次は一〇月二〇日水曜日です。
「
病室に入りながら
何故ならば金髪巨乳、碧眼、左目の下にほくろがあるタイトな服にコートを着た少女が窓際に立っていたからだ。
「誰だ?」
「わ、私はエステル=ローゼンタール。死霊術を生業としているローゼンタール家二三代目当主だ」
エステルと名乗った少女は突然現れた真守を見つめて不安そうな声を出しながら自己紹介する。
「…………そう、か」
(なんで魔術師が
真守が現状が理解できずに固まっていると、それを見て
「歴史だの伝統だので思いこみを強化して『
「電波ちゃん?」
エステルは
(そういう理由ではないんだがな……というか、
「私は朝槻真守。
「……、」
真守が自己紹介すると、
「そうなのか。そういえば昨日この人の近くにいたな。よろしく」
それを気にせずにエステルが頷くので真守は自己紹介が終わったところでエステルに切り込んだ。
「お前、あのオモチャについて何か知っているのか?」
「おもちゃ? ……ああ、『棺桶』のことか。あれには我がローゼンタール家の術式が使われているんだ。……私が菱形に協力しなければ、こんな事にはならなかった」
「……
『棺桶』という兵器に関わっている魔術師から話を聞くためには、魔術のことを教えないと決めた
そのため真守が
「好きにしろォ。コイツはただここに居座ってるだけだ。連れ出すのにいちいち俺の許可なンて必要ねェ」
「ということでエステル、私と一緒に来い。話がある」
「? ああ、分かった」
エステルは真守に声を掛けられたので、よく分からないが頷いて、真守の後ろをついて行く。
真守は二階の端っこまでやってくると、エステルの方へくるっと向き直る。
「お前、所属は?」
「所属?」
エステルがオウム返しするので、真守はその反応に眉をひそませながらも問いかける。
「イギリス清教、ローマ正教、ロシア成教とか。私は別にどこでも構わないから教えてくれないか?」
エステルは真守の問いかけの真意を知って気まずそうに俯く。
「……私は、いいや。ローゼンタール家はどこにも所属していない。追放された一族だ」
「追放?」
意味が分からずに真守が問いかけると、エステルは胸に手を当てて悲痛な面持ちで呟く。
「……我が一族は元々完全なるゴレムを生み出すために様々な手法を試していた」
「完全なるゴレム? ……ゴーレムとは違うのか?」
「ああ。『完全なるゴレム』とは完全なる魂魄と完全なる体を持つ存在だ。我がローゼンタール家は『神』を作ろうとしていたのだ。……『神が土から人間を創造した』という伝承をもとにしてな」
人間は知恵の実を食べたが生命の実を食べることは許されなかった。
生命の実を食べるという事は永遠の命を持つことになり、神と等しい存在になることであり、それをを神に恐れられたからだ。
そのためこの地上にいる人間は不完全な生き物止まりで、いまだ進化の途中だと言う。
それを人間の手で進化させ、完全な生き物にすることによって神を造り上げることができる。
(完全なるゴレム、つまり『神』……か。ローゼンタール家は
真守は『完全なるゴレム』と『
つまり学園都市とローゼンタール家は同じものを目指しているのだ。
魔術と科学は全く別の異能の技術だが、行き着く先は同じである。
それを証明するような理想を学園都市と同じように追い求めているのがローゼンタール家だというわけだ。
「我が祖オベドはある日、死体に疑似魂魄を植え付ける方法を編み出した」
科学と魔術についての関係性について真守が考えていると、エステルはローゼンタール家が歩んできた歴史を紐解いていく。
「疑似魂魄?」
真守が問いかけるとエステルはコクッと頷いてつらつらと説明する。
「死霊から生み出したのが疑似魂魄で、それを死体に定着させて動かすのが死霊術だ。単純な命令しか実行できなかったゴレムだが、疑似魂魄を人間の脳に定着させることで確かな知性を手に入れることができた。……だがそれはラビたちに認められず、異端として故郷を放逐された我が祖先は東洋に流れ着いた」
