次は一〇月二九日金曜日です。
「垣根、垣根はどんな家具が好きだ?」
「……品があるヤツ」
「品……高ければなんでもいいワケではないしな。私はやっぱりシンプルなのが好きだ。深城や林檎の部屋もシンプルにして、二人の好きな趣味に少しだけ近づけようと思ってるんだ」
「あー……源白はお前とセンス合わねえし、林檎に至ってはセンスの一欠片も意味が解ってないからな」
「…………うん」
(垣根、楽しくないのかな……)
真守は家具のカタログを見つめながら隣で同じように自分と話をしながら同じようにカタログを見ている垣根をちらっと横目で見た。
何だか今日はやけにイライラしているし、周りに対して刺々しているように感じる。
(せっかく二人で買い物来てるのに、垣根が楽しくないのは嫌だな)
真守はカタログを見つめながらしゅん、と小さくなる。
どうすれば垣根が楽しくなれるだろうか。
それでもその正解が分からなくて真守は顔をしかめる。
こういう時は本人に聞くしかない。
「垣根?」
真守はそこで決意すると、遠慮がちに垣根の学生服の裾をちょんっと引っ張る。
「あ? なんだ?」
「…………垣根、どうしたら楽しくなる?」
「は?」
真守が率直に問いかけると、垣根は意味が分からずに声を上げる。
「垣根、ずっとイライラしてるし、何か焦ってるだろ? ……私、深城がそばにいない状態でお出かけするの初めてだから垣根が楽しくできないならどうすればいいか分からない……だから、どうしたら楽しくなる? 教えてくれ」
真守が不安そうに瞳を揺らして見上げてくるので垣根はピシッと固まった。
マズい。
真守の取り巻く環境によって生まれたこのイライラをぶつけて八つ当たりしないように気を付けていたが、真守に不安を覚えさせてしまっているこの状況は非常にマズい。
「────悪かっ、」
垣根は真守に謝ろうとした時、酷く冷徹な視線を感じて背筋がぞくっとした。
視線の先を見ると、真守と垣根の対応をしていたインテリアプランナー(女性)がにっこりと笑顔で怒っていた。
『彼女と一緒にいるのに機嫌悪くしてんじゃねえよこの野郎』
そんなことを思っているだろうなという視線をプランナーは垣根に向けており、その後ろでは待機している女性プランナーが真守に同情して垣根を非難の目で見つめていた。
「真守、大丈夫だから。そんな顔させて悪かった」
威圧感を覚えながら垣根はポン、と真守の頭に手を置くが、真守は悲しそうに顔を歪ませたままだ。
「本当に大丈夫か? ……そう言えば垣根、ご飯食べてる時にすごく周りを気にしてた。そんなに周りの視線が気になるか?」
「……いや、確かに気になるっつーのは気になるけど、お前のせいじゃねえから」
垣根は先程まで苛立ちを感じていた周囲の視線に加えて、プランナーからの非難の目に気まずさを感じながら告げると、真守は眉をひそませる。
「やっぱり私が目立つのが嫌なのか? それはどうしようもできない。……ごめんな、垣根」
「……ッ大丈夫だから。お前が気にすることじゃない」
「……うん」
しょんぼりとした真守を見て、垣根は慌てて真守にそう告げるが、真守の心は気落ちしたままだ。
「真守」
垣根はそこで真守の両肩に手を置いて自分を見上げた真守に声を掛けた。
「これは俺の気持ちの問題で、お前のせいじゃねえから。だからお前は気にしなくていい。俺はお前と一緒に居られて楽しいし、お前がそんな顔しているのは嫌だ」
「……本当?」
「嘘じゃねえ。だからお前は気にするな」
真守が訊ねてくるので垣根がはっきりと告げると、真守はじーっと垣根を見上げて嘘ではないと察して、ふにゃっと微笑む。
「そっか、良かった」
フロアにいる女性プランナーの非難の視線が棘のように刺さるが、真守がひとまず気持ちを落ち着かせたので、垣根はそこで安堵のため息を吐いた。
──────…………。
「垣根、なんかちょっと疲れてるみたいだし少し休憩しよう」
