚数学区・五行機関という名称を知らなかったのに、その可能性を正確に読み取り、自分の力へと()える方法をたった一〇歳の時に既に編み出したからだ。

 

学園都市から見れば何が起こるか分からず、どこまで踏み込んでいいものか全くわからない虚数学区・五行機関。

 

学園都市が仕組みを理解できないが故に足踏みしている五行機関を、朝槻真守は流れを察する事ができるという能力の特性に(もと)づいて直感で自らの力に換えている。

 

学園都市は朝槻真守が五行機関の力を使おうとする(たび)に、世界の終わりが待っているかもしれないと気を揉んでいる。

 

だが真守はそんな事欠片(かけら)も知らずに、いつだって極めて危険な綱渡りを確実に成功させている。

 

そんな朝槻真守のそばにいる源白深城。

 

彼女は朝槻真守の手により蘇生された時からAIM拡散力場を自身の体と認識している。

 

つまり彼女は虚数学区・五行機関そのものであり、一人の人間として確立されているのだ。

 

そんな少女にアレイスターは核を与えて自由に動き回れるようにした。

 

「今回俺に黙認しろと言ったのは源白深城の自律駆動を確認するためだったんだな。そしてあわよくば彼女が虚数学区・五行機関の力を使うところが見られるかもしれないと考えた。残念だったな、朝槻真守がそばにいる限り、彼女が力を使う事はないぞ」

 

力量装甲(ストレンジアーマー)もある種、虚数学区・五行機関の力そのものだ。その展開を見られた時点で、力の一端は確認できた。後は数学的観点に基づき全体の力を算出するだけだ」

 

「くそったれが。これが虚数学区・五行機関を制御するための方法か?」

 

「ああ。形を取っていた方がこちらからのコンタクトもできる。源白深城は朝槻真守と違って寛容(かんよう)だからな。そんな源白深城の意見を朝槻真守は絶対に跳ねのけない」

 

土御門はその言葉に思い切り舌打ちする。

 

源白深城。その隣にいる学園都市の制御できない力を制御できる朝槻真守。

 

計画(プラン)』の『第一候補(メインプラン)』である存在。

 

 

朝槻真守が『第一候補(メインプラン)』たりえるのは、近くに虚数学区・五行機関の鍵である源白深城がいるからなのだ。

 

 

しかも二人は研究所時代からの知り合いで、お互いがお互いを必要としており、いつまでも一緒にいる事を誓っている仲でもある。

 

「まさにお得セットというわけだ。だが、ここまでして虚数学区を掌握する意味があるのか。確かに虚数学区は学園都市の脅威だが、脅威とは内側だけにあるものではないぞ。……イギリス清教の正規メンバーを警備員(アンチスキル)の手を借りて撃退した事により、魔術サイドとは確かな亀裂が入った。お前が黙認した事で世界は(ゆる)やかに狂い始めたんだ。まさか、お前はこの街一つで世界中の魔術師たちに勝てるなどとは思ってないだろうな」

 

「魔術師どもなど、あれさえ掌握できれば取るに足らん相手だよ」

 

「あれ、だと?」

 

虚数学区・五行機関は確かに学園都市にとって不気味な存在で、同時に不穏分子でもある。

 

だが五行機関は能力者が放出するAIM拡散力場によって成り立っているため学園都市内限定のものであり、その不穏分子を朝槻真守と源白深城を媒介にすれば確実に制御する事ができる。

 

(待て、よ……なんだって?)

 

そこまで考えていた土御門だったが、嫌な感覚が背中を走り抜ける。

 

(虚数学区・五行機関とは、ある種この世に存在しているが人々には認識できない世界だ。そしてそれを体として認識している源白深城に核を与えて実体化させた。そんな源白深城の体を()()()()制御する事ができて、なおかつ彼女の心と体に密接に繋がっている朝槻真守……、だと?)