(……成程。神を造り上げるというのは神を冒涜するような行為だ。追放されるのも頷ける)
真守が納得していると、エステルは淡々と呟く。
「そこで四代目のイサクが道教の
「それでお前はどうして大陸から島国の日本へ来たんだ?」
東洋、と言っても日本までやってきたのではなく大陸止まりらしく、真守がその事に関して訊ねると、エステルはグッと唇を噛んでから苦々しげに呟く。
「……『プロデュース』のスーパーバイザーとして騙されて学園都市にやって来た」
「『プロデュース』とは暗部組織の研究所だな?」
真守がエステルの言葉に空気をピリッとひりつかせると、エステルは責められているのかと感じたのかびくびくしながら答える。
「……ああ。そこで私は菱形と出会った。……そして妹の蛭魅にも」
「ヒシガタ? その兄弟は『プロデュース』とどういう関係がある」
真守の問いかけにエステルは首を横に振った。
「菱形は研究者で、蛭魅は『プロデュース』に参加していた被験者の一人だ。私は蛭魅と友達になって一緒に過ごした。……だが蛭魅は自殺してしまったんだ。元々病気で余命が迫っていて……でも
そこでエステルはグッと
エステルが再び話し始めるまで真守は無言で待っており、エステルは震える声で続きを離す。
「…………蛭魅は、
一万回以上の死を経験した個体。それは
どうやらエステルは
「じゃあ今も菱形蛭魅のフリをした檮杌が
「ああ。そうじゃないとおかしいんだ。私は彼女を蛭魅だと信じたかった。……でも違うんだ。あれは蛭魅じゃない。友達だから分かる。蛭魅は……死んだんだ」
エステルが菱形蛭魅を想う気持ちを真守は受け止めて、一つ頷いた。
「……分かった。お前はこれから
「ああ。そのために私は菱形のもとから逃げてきたんだ」
エステルが自分のするべき事を今一度確認すると、真守も自分の方針をエステルに伝える。
「私も放っておけないから動く。
「……あなたはどう動くんだ?」
「まずは情報を集める。魔術が関わっているとなると慎重にならなくちゃいけないからな」
エステルの問いかけに真守が答えると、エステルは目を
「……あなたにはそんな力があるのか?」
「不本意だが私は学園都市の頂点、
真守がいまだにその地位に慣れていなくてぶすっとむくれた様子で自分の身分を明かすと、エステルは大袈裟過ぎるほどに目を見開いて驚きの声を上げた。
「そ、そうなのか!?」
「ああ。だから私の心配はしなくていい。
「分かった」
エステルに背を向けながら真守が告げると、エステルは強く頷いた。
真守はエステルと別れて病院の廊下を歩きながら心の中で呟く。
(能力者の死体を操る術をあいつらに教えるわけにはいかないから、やっぱりイギリス清教には連絡しないでおこう。それにエステルは追放された魔術師の家系だし、色々と面倒ごとに巻き込まれる)
追放された魔術師などはイギリス清教の対魔術師用の部署である『
『
(インデックスにも知らせなくていいかな。十字教から大きく外れてるし、何より死霊術を
真守はインデックスとイギリス清教に教えない方針をまとめると、そのまま自分の病室へと帰っていった。
──────…………。
(『プロデュース』。まあ暗部組織らしい非人道っぷりだな)
真守は『スクール』が所有している能力開発研究施設の測定部屋の観測室の椅子に座り、能力を解放して
真守がハッキングで手に入れた『プロデュース』という研究チームの目的とは、『
それもAIM拡散力場から『
(『プロデュース』は現在活動停止。理由は実験体不足。……だったら実験体が確保できれば動き出すってことだ。活動停止でたくさんのマッドサイエンティストが野に放たれてるし、これは活動再開すればまたマッドサイエンティストが集まってくることになる)
真守は参加していた科学者たちの名前の羅列をスクロールしながら思考を続ける。
(ヒシガタ……菱形幹比古か。コイツ、『プロデュース』を途中で抜けてる。それから行方知れず。DAという組織を使ってエステルを捕まえようとしたからDAと繋がっているのは確実。……DAの方から調べるか)
