とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第七四話、投稿します。
※次は一〇月二七日水曜日です。


第七四話:〈争闘終了〉して旅に出る

「朝槻! ちょっと良いじゃん?」

 

真守が病院の最上階から外の景色を見ていると、廊下の先から黄泉川が歩いてきながらそう声を掛けてきた。

 

「先生。警備員(アンチスキル)の格好してるけど、今日は警備員として動いて、教師としてはお休みなのか?」

 

真守が窓に手を置くのをやめて体を黄泉川に向き直していつもの調子のダウナー声で語りかけると、黄泉川はバインダーを肩に乗っけて真守の前までやってくる。

 

「いんや。ちゃんと授業するじゃんよ。でも警備員(アンチスキル)としてお前に言わなくちゃいけないことがあるからきちんとした格好じゃないとお前に悪いだろ?」

 

「カッコつけか」

 

「……いきなり辛らつになるじゃん?」

 

真守がきっぱりと言い放つと、黄泉川は顔をしかめて真守に向けて困ったような笑みを向ける。

 

「別に辛らつじゃない。形から入るのは良いと思う。気持ちがしゃっきりするから」

 

「……本当にそう思ってる?」

 

真守が何の気なしに告げると、黄泉川は笑みを引きつらせながら訊ねる。

 

「思ってるよ、酷いな。生徒のこと信じられないのか?」

 

「それを言われたらおしまいじゃんよ」

 

真守はムッと口を尖らせて目をジト目にして抗議すると、黄泉川はため息を吐く。

 

「で、一体なんだ?」

 

真守が用は何だと訊ねると、黄泉川は真守から少し距離を取って(たたず)まいを整えた。

 

「うん。──申し訳なかった。おかげで警備員(アンチスキル)の膿を出すことができたじゃん」

 

そして頭をきっちりと前に倒して下げて、真守に謝礼を述べる。

 

「別に黄泉川先生のためにやったわけじゃないけど。……でも、良かったな。黄泉川先生は生徒のために警備員(アンチスキル)やってるからな」

 

「生徒のためだけじゃない。この街の正義を守るためじゃんよ」

 

真守が優しい言葉を掛けると、頭を上げた黄泉川が腰に手を当てながらさわやかに告げる。

 

「そんなこと言ってると狂信者のDAになっちゃうぞ?」

 

「そんなわけないじゃん!!」

 

真守のいじわるに黄泉川が大声で否定すると、真守はおどけた様子を辞めてフッと寂しそうに微笑む。

 

「分かってるよ。……だって黄泉川先生は私ですら守ろうとしてくれるからな」

 

「……たとえ超能力者(レベル5)だって、お前も大事な子供じゃん。子供を守らない大人なんてクソ食らえだ。そういう人間からこそ、お前たちを守るべきじゃん?」

 

真守の寂しそうな笑みを受けて、黄泉川は真守の頭にポン、と手を置いて撫でまわす。

 

「うん。……それは分かったんだが、私の頭を撫でる時、猫耳に結わったところをわざわざ潰すのやめてくれないか?」

 

「あ。ごめんごめん。割としっかりしてるから潰したくなるじゃんね?」

 

真守が頭を撫でる黄泉川の手を睨みつけていると、黄泉川はパッと手を離して言い訳をしながら笑う。

 

「ひどい」

 

真守はぶすーっと顔をしかめながら形が少しおかしくなった猫耳ヘアの手入れをする。

 

そんな真守を見ながら、黄泉川は言いづらそうに目を泳がせる。

 

「どうした?」

 

「ああ。……菱形幹比古についてなんだけど……」

 

「逃亡したか?」

 

「どうしてわかった?」

 

真守が言いにくそうにしている黄泉川の言葉の先を読んで問いかけると、黄泉川はきょとんとして大きく目を見開いた。

 

「ふふっそんな気がしただけだ」

 

真守は黄泉川の問いかけに微笑んで、窓から再び空を見上げた。

 

真守は菱形が警備員(アンチスキル)に連れて行かれる前にそっと囁いていた言葉を思い出す。

 

『僕はエステルと一緒に学園都市を出るよ』

 

そう告げた菱形の顔はこれまで人の命の尊厳など微塵も考えていなかった研究者の顔ではなかった。

 

『日の当たる場所を、エステルと探すんだ』

 

きっと、エステルが日の当たる場所に行きたいと言ったのだろう。

 

魔術の前では科学技術なんて通用しない。

 

真守は手助けしていないが、おそらくエステルが警備員(アンチスキル)に連れて行かれた菱形を助けに行ったのだろう。

 