 

魔術世界では別位相に存在する()()という概念がある。

 

そこに住まうのはある種の力の集合体によって構成される生命体。

 

その生命体を創り上げて使役し、愛しながらもそれらを統べる存在がいる。

 

その存在たちは、魔術用語でも重要な意味を持つ。

 

 

「アレイスター……お前はまさか、人工的に作り上げた天界に住まう源白深城(天使)と、それを遣いとする朝槻真守()を生み出そうとしているのか!?」

 

 

「──さてね」

 

アレイスターはつまらなそうに答える。

 

あらゆる宗教、魔術は既存のルールに従って実行される。

 

人工的に新たな『界』を科学的な力のみで作るという事はその既存のルールを全てひっくり返して新たなルールを作り上げる事だ。

 

朝槻真守を使って『界』を掌握(しょうあく)、既存のルールを新しいルールに変えれば、既存のルールに縛られている魔術は使い物にならなくなる。

 

ルールが変わってしまった状態で魔術を使えば、体が爆発し、魔術によって支えられている神殿や聖堂などは柱を失って自ら崩れていくだろう。

 

朝槻真守の能力である流動源力(ギアホイール)

 

流動源力(ギアホイール)とは新たなエネルギーを生成し、新たなベクトルをこの世に生み出し、それによって既存の定義を破壊して『新たな定義』を創り出す能力だ。

 

アレイスターは朝槻真守を利用し、彼女が日常的に行使している能力の本質である『新たな定義の構築』の規模を拡張・肥大化させる事によって、魔術世界の滅亡を目論んでいるのだ。

 

土御門元春はめまいがした。

 

一体どこからこの『人間』は目論見を始めていたのだろうか。

 

朝槻真守が能力を得た瞬間? それとも朝槻真守と源白深城を引き合わせた時?

 

どこから企んでいたか分からないのは大半をアドリブによって回し、その都度(つど)辻褄(つじつま)が合うようにアレイスターが適宜(てきぎ)計画(プラン)』を柔軟に対応させたからだと、土御門は気づいた。

 

「神を造り出すという行為は一神教である十字教の終わりを意味する……! そんなものを魔術世界は認めないぞ!!」

 

アレイスターの目的を知って土御門は激しく狼狽(ろうばい)しながら叫び声を上げる。

 

アレイスターの目的。

 

 

それは朝槻真守を新たな科学の神と(あが)め、魔術は愚か宗教そのものを撲滅(ぼくめつ)させる事だ。

 

 

この世の全ての宗教の終わり。

 

『科学』という宗教と呼ぶべきでさえない、新たな時代の始まり。

 

その準備は、とうの昔に終わっている。

 

何故なら真守と上条の手によって救われた一万弱もの妹達(シスターズ)は治療目的で世界中に点在している学園都市の協力機関に送られているからだ。

 

何故わざわざ『外』で体の調整を行う必要があったのか土御門は疑問だったが、AIM拡散力場を世界中へと広げる事により、学園都市の外でさえ朝槻真守が統治できる様にするためだったのだ。

 

一方通行(アクセラレータ)を使ったあのバカげた『実験』は絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)させるためではなかった。

 

世界中に自然に人造能力者を配置するためには、一度『量産型能力者(レディオノイズ)計画』を潰し、隠れ蓑であるはずの『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』も潰す必要があったのだ。

 

二重の偽装を得て、妹達(シスターズ)は全世界へと蔓延(まんえん)した。

 

学園都市の外の人間はまだ気づいていない。(いな)、気付けるはずもない。

 

何故ならば妹達(シスターズ)の一件を外の人間は学園都市内の内輪もめの後始末くらいにしか考えておらず、まったく脅威として受け取れないようにアレイスターが(はか)ったからだ。

 

虚数学区・五行機関は世界中に妹達(シスターズ)が配置された事によって世界全土に広がった。

 

虚数学区・五行機関そのものである源白深城を朝槻真守が制御して新たな『界』として起動させれば全世界の魔術師は己の力の暴走によって自滅する。

 

後に残るのは、能力開発によってAIM拡散力場を無自覚に発している異能を使いこなせる存在だけだ。

 

(いや……本当にこれがアレイスターの最終目標なのか? この人間にとってこれは下準備に過ぎないんじゃないのか? ……それとも、何も考えていない?)