真守は家具売り場で非難の目にさらされて気疲れした垣根の服の袖を引っ張ってショッピングモールの広場へと来ると、軽食を売っている移動販売車を指さして微笑む。
「垣根、コーヒー好きだよな。買ってくるから待ってて」
「お前がわざわざ買いになんて行かなくていい。俺が買ってくる」
垣根が真守の言葉にそう告げると、真守は首を横に振ってふにゃっと微笑んだ。
「ううん、買わせて。それで気分入れ替えて楽しく回ろう?」
「……分かった」
真守が気を使っている姿を見て垣根は
「…………カッコわりぃ……」
垣根は広場の周りにあるショッピングモールの柱に寄り掛かりながら呟く。
自分のこのカッコ悪ささえ真守はカッコ悪いなんて言わずに優しく包み込んでくれて気に掛けてくれる。
真守はいつだって優しい笑顔を見せてくれるし、この世の全ての命へと平等にその優しい笑顔を向けてくれる。
人を殺す悪党だろうが誰であろうが誰にでも自身の可能性を信じて前に突き進む人間ならば、真守は平等に救いの手を差し伸べてくれる。
だが。いいや、だからこそ。
できることなら真守を手の内に入れたままどこかへ閉じこめて、あの笑顔が自分にだけ向くようにしたい。
そして他の人間に真守を見せないで独り占めしたい。
それほど朝槻真守の輝きは自分のことを癒してくれるのだ。
(……ひっでえ独占欲…………)
閉じ込められているのが真守の幸せになるとは思えないのに、どうしても自分だけを見てほしいという気持ちが消えない。
余裕がなくなっているのは分かっている。
真守のことになると必死になってしまうのだ。
手の平から大切にしたかった命を一度取り落としてしまってるからか、今度こそ何があっても真守を手放したくなかった。
それでもいつか真守が
だからこそ今この瞬間を大事にしたいが、それでも真守へ向けられている視線を感じるとどうもそっちに気がいってしまう。
自分の心の中の薄暗い欲望に呆れている中、垣根は移動販売車の注文するための列に並んでいる真守をぼーっと眺めていた。
そんな真守の周りに男たちが寄ってきた。
真守が仏頂面で話をしているため、ナンパされているのは確実だった。
「あの野郎共……!」
一瞬の隙を突いて真守に近づいてきた男に殺意が即座に
垣根の周囲にいた客は突然垣根が威圧感を放ったので恐怖を覚えて騒然とする。
ただでさえ周囲の視線にイライラしているのに、直接手を出している様子を目撃して気持ちを抑えられることなんてできない。
真守は垣根が怒っているのを瞬時に感じ取ると、怒り狂ったまま足早に近づいてくる垣根に向かってナンパ男たちに断りを入れずに走り寄る。
「垣根、怒らないで。大丈夫だから」
真守は垣根の胸をやんわりと圧して、今にも喧嘩を始めそうな垣根を抑える。
真守に男の連れがいたことに舌打ちしていたナンパ男たちだったが、その連れの男である垣根が尋常もないほどの威圧感でブチ切れているので、彼らは本能的に敵わないと感じて顔を真っ青にして逃げていった。
真守は騒然とする広場と垣根両方を落ち着けるために垣根の手を引っ張って、ショッピングモールの人気のない方へと連れて行く。
「垣根、私は大丈夫だから。だからそんな辛そうな顔しないで。いつものことだし、な?」
「……分かってる」
真守が垣根のことを必死に
「垣根、もしかして今日ずっと私が好奇の目で見られるのが嫌だったのか?」
真守は余裕のない表情をしている垣根を見つめて、今日ずっと垣根が抱いていた気持ちが自分を取り巻く環境のせいなのかと訊ねた。
「……そうだよ。今までヤツらはお前に見向きもしなかったんだぞ!? 気に入らねえに決まってる!!」
垣根が思わずやけになって大声で叫ぶと、真守はすごく悲しそうな顔をして瞳を揺らす。
しまった、と垣根は思った。
どうしようもないことに腹を立てて、それで真守を悲しませるなんて本末転倒もいいところだ。
真守はそこで顔を悲痛で歪めながらそっと垣根の腰に手を回して抱きしめた。
