次は一〇月二五日月曜日です。
「初めまして、菱形幹比古」
真守が挨拶をすると、菱形はぶるぶると震えて真守へと銃を向けていた。
「その後ろに隠れているのが菱形蛭魅か?」
真守がちらっと菱形幹比古の後ろに隠れている状況が分かっていないような顔をしている菱形蛭魅を見つめて問いかける。
「……死んでるな」
生命力の塊である魂ではなく疑似魂魄しか感じられないため、真守がそう判断すると菱形幹比古は叫んだ。
「蛭魅は生きているんだ!! 蛭魅はぁ!!」
「菱形。認めたくないだろうが菱形蛭魅は死んでいる。それが事実だ」
「そんなことはない! 蛭魅はここにいるじゃないか! 生きている!!」
菱形は自分が庇っている蛭魅を抱きしめながら叫ぶ。
「エステル」
真守は菱形を感情を抑えた目で見つめながら呟く。
「
真守の言葉にエステルはコクッと頷いて腰のベルトに下げていた鞘から刀身がひび割れている両刃の短剣を手に取った。
ローゼンタール家に代々伝わる霊装、『舜帝の剣』。
これでローゼンタール流の疑似魂魄を定着させた死体を貫けば、死体に定着している疑似魂魄を強制的に死体から引き剥がすことができる。
真守がエステルに疑似魂魄が暴走した時のセーフティはないのかと問いかけると、『舜帝の剣』があると言ったので、エステルと蛭魅の思い出の地に行って用意してきたのだ。
「……ある」
エステルは蛭魅に『舜帝の剣』を向けて目を閉じ、再び目を開いてからそう呟いた。
『舜帝の剣』をかざせば符の位置をサーチすることができるのだ。
サーチできるということは疑似魂魄が作用しているということで、疑似魂魄が死体に定着していることになる。
つまり今動いているのは檮杌で菱形蛭魅ではなく、菱形蛭魅は死んでいるということだ。
そのため真守が確認した別の方法でも、菱形蛭魅は死んでいると証明されたことになる。
「な、なにをするつもりだ、やめろぉ!!」
真守は
「がぁっ!?」
その瞬間サブマシンガンが暴発するが、暴発するかもしれないと読んでいた真守はその銃弾を全てこの場にいる人間に当たらないように源流エネルギーで焼き尽くした。
それと同時に菱形幹比古の頭に電気エネルギーを流して失神させる。
顔だけ掴まれて四肢から力が抜けた菱形を抱き留めると、真守は彼をひょいっとお姫さまだっこしてその場から離れ、近くの長ソファに横たわらせた。
「エステル」
真守が邪魔者を排除したと告げると、エステルはこくっと静かに頷いて蛭魅へと近づく。
菱形蛭魅は動かない。だが次の瞬間、機械的な口調で喋り始めた。
『継続欺瞞対象の意識途絶を確認。そのたメ、菱形蛭魅ノ再現を停止しマす』
「……やっぱり、檮杌なんだな?」
エステルがごくッと唾を呑み込んで菱形蛭魅──檮杌へと近づくと、檮杌は薄く頷く。
『ハイ。エステル様に起動していただいた檮杌でございます』
「狂っていないのか……?」
『私は自己診断プログラムの結果、正常と判断されています』
「だがお前は私の命令を無視した!!」
エステルが叫び声を上げると、檮杌は
『ローゼンタールの宿願を優先いたしました』
「どういうことだ!?」
(ローゼンタールの宿願というと『完全なゴレム』、つまり神を創造するということか?)
