次は一〇月一九日火曜日です。
真守は
そして自分よりも高い身長に赤茶色の腰まで伸びる髪の毛を持つ少女を難なくひょいっと抱き上げると、綺麗に横たわらせてその頬にぴとっと手で触れた。
(死後二日とちょっと。これは防腐処理をすぐに施されたのかな。……でも、なんだコレ?)
真守は体温なんて微塵もない死体の冷たさを手で感じながら、少女の状態を確認する。そして内心首を傾げた。
(原理不明の力が働いている? 上手く言い表せないこの感触。さっきの魔法陣といい、やっぱりこの子には魔術が使われているのか。……でも能力者に、しかも死体に魔術を使わせるなんて絶対にできない。……原理が逆? もしかして魔術で能力者を動かしているのか? 死体を操る魔術。……それなら辻褄が合うな)
「……オイ」
真守がじぃーっと死体の少女を観察していると、真守の背中から
「なんだ?」
「さっきから気になってたンだが……オマエの右肩にくっついてるソレは何だ?」
「あ。えーっとこれは、その……通信媒体にもなる新手のアンドロイド……に近い何かとか?」
真守は右肩にくっつき、ヘーゼルグリーンの瞳に無機質さをわざと演出して
そんなカブトムシの視線にさらされた
「……そンなのが?」
爆弾発言をした。
場の空気が凍るが次の瞬間、カブトムシがヘーゼルグリーンの瞳を赤く染め上げて、ババッと薄い羽を展開して真守の右肩から離れて
「落ち着け!」
そのため真守は飛んでいるカブトムシを両手で挟み込むように掴み上げる。
真守に掴まれたカブトムシは空中でバタバタと六本足を暴れさせて薄い羽を高速振動させて馬力を生み出すと、真守を引っ張りながらも
真守はそこで体内のエネルギーの循環効率を上げると、カブトムシの馬力以上の力を引き出してカブトムシを
「バカにされて怒る気持ちは分かる! ほら、
「……悪かったなァ?」
「ほら謝った!
だがカブトムシはバタバタ真守の手から離れようともがく。
しかも心なしかさっきよりも抵抗が激しくなっている気がする。
それもそのはず。
垣根は真守と話をするのと状況を見極めることを目的としてカブトムシと五感をリンクさせている。
真守はカブトムシを全力で押さえつけるために、そのふくよかな胸の谷間にぎゅうぎゅうカブトムシを押しこむ形で抱きしめている。
つまり──真守の胸の感覚がダイレクトに垣根に伝わるのだ。
それはつまり、真守の胸に全身が包まれている感触なわけで。
最早
それでも真守が離してくれないので、あまりやりたくないが後ろ足で真守の胸をふにゅんと踏んで離すようにジェスチャーで示した。
「あ」
真守はそこでカブトムシ(垣根)が何を考えているか全て察して声を上げた。
そしてかぁーっと顔を赤くして胸からカブトムシを開放すると、真守の胸から脱する事ができて安堵している垣根に向けて、真守はカブトムシを自分の目の高さに持ってきて声を掛ける。
「…………かきねのえっち」
真守が眉を八の字にして顔を赤くしてムーっと口を尖らせると垣根は真守に掴まれたまま『お前のせいだろ!?』と言いたいがためにバタバタとカブトムシの六本足を空中でばたつかせた。
そしてそれと同時に垣根はカブトムシの五感リンクを一括にしないでバラバラでも起動できるプログラムを急ピッチで造り上げる事を決意した。数日前にもこんな事があり、まさか二回目が起こるはずもないと思っていた自分が馬鹿だったとも思いながら。
(カキネ? あのカブトムシもしかして人間の男が操ってンのか? ……五感とかリンクさせてンならそりゃァ酷だろォなァ)
顔を赤くしてじとーっとカブトムシをジト目で見つめる真守と、抗議するように六本足をバタつかせるカブトムシの一連の様子を眺めていた