彼らは二人で日の当たる場所を探しに行く。

 

禍斗については既にお別れを済ませており、無事に人皮挟美の遺体を家族のもとへ送ることができるらしい。

 

だから彼らは二人で旅に出たのだろう。

 

「…………いつでも、帰ってくればいい。ここはお前たちの帰るべき場所なんだから」

 

真守がそっと呟くと、空に何かあるのかと真守の視線の先を見つめていた黄泉川が首を傾げた。

 

「朝槻? なんか言ったじゃん?」

 

「いいや? 何も言って、」

 

「真守ちゃぁーん!!」

 

真守が言いかけた時、トタトタと足音を響かせて高速で真守の後ろから飛びつく人物がいた。

 

「ぐえっ」

 

後ろから不意に深城に抱き着かれた真守はカエルが潰れたような声を出して深城にぎゅーっと抱きしめられたままがくがくと揺らされる。

 

「もぉー真守ちゃん成分が足りないぃー最近あたしのことほっぽりすぎじゃない!?」

 

「べ、別にほっぽってない! 大切に想ってる!」

 

「えぇー!? じゃあ一緒にいてよぉ!!」

 

真守ががくがくと深城に揺らされながら叫ぶと、深城はそこから更にヒートアップして真守をぐわんぐわんと盛大に揺らす。

そして真守をぎゅーっと抱きしめた。

 

「深城、一緒に、いるからっ胸、押し付けないで……っくる、しい……っ!」

 

「……熱烈ラブコールじゃん。その子誰? ウチの生徒じゃないよね?」

 

真守が深城の巨乳に顔をうずめられて胸に溺れて溺死しそうになっているのを見て、黄泉川はプッと噴き出しながら訊ねる。

 

「うん! あたしは真守ちゃんのこと大切に想ってるから一緒にいるの! 昔からずぅっと一緒にいて、これからもずぅっと一緒にいるの!!」

 

「へえ。いいじゃん?」

 

どこの学校所属とは言ってくれなかったが、深城が幸せそうににっこり笑って叫ぶので、黄泉川は深城が幸せなんだな、と感じてその幸せを肯定する。

 

「いいでしょぉ! あ、ねえ真守ちゃん! 学校行く前に朝食食べに行こう! 林檎ちゃん待ってるよ!!」

 

「え。私は別に朝食は要らな、」

 

「ダメだよぉ食べなきゃ! せんせーこの子朝食食べないって言います!!」

 

深城の胸から脱した真守は朝食を拒否しようとすると、深城はハイハイ! っと元気よく手を挙げて教師である黄泉川にチクる。

 

「ん? コラ、朝槻。ちゃんと食事は一日三回食べなきゃダメじゃん? 大きくなれないよ?」

 

「これ以上大きくならなくちゃいけない理由はないんだけど……」

 

黄泉川が小学生に教える先生がごとく真守を(なだ)めると、真守は顔をしかめる。

 

「それでもご飯食べなきゃだめ! 行くよ、真守ちゃん!!」

 

「あー……もう、黄泉川先生、またな」

 

真守はため息を吐きながら深城に連れられて行き、離れていく黄泉川へと声を掛ける。

 

「ああ。学校に遅刻しないようにちゃんと行くじゃんよー!」

 

「分かってる」

 

真守は黄泉川を見つめながらため息をついてずんずん進む深城に連れられて林檎の病室へと向かった。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

「林檎、おはよう」

 

「朝槻、おはよう」

 

真守が白いカブトムシのツノをつついて遊んでいる林檎に声を掛けると、林檎はカブトムシから視線を外して真守をしっかりと見て、そう挨拶を返した。

 

「林檎ちゃん、真守ちゃん連れてきたし朝ごはん食べに行こう!」

 

「! ガレット食べたい!」

 

「ガレット? なんで?」

 

『俺と一緒に食ったのが気に入ったらしい』

 

真守が林檎の主張に小首を傾げていると、垣根がカブトムシ越しにそう声を掛けてきた。

 

「垣根、おはよう。そうか。垣根と一緒に九月一日に食べて気に入ったんだな?」

 

「うん」

 

「じゃあ食べに行こうか、林檎」

 

林檎の肯定を聞いて、真守は林檎に視線を合わせて微笑みかける。

 

「うれしい」

 

林檎はそこでいそいそとベッドから降りて病室に置いてあるソファへと近づくと、座席に置いてあった三対六枚の翼を持つ純白のウサギをぎゅっと抱きしめた。

 

「……林檎、その垣根に取ってもらったぬいぐるみ持っていくのか?」

 