「垣根に大変な思いさせてしまってごめん」
「……お前が謝ることじゃない」
「そうかもしれないけれど、垣根に悲しい思いさせてしまってとても心苦しい。なんとかしたいけど、なんともできないのが心苦しい」
真守は垣根に顔を押し付けて頬を摺り寄せながら悲痛な声で漏らす。
「だから苦しくなったらこうやってぎゅーってしてあげる。それで一旦落ち着けるか?」
真守はそこで少しだけ体を離して垣根を見上げる。
垣根は自分を気遣ってくれる真守の小さな体を覆い隠すように抱きしめる。
自分のことを考えてくれるこの少女が愛しくてたまらない。
小さくて柔らかい体に猫っ毛のサラサラの髪の毛。
真守の全てが愛おしくて、それでも絶対に壊したくなくて。垣根は優しく壊れ物を扱うかのように真守を抱きしめる。
かわいい。本当にかわいい。自分のことを気遣ってくれるこの生き物はかわいすぎる。
垣根はそこで気持ちが抑えられなくなって真守の黒い猫っ毛におおわれた頭に頬を
「……ッ!?」
真守は突然感じた頬とは違う柔らかい感触に体を硬直させる。
垣根は真守がびっくりしていると分かっていながらもその体を愛おしそうに一層抱きしめる。
(……愛おし過ぎるのが悪い。そう、コイツがかわいすぎるのが悪いんだ)
垣根は心の中でそう言い訳をすると真守の柔らかな猫っ毛を
「!? ──ッ!? …………ッ!!」
真守は垣根から何度もキスをされて顔を真っ赤にして垣根の腕の中で困惑して、思わず垣根の腰に回している両手に力が入る。
「………………ふ、ぇ?」
真守はそこで胸が突然ドクッと跳ね上がって情けなく声を漏らした。
(………………あう。いま、きづいた……)
真守は垣根にぎゅーっと
(なんかっ……女の子に抱きしめられているのとぜんぜんちがうっ……!!)
自分に以前抱き着いてきた弓箭やいつも自分に飛び掛かるように抱き着いてきている深城たち女の子はふにふにとしていて柔らかかった印象だが、垣根は男として体ががっしりと固く頼もしい印象がある。
それに垣根は肉体の再構築化も相まってとても頑丈な造りをしていて、ポテンシャルが非常に高いし、ちょっとやそっとで死なない程に頑丈な体で、喧嘩でも負けなしの強さを誇るのを真守は知っている。
他の男性に抱きしめられたことなどないが、おそらく絶対に普通の男性よりも体がしっかりとしていて固いことだろう。
(……お、おとこのこ……垣根っておとこのこなんだ…………っ!)
真守は女の子と男の子の違いを直で感じてしまって気恥ずかしくて思わず涙目になる。
(…………ど、どうしよう……垣根が落ち着けるまで離れられないし……っでも、胸が苦しくって……あぅ……どうしよう…………)
(こいつ、外見からも分かるがすっげえ華奢。マジで華奢。ポテンシャルが高いつってもやっぱり女の子なんだな…………かわいい)
真守が目をぐるぐると回していて困惑する中、垣根は頬ずりしたり何度も真守の頭にキスを振らせながら心の中で呟く。
(……まあアイドル体型なのは『実験』の
垣根はそんなことを心の中で呟きながらもっと真守と密着したくなって、ちょっと力を入れれば折れてしまいそうな真守の細い腰に手を回して抱き寄せる。
「……………………はぅ」
真守は腰をグイッと抱き寄せられて、心臓が流石に耐えられなくなってしまう。
(もう無理……っ)
「…………かきね……垣根、かきねぇ」
「…………何?」
真守が必死に垣根の名前を呼ぶと、垣根は真守の耳元で甘く囁く。
真守はそのゾワッとした感覚に耳まで真っ赤にする。そして力を入れすぎて、最早感覚が分からなくなってしびれている手を震わせて垣根を見上げる。
「そ、その…………かきねが、落ち着くまでって言ったけど…………もう、げんかい…………恥ずかしくて……っ」
垣根が真守を抱き込むのをやめて少し離すと、真守は涙目で小さな口を震わせて顔を真っ赤にしていた。