そんな破壊痕が目立つ三人がいる駐車場に、
「朝槻、またお前じゃん?」
「黄泉川先生」
真守は
「──DA? 聞いた事ないじゃん」
黄泉川にここで何があったかを真守が話し、それに
どうやら
真守も黄泉川と辺りを探してみたが怪しい人物はおらず、どうやら先程の戦闘のどさくさに紛れてその少女は逃げたらしい。
学園都市に展開している垣根のカブトムシでも全く知らない人物を探すのは困難を極める。
「装備一式はどう見ても
「なんでじゃん?」
そのため真守はDAに追われて病院に侵入した人間を探すのを一旦保留にして黄泉川にそう推測を述べると、黄泉川は当然の疑問を口にした。
「オマエたちは笑っちまうくらいクソ真面目だから丸腰の一般人に銃なンか向けたりしねェだろォが」
「成程ね。……で、あの遺体は?」
黄泉川は真守と
「あのガラクタの中に入っていたンだ。死んで二日は経ってる」
「え? どういう事じゃん!?」
「
真守が
「何でそんなことが分かるの?」
「生きてるヤツとはベクトルの通りが違う」
一方通行の能力はベクトル操作。ベクトルを通せば理解できる事だ。
「……ベクトルで? 朝槻は
「根本的な仕組みは違うが言ってしまえば私の能力はベクトル生成だ。
真守は黄泉川の問いかけにつらつらと自分と
「だから彼女が死後二日なのは間違いないぞ。……それにあの遺体の保全性から考えて、防腐処理は死んですぐに行われた。……殺されたんじゃないのか?」
「いいや、違うぞ」
真守が黄泉川と話をしていると、黄泉川と同じ班の髪の毛が短い青年が歩いてきて真守の推測を否定した。
「あの遺体は人皮挟美。二之腕高校一年。三日前に川に飛び込んで自殺を図り、救急搬送中に死亡となっている」
「でもお前たちはあのロボットは能力を使ったって言ってたじゃん? 死んでたら能力使えないはずだろ?」
同僚の説明に黄泉川が至極当然な疑問を持つと、それを聞いていた
「オマエたちのパチモンが、死体を盗んでガラクタに押し込ンで死んだ脳から能力を引き出したって事だろォが」
「仮にそうだとしても彼女は
「ハッ。引き出すだけじゃなくて底上げもしてるってわけだ」
「そんな事例聞いたことがない」
「どういうことじゃん?」
茶髪の青年と黄泉川が首を傾げていると
「それを調べンのがオマエたちの仕事だろォが。俺はもォ帰る。オマエは?」
「そうだな。とりあえず私も病室に戻ろうかな」
「じゃあ黄泉川先生。後はよろしく」
真守は右肩に再びしがみついたカブトムシを連れて黄泉川に別れを告げてから、先に杖を突いて歩き始めていた
(ブードゥー教には生きたままゾンビにされるっている刑罰があったハズだ。そこから発展したもので死体を操っていたのか? でもあれは生者をゾンビにする刑罰だから死ぬ事はない。イマイチ違う気がするな。……そう言えば道教には
真守が使用されている魔術についてインデックスから得た知識を
「じゃあなァ」
「うん、おやすみ。
そう言えば深城と林檎のもとに行かなければならないとエレベーターに乗ってから気が付いて、真守は林檎の病室がある階のボタンを押してエレベーターの壁に寄り掛かる。
(先日もシェリーが科学と魔術の関係性に暴れてたのに、能力者の死体を操って魔術を使う事件とかタイミングが悪すぎる。イギリス清教に連絡したら能力者の死体を操れば能力が使えるとバレてしまうから教えられないし、そもそもシェリーの一件で学園都市と駆け引きしている最中だから絶対に教えられない。もう夜遅いし、明日インデックスだけに伝えて学園都市内で処理を、)
