次は一〇月二四日日曜日です。
「やはりあなたしかいない!」
「あ……あの!
エステルはそう大きな声でお願いすると、両手に赤い紙風船を乗せ、
(なんか始まってる)
「あァ……?」
真守が目を瞬かせている前で
「我がローゼンタール家では師弟の契りを結ぶ時、弟子となる者が身に着けている装飾品や道具から赤いものを渡す習わしとなっている! 己が血肉を師匠に預けるという意味だ!」
エステルはそこまで説明すると赤い紙風船を口元に持ってきて空気を吹き入れて、紙風船として機能するように膨らませる。
「こうやって厚みを持たせて形を与える事によって、より己の血肉の意味も増す!」
「ンな事はアイツにでも頼め」
エステルが意気揚々と手の中の赤い紙風船を
自分よりも真守の方が適任だと考えたのだろう。
「あ、いや! そんなこと言わずに頼む! 真守も確かにすごい! だがあなたの強さを学びたいんだ!」
エステルが頭を下げた瞬間、
エステルは慌ててそれを追うが、
「クソ野郎の居場所は掴めたのかァ?」
「掴んで挑発したらこっちに秘密兵器を向かわせると叫んでいた。その秘密兵器をぶち壊して戦力をゼロにしてから向かおうと思う」
「丸裸にするってことかァ? 面白そォじゃねェか」
「む。私を襲ってくるんだからお前は手を出さなくていいぞ? 頭の傷口がまた開くだろ」
一方通行が獰猛に嗤うと、獲物を横取りされる肉食動物の気持ちになって真守は顔をしかめる。
「オマエが力ァ使ってるトコを見ンのが面白ェって言ってンだよ」
どうやら一方通行は真守の能力について興味があるらしい。
そう言えば『
「……ところで、あれはいいのか?」
「あァ?」
真守が告げると
とりあえず赤い紙風船は懐にしまったらしいエステルは、禍斗という疑似魂魄を定着させた人皮挟美の
「頼む! 師匠になってくれ! あなたの強さを学びたいんだ! ……禍斗! お前からも頼んでくれ!」
「承知しました。
禍斗は機械的にそう呟いた後、
「
「どうかこの通りだ。頼む!」
「……つか、何で服着てねェンだ?」
エステルも回り込んで二人が頭を下げる中、
「ああ。これは時間がなかったんだ。追いかける事を優先にしたんで装備を十分に用意できなかった。……確かにこれでは防御力が心もとないな。……そうか! 私の装備を禍斗に譲ればいいんだ! そうすれば禍斗の防御力が上昇する!」
エステルはぽん、と手の平に拳を乗せて明るい声で告げると妙案だとして、自分のナース服に手をかける。
「それでは
エステルは禍斗の言い分に再びぽん、と手の平に拳を落とすと、
「成程! 師匠ならば衣服の防御力になど頼る必要もないしな! では、お願いします!」
「で? そのバカはいつここに来るンだァ?」
「……聖音高等学校から頑張って飛んでくるからもうすぐじゃないか?」
まったく興味がなくガン無視した
「師匠! 無視しないでくれ!」
「
エステルは
「何も指導してくれなくていい、勝手に学ぶ! だから師匠になってくれ!」
「
禍斗は二回目の要請だと強調するように二本指を立てながら
「師匠がいるかいないかには大きな違いがあるんだ!」
「
禍斗は三回目の要請だと強調して二本指に一本、指を足す。
「なあ、お願いだ! どうしてもあなたに師匠になって欲しいんだ! 頼む!」
エステルはそこでついに
「チッ。しつけェぞォ」
「うわあああっ!」
真守のセーラー服のスカートの中の下着が見えない範囲でその衝撃波によって揺れ動く中、エステルと禍斗は衝撃波をもろに浴びて背中から地面に落ちる。
「頼む! あいつらを放っておいたら、世界が、」
それでもエステルは体を即座に起こして
「うぇッ!?」
「世界とかどォでもいいンだよ。これ以上絡ンで来るなら本気で黙らせンぞ」
「私はどうしても蛭魅を止めたいんだ! 今の私では、蛭魅を止められない……強さが、強さがいるんだ……!」
エステルは涙を零しながら
「頼む!」
「フン。よくもまァテメエ勝手な事が、」
「う……」
「ミサカ、大丈夫か?」
エステルと
「……あなたが助けて下さったのですか? と、ミサカは他の個体とは違い、あなたに直接助けてもらった事に少しだけ優越感を覚えながら問いかけます」