意識しすぎて目が合わせられないのか、視線を横に背けてその瞳を羞恥で揺らし、うるうるとさせている。
「………………っ」
(かわいすぎる…………っ)
このままだと自分の内なる雄が抑えられそうにないので、垣根はバッと真守のことを自分から引きはがす。
「う、うぅー……の、飲み物買ってくるっ!!」
真守は恥ずかしくて
「………………ほんっとうにあぶねえ…………」
垣根は顔に手を当てて、真守の可憐さにときめくのを必死で抑えていた。
でも本当にかわいい。誰の目にも届かない場所に閉じ込めて自分だけのものにしたい。
でもやっぱりそんなこと考えるのはマズい。マズいけどそうしたい。
これから自分は人目に付かない一つの屋根の下で真守と一緒にいられる。
だから何も問題ない。
こんな考えを持つのはマズいと、垣根が何度も自分に言い聞かせて気持ちを落ち着けていると、落ち着いたところで丁度真守が帰ってきた。
どうやらナンパに引っかからないで無事に帰ってこられたらしい。
「垣根。買ってきた……ラテで良かったか……?」
真守は垣根の好きなカフェラテと自分用のリンゴジュースを買ってきて、そっと垣根に右手に持っていたカフェラテを差し出す。
真守は恥ずかしくて気まずいのか目を合わせられないし、しかも頬がまだ少しだけ赤く染まっている。
「あ、熱いから気を付けてな……?」
「……悪い、サンキュー」
「ううん、だいじょうぶ…………」
動揺で声を震わせて羞恥に悶える真守を見て、垣根は思わず抱きしめたい衝動をぐっと
気まずい雰囲気が流れて沈黙が二人を包み込む中、垣根が無言でコーヒーを飲んでいると、ポケットに入れていた左手に感触が合って目を見開いた。
見ると真守が垣根の腕にちょんと触れており、そこで垣根が真守の顔を見ると、真守は恥ずかしそうに眉を八の字にしながら垣根を上目遣いで見つめる。
「………………垣根、苦しいなら外では手、繋ぐから。……だから、……ぎゅーってしてちゅーするのは……外では、ちょっと、……は、恥ずかしいから……」
真守がぽそぽそと呟くので、垣根はぎゅーっと愛しさで胸が締め付けられながら、ポケットから手を出して真守の小さな手を握る。
真守も顔を赤くして目を背けながらも垣根の手をそっと握って、ジュースをストローからちまちまと飲む。
恥ずかしがる真守が可愛くて、垣根はグッと真守の手を引いて胸の前に持ってくると、その手をぎゅーっと握り締めた。
腕を引っ張られ、垣根に引き寄せられて顔を真っ赤にする真守だが、まだ許容範囲なのか羞恥で身悶えはするが嫌がらない。
「これ飲んだらホームセンターに日用品買いに行くか」
「……うん」
垣根の誘いに真守は頷いて、幸せそうにそっと微笑む。
(垣根に手ぇ繋いでもらえるの、幸せ。…………でも)
だが真守はそこまで心の中で呟くと顔を悲痛で歪ませてそっと目を伏せる。
(私、垣根のこと……神さまになってもちゃんと想えるかな)
自分が
それは決まっていて、
だからこそ幸せに過ごせていると真守は時折悲しくなってしまう。
人のことを大事にする感情が消えてしまわないか、自分はずっと垣根や深城のことを特別だと思えていられるのか。
本当に冷たい神さまになったら、もしかしたら全てを滅ぼして垣根や深城を殺してしまうかもしれない。
真守はそこまで考えて、ふるふると首を緩く横に振った。
(大丈夫。大丈夫……だって垣根はずっと一緒にいてくれるって言った。深城も、私が思えなくなっても一緒にいてくれるって。……だから大丈夫)
真守がそこでコーヒーを飲んでいた垣根を見上げると、垣根は真守の視線に気が付いて柔らかく微笑んだ。
(どうか神さまに成っても、垣根を特別な男の子として見られますように──)
真守はその笑顔を見て、泣きそうになりながらも心の中でそう呟いて微笑んだ。
デートしました。垣根くんついに手を出しました(言い方)。
もう今回思い残すことは……ない……っ! 圧倒的満足……っ!