真守が二人の会話を聞きながら顔をしかめると、檮杌はすらすらと事の経緯を説明する。
『私が一七回目に起動した際に、私を形成する疑似魂魄に接触する存在がございました。私は〇.三二秒
「それは一体誰だ!?」
エステルが激昂する中、檮杌は対称的に冷静な様子で淡々とその人物を口にする。
『その存在は自らを悪魔と自称しました』
「本当に悪魔と言ったのか……?」
『はい。悪魔を自称する存在は私にローゼンタール家の悲願、「完全なるゴレム」を作成する方法を教えると言いました』
「それが『公式』とかいうヤツの正体か?」
真守が思わず口を出すと檮杌はピタッと止まるが、真守の問いかけに正当性が見られたので頷いた。
『ハイ。悪魔はこう言っておりました。我々の疑似魂魄を構成するセフィロトに特殊な「公式」を書き加えると』
「……思った通り、輪廻転生を
セフィロト。セフィロトの樹。
十字教やカバラで用いられる概念であり、一〇のセフィラとそれらを繋ぐ二二のパスからなる魂の階級を記した身分階級表だ。
魂は輪廻転生を繰り返す。疑似魂魄を構成するセフィロトに特殊な公式を書き加えるということは、輪廻転生の仕組みを崩すことになり、だからこそエステルはその行いが非道だとして歯噛みしながらそう表現したのだ。
『それとこうも言っておりました。人の魂魄は死を一〇〇〇〇回繰り返す事でゆっくりと進化し、最終的に最上位のケテルへと至る。人造で生み出された我々の疑似魂魄でも死の証を一〇〇〇〇回書き加えることによってケテルに至ると。そして死によって物質界から消え去るはずの人の記憶……我々がケテルに至るために必要な死の記憶が……一〇〇三一の死の記憶がこの学園都市に保管されていると』
「……それがあの子を狙った理由か?」
エステルが問いかけると檮杌は迷いなく、
『はい。ですから一〇〇三一の死の記憶がローゼンタール家の悲願を成就するために必要なのです、エステル様』
「……そんなものは要らない」
エステルは顔を俯かせて体をふるふると震わせて告げる。
そしてバッと顔を上げて檮杌へと自身の心中を吐露した。
「死を弄ぶな! 私は知った! 死を弄ぶ呪われた技を使い続けるべきではないと! 私は……私は友達を蘇らせようとして失った……私は気づいたのだ! 人は限りあるから、死ぬから、それが悲しいからこそ生きる意味があるのだと! 完全なゴレムなど望むべきではない! 死を弄ぶべきではない! ……頼む」
エステルはそこで檮杌に懇願するように命令する。
「悪魔などに騙されるな、悪魔も神も我々には必要ない!!」
『それは悪魔を自称する存在の指示を聞き続けるべきではないということでしょうか?』
檮杌が問いかけるとエステルは檮杌をビシッと人差し指で指して叫ぶ。
「その通りだ! まだ私には
『……了解いたしました。ローゼンタールの現当主の名において悪魔を自称する存在の命令を拒否、活動停止をします』
檮杌はエステルの命令を受けて、少し俯きがちに目を閉じる。
だが次の瞬間、目を見開いて獰猛に嗤った。
『んなわけねえだろ?』
「と……檮杌?」
エステルが変わり果てた檮杌の様子に思わずたじろぎ、ふらっと後ろに下がる。
それを禍斗はそっと抱き留めてエステルと一緒に自分と同じ疑似魂魄を見つめた。
『せっかく四百年の悲願の成就が待ってんのに、一九代も過ぎるとここまでアホになんのかよ、あァ!? 思わずイラついて出てきちまったじゃねえか!!』
「一九代……?」
「お前、魂をコピーでもしたのか?」
エステルがその言葉に驚愕する中、真守は冷静に檮杌に問いかける。
『あァ? お前はそこのバカとはちげぇようだなぁ、死を知っている人間サマよぉ! そうだよ、この檮杌の魂は病で死にかけたイサク=ローゼンタールの魂魄が傷つく前にネイサンの野郎が檮杌に転写したんだよ!!』
「四代目のイサク様……!?」
「成程。だが悪魔というのは少し誇張が過ぎるんじゃないのか?」
真守は檮杌が実は自身の祖先であったことに驚きを隠せないエステルを庇うように前に出て、不敵に告げる。
『んだよ、選ばれた人間がごちゃごちゃ上から物言うんじゃねえよ!!』