真守はハッキングして手に入れた『プロデュース』の情報を閉じて新たにハッキングを開始してDAという組織についての情報を手に入れる。
(出た)
DAという名称は『ディプシナリー・アクション』の略称であり懲戒処分を受けた
だが実態は秘密結社であり、『完全なる正義を実現する』という信念を
(懲戒処分された
真守はつらつらとハッキングで芋づる式に引き上げられたお偉い方の名前を頭に叩き込んでいく中、画面のスクロールをやめて一人の名前に着目した。
(亡本裏蔵? 確かコイツ統括理事会のメンバーだ。だからDAの存在が完全に隠匿されてるのか。秘密結社に出資している時点で首が切れる案件だな。こういうヤツはDAへの出資以外にも悪いことしてるだろ。暴いて統括理事会の他の正常なメンバーに送りつけてや、)
「朝槻さん、ちょっと気になる事がありまして──」
「え?」
真守が統括理事会の一人を潰せると嗤っていると、丁度真守がいる観測室に誉望が入ってきた。
「な、なんか悪だくみでもしてたんスか?」
真守が嗤っているのを見て、ゾゾゾーっと怖気がたった誉望がびくびくと震えているので、真守はちょっと嗜虐心が
「……人の弱みを握るのって楽し──って、冗談だ冗談。そんなドン引きして顔真っ青にしなくてもいいだろ」
真守が少し意地の悪い冗談を言うと、誉望は即座に顔を真っ青にして後ずさりし、足をガァン! と壁にぶつけたので、真守は慌てて訂正する。
「あなたが言うとマジで怖いんですよ……」
誉望が顔を真っ青にしてびくびくとしながら真守に近づいてくるので、真守は誉望の大袈裟な様子に不愉快になって眉をひそませる。
「失礼だなあ。私は垣根みたいに暴君的な精神持ってないぞ」
(垣根さんは確かに暴君だけど、そんな暴君を手懐けてる朝槻さんも朝槻さんで女帝なんだよなあ……)
真守はなんか誉望が心の中で失礼なことを考えていると感じて、じろっと誉望を睨みつける。
「……それで? 林檎の計測は終わったのか?」
そして機嫌悪そうに問いかけると、誉望はビシィッと背筋を良くして『何も考えてません』と首を横に高速で振りながらタブレット端末を真守に差し出す。
「……その、出力だけは
「ふむ。まともな能力開発を受けてないから応用性の部分はあまり見られないと私も思ってたぞ。……待て。これは本当か?」
真守は誉望から受け取った端末の画面をスクロールさせて計測結果をチェックしていたが、気になる部分があってスクロールするのをやめ、誉望に問いかける。
「はい。疑似的なベクトル操作ができるようになってます」
誉望の言う通り、林檎の
「なるほど。この計測結果を見るに、現状で既に音の波形を変えずに指向性をイジったり風の流れる向きを変えたりできそうだな。……これを応用して並列処理が行えるようになれば光を束ねて電磁ビーム、なんてこともできるようになるかも。まあ原理がまるで違うから、
「え」
真守がつらつらと計測データから林檎の能力の可能性を整理していると、誉望が声を上げたので真守はタブレット端末から顔を上げた。
「……何かおかしかったか?」
「え、あ。いや……なんでそんな人の能力について理解が早いのかな、と思いまして……俺と違って杠と同じ能力でもないのに」
「垣根から聞いてないのか。私は能力の特性上、物事の流れが分かる。基礎的な情報があればそれがどのような応用性を秘めているかすぐに把握できるんだぞ?」
誉望のしどろもどろの疑問に真守がケロッと答えると、誉望は顔を引きつらせて真守を見た。
「……チートですか?」
「失礼な。能力の特性上だ、チートじゃない。……ちなみに垣根に
「……マジ?」
「……お前の
誉望が信じられない様子なので真守はムッと口を尖らせて、信じさせるためにつらつらと誉望の
「は」
誉望が声を漏らすのを聞きながらも、真守は頭を高速で回転させて誉望へ能力の可能性を提示し続ける。
「それに
「うぐ」
「……お前たち
「……、それは、流石に……無理です……」