「うん。この子と一緒に行く」

 

『そんなの邪魔なだけだろ』

 

真守が問いかけると林檎が固い決意で頷き、それを聞いていた垣根が呆れた様子で呟く。

 

「大事だから一緒に行くの」

 

『……そうかよ』

 

「ふふっ大事にしてもらえててよかったな、垣根」

 

林檎の主張に垣根が少しだけ恥ずかしそうなトーンでカブトムシ越しに告げるので、真守はカブトムシを抱き上げながら微笑む。

 

『うるせえ』

 

垣根は真守にそう告げると、ぶーんと真守に持ち上げられたカブトムシを飛ばして定位置である真守の右肩にしがみつく。

 

「じゃあ行こうか、林檎ちゃん!」

 

「うん」

 

「垣根は今日どんな予定だ?」

 

『これから寝る。未明に仕事が入ってたからな』

 

先に歩き出した深城と林檎を追いながら真守がカブトムシに問いかけると、垣根は今日の予定を教えてくれる。

 

「そうか。じゃあお休みだな。垣根、ゆっくり休んでな」

 

『ああ。……つーか良かったのかよ。菱形幹比古を学園都市の外に出して』

 

真守の気遣いに頷いた後、垣根は周りに警備員(アンチスキル)がいないか確認してから真守にそう声を掛けてきた。

 

「ん? 何か問題でもあるか?」

 

『ヤツはお前の嫌いな人体実験してたヤツだぞ。その罪についてはどうすんだ』

 

真守は垣根の問いかけに柔らかく目を細める。

 

それをカブトムシ越しに見ていた垣根は、真守は菱形に慈悲を向けていると分かった。

 

「……垣根は、罪を償うことが牢獄に入れられることだと思っているか?」

 

『お前は違うって思うのかよ』

 

「ああ、違うと思う」

 

真守は垣根の問いかけにコクッと頷いてからエレベーター乗り場の近くにある小さな窓から青い空を見上げる。

 

「世界に悪いことをしたのであれば、世界に良いことをすればいいんだ。牢獄に入って自由を奪われるだけが償いじゃない。反省してないヤツはそうすればいいけど、世界に対して申し訳ないって思ってるなら、世界に対して償いをさせるように行動させた方がいいだろう?」

 

『……そういうモンか』

 

「そういうものだ。それにエステルには菱形が必要だし。菱形も生きていくにはエステルが必要だ。……大丈夫、またいつか会える」

 

垣根が自分の考えにイマイチ納得していない様子なので真守は右肩にしがみついているカブトムシの角をつんつんとつつきながら微笑む。

 

『なんでそう思うんだよ?』

 

垣根の問いかけに真守は一度目を閉じてから柔らかな慈悲の笑みを浮かべる。

 

「世界が広かろうとどうであろうと、二人がこの世界にいることに変わりない。それに学園都市はずっとここにあり続ける。だからいつでも帰ってこられる」

 

垣根はカブトムシの向こうで真守らしいとフッと笑う。

 

『……土産話、聞けるといいな』

 

「きっとたくさん話してくれるぞ?」

 

『…………眠くなってきた。寝る』

 

真守がくすくすと軽やかに笑うと、垣根は少しだけ間を置いてから答えた。

 

どうやらベッドに寝転がったらしい。

 

「うん、お休み。垣根、──良い夢を」

 

『ああ。……おやすみ、真守』

 

真守が挨拶をすると、垣根も挨拶を返してそこでフッと垣根の気配が消える。

 

その時ポーンとエレベーターがやってきたので真守は右肩にしがみついているカブトムシに声を掛けた。

 

「じゃあ行こうか、帝兵さん」

 

『はい。行きましょう』

 

真守はカブトムシに声を掛けるとふふっと微笑んで深城と林檎の後を追ってエレベーターへと入る。

 

学園都市はいつだってここにある。

 

だから、いつでも帰ってくればいい。

 

侵入するのは本来ならば大変だが、魔術を使える彼らはいつだって来られる。

 

(だから世界を見て回るんだ。そして日が当たる場所を探してくれ。エステル、菱形)

 

真守は心の中でそう呟くと、一度目を閉じて柔らかく微笑んだ。

 




これで死霊術師篇は終了です。

次回は残骸篇……ではなく『A Very Merry Unbirthday:Ⅱ篇』です。
オリジナル回が続きます。超能力者第一位になって変わってしまった真守ちゃんの日常。
垣根くんともイチャイチャします(メインコンテンツ)。

お楽しみいただければ幸いです。


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