「私だけじゃなくて
ミサカが嬉しそうに控えめに微笑むのを見て、真守は顔を背けている
「あの人もミサカのことを? とミサカは意外な人物に微かな驚きを覚えます」
「うぅ……アレ、どうなってんじゃん……」
ミサカが
「黄泉川先生、目が覚めたのか。良かった、とりあえずは大丈夫そうだな」
「朝槻……? あんた、また首突っ込んだんじゃん!?」
黄泉川に怒鳴られて耳がきーんとしながらも真守はミサカをちらっと見つめながらムスッとした表情をする。
「この子が誘拐されて黙って見過ごすなんてできるワケないだろ」
「……まったく、月詠先生が特別目をかける理由がわかるじゃん?」
黄泉川が真守の破天荒さに降参したようにしみじみ呟くと、真守は少しばつが悪そうに、でも嬉しそうにぶっきらぼうに告げる。
「小萌先生は生徒全員を愛してくれる。別に私だけに構ってない」
「優秀なのに目をかけてるって時点で特別ってことじゃん? あいつ、出来の良い生徒よりも出来の悪い生徒の方がタイプだし」
「それは私もそう思ってる。そして本人もちょっと気づいているらしいぞ」
「──オイ、無駄話は止めた方が良いぜェ。来たぞ」
黄泉川と真守が話をしていると夜空を見上げていた
立ち上がった真守は
そこには綺麗な星々の中に人工的な光がぽつんと存在していた。
その光がどんどんと大きくなってこちらへと落ちてくる。
「さて、やっと来たか」
真守は風を繰り出しながら舞い降りた菱形幹比古が寄越した『棺桶』を見上げて不敵に笑う。
その『棺桶』は紫色に赤いラインが走った戦車の形状を取っていた。
キャタピラはついていないが、キャタピラに当たるところにはブースターがついており、その『棺桶』は真守たちの前の空中で静止する。
そして四つの赤い魔法陣が浮かび上がると、それが回転してその中心に大きな魔法陣が展開される。
「ローゼンタール式の魔法陣……? あれは、
「饕餮……。ああ、アレがナンバーズの悪霊の、四凶の饕餮か?」
エステルの呟きに真守が問いかけると、エステルは緊張した面持ちで呟く。
「ああそうだ。真守には以前に話したな。禍斗よりはるかに強力な符でローゼンタール家五代目当主、ネイサンが生み出したナンバーズの悪霊。その一つが饕餮だ……!」
エステルはそこで
「下がって! アイツの狙いは私だ! 私が、」
「オマエは下がってろ」
「でも!」
「いいから見ていろ」
エステルがその言葉に首を傾げると、真守は一方通行とエステルの前へと出た。
そして真守は不敵に微笑みながら能力を解放した。
セーラー服のスカートの上から四角く長いタスキを尻尾のように伸ばして、その根元にリボンのように三角形をぴょこっと出現させる。
「待ってくれ! そいつは何の能力を強化したか分からない! 慎重に……!」
エステルが言いかけた途端、饕餮の肩に乗っていたミサイルポッドからミサイルが四発発射された。
「真守!」
エステルが制止の声を上げるが、真守はそのミサイルを全て源流エネルギーで焼き尽くそうと、歯車が噛み合ってガキガキと鳴る音を響かせながら蒼閃光を
だがそのミサイルは真守を捉えることなく四方に散っていく。
真守が四方に飛び散ったミサイルを訝しんでいると、突然饕餮の姿が真守の前から消えた。
四発のミサイルの内、一つのミサイルと饕餮の場所が入れ替わったのだ。
真守がミサイルと入れ替わった饕餮の方へと振り返った瞬間、饕餮は肩に取り付けられていた火炎放射器を真守へ放った。
爆発が起こり、あたりに煙が充満する。
「朝槻!」
黄泉川が悲鳴を上げるが、
「俺の定義を簡単にぶっ壊すよォなアイツが簡単にヤられるワケねェだろォが」
「……確か饕餮に搭載された死体の能力は
真守は菱形のデータサーバーから引き出した情報を頭の中で展開しながら呟く。
真守に睨みつけられている饕餮は真守に向かってではなく四方へ飛び散るようにミサイルを放つ。
そして
「
真守が呟いていると突然真守の目の前で突然空間が歪み、黄土色の円錐に球体が乗った兵器が現れる。その兵器は円錐状になっていた装甲を四枚、翼のように展開して中から犬のような小さい体を露出させて、その装甲から触手状のチューブを手足のように伸ばした。