誉望は自分が全く気づいていない能力の応用性を真守に羅列されて、才能の差を感じてがっくりとうなだれて地面に両ひざと両手をついて完璧に打ちのめされた姿勢になりながらそれはできないと告げる。
「私ができると言ったらお前の努力次第でできるという事だ。まあ自分の姿消してハッキングしてるのに攻撃されるって普通はないから言ってみただけなんだが」
「……、」
真守の言葉に誉望は応えられない。
本人が気づいていない自身の能力の可能性をまったく別の人間に指摘されれば、そりゃあ我が強い人間以外は打ちひしがれるに決まっている。
「……汎用性のある能力を持つ人間って、どうしてこうも自分の可能性を狭めてしまうんだろうな? できることが多くなると自分の主観に囚われてしまって可能性が見えなくなるのか? それとも元から発想が湧かないのか? 脳みその出来の問題か?」
「…………俺に聞かないでください……」
真守は蒼閃光で造り上げた尻尾をゆらゆらと揺らしながら不思議そうな顔をして誉望に疑問をぶつけると、誉望は
「オイ、真守。林檎が能力使って腹減ったって抜かしやがるから少し早めの昼飯に──って、何やってんだ、誉望?」
誉望が真守に撃沈させられていると観測室の自動扉が開いてスーツ姿の垣根と垣根が選んだシックなワンピースを着ている林檎がやってくるが、垣根はがっくりとうなだれている誉望を見て当然の反応をして首を傾げる。
「…………才能の違いに打ちのめされたところです……」
「あ? そんなのお前を俺が負かした時点で分かってなきゃマズいことだろうが。今更何言ってんだよ」
「垣根、打ちひしがれているのに追い打ちをかけるのはよくないぞ」
垣根は怪訝な声を出した後に鼻で嗤うので、真守は猫耳をぴこぴこ不満そうに動かしながら、垣根を注意する。
林檎は垣根の隣からテテテッと誉望のもとまで歩いて膝を折って誉望の顔を覗き込む。
「誉望、おなかすいた」
慰めてくれるのかと思って林檎を見た誉望だったが、林檎は『そんなことしてる時間があったら早くご飯食べたい』と言わんばかりに自分の腹の空き具合について誉望に伝えた。
「……杠。お前マイペースに生きてないでちょっとは人のこと考えろよ……というかお前だって朝槻さんに今打ちのめされたんだぞ」
「? 朝槻、どういうこと?」
誉望が自分を意気消沈状態で見つめてくるので、林檎は首を傾げて尻尾をふらふら揺らす真守を見上げて小首を傾げる。
「だから別に打ちのめしてないってば。それに可能性を提示してもらったんだからこれから頑張ればいいだろ」
「……ああ、真守に能力の可能性を説かれてなんで自分は気が付かなかったとか思って落ち込んでんの? そいつは規格外だから一々気にしてたら生きていけねえぞ」
「ほら誉望。先駆者が言ってるんだから立ち上がれ。ご飯食べに行こう」
垣根が納得するようにしみじみ言う前で、真守は能力を解放するのをやめて猫耳と尻尾を引っ込めながら立ち上がり、誉望の前へと歩いてきて手を差し伸べる。
「…………先駆者、かあ」
誉望が『そう言えば垣根さんも朝槻さんに教えてもらったんだっけ』と心の中で考えて思わずぼそっと呟くと、垣根が思い切り舌打ちしたので誉望は顔を真っ青にする。
そんな垣根を真守はじろっと睨みつけており、『器が小さい』と小さく言った瞬間垣根が怒って真守の両頬を引っ張るので、真守はムーっと
林檎は痴話喧嘩はいいから早くご飯、と思っており、誉望は真守に打ちのめされたショックで立ち上がれず、そこからしばらくして四人は事態を収束させると、外で暇だから買い物をしていた深城と合流して、お昼ご飯を食べに向かった。
エステル登場しました。
ところでエステルが言っているラビって厳密にはユダヤ教なんですが、とあるであまりユダヤ教って出てこないのでこの世界でユダヤ教ってどうなっているんでしょうね。
仏教と神道は天草式十字凄教が取り込んでいるのと闇咲が神道系術式を使っているので作中で出てきてるんですが……どうなんだろうか。
そして真守ちゃん、自分の能力の特性で誉望くんをぼっこぼこにするという……悪意のない正論が一番恐ろしい……。