「選ばれた人間……?」
先程からわけが分からないエステルでも、檮杌──イサクの言葉が気になって声を上げた。
『あァそうだよ! コイツは選ばれた人間だ! 俺たちが欲してやまない才能を持ってる人間だ! 単体で完全なゴレムへと至る要素を全て兼ねそろえた個体だ!!』
「ま、真守が……!?」
エステルが愕然と真守を見つめるが、真守は応えずに喚くイサクをじっと見つめていた。
その瞳が気に入らないという風に、イサクは菱形蛭魅のツインテールを崩すようにガシガシと頭を搔く。
『ただ俺の技術と仕組みや原理が全く違うから使えねえんだよ!! 死体を乗っ取っても無駄だ! 俺の技術で再現できねえ人間の才能をどうやって使えばいいってんだよ! あァ!?』
真守はイサクの様子にため息を吐く。
完全なるゴレム。神さまそのもの。
それに憑りつかれた過去に生きていた人間は自分の話を聞いてくれない。
だからこそ真守はイサクの主張に付き合ってられずに、イサクから目を離さずに背後にいるエステルへと声を掛けた。
「……くだらない。エステル、押さえておくからさっさと剣で疑似魂魄を剥離しろ」
「え!? あ、ああ、分かった!」
エステルはそこで『舜帝の剣』を構える。
『チクショウ! チクショウチクショウ!! 上から物言いやがって! 俺たちを見下しやがって!!』
真守は悔しがるイサク=ローゼンタールの亡霊を見つめながら呟く。
「……一つ、言っておこうと思う。イサク=ローゼンタール」
『あァ!?』
「私が見下しているのではない。お前たちが見下されると思っているんだ。お前たちにだって唯一無二のものがあるのに。……まあ、私の言葉が響くはずがないか。
『あァ!! 響くわけねえだろぉが!! よく分かってんじゃねえか!!』
イサクが吠える中、真守はイサクへと柔らかな慈悲の視線を告げた。
この世界との別れがやってくるのであれば、せめて最期は柔らかな気持ちで哀れみをあたえてやるべきだと。
「お前の時間は死んだ時から止まったままだ。だからもう変われない。命がないのだから当たり前だ。……だから静かに眠れ。それでもう二度と、この世に呼び起こされることなどないだろう」
──────…………。
菱形は覚醒して目の前が良く見えるようになると、そこに視界いっぱいの天井と真守の顔がぽつんとあったので顔を歪める。
「起きたか、菱形幹比古」
「……ハハッ、悪魔め…………」
真守が声を掛けると菱形が力なく笑う。
「悪魔と言われようがしょうがない。だってお前は現実を知る必要があった。そして菱形蛭魅をきちんと弔わなければならない」
真守の言葉を聞きながら菱形は顔を歪ませる。
本当に自分の妹は死んでいたのだ。これまで自分のそばにずっといたのは自分を利用するために蛭魅になりすましていた檮杌だったのだ。
「……蛭魅がいないなんて…………生きてる意味がない……」
菱形は両手で顔を
「死にたい…………」
菱形の言葉が力なく放たれる。
真守はその言葉に欠片も反応しなかった。
だがこの場には涙が流れるのを必死にこらえてこぶしを握り締める少女がいた。
「……お前を慰める言葉を私は持ち合わせていない。だがこれだけは言わせてもらう」
「………………は。なんだい……?」
菱形はハハッと力なく笑い、何もかもを持っている
「
「…………それで、なにが言いたいんだい?」
菱形は
「菱形蛭魅のことを想うなら……眠らせてやれ。そして弔ってやれ。お前ができることはそれだけだ。いつだって死者は生者が生きている限り、思い出として生き続ける。お前が覚えていれば、この世界にまだ菱形蛭魅は存在している」
「詭弁だね」
「詭弁にするかどうかはお前次第だ。ただ私から言わせてもらえば……そうやって覚えていなければこの世にいなかったとされてしまう人々がいるという事実だけだ」
真守の言葉を菱形は当然として笑う。だが真守はそんな菱形にそっと優しく笑いかけて、寂しそうに顔をしかめた。
「…………君が殺した人間かい?」
菱形幹比古は先程、真守との通信で真守の源流エネルギーの特性について聞かされている。