「なるほど。あれが渾沌か。
真守はフッと笑いながら三体を視界に入れると、まず手始めに青い犬型ロボットの窮奇へと迫った。
窮奇は自分の体の周りに
「……悪あがきだなァ」
「え?」
「アイツは世界に自分の定義をねじ込むンだ。だからアイツの攻撃は物理法則を食い破るンだよ」
ガキギギ! と、歯車をかみ合わせたような荘厳な音と共に蒼閃光が
辺りには爆風が吹きすさび、煙によって視界が阻まれる。
だが真守はひるむことなくそのまま饕餮の懐に潜り込むと、饕餮のセンサーが密集している頭部を思いきり蹴り上げた。
真守の強力な蹴りによって饕餮の頭部は戦車の形をとっていた胴体から離れ、接続パーツをまき散らしながら宙を舞う。
真守は饕餮の頭が宙を舞う中、饕餮の胴体の中枢部分に源流エネルギーを球にして叩き込み、完全に沈黙させる。
真守が一瞬で饕餮を破壊している間に、渾沌は自身に搭載されている能力
「馬鹿だな。空間の揺らぎでお前の位置は丸分かりだ」
だが真守はそう呟くと、自分の蹴りによって宙を舞っていた饕餮の頭に向かって猫のように身を
真守の攻撃を受けて渾沌の能力が解除されて渾沌は姿を現す。
真守はそんな渾沌の装甲の内部に向かって源流エネルギーを蒼閃光で彩られた極太ビームにして放った。
渾沌は胴体を破壊されて四つの装甲と頭部、それと両足がバラバラになる。
真守は地面に激しい地響きを鳴らして落ちた渾沌の頭部へと着地すると、表面の装甲をべりべりと剥がして中のセンサーを露出させた。
ケーブルを数本思い切り引っ張って引き出すと、手の平に電気エネルギーを生成させてハッキングを開始して回線を繋げる。
「菱形幹比古。お前の『棺桶』は役に立たなかったぞ?」
〈わ、悪かった……悪かったから蛭魅を殺すのはやめてくれ……!!〉
真守が威圧を込めて笑いながら告げると渾沌の目に当たる部分がビカビカと光る。
「だから私はさっきから言っている。菱形蛭魅は既に死んでいるんだ。それを証明するためにお前のもとに出向いてやる。だから待ってろ」
〈いや、そうじゃなくて……! あれ、そうなんだっけ? で、でも蛭魅は生きて……生きているんだっ!〉
菱形が真守への恐怖で錯乱状態にある中、真守は柔らかく
「菱形蛭魅が生きていると思い込んでいたら死んでいる菱形蛭魅がいたたまれない。死んだならちゃんと悼んでやらないと。そうじゃなきゃ悲しいだろう」
〈やめ、やめ……来るなァ!〉
「ダメだ。菱形蛭魅に憑いている
真守はブチィッと手に持っていたケーブルを引きちぎって通信を終えると、渾沌から飛び降りた。
「黄泉川先生。
「『プロデュース』?」
「うん。後で『プロデュース』がやってた実験についてのデータを渡すから。お願い。後ミサカのこと頼むな」
「この子のことは分かったけど……私たちが手に負えない存在って、そんなにヤバいモンをあんたが相手するの?」
真守がお願いをすると、黄泉川は真守の表現に警戒心を
「問題ない。私は
真守が自嘲気味に笑うと黄泉川は首を傾げた。
「……それに面倒な事はさっさと終わらせて私は病院に帰りたい。深城たちも待っているし、これ以上この件に関して動いていると垣根の機嫌が悪くなるし」
真守が片目を閉じながらチラッと
真守はそんな
菱形幹比古が逃げないのは分かっている。
何故なら、死んでしまって菱形蛭魅のフリをしている檮杌が巨大な機械に繋がれていて聖音高等学校から逃げる事ができないからだ。
「……誰よりもかけがえのない存在がいるから強大な魔の手が差し迫っていても逃げられない気持ち、私にも分かるよ」
真守は学園都市と一体化している深城を置いて学園都市から逃げられない自身と、機械に繋がれた菱形蛭魅を置いて逃げられない菱形の今の状態に対して共感を覚えてそうぽそっと呟くと、振り返ってエステル、禍斗、
「では檮杌を止めに行こうか?」
真守の問いかけで頷いた三人がやる気であることを知って、真守はにこっと
真守ちゃんも蹂躙しました。
ちなみに漫画の方でもwikiでもリプレイスやステルスハインドの四文字での表記がなかったので作中で出てきたものは『流動源力』オリジナルです。
ご了承ください。