 

土御門には分からなかった。

 

男にも女にも見えて、大人でも子供でもあり、聖人にも囚人にも捉える事ができるアレイスターは人間としてのあらゆる可能性を内包しているため、アレイスターの考えは予測がつかない。

 

「……同情する。シェリー=クロムウェルは悪役じゃなかった。ヤツは自分の世界を守るために立ち上がったもう一人の主役だったんだ」

 

土御門は吐き捨てるように告げてからアレイスターをキッと睨み上げた。

 

「これがイギリス清教に知られれば即座に開戦だな。分かっているのか、アレイスター?」

 

「馬鹿馬鹿しい妄想を膨らませるな。私は別に教会世界全体を敵に回すつもりは毛頭ない。そもそもキミの考えにある人造天界とやらを作るには、まずオリジナルの天国やらを知らねばならない。それはオカルトの領分だろう。科学にいる私は専門外だ」

 

アレイスターが土御門の推測を夢物語だと断じると、土御門はハッと嗤った。

 

「抜かせ。お前以上に詳しい人間がこの星にいるか、そうだろう? 魔術師・アレイスター=クロウリー」

 

アレイスター=クロウリー。

 

かの者は世界で最も優秀な魔術師であり、世界で最も魔術を侮辱(ぶじょく)した魔術師だ。

 

何故なら彼は(きわ)めた魔術を全て捨て、一から科学を(きわ)めようとしたのだから。

 

魔術師の頂点であるクロウリーが何を考えたかは誰にもわからない。

だが、名実共に世界一の魔術師が魔術を捨てて科学に頼ろうとしたのは、魔術世界に対するこの世で最も偉大で罪深い侮辱だった。

 

魔術文化代表を名乗っていたアレイスターが勝手に科学文化へ降伏してしまった事実を受けて、アレイスター=クロウリーは全世界の魔術師の敵と認識され、今でさえイギリス清教には対アレイスター=クロウリー用の特別な部署が置かれているほどだ。

 

だがアレイスター=クロウリーを長年追っているイギリス清教は学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリーを同姓同名の偽名を使う別人だと思っている。

 

アレイスターが意図的にイギリス清教に誤情報を掴ませているからだ。

 

だからアレイスターを魔術的、あるいは科学的に調べたところで、誰にも彼を同一人物だとは確定することはできない。

 

土御門はアレイスターをサングラスの向こうで睨み上げて告げる。

 

「まるっきり負け惜しみになるがな、お前に一つだけ忠告してやる。アレイスター」

 

「ふむ、聞こうか」

 

「お前はハードラックという言葉の意味を知っているか?」

 

「『不幸』だろう」

 

アレイスターは土御門の問いかけに即座に答えた。土御門はアレイスターを睨みながらつらつらと説明する。

 

「『地獄のような不幸に何度遭遇しても、それを常に乗り越えていく強運』という裏返しの意味も持つ。……オレにはお前が考えていることなど分からないし、恐らく説明を受けても理解出来ないだろう。だが、あの幻想殺し(イマジンブレイカー)流動源力(ギアホイール)を利用するというなら覚悟しろ。生半可な信念ぐらいで立ち向かえば、あの右手はお前の世界(げんそう)を食い殺し、あの人(たぶら)かしはお前が納得せざるを得ない可能性とやらを提示されるぞ」

 

土御門が言い放った瞬間、空間移動能力者が部屋に入って来た。

 

三〇㎝も背が低い少女に連れられて、土御門はビルから出て行った。

 

誰もいなくなった部屋の中、人間は一人呟く。

 

「ふむ。私の信じる世界など、疾うの昔に壊れているさ。……それに、私に可能性を論じる事は彼女にもできまい」

 

アレイスターは呟くと、ビーカーのガラス表面に映像を映し出していた。

 

そこにはシェリー=クロムウェルからもたらされた魔術世界での自分の『役割(ロール)』について聞き、呆然としている朝槻真守の姿が映し出されていた。

 

「そろそろ自らが危うい存在だと自覚してもらわねばな。……だが『内』に関してはあなたを受け入れる態勢が整った。そして『外』も緩やかにあなたを受け入れ始めつつある」

 

アレイスターは朝槻真守を見て獰猛(どうもう)に嗤う。

 

「それ故、さして気にすることなくあなたは流れに逆らう事なく自らの流れをゆけばいい。その流れを整え、制御するのは私の役目だ」

 

アレイスターの声が機械の光しか灯らない暗闇の中で一人呟く。

 

人間の思惑を知る者は、ここにいないし、この世には彼の思惑を把握できる者はいなかった。

 

 




天使と神。
力量装甲篇は『物語の核心を突く』ターニングポイントでした。

それにしても土御門くんにも『人誑かし』と認識されている真守ちゃん……一体どれだけ手玉に取ってきたんだ……(戦々恐々)


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