真守が本当に後悔している様子から源流エネルギーの特性が真実なのだと思って菱形がそう問いかけると、真守はそっと目を伏せた。
「……そうだ。私はあの人たちのことを忘れてはならない。私はこれから先、絶対に死ぬことはないだろう。永遠を生き続けることになる。……そんな予感があるんだ。だからずっとあの人たちは、私と共に生き続けることになるよ」
菱形はその言葉に光を見た気がした。
だからこそ、力なく言葉を呟く。
「……………………蛭魅も」
「うん」
真守は菱形の言葉にそっと頷く。
「……蛭魅のことも、覚えていてくれるかい?」
菱形がささやかな希望を願いとして口にすると、真守はしっかりと頷いた。
「ああ。菱形蛭魅がいたこと、お前の妹だと言うこと。エステルという友達が彼女にいたこと。お前が菱形蛭魅のことを大事に想っていること。私はそれら全てを絶対に忘れない」
朝槻真守は全ての人々の記憶を持って、いつまでも生き続ける。
人を忘れないように、その存在が確かにこの世界に存在していたのだと証明するために、決して忘れないという。
「…………僕は、どうやって生きていけばいいかな」
だったら自分はどうすればいいのか。
これから自分の大切な妹がいない世界で、どうやって生きていけばいいか。
その答えを朝槻真守が知っているとは思えない。
それでもそう言葉を零すことしか菱形幹比古にはできなかった。
真守はそんな菱形に救いの手を差し伸べた。
「お前のように大切な人間を失った人が近くにいるだろう? その人と共に助けあって生きていけばいいんじゃないのか?」
その時、一人の少女が視界の端で震えているのに菱形は気がついた。
エステル=ローゼンタール。
菱形蛭魅の、自分のたった一人の大切な妹の──大切な親友。
「………………エス、テル」
「……菱形」
エステルはそこでぐすぐすと涙を零し始め、目を
「……蛭魅は、死んだんだ」
エステルが蛭魅の死を心の底から悲しんでいること。
菱形蛭魅を心の底から
菱形蛭魅を失くした気持ちを、菱形幹比古と共有したいと思っていること、それら全てに気が付いた菱形幹比古は顔を歪ませて涙を零す。
「……っああ、そうだね。……蛭魅は、死んでしまったんだ……僕が不甲斐ないばかりに……っ!」
「違う。菱形が不甲斐ないなら私も同罪だ! 私だって、蛭魅のそばにいたのに……気づいてっ……あげられなくて……っ!」
エステルは菱形の手を握ってボロボロと涙を零す。
真守はその場から離れて、禍斗に二人を任せて施設から出る。
空は白み始めていて、もうすぐ朝が来る。
真守が外に出たのは
菱形幹比古はDAと同じように事件の犯人として連行されるだろう。
真守はそこでふふっと微笑んだ。
(牢獄に入っているだけが罪を償う方法じゃない。だからお前がそれを選ぶなら黙認してやる。まあ命の重みを知ったあいつは大丈夫だし、エステルと間違うことなく生きていけるだろう)
「……悪党を救っちまうなンて、相変わらずだなァ」
真守が柔らかく微笑んでいると
ずっと
その救済の手を、自分が横から不用意に手を出さないように。
その救済の手は真守だからこそ差し伸べられる手であって、自分は絶対に邪魔してはならないと。
かつてその手を差し出してもらって手を取った
「相変わらずって言うか、これが私のやりたいことだからな。やりたいようにやっているだけだ。……なんだ? 嫌か?」
「いいや」
真守が意地悪く問いかけると
「オマエはそォやって生きるのが似合ってる」
「命があればやり直せる。だから私は絶対に手を差し伸べる。……命には、それほどの価値があるんだから」
真守の言葉に
その命を一万人以上奪ってしまった自分には何ができるだろうか。
自分の最後の希望。
真守の言葉を聞いて、彼女を守ることだけが自分にはできることで、やらなければならないことだと
菱形幹比古生存エンド。
ちなみに菱形蛭美は『公式』をインストールするまで漫画ではまったく喋っていなかったので菱形蛭魅に関して『流動源力』はアニメ沿いではなく漫画沿いです。
それと色々な部分に改変が入っていますことをご了承ください。