『……さっきから何考えてんだ?』
真守が思案顔をしていると、垣根は真守の右肩にしがみついているカブトムシ越しに
「…………さっきのオモチャについて」
さきほど垣根の顔に胸で感覚的に全身を
『……学園都市には能力者の意志そっちのけで能力を引き出す技術もある。
垣根も若干気まずいのか間を置いてから推測を述べる。
真守はそれを受けていつまでも照れていてはしょうがないと考え、一息ついて気持ちを落ち着けてから真剣な表情をして先程の事件で自分が感じたことを告げる。
「垣根。アレには魔法陣が浮かび上がっていた。だから純粋な科学じゃないんだ」
『は? つーことは『外』の技術、魔術ってことかよ?』
「魔術には死霊魔術と呼ばれるものがある。
真守は垣根の疑問に一つ頷いてから魔術を全く知らない垣根にも分かりやすいように簡潔に説明する。
『能力者は魔術を使えないって話じゃなかったのか?』
「能力者が魔術を使うんじゃなくて、魔術師が能力者の死体を使うんだ」
垣根は真守の言い分に一瞬間を置いてから再びカブトムシの薄い羽を使って発声する。
『それなら拒絶反応みたいなのはでないな。辻褄が合う。で、どうすんだ? 魔術だったら手も足も出ねえだろ。……ああ、正確には能力使ってんのか。クソッややこしいな』
「餅は餅屋。知り合いに魔術を知り尽くしている子がいる」
真守がインデックスのことを思い浮かべながら告げると、垣根はカブトムシのヘーゼルグリーンの瞳の光を鋭くさせる。
『その知り合いってのはあのシスターか?』
「うん。インデックスって女の子だ。あの子に聞けば間違いないと思う」
真守はそこでエレベーターが目的の階に到着したので降りて林檎の部屋へと向かう。
垣根はそんな真守の右肩にしがみついている六本足のうち、一本を使って真守の腕をぺちぺちと叩く。
『そこら辺もしっかり話してもらうからな』
「分かってる、ちゃんと話すって約束する。だがまずはDAについて調べないといけないな」
『逃げたDAは別の
真守が約束を取り付けてくるので魔術についての話題は終了したとして、垣根は現在進行形でできることについて問いかける。
「あんなオモチャを持ってるって事は結構大きな組織なハズだ。慎重に動きたいからまずは情報収集だ、ヤツらのアジトの一つだろうけど、場所は一応特定しておいてくれ。……魔術が関わってるから慎重に動かないといけない」
『……確認するが、魔術はこの世の法則じゃねえんだよな?』
垣根の問いかけに真守はコクッと真剣な表情をして頷く。
「うん。だから
『不思議な現象?』
「シェリーのゴーレムを焼き尽くした時に虹色のきらきらーっとしたのが舞っただろ。あれが不可思議な現象だ。それに魔術を焼き尽くすと余波がいつもよりすさまじいんだ。ゴーレムの質量と同等の他の物質を焼き尽くしても、余波が暴風並みに吹き荒れることなんてありえない。それにおかしなことに私の源流エネルギーで魔術を焼き尽くすとどうも空間に歪みが生じるんだ」
『源流エネルギーによる「存在の抹消」が歪みを生じさせてるってことか?』
「恐らくそうだ。だから魔術に対しては慎重にならざるをえない」
『……
(垣根、やっぱり
真守は真剣な話をしていたのに
「…………わぁお」
真守が思わず呟いたのは林檎が
「あ、真守ちゃん! 大変だよぉ林檎ちゃんなんでも浮かせられるんだよ!」
どうやら
『どういうことだ。林檎の
「脳の電気信号イジって
『そんなこと気にするんじゃねえ。俺がアイツを名前で呼ぼうがどうでもいいだろうが』
真守が垣根の『林檎』呼びに疑問を持つと、垣根はあからさまに嫌そうに告げる。
(その言い方、なおさら何かあったって言ってるようなもんだが。……ゆずりは……そうか、私の時と同じでまた噛んだのか)
真守が全てを察してふふっと小さく笑うと、右肩にしがみついていたカブトムシの足を垣根は一本動かして真守の肩を怒りを込めてダシダシと叩く。
特に痛くもかゆくもないので真守は深城や周りの家具を楽々と持ち上げている林檎へと近づいてベッドに座っている林檎に視線を合わせる。
「林檎。お前の体が心配だから能力を使うのは一旦やめろ」
「うん」
真守に指示された林檎は素直に頷き、深城をベッドの上に降ろして家具を全て元の位置に戻した。
「……林檎の能力の正確な計測が必要だな。でも林檎は『暗闇の五月計画』出身で学校に所属してないから簡単には計測できないし……小萌先生に頼むか……? でも小萌先生は
真守が小萌先生を思い浮かべて思案していると、真守の腕の中からカブトムシが飛び立ってベッドの上に降り立ち、真守を見上げた。
『誉望が林檎と同じ
「え。ああ、そうか。誉望は
『アイツの予定なんてあったもんじゃねえから気にするな。それに呼び出せば絶対に来る。つーかそれ以外の選択肢は許さねえ』
真守が誉望にお伺いを立ててほしいと垣根に伝えると、垣根は心底どうでも良さそうに答える。
「……垣根。あんまり誉望にパワハラしないで」
『あいつは前に俺につっかかってきてんだよ。だから俺があいつのことをパシリみたいに使っても問題ねえ。あいつだって文句ねえだろ』
真守が垣根の誉望に対する扱いに苦言を
「垣根。それは『文句がない』じゃなくて『文句を言えない』んだぞ。分かってるか?」
『うるせえ。別にいいだろ、あんなヤツ』
(本当に私以外には辛らつだなあ……)
真守が内心ため息をついていると、方針が固まった様子なので深城がそこで真守の肩をちょんちょんとつついて声を掛けてきた。
「真守ちゃん。それでもう表の方は大丈夫なのぉ? すっごい音が響いてビカァッて光ってたけど」
「うん? うん、とりあえず大丈夫だ。……そうだな、もう夜遅いし寝ようか」
「うん! 林檎ちゃんおやすみーっ」
真守の提案に頷いた深城は寝る前の挨拶として林檎をぎゅーっと抱きしめる。
林檎は深城に抱き着かれた方の片目を閉じながら深城の手に自分の手を添えて少しだけ口角を上げて微笑んだ。
「おやすみ、深城」
「うん、おやすみ。あ。丁度良いから帝兵さん、林檎ちゃんのことよろしくね?」
『はい。分かりました。源白もおやすみなさい』
垣根ではなくカブトムシがそう了承する隣で、林檎はいそいそと布団の中に入ってよじよじ歩いて林檎の枕もとに向かってきたカブトムシにも布団を少しだけかけてあげて、真守と深城を見上げた。
「朝槻、おやすみ」
「おやすみ、林檎。それと垣根も、おやすみ」
真守は林檎の頭をそっと撫でながら微笑みカブトムシにも笑いかける。
『お前もちゃんと寝ろよ』
「うん。垣根もゆっくり休んでな?」
真守は林檎の頭から手を離すと垣根とそう言葉を交わして、深城と共に林檎の病室を出て自分の病室へと戻って就寝に入った。
垣根くん、ここで一方通行と初めて接触(カブトムシ越し)。
そして真守ちゃんの胸に全身を包まれるという謎の異空間に飛ばされてしまう……思春期男子にはキツい……垣根くん、色んな意味で応援するから頑張れ……。
作中でもある通り、魔術の攻撃はこの世の法則ではないので、この世に負ける事が無くなった垣根くんにも魔術ならば攻撃が通ります。
原作では垣根くん、『外』の技術を知らなかったので無敵だと思っていましたが本当はそんなことなく……本当に井の中の蛙だったんだなあ、と思います。